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★パワーリフティングの科学的研究★
競技3種目の強化練習法(2)

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月刊ボディビルディング1982年10月号
掲載日:2018.11.18
第11回世界選手権大会90kg級第3位 前田都喜春

<1>はじめに

 先回の報告(本誌1982年6月号)はパワーリフティング3種目の系統的把握と、競技における安全で有利なフォームの開発を中心に述べた。
 しかし、試合におけるこの有利なフォームを生かすための平時のトレーニング理論については、まだ満足できない点がいくつかあるので、今回はこの議論をテーマとして話を進めていく。とくに、デッド・リフトに関する強化理論には甘さがあることがわかったので、これらを一部修正しながら再検討していきたい。
 一般に、競技用フォームとは、少ない力で最も効率よく有利に重い重量を挙上することを目的としているが、それは、重量をより幅広い筋肉に分担させるほど挙上重量は高くなるということを意味している。
 これをトレーニング的に考えると、有利な競技用フォームばかりの練習では、主働筋が鍛練不足を起こしてしまう。つまり、競技においてその有利性を最大限に発揮するためには、通常のトレーニング過程において苦しい状態をつくり上げる必要があり、試合でそれを解放してやる、という基本的な2段階の考え方の重要性が指摘される。
 一般的な傾向として、パワーリフターの練習方法は、補助種目を取り入れずに、主働筋とフォームの強化を継続的に実行しようとするため、ここではこの2段階の負荷作用の相違をフォームの差異によって表現しうる方法論について述べてみたい。

<2>練習計画の基本的な考え方

 練習方法を考える場合に重要なことは、ただがむしゃらに練習しても効果がないということである。例えば、有利なフォームだけによるハードな練習は意味がないことであり、意味のない練習は自己満足と疲労が残るのみで、現状維持はできるが、大幅な記録向上は期待できない。つまり、効率的な練習こそが記録向上につながることを十分に意識する必要がある。
 そこで、限界重量に挑戦するパワーリフティングでは、何よりもまず競技3種目の主働筋を鍛えることが優先であり、如何にして自己記録を向上させるかを真剣に考えるならば、①平時の練習では主働筋への負荷が大きく作用するフォームを採用し、②試合においては有利な競技用フォームに切り換えて、苦しい負荷過程を解放するという2段階の強化法の採用が大切であるといえよう。
 先回報告したように、自己の体型に合致した有利なフォームを見つけることは、リフターに課せられた大きな使命であるが、その有利なフォームを生かすための手段はさらに大きな役割をもっていると言わねばならない。1年中、有利なフォームのみで練習しているということは、負荷を幅広い筋肉に分担させていることであり、これでは競技3種目の主働筋に対する鍛練が不足し、現状維持か、伸び率の鈍化という傾向になってあらわれてくる。そのため、前述の①と②の負荷作用の相違を利用することが必要条件となる。

<3>競技3種目の強化理論

①スクワット

 スクワットは[図1]のように、シャフトを担ぐ位置によって、フォームの明確な差(主働筋に対する負荷の差)が現われるため、ここでは、まずⓐのようにシャフトを上部に担いだ基礎的フォームによって、大腿四頭筋に負荷が集中するように練習を行なう。
 そして、1日の練習の中で最高重量近くになると、ⓑのフォームに切り換え、競技用フォームの感覚と高重量に馴れる練習を行う。また、最高重量ではニー・バンデージを使用して膝を補強し、有利性をさらに解放してやる練習も必要である。クール・ダウンでは、再びⓐに戻り、シャフトを上部に担いで主働筋を強化する方法をとる。
 このように、スクワットではシャフトの位置の変化によって、大腿四頭筋の強化が効率的に行われるのが特徴である。

②ベンチ・プレス

 ベンチ・プレスの強化法は、手幅の切り換えによる方法が最も簡単で効率のよい方法である。通常はひと握り狭いプレス動作によって主働筋(上腕三頭筋)を鍛え、最高重量に近づくにつれて徐々に手幅を広くしてプレスするようにする。そして、最高重量では手
幅を競技規則最大の81cmに限定し、高重量による大胸筋の強化とフォームの馴れを修得する。クール・ダウンでは再び手幅を狭くして主働筋への負荷を集中させることも大切である。
 ベンチ・プレスでは、このような可変的な練習が上腕三頭筋から大胸筋へと理想的な上体づくりを行う要素を持っているため、どちらか一方だけの練習では強化しきれない胸部の大きな発達が望めるものと考えられる。
 また、これらの練習と併行して、ラット・マシン・プレス・ダウンやフロント・プレス、バック・プレス等の運動で上腕と肩を強化することも故障防止のために重要である。

