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essay by issey
ジープとボディビルにとりつかれた変わり者 

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月刊ボディビルディング1982年7月号
掲載日:2018.12.05
 三協アルミニウム工業 中村一生

近所でも会社でも"変り者"

 どうも自分は近所でも会社でも"変り者".と見られているらしい.それは1つにはジープという代物を乗用していることによると思われる。

 最近のように,4×4ブームが各地に浸透してきて,この片田舎でもマイカーとして乗用する物好きが増えてきたとはいえ,まだまだその絶対数が少ない状況であれば,ギンギラ・ジープやミリタリー゛もどき.ジープは随分と日立つことに変りなく,従って,日常的なファミリー・カーとして,一般的に受け入れられるものでもないようで,そういった4×4のハンドルを握る者は,10年前も今も,ひょっとしたら将来も相変らず゛変り者.扱いされる宿命にあるのかもしれない。
 〔トレーニングに励むクラブ員〕

 〔トレーニングに励むクラブ員〕

 ジープにトチ狂っているア・ナ・夕! ひょっとしてボクにはお嫁さんが来ないかも……といった最悪の事態考慮しながらガンバッテください。

 結婚後にジープを入手するために,周囲を説得する時の精神的苦労を思えば,独身時代の変人扱いなんて大したことはないのだから。それに,一途に頑張っていれば,そこに惚れ込んだ心の広い女性が現われるかもしれないしともかく既成事実を作っておいた上での結婚なら,相手も覚悟を決めておろうから,後々何かと都合がよかろうというもの。

 適齢期のア・ナ・夕! 素敵な彼女が現われたからといって,ジープを手離すことはないですゾ。過去,何度ふられてもふられても,ジープを手離すことなく。常に゛変り者。で通してきたこの自分が,実績を踏まえて無責任ながら応援してますゾ。

 さて,他人をして自分を"変り者"と思わせているものがもう1つある。 それば"ボイビデルディング"

 この運動は健康増進,筋力強化,むだ肉落してシェイプ・アップなどと良いことずくめのものであるはずなのだが,どういうわけか今ひとつ一般受けせず,真面目に取組んで体を鍛えていても,他のスポーツに親しんでいる場合と異なり,周囲の目は何やら偏見に満ちているのが現実のようである。

 独断で思うに,これは高度なレベルに達したごく一部のトップ・ビルダー達の筋肉が,日常的な一般大衆の生活感覚に今ひとつ馴染み難いというところからくるようで,それが,すべからく非日常的,かつ特殊であるという偏見となって,意識されるものだから,他のスポーツの補助的な運動として,バーベルに取組んでいるというなら許されても,ボディビルそのものを目的としてバーベルを持ち上げるとなると異様なモノを見る目つきに変ってしまう。

 自分がこのスポーツ(心身を鍛練するという意味では他のスポーツと共通である)に引かれたのは,大学2年の秋に,水泳のオフ・シーズン・トレーニングで,筋力強化のために自ら取り入れたのがきっかけである。10月から翌年4月までの間,重量物を用いたウェイト・トレーニングと,軽めのウェイトを用いたサーキット・トレーニングを交互に1週6日間,期末試験の期間を除いて実質的に6ヶ月間つづけた結果,筋力の強化という当初の目的が達成されたことはもちろん,思いもかけず体位が向上したのには我ながら驚いた。

 肩の筋肉が発達し,腕が太くなり,大胸筋がグッと張り出すとともに広背筋が発達して,90cmそこそこの胸囲が95cmとなった。

 もともとひ弱であった体を鍛えるために始めた水泳であったが,体位の向上という点ではウェイト・トレーニングの効果は顕著であった。それが,水泳の記録向上に結びっいたかどうかは別として,それからのオフ・シーズン・トレーニングには,必ずウェイト・トレーニングを採用することを,次期のキャプテンに命ずるとともに,自分も共に励んだ結果,卒業の年には腕回りは30cmを越え,胸囲も105cmに達し,ベンチ・プレスで90kg,スクワットで130kgの記録を出せるようになった。(なお,当時の身長は167cm,体重は62kgから68kgへと増加)

 もちろん,この程度の数字は格別に誉められたものでもなく,何らトレーニングをしなくても,これ位の記録を出す人は大勢いるかもしれないが,平均点以下の男がトレーニングによってこれだけになったことを示すものとして見ていただけたらと思う。

 以来,ウェイト・トレーニングの素晴らしさ,ボディビルの面白さに引かれ,一方,社会へ出てからは水泳のできる環境に恵まれなかったこともあって,いよいよボディビルに熱中していったというわけである。

