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★内外一流選手の食事作戦④★
フランコ・コロンブの食事法

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月刊ボディビルディング1979年5月号
掲載日:2018.11.21
健康体力研究所・野沢秀雄

1.先天的な素質or後天的な努力?

バーベルやダンベルによるウェイトトレーニングの良さは、体力のない者は普通の水準やそれ以上に体力がつくと同時に、これに比例して体格が良くなるほかに、スポーツ選手のように体力のある者が始めると、さらに強い体力が得られて競技生活に役立つことである。

両親の骨格が小さくて、遺伝的に細く生れた人や、幼少の頃に大病をした人、あるいは過保護で運動不足のままひ弱に育った人は、骨格そのものが細くて体力が伴わず、毎日のトレーニングも大変で成果が現われにくいのは事実である。普通の人の何倍もの努力がいるわけだが、それでもがんばっているうちに「いい体だなあ」とまわりの人からほめられるまでに必ずなれる。

いっぽう骨格に恵まれて、少年時代から野球や柔道をやっていた人が、ウェイト・トレーニングをおこなうと、短期間に筋肉が大きく発達することはよく見聞するとおりである。

ボディビルのチャンピオンになるには、もちろん後者のように幼少の頃から力いっぱい暴れまわり、骨格を太く大きくした人のほうが有利であることはいうまでもない。「ミスター日本コンテスト」に出場した一流選手たちのアンケートが雄弁にこれを証明しているが、今回紹介するフランコ・コロンブもまさにこのタイプである。

コロンブの立派なところは、単に少年期の運動だけでなく「食事法そのものが現在の彼の骨格や筋肉をつくるのに大きな貢献をした」と明言していることだ。以下にくわしく述べよう。

2.少年期の運動と食事法

ご存知の読者も多いと思うが、コロンブは1945年にイタリアのサルディニア島に生れた。シュワルツェネガーよりも4才年長である。家族は牧場を経営し、馬や羊などを飼っていたので、小さいときから自然を相手に力いっぱい暴れまわって成長することができた。

彼の自伝“Coming On Strong”によると、16才のときにボクシングを開始してイタリアのチャンピオンになり、ついでパワーリフターに転向し、同時に本格的なボディビルディングに取組むことになる。

記録によると、20才のときにバーベルやダンベルを用いたトレーニングをスタートしたというから、開始年令としてはやや遅いほうかも知れない。

先天的な素質と環境、不屈の努力、負けず嫌いの性質から、みるみる変化が現われだした。1974年にミスター・オリンピア・ショートマン・クラス(90kg以下)に26才で優勝したときの体位は身長164.2cm、体重88.3kg、胸囲127.0cm、腹囲76.2cm、上腕囲48.3cm、大腿囲66.0cm、下腿囲(カーフ)44.5cmと発表されている。

「身長164cm」というと、日本人の平均値からみても小柄のほうに属している。164cmに対する標準体重は57.8kgだから標準を上廻ること44%、25.5kgに相当する筋肉をプラスしたわけだ。

医者や栄養学者は「肥満度」として上記のような計算をおこなうが、腹囲76.2cmという数字からもわかるように決して脂肪でふえているのではなく、オール筋肉質だから「筋肉充実度プラス44%」といってもよい。

ちなみにシュワルツェネガーの場合を計算すると、身長187cmで、標準体重78.3gに対する彼の体重106kgは35%増になる。「筋肉充実度はプラス35%」というわけだ。

よく「シュワルツェネガーよりもコロンブのほうが筋肉の発達度がすごいようだ」と写真をみた人が感想を述べることがあるが、実際に数字で計算してみると、それが正しくあたっていることがわかる。

コロンブは「どんな食事法をして大きくなれましたか?」と質問を受けることが多いが、彼の答えは「少年期までを過ごした故郷サルディニアの食事が私に恵まれた骨格を与えてくれた」といつも謙虚に語っている。

彼がセミナーのテキストに述べている少年時代の食事の内容は下記の通りである。


★午前4時~5時に起床
朝食はヤギや羊のミルクにコーヒーをまぜた飲物と母親が焼いたパンと卵を2~3個(ゆで卵または目玉焼)

★昼食はもっとも豪華で、サラミ・チーズ・ハム・ソーセージ・パンがまず並べられ、同時にミネストリーナと呼ばれる肉・野菜・薄くて細いスパゲッティの入ったスープが付いて出る。次いでローストした肉と山盛りの野菜サラダをゆっくり時間をかけて食べる。

