ジャパンオープン取材レポート
三つ巴の混戦を制したのは“超”バルク久松だ
さて、前置きが長くなったが、今年のジャパンオープンは月ボでも数回にわたり特集してきたように本命と言われる選手がおらず、何人かの有力選手による激しい優勝争いが展開されると予想された。その中の一人が、昨年の関東選手権優勝、一昨年ジャパンオープン3位の加藤直之である。細いウエストから上下に放物線を描くアウトラインは、全日本クラスの選手でもいないほどの美しさを持つ。最近は仕上がりも安定してきているので、調整さえうまくいけば優勝できる。
加藤とはタイプは違い、バルクとスケールの大きさが売りの久松一貴、上下のバランスの良さ、仕上がりの厳しさで定評のある佐藤貴規も十分に優勝射程圏内の選手だ。一昨年2位の金子芳宏は、昨年4位と順位を下げてしまった。彼は、仕上がりの厳しさでは安定感があるが、フィジーク的な変化があまり見られない点が、ここ数年評価が伸びない原因だと思う。何か目に見える変貌が窺えれば、彼の優勝もあり得るのだが…。
◆男子予選ピックアップ
まずは一時ピックアップと称して38名から20名に絞り込む。比較審査は以下の面子で6回行われた。
①岩尾、内田、森、本多
②岩尾、平田、高岸、広川、松尾
③村重、岡部、本多、広川
④平田、高岸、広川、猿山、河村
⑤谷澤、河村、広川、辻田
⑥五十嵐、岩尾、榊原、猿山
そして猿山、榊原、重田、広川、内田の6名が同点となり、再審査の結果猿山が2次ピックアップへと駒を進めた。その他の2次ピックアップ進出者は岩尾、重岡、加藤、奥村、佐藤、浅野、松尾、村重、岡部、小田、郷、征矢、小松、本多、椿、久松、金子、平田、辻田の19名だ。そして、2次ピックアップの比較審査のメンバーは以下の通りだ。
①浅野、松尾、本多
②松尾、村重、本多、郷
③平田、小松、辻田、椿
わずか3回の比較に終わっている。この2次ピックアップは、決勝に残れるか残れないかのぎりぎりの線上にいる選手を比較しなければならないので、審査する側も慎重に比較し、優劣を付けなくてはならないはずだ。そのラウンドにて僅か3回の比較というのは少なすぎると言わざるを得ない。今私はジャッジ表を見ながら、このレポートを書いているが、比較の抽出メンバーとジャッジのピックアップ選手を見比べ、やや腑に落ちない点、疑問に思える点があるので、ここに書いておきたい。
まず1つ目は、結果12位の小田が、この2次ピックアップで2度も呼ばれていない点だ。彼はここ数年このジャパンオープンでは決勝に残っている選手だし、今年も結構厳しい仕上がりで臨んでいた。しかし、この2次ピックアップでは3人の審査員が決勝進出者としてピックアップしていない。果たして、小田は2次ピックアップで同点となり、郷直樹と同点審査を受けたが、2次ピックアップの本審査で1度も比較に呼ばれないで優劣を付けられたのであろうか? もしくは、小田と郷はゼッケンが隣り合わせだったので、ラインナップの時に優劣を付けることができたのかもしれないが…。
また、郷に関しては、1次ピックアップでピックアップしておきながら、2次でピックアップしていない審査員がいる。当然1次と2次ではピックアップする人数が違ってくるのである得る話だが、1次ピックアップで自分がピックアップしていない選手を2次で郷の代わりにピックアップしているとなると話はちょっと違ってくるのではないか。僅か数分の間に身体が目に見えるほど変わるとは思えないし、ポージングが劇的に変化する訳でもない。どのような理由からそういう判断をしたのかは解らないが、もう少し比較の回数を多くすれば、こういった矛盾する、疑問に思えるジャッジが下されることは少なくなるはずだ。
また、ついでと言っては何だが、結果5位の浅野が、決勝進出当落線上にあるこのラウンドの比較に抽出されることには驚いた。おそらく1人の審査員が浅野をピックアップしていないので、その審査員が抽出したのであろうが、その後の予選・決勝で自分がピックアップしていない選手を5位という上位につけることにはどういった理由からなのだろうか。
