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1978年度第8回世界パワーリフティング選手権大会における
各クラスの順位軌跡と察考

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月刊ボディビルディング1979年5月号
掲載日:2018.11.02
第8回大会コーチ兼ミドル級選手
鈴木正之

第8回大会ミドル・ヘビー級選手
前田都喜春

1.はじめに

1978年11月2日~5日、フィンランドのトルク市において第8回世界パワーリフティング選手権大会が開催された。
これらの試合結果については、すでに本誌に掲載されたのでご存知のことと思う。
 今回、この世界選手権に出場する機会を得た我々は、参加国の増大や挙上記録の目覚ましい更新など、世界の趨勢を肌で感じとり、欧米諸国におけるパワーリフティングの社会的評価とレベルの高さをつぶさに観ることができた。
 そこで、今回は、まず各クラスの上位入賞者の3種目別の大会記録を分析し、それをもとに我が国のパワーリフティング競技の今後の動向について検討してみた。
これが基礎体力の増強を目的としたパワーリフティング競技の普及発展と記録向上への一助となればまことに幸いである。
「世界選手権5連覇の偉業を達成した因幡選手を祝福する日本チーム。左から前田、中尾、仲村、因幡、、鈴木、福屋、原田。(於・イキトーリホテル)

「世界選手権5連覇の偉業を達成した因幡選手を祝福する日本チーム。左から前田、中尾、仲村、因幡、、鈴木、福屋、原田。(於・イキトーリホテル)

2.管理図表の作成

 一般に試合結果に対する評価方法は出場者の相対的評価から審査員の主観により優劣を決定するボディビル・コンテストの場合と、あくまでも大会当日の記録により順位を決定するパワーリフティング競技の場合とでは、当然そこに大きな違いがある。
 前者は、凄いバルクとか、きれいなデフィニッションなどという言葉で表現される要素を持っているのに対し、後者は、凄い記録だったという抽象的な表現よりも、当日の記録を別表のような3種目の直列図表にして比較したほうがわかりやすく適切な表現方法ではないかと思う。
 直列図表の基本的な考え方は、[図1]に示すように、各クラスの試合結果に対して、スクワットとベンチ・プレスの最高挙上重量を直列の上限としデッド・リフトはスクワットと同一線上にそれぞれ5kgピッチで配置したものである。
 この図表に各選手の大会記録を記入して順位軌跡を描く場合、[図2]に示すように5kg単位の表示は数字の下に横線を入れ、2.5kg、7.5kg単位の表示は数字の上に横線を記入して、順次、3種目の軌跡を点線で連続して管理図表を完成させる。
 このように、直列図表の作成と、大会成績の記入によって、各クラスの相対的な順位軌跡が図に示され、数字のみではとらえにくい各選手の3種目のパワー・バランスや、上位入賞者との位置関係などを図解的にとらえることが可能となり、自己の弱点認識によって、今後のトレーニング方法などを検討する材料となり、また、精神面での大きな発奮材料ともなろう。
ただ、誌面の関係で、今回は日本選手の出場したクラスだけを示すことにする。
[図1]

[図1]

[図2]

[図2]

3.第8回世界選手権大会の分析

 前項に記した直列図表の考え方を第8回世界パワーリフティング選手権大会の試合結果に適用してみると、表
(表1)~(表5)のように、各級の順位軌跡を描くことができる。この図表にもとづいて今大会の結果を分析すると次のようなことがわかる。
 まず、各級の入賞者について、その傾向をみると(図3)の模式図のようにa、b、c、dに分類することができる。まず優勝者のパターンとしては
①3種目ともトップの強さで優賞している(a)のケース......52kg級、56kg級、60kg級、67.5kg級、100kg級、110kg以上級
②2種目が平均的強さで他の1種目が図抜けた強さで優勝している(b)のケース.........82.5kg級、90kg級110kg級
③その他、混戦模様のケース.........75kg級(これは優賞候補と目されたアメリカのカーグラーがスクワットで失格したため、トップ不在となったものである)
 これに対して、2位以下に多く見られる傾向は、
①2種目は卓越した力量を持っているが、残りの1種目が平均以下の(c)のケース。
②1種は卓越した種目があるが、他の2種目が平均以下の(d)のケース
[表1]※1位は因幡英昭選手 4位は福屋好博選手