肉と同時に自家製のワインが出され、時にはミネラルウォーターで割って飲んだりする。

食事の最後は小羊のチーズで、たんぱく質・ビタミン・ミネラルに富んでいる。チーズと同時に各種類の果物が出され、エクスプレソと呼ばれる飲物(コーヒー)で終了。

★午後4時に間食
カテージチーズとパン、コーヒー。

★午後7時~9時 夕食
夕食の内容は肉と野菜が主体で、昼食とだいたい同じである。


コロンブはサルディニアの食生活こそ、自然食であり、健康食だと強調している。

「小さいときから、キャンデーや甘い菓子パン、ケーキ類はほとんど食べませんでした。甘い物といえば自然の果物くらいのもの。精製された砂糖や砂糖を使用した製品は健康保持に強敵です」と彼は警告している。とくに小さな子供時代から甘やかして育てると、代謝障害をおこし、骨格の成長にマイナスになることが判明している。(砂糖が体内で化学反応をおこない、エネルギーに変る過程で、カルシウムやビタミンを消費するので、結果的にこれら微量栄養素の不足になる)
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280kgのデッド・リフトをやってみせるフランコ・コロンブ(1974年度IFBBオールジャパン・コンテスト会場にて)

280kgのデッド・リフトをやってみせるフランコ・コロンブ(1974年度IFBBオールジャパン・コンテスト会場にて)

3.現在の彼自身の食事法

 それではアメリカに渡って生活している現在、彼はどんな考えで、どんな食事を食べているのだろうか?

 「なげかわしいことに文明が進むのに比例して環境が汚染され、土壌は悪くなるばかり。肉類は人工飼料でホルモン剤・医薬品づけにされたものしか手に入らない。

 なるべく自分で料理をこしらえるようにしている。ヨーグルトも自分で作ったものを食べている。水が大切なので、ミネラルウォーターを自分は必ず用いている」

 と彼は述べ、やむをえずビタミン剤やミネラル剤などのヘルスフードをかなり買って飲んでいることが語られている。

 彼のもう一冊の著書「Winning Body Building」に現在の彼の食事法を示しているので、これをもとに分析してみよう。

<食事分析>
★コロンブの食事内容★

★コロンブの食事内容★

 総カロリー3735、たんぱく質は体重1g当り3.6g、炭水化物は全体の約30%、野菜と果物の合計は950gとなり「高たんぱく・高ビタミン・高ミネラルで低カロリー」の典型的なビルダーらしい食事内容になっている。

 彼の食事の中心は昼食と夕食に食べている「肉または魚」である。彼の説明によると、チキン、ビーフ、ラム、レバー、もしくは魚類のどれかを選んで毎日食べているとのこと。またワインはイタリアから送られた味の良いものを愛飲しているそうである。

 上記の表には記されていないが、プロティン・パウダーやタブレットをたんぱく質の補給源として用いていることはいうまでもない。肉が汚染されつつある現在、プロティンなどへの依存度が高まっているようだ。

4.彼の食事法に学ぶ点

 コロンブは上記のような食事法をしながら、毎日激しくトレーニングを行い、ミスター・ワールド、ミスター・ユニバース、ミスター・オリンピアの3タイトルを、各3回自分のものにしベンチ・プレス215kg、スクワット297kg、デッドリフト333kg、プレス147kg、スナッチ122kgの驚異的な記録を出せるまでになったという。

 もちろんアナボリックステロイドなどの使用はきっぱり否定し、「絶対にすすめられない」と強く語っている。

 彼の食事方針と内容は初級者にも参考になる点が多いので、以下にまとめて記しておこう。

①1日2食や3食で、1回に大食するよりも、少量ずつにわけて、1日数回食事したほうが消化吸収がよく、栄養素がよく利用される。

②なるべく自然のままの食品を食べるとよい。とくに野菜や果物は生で食べよう。(ジュースよりも生で食べる)

③丸のまま全体を食べるほうがよい。

④砂糖や、砂糖を使ったものは極力さけること。

⑤肉類は一度に食べすぎないように。胃腸が消化するのに負担になるからである。空腹のときに適量ずつ食べるのがよい。

⑥よく「食欲がなくて食べられない」という人がいるが、調べてみると、砂糖や加工食品を毎日食べすぎていることがある。まず制限してみて、どんなに食欲が回復するか試してみるとよい。

⑦ワインは決して悪くない。現在もイタリアワインを愛飲しており、食欲増進に役立っている。

⑧ミネラルウォーターをよく飲む。1日に大きなグラスで8枚~10杯、毎日飲んでいる。

⑨プロティン・パウダーには炭水化物の多いものや消化のよくないものがあり、えらぶときには注意がいる。せっかく食べても体に同化されないものは意味がない。

⑩プロティンやビタミン剤・ミネラル剤をとるときにはオーバーロードにならないように適切にとることが大切である。

 ――以上が彼の主張であり、実際の食事法である。いちいちもっともな意見であり、同感といわざるをえない。

 TVショウで冷蔵庫をかついでいるとき膝に傷害を受けて長らく治療にかかっていた彼も、昨年のシーズンはみごとにカムバック。アカプルコのミスター・ユニバースの会場で雄姿を見せてくれたと報告されている。

 今年は彼も35才になる。猛勉強で得たドクター・オブ・カイロプラクティックの称号がいきてくるときである。後に続く若い人たちのためにがんばってほしい。
月刊ボディビルディング1979年5月号

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