自分がピックアップしていないということは、予選審査には進めないと判断したからなのだから、当然その後の予選・決勝では自分の審査の中では下位に位置しなければならないはずだ。人が人を審査することの難しは十分わかるし、審査基準というものがバルクなのか、カットなのか、バランスなのか、どれなのかが明確にされていない以上、ある意味個人個人の審査員の中にある基準で審査しているようなものである。いや、自分の持つ審査基準、信念で審査しているのであれば整合性があるので良いと思う。一番いけないのは他人に合わせてジャッジをすることだ。それだと、自分の中に明確な審査する基準がなく、周りを見たり、比較の呼ばれ方で判断してしまう訳だから、ピックアップしていない選手を上位につけたりするのだ。決勝に残れる残れないは、選手にとって1年間努力してきたことが報われるか報われないかの、ある意味死活問題だ。時間的な問題もあるかもしれないが、そういった選手側の気持ちも考えて審査してもらえるとありがたい。
1枚目左より岩尾、内田、森、本多 2枚目左より村重、岡部、本多、広川 3枚目左より五十嵐、岩尾、榊原、猿山
(左) 広がりの美しさで定評のある郷は、今回は厚みも凄かった。(右) 仕上がりの厳しさで目を引いた本多。下半身が犠牲になったか。
良いコンディションで臨んでいた平田であったが、表現しきれていないようだ。
久しぶりに出場してきた元東日本チャンピオンの本多琢磨。ラインアップの時から厳しい仕上がりで目を惹いた。が、若干細さも感じる。絞りを優先させたのか、スケールのある上体に比べると、脚の弱さを感じた。
今回、ダークホース的な存在で期待を寄せていた平田隆も、仕上がりが良かった。臀部、ハムストリングスにはきちんとカットを出し、大腿部に縫工筋まで深く表すほどだ。しかし、彼は何がいけないかと言えばポージングである。どちらかと言えば、彼は大型ビルダーに属するのに、なぜかポーズを小さくとってしまう癖があるようだ。せっかく良いポテンシャルを持っているのに、それが表現で活かされていない。なんてもったいないことだろうか。
◆予選比較審査
①加藤、佐藤、金子、久松、小松
②佐藤、浅野、久松、金子、加藤
③久松、征矢、加藤、岡部
④小田、重岡、岡部、征矢、辻田
⑤小松、重岡、岡部、奥村
の5回のみに終わる。ここに書いてある比較の名前は実際に左から並んだ順なのだが、加藤と久松、佐藤と久松が隣同士で並んでいないのである。実際当人たちからも「今回隣に並ばされて比較されていない」という声が聞かれた。
隣に並んでいないと言えば、11位の辻田と12位の小田は同じ抽出でも5人の端と端に立っていての比較だった。さらに、6位の小松は、5位の浅野、7位の征矢と同じ抽出での比較を受けていない。その征矢は、なぜかトップの久松、加藤との比較を受けている。10位の奥村も11位の辻田、12位の小田と比較されていない。
こう見ていくと、万遍なく選手を比較しているとは到底思えない。かなり以前の大会では3人ずつ抽出して比較していたと思うが、いつからか時間短縮のため5人で比較するケースが多くなった。これが抽出メンバーのばらつきを生んでいるように思うのだが。まぁ、ボディビルの最高峰ミスターオリンピアやアマチュア世界大会も5人以上を並ばせて比較することが最近はほとんどなので、世界的にこのやり方が主流になっているのであろうが、比較審査好きの私にとっては、せめて日本の大会くらいはじっくりと、ゲップが出るくらい見たいものだ。そう感じている読者、観客、さらに選手も多いことだろう。
ミスターの部優勝/久松一貴(茨城)
(左) ミスターの部2位/加藤直之(神奈川)(右) ミスターの部3位/佐藤貴規(東京)
◆決勝審査
さて、誌面も少なくなってきたので、決勝に進んだ選手へのコメントを書いておこう。12位の小田は、最近仕上がりは安定してきている。脚の筋量が先行していた数年前と比べると、かなり上下のバランスも整ってきたようだ。あとは、いかにしてこの体に幅を持たせるかが、上位へ食い込む鍵であろう。
11位の辻田。実は大阪選手権をとった頃から私は注目していた選手である。身長181㎝と長身でありながら、細さを感じさせず、また全体のバランスも良い選手である。ただ、如何せん仕上がりにムラがあり、大阪以後タイトルに絡む機会が全くと言ってなかったようだ。それが、今回は別人のように絞り込み、このハイレベルなジャパンオープンで見事入賞した。“眠れる獅子が目を覚ました”とまでは言えないが、今後彼の動向に多いに注目したい。ただ取材者側として忠告しておきたいことがある。それはフリーポーズを終始うつむいてとるのは止めて欲しい。良い写真が撮りにくいだけでなく、審査員への印象も決して良くはない。