ジープとボディビルの共通性

 自分でバーベル・セットと鉄アレイを買い込み,晴れた日は庭先で,雨の日はガレージでと,1人で励むのが日課となり,たまに出張ともなると,バックの中に8kgの鉄アレイを2個放り込んで,持ち歩くことだけでも腕力の強化になると頑張っていたところ,現在の会社にも,やはりボディピルをやっている物好きがいることを知るに及んで,トレーニング・クラブを結成したのが昭和50年の4月。そして,現在まで運動不足とストレスの解消,および積極的な体力づくりと健康づくりを目的として,週3日の活動を続けている。

 しかし,他のスポーツと違って,いくぶんゲーム性に欠けることと,グロテスクな筋肉マンを作るというイメージでしか見てもらえないために,一緒にやらないかと誘ってみても,
 「卓球やバドミントンの方が楽しいわい」
 「何が面白くて鉄の塊と遊ばんなんがい」
 「ダ,ダ,ダラんないがか。そんな重たいモン持ちゃげて,ギックリ腰にでもなったら,どうすっがい」
と,徹底的に嫌われている。

 その反面,今は110cmを越えている胸の盛り上りに興味を示し,
 「ウォー! イッセイ,何ちゅうでっかいのオ。女みたいなオッパイしとるのオ」
 「何をやってそんな胸になったがい」と驚き,感心してくれるのだが,シャツの下から大胸筋をムキムキ動かしてみせると,男も女もとたんに気味悪がって,「イヤー,そんなことまでしたないチャ。オラッチャ,このまんまでナンツカエンがいて」

と,逃げ腰になるのが悲しい現実。そもそも男たる者,力強い腕,盛り上った力コブ,躍動する赤銅色の背筋群や鍛え上げた逆三角形の上半身に一皮は魅力を感じるものではなかろうか。ターザン映画やローマの剣闘士の出てくる映画で,登場人物の肉体美に目を凝らして見つめたことはなかったろうか。

 そういう体は決して非現実的なものではなく,また,単なる憧れで終るものではなく,誰でもなろうと思えばなれる。真に現実的なものなのであり,そして,それを可能にするのがウェイト・トレーニングであり,ボディビルなのである。
  〔バーベル・カールをする筆者〕

  〔バーベル・カールをする筆者〕

 ところで,自分はボディビルもジープも,どこか似ているところがあるような気がする。

 ジープーそれはもう男心をシビレさせる不思議な魅力を持っている。戦場を,原野を,砂漠を,キビキビと走り回る軽快さ。雪道や不整地を乗り切る豪快さ。オープン走行の爽快さ。コンボイで走る痛快さ。それらを裏づける確かな機動力。そして無骨とも思える位に簡素な設計。それでいて一分の隙も見られない見事な造形美。

 この造形美こそ,鍛えに鍛え抜いて極限まで自己と戦って得たボディビルダーの肉体美と共通するように思えてならない。

 隅から隅まで不要な物を一切なくした機能本位の造形と,そこに秘められた計り知れないパワー。そして,無用な皮下脂肪とたるみを取って,引き締った筋肉質の体。どちらも一度は男心を引きつけるという点で似ている。

 しかも,魅せられて憧れて,そのうち自分もモノにしてみせると思っている問は,周囲もその気持については,同じ経験を持ち合わせているせいか,それなりによく分かるといった具合でそれ程に自分のことを変な目では見ていないのだが,それがいったん決意してジープを入手したとたんに,あるいはバーベルを持ち上げ始めたとたんに周囲の目はガラリと変って「一体何をやりだすがい」ど"変り者"扱い。

 こういう"変り者"扱いという点でも,ボディビルと4×4は似ているように思える。どちらか1つをやったって"変り者"扱いなのに,その両方とも趣味としている自分は,一体どういうことになるのだろうか。常軌を逸脱した途方もない"変り者"。なのか。それとも,マイナス評価が打ち消し合ってプラス評価にでもなるのだろうか。

 現実には,迷彩シャツの下から大胸筋をムキムキさせながら,フルオープンのミリタリー゛もどき゛ジープを乗り回していることを思えば,どうに見たって,こいつはプラスの評価なんて考えられそうにない。やっぱり,ダラー! ということなのか。