[表1]※1位は因幡英昭選手 4位は福屋好博選手

[表2]※9位は原田勲選手

[表2]※9位は原田勲選手

[表3]※6位は中尾達文選手

[表3]※6位は中尾達文選手

[表4]※8位は前田都喜春選手

[表4]※8位は前田都喜春選手

[表5]※10位は仲村昌英選手

[表5]※10位は仲村昌英選手

[図3]

[図3]

4.日本選手団の試合状況

 「昨年の第8回大会に出場した日本選手団は、仲村団長(選手兼任)以下5級7名であるが、ここでは便宜上、10階級を<1>軽量級(フライ、バンタム、フェザー)〈2〉中量級(ライト、ミドル)〈3〉重量級(ライト・ヘビー以上)の3つに大別して考えていく。

〈1〉軽量級の順位軌跡

 フライ級は過去5年連続して世界チャンピオンに輝く日本の因幡英昭選手が君臨しているクラスである。
(表1)でもわかるように因幡選手のパターンは、3種目とも安定した強さで、2位以下に大差をつけての楽勝で、[図3]の(a)のケースに属する。
とくに、スクワットとデッド・リフトは2位以下にそれぞれ約25gの差をつけていることからも、ここ当分1位の座は確保できるものと思われる。
 また、このクラス4位の福屋選手は、国内選考会のときより若干調子は落ちたが、ベンチ・プレス、デッド・リフトでは充分上位入賞の力を持っており、今後スクワットを徹底的に強化することが課題であろう。
とくに、最終種目であるデッド・リフトが強いことは、試合の駈引上絶対有利な材料である。
 今大会においても、体重差や2.5kgという僅差で順位争いのデッドヒートが展開されたのは、やはりこの最後の種目デッド・リフトのときであった。
体型的にみて、この種目を得意とするガント、トーマス、アネロのなど外国選手がクローズド・スタンスの強烈なデッド・リフトで観衆を湧かせたことは記憶に新しい。
 我が国において、日本人の体型に合致したデッド・リフトのフォームを研究し、その対象を早急に講じなければ世界とのレベルは開くばかりである。
 参考までにフェザー級日本チャンピオンであり、1977年度世界選手権大会第4位の伊藤選手の現在(53年11月26日)中部日本大会、及び国内選考会の力量をこの大会の成績と比較してみると、トータル562.5kgで、これは3年前なら優勝、2年前でも充分3位以内に入れる記録である。
ところが、ガントの転向によって著しく記録の向上したフェザー級の場合、優勝記録(トータル)も3年前より100kg、2年前より60kgも高くなった。
これからは3位以内に入賞するためには600gを目標にしなければならなくなった。

<2>中量級の順位軌跡

 この中量級はいつの大会でも出場者の最も多いクラスで、今大会でもライト級12名、ミドル級16名が出場した。
(表2)(表3)に示すように、原田、中尾両選手とも[図3]の(d)のケースに属し、3種目のうち、ベンチ・プレスには卓越した力量を持っているが、スクワットとデッド・リフトの2種目の力不足が目立つ。
このうちどちらか1種目でも平均圏に到達していれば上位入賞も可能であろう。
 また前述のフェザー級とともに今大会で優勝記録が驚異的に向上したのがこのライト級であり、彗星の如く現われたマイク・ブリッジ(米)によってトータル730kg(前大会比55kg増)が記録され、アメリカの選手層の厚さは凄まじい限りである。