ファーストコール。左より加藤、佐藤、金子、久松、小松
(上)左より佐藤、浅野、久松、金子、加藤。 浅野はこの面子による比較のみであった。(下)ファーストコール。左より加藤、佐藤、金子、久松、小松
9位の重岡は、加藤を一回り小さくしたような、バランスとアウトラインの良い選手だ。これまで日本クラス別では上位に食い込んでいたが、オーバーオール大会であるこのジャパンオープンでは初入賞だと思う。ポージングセンスもよく、見ていてほれぼれする体だ。しかし、身長161㎝の重岡がオーバーオールの大会で上位に食い込むには美しさだけでは駄目だ。ラインナップ時で目に飛び込んでくるくらいのカットの厳しさが出せれば、ジャパンオープンはおろか日本選手権入賞も夢ではないだろう。そのポテンシャルは十分持っている。
8位の岡部は、昨年は予選落ちをしている。一昨年東京でデビューしたときほどのインパクトがなかったからだ。昨年は東京から福岡へ単身赴任すると言う大きな環境の変化があったためか、体が疲れているような印象を受けた。今年は違う。一昨年の切れと張りを取り戻していたようだ。元々バランスの良い体をしているだけに仕上がりよければ評価も上がってくる。来年はもう一回りバルクアップをし、上位を狙って欲しい。
7位の征矢はこのジャパンオープンで過去3位にまでなっている。細いウエストで手足が長くプロポーションに映える選手だ。大腿部の外側の膨らみが尋常ではなく、やや大腿部のバランスを崩しているようにも見えるが。仕上がりも悪くはなかったが、ここ数年バルク型の選手の活躍が著しいので、ここら辺で何かを変えて行かないと順位を伸ばすのは難しいかもしれない。
6位は昨年大躍進した小松慎吾。典型的なバルクタイプのビルダーだが、アウトラインやバランスも悪くない。今年はさらなる躍進を期待していたが、仕上がりが昨年より甘めであった。
5位は昨年と同じ順位の浅野喜久男。密度感あふれる上体の迫力は圧巻で、バックの上背部の切れもトップと比べて負けていない。上半身に比べ、やや下半身の発達が十分でないように思える(特に後)。順位付けの比較で彼が1度しか抽出されていないのは、首を傾げるしかない。
4位も昨年同様、金子芳宏が落ち着いた。毎年優勝候補に名を連ねながら、今年は優勝争いにさえ絡めていないような感じであった。ややプロポーションに難があるものの、仕上がりの良さでカバーしてきた感があるが、スケールの大きい選手や、アウトラインやバランスに秀でた選手と比べると劣勢に立たされざるをえない。そういった選手を破るにはフィジーク的に目に見える変化を出すか、骨の髄まで届くようなスーパーカットを出すしかないであろう。
さて、トップ3。昨年2位の佐藤貴規。優勝候補筆頭と言ってもよかったであろう。しかし、ジャッジ表を見ると意外にも1位票は1つしか入っていない。彼のフィジークは玄人受けするようで、ラインナップではあまり目を惹かない。が、一度ポーズをとると俄然存在感を増すのである。常に沈着冷静な顔の表情もある意味彼の持ち味なのだが、会場から見ていると面白みに欠けるし、おそらく審査員の目にも飛び込みづらいであろう。その点、やる気満々の表情で臨んでいる久松や加藤の方が目を引く。特にスケールの大きい久松は色の黒さも手伝って、インパクトは全選手中随一だ。純粋なフィジークのみで審査をすれば非常に弱点の少ない佐藤が優勝してもおかしくはないのだが、そこは人が人を審査するスポーツの難しさ。肉体以外のものもある意味非常に重要な要素になってくるのは間違いない。ある意味完璧にコンディショニングしてきた自信なのかもしれないが、佐藤には勝つためのステージングも身につけて欲しい。
加藤は、今回も久松の壁を破ることはできなかった。“も”と書いたのは、3年前の関東大会でも久松に破れていたからだ。上下のバランスやアウトラインの良さでは加藤に軍配が挙るのは確かだ。久松の上体の大きさは今まで以上に感じたが、やや下半身が劣っているように見えたのもあるからだ。身長約10㎝、体重は15㎏以上も差のある両者の比較は想像以上に大きい。仕上がりの厳しさとスケールの大きさで優勝をものにした久松に何の文句もないが、いつの日か加藤が久松を破る姿を見てみたい。
左よりミスターの部4位/金子芳宏(神奈川)ミスターの部5位/浅野喜久男(愛知)ミスターの部6位/小松慎吾(長野)