 しかし,機動力を誇り,パワーみなぎるジープのハンドルを握るのに,ヤワな細腕は似合わないんじやないかい?フルオープンで風を切る体が,センタク板じゃ迫力負けしないかい?運動不足の体で乗るんじゃジープがかわいそうじゃないか? 力強いフルオープン・ジープには引き締った体と力強い腕が似合いそうだよ。オフロードで,キャンプで,レースで,鍛えた体はきっと役に立つだろう。

 どうせジープに乗ってりゃ変り者扱いなんだろう。それにいくらブームだからといっても,雪の降らない都会での4×4は変ってるぜ。年に1回,トランスファーレバーを動かすことがあるかどうかわかんないジープなんてもの,こりゃどう見たって変ってるとしか言いようがない。

 4×4に狂ってるア・ナ・夕! ボディビルで体を鍛えてみないか。最も男くさいスポーツだぜ。グロテスクなハイラックにバーベルなんてのも最高の組合せだと思う。荷台に鉄アレイを載っけておいて,オフロードで,キャンプで,レース場で,暇さえあったら振り回してみようじゃないか。それだけでも随分効果はあると思うよ。もっとも,その鉄アレイも飾りじゃ意味ないがネ。4×4ともども手あかでまみれた本物にしようぜ。
〔西脇美智子さんの実技指導〕

〔西脇美智子さんの実技指導〕

 ボディビルの百恵ちゃんが

 ボディビルは確かに筋肉マンをつくる。日本でもトップクラスのビルダーは,一般の人から見て異常な位に発達した筋肉を有している。そして,ボディコンテストでは独特な仕草でポーズをつくり,一種異様な雰囲気の中で筋肉を動してその発達具合を強調する。

 それか何やら非現実的な尋常ならざる印象を与えるせいか,とかく一般人に,あるいは一般的なスポーツ関係者に違和感をいだかせてしまうようである。それに,筋肉を誇示するポージングが,あまりに独特で,日常的感覚とかけ離れているが故に,妙な嫌悪感すらいだかせているようである。

 「あれ,一体何よ。ちょっとおかしいでないがか」
 「筋肉のごっついかは分るけどよ,男がなんであんな格好せんならんがい」
 「あんだけ筋肉のついた体ちゃ,異常々わい。グロテスクやて」
 「ありゃ見せかけだけでないがか。力ちゃそれ程でもないがやろ」
 などと,この地方ではあまり良い評価を聞くことはできない。こういう偏見をもって発言する人達は,並大抵ではないハードなトレーニングを積んで鍛え上げた成果を,1つの手造りの芸術品として,ポージングという手段で競い合うのが,ボディビルであることを知らないし,また理解しようともしない。

 体操の演技,アイスダンスの演技がスポーツとして称えられるなら,ボディビルもスポーツの1つとしてもっとももっと認められるべきであろう。

 しかし,現実には,もともと巨大な筋肉を有する超人達がバーベルを弄び肉体をひけらかしているという印象でボディビル=筋肉オバケという短絡的な定義付けで片付けられている。

 従って,トップ・ビルダーとはいえもともと一般の人と変らぬ体格であったこと,また,その筋肉か長い年月にわたる絶ゆ間ない努力と,耐忍の結果であることを知らない。そして,その努力の過程で,ウェイト・トレーニングが筋力増強にはもちろんのこと,一般的な健康づくりや体力づくりにも,大いに役立っていることに気づかないでいる。

 自分は,ボディビルが一部の物好きな人の専用物では決してなく,一般大衆にとって,もっと受け入れられやすいものであるために,その見落されがちな健康づくりや体力づくりに有益であるという一面を,もう少し強調すべきではあるまいかと日頃から考えており,何か一般の誤解と偏見を少なくする方法はないか,多いはずの潜在的ボディビル人口を顕在化させる方法はないか,せめて会社内のクラブ員を増やす手はないものかと,思案しているところへ登場してきたのが,あの“百恵ちゃん”

 そう,昨今“ボディビル界の百恵ちゃん”としてテレビ・雑誌で大モテの西脇美智子さんである。

 自分のように,ビルダーとしてはただ底辺人口を支えているにすぎない男が,いくら健康づくりにボディビルが有益だと宣伝したって,誰も耳を傾けてはくれまい。「あの"変り者"がまで何を言い出したがい」と冷たくあしらわれるのが関の山だろう。してみればこの際“百恵ちゃん”の力におすがりするしか道はなかろうて。

 ご存知のように彼女は‘80ミス・ボディビル実業団健康美コンテストに優勝し‘81年には全日本女子パワーリフティング選手権のフライ級でスクワット,ベンチプレス,デッドリフトの全種目で日本新記録を出し,トータルでも290kgの日本新記録で優勝という実績の持ち主であり,今では誰1人知らぬ者のない位の有名人である。従ってその効果は大いに期待されるところであろう。