〈3〉重量級の順位軌跡

 90kg級の前田、110kg級の仲村の両選手の結果は、(表4)(表5)に示すように、スクワットはある程度上位にくいついているが、残る2種目で大きく引き離されている。
つまり、[図3]の(d)のケースに属している。とくにデッド・リフトは大差が見られるので、この種目の強化を最優先することが重要である。
3種目のトータルで争うパワーリフティングは、最後に行われるデッド・リフトが順位争いに最も大きなウェイトを占めることを考えれば、重量級のみならず、軽・中量級においても早急に強化しなければならない競技種目である。

5.結語

 以上のことから、第8回世界選手権大会における試合状況や日本選手団の弱点などを要約すると次のようなことがいえる。
 
①1位になるためには3種目ともトップ・レベルの力量を持っている(a)のケースか、2種目が平均的強さで他の1種目が卓越した力量を持っている(b)のケースが必要である。

②上位入賞のためには、1種目は平均以下であっても、他の2種目に平均以上の力量を持っている(c)のケースが必要である。

③1種目のみ得意な種目があっても、他の2種目が平均以下では、世界のレベルに到達できない(d)のケースがある。

 第8回世界選手権における日本チームは、フライ級の因幡選手を除いて、ほとんどの選手が[図3]の(d)のパターンに属しており、世界水準とは大きな開きがみられた。
今後は弱点種目の強化を徹底し、その克服を第一目標としなければならない。
 次に、では具体的にどのくらいの記録を目標にしたらいいかというと、第8回大会における世界の趨勢、著しい記録の更新など、年々大幅に高くなる。
入賞記録を考えた場合、上位3位以内に残るためには最低、次にあげる記録が必要になるであろう。

3位以内入賞可能な記録♢

フライ級 480~500kg
バンタム級 510~530kg
フェザー級 580~600kg
ライト級 680~700kg
ミドル級 730~750kg
Lヘビー級 780~800kg
Mヘビー級 810~830kg
100キロ級 860~880kg
ヘビー級 880~900kg
Sヘビー級 900kg以上

6.あとがき

 第8回大会は、北欧フィンランド開催とあって、地理的に近い欧州諸国やパワー王国アメリカなど、世界17ヵ国から多数の役員・選手団が参加し、地元フィンランド協会の素晴らしい大会運営と相まって、まれに見る激戦が展開され記録ラッシュの大会でもあった。
 このような世界のレベルに追いつき追い越すための努力の一端として試合結果を直列図表によって管理する方法を提案し、その適用を試みた。
 その結果、直列図表と大会記録の位置づけによって構成される順位軌跡から、この種目はあとどのくらい強化・向上しなければならないかという目安を設定することが可能となり、数字のみでは判定しにくい順位過程の相互関係を視覚を利用して熟知することができる。
さらに、パワーリフティングにおける競技3種目のパワー・バランスの重要性をこの順位軌跡は示唆している。このような努力目標の設定によって、少しずつではあるが、パワーリフティング競技の高揚と普及発展へとつながっていくものと確信する。
 また、第4回大会から5年連続して世界フライ級チャンピオンに輝いている因幡英昭選手の存在は、日本のパワーリフティング界が世界に誇れる唯一の金字塔であると同時に、ピラミッド型に底辺を拡大しようとする我が国パワーリフティング界の大きな目標でもあり、第2、第3の因幡選手が出現してくることを期待するものである。
 基礎体力の向上を目的としたパワーリフティングの歴史は浅いが、この競技が日本のスポーツ界に根を下ろし、広く一般社会から認識されるためにはバーベル愛好家が一丸となって1つの新しいスポーツを形成していくための努力を惜しんではならない。(引用文献)
 
1)記録ニュース:1978世界パワーリフティング選手権大会ニュース、ボディビルディング誌Vol.12、No.1、P68、
2)仲村、中尾:第8回1978年度世界パワーリフティング選手権大会に出場して、ボディビルディング誌Vol.12No.2、P48~51
月刊ボディビルディング1979年5月号

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