③デッド・リフト

 デッド・リフトは、脚力を使って引き上げる動作と、引いてからの上体の返しという2つの動作が一連のフォームを形成している。そのため、デッド・リフトの強化法として重要な点は、脚力要素としての大腿四頭筋、とくに膝の筋力を強化することであり、強大な力の三角形をつくりあげることが記録向上の足がかりとなることを認識する必要がある。
 そこで、ベンチ・プレスでひと握り狭い手幅が主働筋の強化に効果があるように、デッド・リフトの強化法としては、足幅を狭くすることによって大腿筋を効率的に鍛練することが可能となる。
 通常は[図2]のⓐように、足幅をこぶし1つか2つ分ぐらい狭くした「中抜きスタイル」によって、膝を開いて上体を起こし、力の三角形を強調(意識)しながら力強く引き上げる。これによって、脚力要素としてファースト・プルに必要な大腿筋が強化されると同時に、このフォームは前かがみのきつい姿勢であるため、固有背筋の強化が効率的に行われ、それに付随して上体の返しも強化されるという利点がある。
 したがって、この中抜きスタイルによって、ファースト・プルから上体の返しまでの一貫した動作の中で、負荷の大きなフォームを効率的に練習することが大切である。そして、最高重量付近では引き上げに有利な[図2]ⓑのスモウ・スタイルに切り換え、高重量に対する感覚を覚え、このフォームに馴れるようにしていく。
 ここで、強化法としてのデッド・リフトの方法として[図3]のように、伝統的スタイルと中抜きスタイルの2つの方法が考えられるが、脚力要素としての、力の三角形の強さは同じでも、中抜きスタイルは膝を開いてかまえるため、上体が起き上がって楽になり、腰への負担が軽減される利点がある。
 背筋を鍛える目的ならば伝統的スタイルが好ましいが、ここでの目的は主働筋(大腿四頭筋)の強化を狙っているため、腰への負担が軽い中抜きスタイルが良好と考えられる。したがって不馴れではあっても強烈な効果をもつ中抜きスタイルをぜひ実行してもらい
たいと思う。
 次に重要なことは、デッド・リフトでは、引くときも、下ろすときも同一のフォームで行い、かつ、下ろすときも引くときと同じように力を入れて下ろすことが大切である。すなわち、これは、筋肉に対して往復の負荷をかけているのと同じ効果があるからでありとくに、下ろすときのフォームというのは、一番バランスが良く、無駄のないフォームを自然的に表現しているので、1回目より2回目の方が軽いというのはこの理由であり、この点を十分理解しなければならない。
 ウェイトリフティングは、バーベルを頭上に差し挙げてしまうため、挙げるときと同じ道を戻すことはできないが、パワーリフティングの場合は、引き上げるコースと同じコースで戻すことができるため、戻すときのコースにより、無駄のないフォームを修得し、往復の負荷を作用させることを心掛けるべきである。力を抜いて下ろすやり方は、記録への挑戦を自ら放棄しているのと同じである。
 デッド・リフトについてもう1つ重要なことは、[図4]ⓑのように、引き上げるときに背中を曲げてしまうフォームは、背中を丸くした分だけ腰の位置が高くなり、ファースト・プルは楽になるが、それに反して、引き上げてからの上体の返しが非常に困難となるため、両者の長所・欠点を差し引きすれば、なるべく上体を丸くしないで、背筋を伸ばしたまま、脚力で引き上げる[図4]ⓐのフォームを修得すべきである。
 一般に、背中を丸しくて引き上げるフォームは、外人体型の伝統的スタイルによるデッド・リフトに多く見られる。外人体型は胴が短く、強大な上半身をもち、背中を極端に曲げても簡単に上体を伸ばすことができる。
 つまり、外人体型は、伝統的スタイルによる横から見た力の三角形(脚力)と、強力な背筋と広背筋のテクニックによって、上体を丸くした分だけ、高い位置からの効果的な引きと、フィニッシュの返しができる利点をもっている。
 しかし、体型的に劣る日本人体型では、胴が長い分だけ外人型よりも大きな背筋力を要すること、モーメントが大きいため上体を伸ばすまでの時間が長いという不利がある。
 このような体型的不利をカバーするためには、安全で有利なフォームの選択とともに、上体の返しが早い背筋を伸ばしたフォーム(脚力で引く要素が強くなるフォーム)で挙上すべきであり、背中を曲げたフォームは胴長の日本人体型には不向きであることに注意しなければならない。
 なお、外人選手の中でも、比較的、日本人体型に類似している82.5kg級のマイク・ブリジス(米)は、伝統的スタイルではなく、スモウ・スタイルのデッド・リフトによって340gを挙上している。
 また、90kg級の覇者ウォルター・トーマス(米)もスモウ・スタイルのデッド・リフトで、最も長く破られなかったV・アネロの世界記録を2.5kg上回る372.5gの新記録に成功した。