 しかし,余りにも有名になり過ぎた感じでもあり,また彼女のお兄さんの西脇清明さんが,池袋西口で経営するトレーニングセンター“ユニコーン”でのコーチ業にも忙しいと聞いており果して北陸の片田舎へ來てくれるだろうかと,それが心配だった。

 おそるおそる,富山県ボディビル協会の村上理事長,及び日本ボディビル実業団の山際会長を通じて,彼女に連絡をとると,何と意外な!OKの返事。

 あの“百恵ちゃん”が,我がトレーニング・クラブの呼びかけに応じて,健康づくり講演会のために高岡へ来てくれるというのだ。ジープを除いて,昨今こんな嬉しいことが他にあっただろうか。

 その後,講演会の準備は,締まりなく口許を緩めた誰かさんのもとで進められるのである。

 ジープで“百恵ちゃん”と

 健康づくり講演会の開催にあたり,会社側の了解,及び労働組合の協力を取りつけ,また健康に関することでもあるから,健康保険組合も主催者に加わってもらって日取りも決定。

 昭和57年2月19日の金曜日。

 さて当日,心配していた雪も幸いにして降ることもなく,無事,空路富山入りしだ“百恵ちゃん”は,終業後,会場に集まった約200人の熱心な従業員の前に,そのレオタード姿を現わした。

 講演会は「健康づくりと運動」をテーマとしており,プログラムは,お話と実技指導,及び水着姿によるポージングの3本立。

 彼女自身の体験談を交えたお話のあらましは次の通り。

 健康は体力と相互関係にあり,体力の強化は健康の増進にっながる。この体力の強化は,筋肉を強化することによっても得られる。そして,この筋力の強化手段がウェイト・トレーニングであり,ボディビルである。他方,このボディビルによって無用な皮下脂肪を落し,かつ望む部位を発達させて体型を整えることか可能になる。
〔西脇美智子さんの華麗なポージング〕

〔西脇美智子さんの華麗なポージング〕

 この点に着目しで“百恵ちゃん”がボディビルに取組んだ結果,2年程で6~7kgの減量に成功し,かつ,見事なプロポーションの,極めて健康的な体を作り上げたというわけである。

 女性がボディビル,あるいはウェイト・トレーニングをすることに抵抗を示す人がいるか,女性はホルモンの関係から男性のような筋肉になることはない。かえって体全体のたるみがとれて,プロポーションを良くすることに役立ち,もちろん体を動かして汗を流し,そして栄養を摂りながらの減量であるから健康にもよい。だから,ボディビルはオモリを使った美容体操であり,且つ健康運動であり,男性にとっても女性にとっても有益であると強調された。

 実技指導は,器具を使用した運動種目と使用しない種日の紹介と同時に男女各1名のトレーニング・クラブ員を相手に,手とり足とり直接教えるという形で行なわれ,見るものを羨しがらせた。

 そして,いよいよ期待の水着姿でのポージング。

 会場には西脇さんのお話を聞くよりも,この最後のハイライトだけを楽しみに,最前列に陣取った男性がいたかもしれない。しかし,ポージングはそういう不謹慎な男性のためにされるのではなく,厳しいトレーニングによっていかに無用の皮下脂肪を落して,体全体を引き締め,美しいプロポーションを作り上げたかを,いろいろな角度から披露するためになされるのでありそういう観点から見るべきものでなくてはならない。

 ステージに上った“百恵ちゃん”はゆっくりしたメロディーのBGMに合わせて,1つ1つのポーズを,流れるようにつないでいく。

 会場は水を打ったように静かになりしわぶき1つ聞こえない。約200人の視線は,彼女の体に釘付けとなり,華麗で且つダイナミックなポージングに圧倒されていた。

 ボディビルで鍛え上げた彼女の体は実に見事であった。先程のレオタード姿の時にはボディビルをやっているという印象は全くなく,どちらかといえば,ちょっと小柄で健康そうなお嬢さんという感じであったのに,水着姿になると一回よりも二回よりも大きく見え,彼女の一挙手一投足は魅力に溢れていた。

 女性とはいえ,胸から肩え,そして腕にかけての筋肉は,さすがにベンチプレスで50kgを押し上げる実力を見せており,また,大腿四頭筋の発達もスクワットで120kgをかつぎ上げるだけのことはあると,納得させる程のものである。もちろん,腹や腰の周囲のだぶっきは全く見られず,前面中央と背中の中央を縦に走る直線の凹みは,無用の脂肪を落していることをはっきりと証明している。