左よりミスターの部7位/征矢洋文(長野)ミスターの部8位/岡部謙介(福岡)ミスターの部9位/重岡寿典(山口)
左よりミスターの部10位/奥村武司(大阪)ミスターの部11位/辻田 勲(大阪)ミスターの部12位/小田敏郎(愛知)
◆ミスの部
さて、優勝は昨年4位の高原佐知子が2位に23ポイントの差を付けて圧勝した。昨年の日本選手権では絞りすぎの体で予選落ちをするという屈辱を受けていただけに、今回のジャパンオープン優勝で復活をアピールできたことだろう。仕上がり的にはまだ余力があるので、10月の全日本ではさらに進化した高原が見られることだろう。
左より島田、高原、秋山、田中、湯澤
ミックスドペア上位3位。左より河村ヒデッミ&舟木郁子(2位)、中島幸忠&深町りえ(優勝)、高岸豊治&中西さとみ(3位)
(上) 左より秋山、志村、石澤、島田、久野 (下) 左より岩本、深作、種村、志村、高松
久野は僅か1ポイントの差で3位になってしまった。バルクでは湯澤に勝っているだけに、やはり仕上がりが敗因であったのだろう。私はダブルバイセップスで脚を広げすぎているのが気になった。アクセント的に横へ流すのは女性らしさが生まれて良いのだが、あまりにも広げすぎると仁王立ちとなり男性的に見えてしまう。女性らしさが売りの久野にはちょっとミスマッチのようだ。バルクを評価されてか2位票を4つももらっていた久野だが、予選で9位、決勝で10位票をつけられていることは解せない。
5位の秋山千香子は昨年の9位から順位を伸ばした。身長は低いが、非常にバランスの良いフィジークで、仕上がりもかなり厳しく、その点では上位4名に負けていない。予選で2つ、決勝で1つの3位票がついているのにも頷ける。下半身に下半身にもう少し厳しさが出せれば、トップ3入りは間違いない。
6位の田中久美は、秋山のようにラインの美しさではなく、バルクで押すタイプの選手だ。バルクを評価されてか、予選・決勝ともに2位票が2つついている。上背部の筋量、大腿部の太さが目を惹く。昨年ガチガチだったポーズも、今年はかなり改善されていた。仕上がりも悪くなく、高原、湯澤との比較も受けている。笑顔のない、やや一本調子の顔の表情は改善されたし。
7位の島田三佐子は、1週間前の東京クラス別で優勝しその勢いで臨んできた。手脚が長くプロポーション的には恵まれているが、やや背中のラインが弱い。大腿部に比べると腕も弱く見えるので、今後は広がりをつけることを重点において常置あのバルクアップに努めて欲しい。
8位の志村眞理も手脚が長くプロポーションに映える選手だ。仕上がりも決して悪くはないのだが、昨年のバリバリの仕上がりを知っているだけに、今回はやや物足りなく思えた。
9位の種村みつきは、一昨年11位、昨年10位と一つずつではあるが、順費を伸ばしてきている。初めて見た時はこれと言った特長のない、地味な選手であったが、今年はかなり厳しく絞り込んでおり、アウトライン、筋量と改善していて、少し前の山野内里子のように思えた。今後大きく化ける可能性は大いに秘めていると思えた。
10位の岩本京美は、初めて見る選手だ。仕上がりが非常に厳しく、種村似たようなタイプだが、身長が167㎝と長身であるが故にまだ細さは隠せない。プロポーション、ポージングセンスは良いので、彼女にも今後に期待したい。
11位の深作靖子も仕上がりの厳しさで定評がある。今回も多分に漏れず全身に厳しいカットを刻んでいた。
12位の高松眞里子は、いつものような厳しさにやや欠けていたことが、この順位に甘んじた要因か。
最後に、決勝に残れなかった女子選手の中で目を引いた選手を書いておこう。昨年のミス愛知、加藤文子は線は細いが、なかなか切れのある体をしていた。表情も豊かで、好印象を受けた。数年前に活躍していた吉良明子に似た感じがする。このまま頑張って欲しい。
ミスの部優勝/高原佐知子(東京)
←左 ミスの部2位/湯澤寿枝(栃木)→右 ミスの部3位/久野礼子(東京)
左よりミスの部4位/石澤静江(栃木)ミスの部5位/秋山千香子(東京)ミスの部6位/田中久美(東京)
左よりミスの部7位/島田三佐子(東京)ミスの部8位/志村眞理(東京)ミスの部9位/種村みつき(愛知)
左よりミスの部10位/岩本京美(愛知)ミスの部11位/深作靖子(東京)ミスの部12位/高松眞里子(東京)
そして、あまり選手に対してのコメントが書けなかったことをお詫びしたい。
- text & photo:
- 本誌編集長・Ben