 以上、パワーリフティング3種目の強化法は、継続して鍛練しやすい方法と、多大な効果をあげる効率的な方法との組合せによって成立することを説明した。
 これらを整理すると[表1]のようになる。このうち、デッド・リフトの強化法は、膝の強化法として絶対的な効果が見られるため、結果的にスクワットにおける大腿四頭筋の内側部分の強化にもその効果が波及していくようである。
[図1]シャフトの位置によるスクワットの変化

[図1]シャフトの位置によるスクワットの変化

[図2]足幅によるデッド・リフトの変化

[図2]足幅によるデッド・リフトの変化

[図3]基礎的デッド・リフトのフォーム

[図3]基礎的デッド・リフトのフォーム

[図4]デッド・リフトのフォームの比較

[図4]デッド・リフトのフォームの比較

[表1]種目別強化法の効果

[表1]種目別強化法の効果

<4>強化理論の導入法

 負荷の相違を利用した主働筋の強化法と練習サイクルの取り入れ方には次の2つの方法が考えられる。

①シーズン・オフからの基本的な入り方

 これは[図5]のように、試合が終了した時点、および、試合までの期間が長い場合に、原点に戻った練習法を実施するものである。すなわち、シーズン・オフでは、負荷の大きい基礎的フォーム(3種目とも)のトレーニングによって、主働筋の容量アップを図り、来るべきシーズン・インに備える練習サイクルである。

②シーズン中における入り方

 上記の方法によってシーズン・インした場合、競技用フォームで使う筋肉と、そのフォーム自体に馴れるために試合の1~2か月前から、基礎的フォームと競技用フォームとを併用しながら練習を繰り返す過程に入る。
 [図6]は、シーズン中における併用型の1日の練習サイクルを示し、ウォーム・アップとクール・ダウンのときは負荷の大きい基礎的フォームを採用し、その日の最高重量付近では競技用フォームに切り換えて、高重量による筋力の養成と競技用フォームの感覚を身につける練習法である。
 なお、1週間に2回以上の練習日程が組める場合は、前半は基礎的フォームのみの負荷トレーニングを実施し、後半は[図6]の方法による併用型のトレーニングを実施するやり方も多大の効果をもたらすものと考えられる。そして、後半では、最大筋力動作として100~120%重量によるサポート・トレーニングを実施することも効果をあげる上で有効である。
 このように、試合までの期間は、主働筋の強化と競技用フォームによる高重量に耐えられる筋力を養成していく併用方法が望ましく、それらが解放されたとき、記録へのメリットは非常に大きいことを十分に知ることができるであろう。
 ここで、競技用フォームに馴れていない場合は、練習が終ってから非常に軽い重量(例えばシャフトのみとか、60kgぐらいとか)を用いて、正しいフォームを繰り返して、そのコースと姿勢を身体で覚えることも必要になる。
[図5]練習過程のフローチャート

[図5]練習過程のフローチャート

[図6]1日の練習サイクル(1日のmax練習=競技用フォーム)

[図6]1日の練習サイクル(1日のmax練習=競技用フォーム)

<5>おわりに

 この報告は、先回述べた有利なフォームの開発だけではまだ不十分な部分が多いため、今回、その一部を修正するとともに、説明図を多くして解説を客易にした。ことに、デッド・リフトに関しては、有利なフォームのみを対象にした強化策では効果が薄いため、今回のような苦しい負荷過程の必要性を力説した。この報告は、有利なフォームのみを対象として練習していたため、ここ1年間、まったく記録が伸びなくなった私自身の解決策を示しているものでもある。
 すなわち、今回の提案を要約すると①有利なフォームのみを追求していたのでは記録は伸びない。そこで②苦しい負荷過程の導入、つまり③原点に戻ること、の重要性を再確認したものであり、ともすれば忘れがちなこのような図式が、苦しい状態による主働筋の強化と、それに伴なう記録の向上を結果的に明らかにしてくれるものと思われる。
 それと同時に、調子の良いときは全く気付かないが、調子が悪くなったとき、壁に突き当ったときには、その原因を真剣に考えることによって打開策が浮んでくるものである。したがって現在、壁に突き当っている人、記録の向上を真剣に考える人には、精神的、肉体的に、この報告は大きな効果を与える内容であると自負している。
月刊ボディビルディング1982年10月号

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