 しかし,男性のようにゴッゴツして重たげな感じは全くなく,柔らかな曲線を成す体は,しなやかで,且つ軽やかである。

一般的女性のもつ特有のふっくらとした感じや,豊満な感じはないけれど,時々テレビで放映される外人の女性ビルダーのような筋ばった感じでもなく,見ていて違和感は何ら感じられなかった。

 わずか2分足らずのポージングではあったが,司会役の自分もすっかり見とれてしまい,アンコールを忘れるところであった。

 アンコールによるポージンジの終了とともに,この日のプログラムは全て終り,ボディビル協会の村上理事長から,感謝とねぎらいの気持を込めた花束が彼女に贈られた。

 その後の記念撮影では,彼女は全くイヤがりもせず,気軽にわがクラブ員と並んでカメラの前に立ってくれた。先の講演会の時も含め,引き続き開かれたクラブ貝との懇談会の席上でも,彼女は旅の疲れも見せず,終始にこやかで愛恕が良く,またユーモアを交えた気さくな話し方は,むしろ緊張気味の会場を和やかな雰囲気にし,遂には金場から2人の女性をステージに引っ張り出して実技指導の生徒にしてしまう位で,会場内は大いに湧きあがった。

 とかく有名になると,鼻が高くなって気取るような素振りを見せがちなものだが,彼女にはそんなところはこれっぽっちも見られず,どちらかといえば甘ったるいしゃべり方の中に,明るい性格の人柄か忍ばれ,会場全体に爽やかな健康美をふりまいていたといえるだろう。

 講演会開催の真意が来場者に十分伝わったかどうか不明だが,少なくとも西脇さんの素晴らしさは,全員感じていったに違いない。

 その日の夜は高岡に宿泊し,翌日,空路東京に戻る予定にしていたが,彼女の希望でこのあたりの観光案内を計画。高岡にはこの時期格別見るところもないので,ちょっと足を伸ばして金沢の兼六園に向うことにする。

 しかし,ただホテルから兼六園の直行というのは芸がない。ましてホテルはかの有名な雨晴とは目と鼻の先。青松白砂の松太技浜が目の前である。イッセイとして,ここでジープを持ち出さぬ手はないだろう。

 その日,20日の土曜日は朝から雨降る生憎の空模様。残念ながらオープンというわけには参らぬから,不本意ながらも幌を装着して,まず松太技浜へ乗り入れる。

 J54Aのボディを換装したJ3Rの助手席に“百恵ちゃん”がいる。JH4の唸り中にアシストグリップをしっかりと掴んで,疲弊した自衛隊シートに腰掛けだ“百恵ちゃん”がいる。感激じゃあー。もう絶対にシートは張り替んゾ。ギャップで跳ねる度に彼女の香りが車内に溢れ,腐食であいたボディの穴から流れ出ていく。惜しい。もったいないからと深呼吸。

 雨が小止みになったのを見計らって波打際にジープを止める。外へ出て記念撮影。彼女と並んでボンネットに腰かけ,ハイ,ポーズ。

 “百恵ちゃんとイッセイ”

 絵になるなあ。しかし,ゴシップにならなければと心配してみる。

 そして,高岡にある日本三大大仏の1つを見物した後,金沢へ向うが,兼六園も雨。名物の雪吊りも雨の中では締らない。やはり雪吊りは新雪の中でこそ趣きがあるといえるだろう。とはいえ,雨の中の兼六園だって減多に来れないし,それなりの情緒はあろうというもの。無理矢理その良さを押しつけるようにして園内を案内。

 幾分疲れが見え始めた昼過ぎ,北陸自動車道を引き返して富山空港へ。雨のために30分程遅れたYS11に乗り込むのを見送って,さようなら。

 何だか別れがもの足りない。二度と会うことがあるだろうか。そう思うともう少し一緒にいたかった。

 さわやかな印象を残して東京へ帰った西脇さん。マスコミに毒されることなく,その素直で謙虚な態度を持ち続けて欲しい。そして,女性ボディビルダーのパイオニアとして,ボディビルの普及と健全な発展のためにますます努力して欲しい。もちろん,ご自身のトレーニングも忘れず,コンテストにもパワーリフティングにも挑戦してもらいたい。最後に,女としての幸せを……と雲間に消えてゆく機影を追いながら心に念ずる
月刊ボディビルディング1982年7月号

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