吉田進のぶらりマッスル旅 アジア選手権・カザフ編 際限なく上がるアジアのレベル
男子日本選手で唯一決勝に残った60kg級の津田宏
懐かしのカザフ
その時、ソ連には恐ろしく強い選手がいることを知った。しかしテクニックはプリミティブで全く洗練されていなかった。ソ連の役員の中にカザフ地方から出てきた人がいた。彼の名前はセルゲイ・コルゾフ。
我々がソ連に行っている間に、ソ連邦は崩壊した。その後続々とソ連のいろいろな地域が独立した。バルト三国はもっとも独立が早く、ウクライナ、カザフスタン、ウズベキスタンなど大きな地域もどんどん独立。どの国も経済的な混乱の中での独立だった。
そんな中、カザフのセルゲイは早々とボディビル&パワーリフティング連盟を立ち上げ、国内での活動を活発化していった。彼と私は仲が良かった。そんなわけで、私は90年代に2度カザフを訪れる機会を得た。とても歓迎してくれた。連盟はまだ力がなかったので、ホテルではなくサナトリウムに宿泊させられたが、歓迎しようとしている気持ちは痛いほど伝わった。楽しいカザフでのパワーリフティング試合だった。
21世紀に入り、カザフはボディビルでもパワーリフティングでも世界に交じって戦えるようになってきていたが、2004年だったと思う、セルゲイが突然亡くなった。心臓麻痺。まだ40歳ぐらいだった。
彼が亡くなると、カザフのボディビルとパワーリフティングは低迷期に入った。その時思ったのは一人の人間の影響力の大きさ。しかしその後じわじわとカザフ連盟は力をつけ、ついに今年、アジアボディビル選手権大会を開催するまで成長してきた。昨年はアジアベンチプレス選手権を開いたばかりだというのに、2年連続での国際大会開催。私は他人事ではないようにうれしかった。天国のセルゲイも喜んでいるに違いない。
ホテルチェックインで吠えるアラブの人
「なぜ、そんなとんでもない金額を請求するのか? ちゃんと説明しろ!」大きな男は落ち着いて話をしようとしているが、多分長い間押し問答をしているようで、相当イラついている。「我々は、上から言われた金額を請求しているだけです」とカザフの若い女性は一点張り。我々が待っているのにさらに30分もめた挙句、男は「後でもう一度」と行ってしまった。
さて我々の番。請求書を見て我々もびっくり。予想よりめちゃくちゃ高い。開催要項に書かれていた値段の倍近い。説明を聞くと到着日と出発日がパック料金から外れているので、その分を積み上げるとこうなるという。男と同じで、押し問答になるが、お金を払わないとホテルにチェックインできないというので、疲れ果てている選手たちを部屋に入れるためにもどこかで手を打たねばならない。納得しない朝生監督にも説明して、とりあえず高いお金を渡してホテルに入る。
しかし選手は一部屋に3人。これしかないからといって、開催要項の1部屋2人の割り付けを無視した部屋しか用意してくれない。しかも安くしてくれない。あれだけ、選手を大切にしてくれた、カザフ連盟に何が起こったのだろう? 印象としてはお金を取れるだけ取って、ホテルはできるだけ安く上げようとしているようにしか見えない。セルゲイが生きていたら、嘆くだろう。
これで、我々のカザフの印象はガクッと悪くなってしまった。ホテルは昔を知る私からすれば、月とスッポンぐらい違って上等なのに…。
静かな闘志日本チーム
男子60kg級、津田宏。海外でのメダル獲得も多いベテラン選手。今回もメダル獲得の可能性は高い。 男子65kg級、重岡寿典。昨年の日本クラス別チャンピオン。海外は初挑戦。
男子70kg級、佐藤貴規。アジア大会経験者。最近筋量も増えて今回の大会が楽しみ。
男子75kg級、山田幸浩。80kg級の体を絞りに絞って75kg級へ。海外初挑戦。
男子80kg級、須山翔太郎。日本選手権上位を狙う位置に来た須山の海外初挑戦。
女子52kg級、山野内里子。アジアでは大活躍中。今年も目標は金メダル。
フィットネス、山下由美。ボディフィットネスとのダブルエントリーを狙ったが、IFBBのルールをアジアでも採用したので、フィットネスだけに集中。
ボディフィットネス160cm以上、中村静香。徐々に選手が増えるこのクラスで金メダルを目指す。
そして団長は私。
JBBFが派遣する最大チームとなった今回の日本選手団。二日目は夕方に検量なので、午前中はひま。会場を見に行きたいのだが、いったい会場がどこなのか何の情報もない。検量は多分このホテルで行われると思うが、それも何の情報もない。主催者はどこに行ってしまったの? 昨日お金を集めていた人たちはどこにもいない。返金を要求されたら、まずいと思って姿を隠したか?
検量で吠えるクェートコーチ
そうこうするうちにだんだん人が増え、1時間ほど遅れてようやくミーティングが始まる。ここではIFBBのパウエル・フィルボーン審査委員長が厳しく通達を伝える。
「ジャッジは公平であることが一番大切。自分の国の選手に肩入れすることが明らかなジャッジは交代してもらう。選手も公平に戦わなければならない。絞っているのに、胃が突出した明らかに薬物使用と思われる選手には最下位の点数をつけてほしい。シリコンを注入していることが明らかな選手も最下位あつかいすること」これだけはっきりと通達する人は珍しい。IFBBの良心だ。
今回の審査員を発表したが、いかにも不足している。朝生監督は選手のセコンドに専念すると言っていたが、ここは日本からも審査員として協力する態度を示すべきだと思ったので、その旨を伝える。選手思いの朝生監督はよく考えたのち、快諾してくれた。日本のAFBFへの協力度がいっぺんに上がった瞬間だった。
ミーティングの後、夕方6時を大分回ったところで検量が始まった。今回はアルファベット順の国単位。昨年はクラスごとだったのに、いろいろ変わる。これがアジアか?あるいはIFBBのやり方か?
日本は「J」だから比較的早い。進行スピードを見極めながら、そろそろということで検量室に入る。アジアではいつもだが、いろんな国のセコンドやコーチが入り混じって検量室はかなりのごちゃごちゃ。その中に大量のクェート選手団がいる。なぜ?日本より後のはずだ。Kuwaitだから「K」、A、B、C…。やっぱり「J」の後のはず。
日本チームが呼ばれるとクェートのコーチらしいやつが「おれたちはここで1時間待っているんだ。俺たちが先だ!」と叫んだ。「とんでもない、日本だって外で1時間以上待っているし、アルファベット順だ!」と私も負けていられない。
野蛮そうなコーチは何を!という顔でにらんでくる。こうなると私もカッとする。にらみ合いから怒鳴り合いに。しかしこれではまずいと思ったAFBFのタリック事務局長補佐が割って入る。タリックはよく知っている仲。彼の顔を立てるしかないと思いここは折れたが、中東はイラン以外にもルール無視人間は多いんだと思ってしまった(検量が終わったら、やはりまずかったと思ったのか、このコーチは2回も謝りに来たけれど…)。
そんなことで、いつもならもっと落ち着いて検量を観察するのだが、今回はちょっと興奮気味で立ち会ったため、冷静に見ることが出来なかった。だから日本チームメンバーのコメントができないので、ごめんなさい。
予選で吠えるか、日本チーム
男子55kg級。参加選手はごくわずか。レベルも低い。世界選手権ではすでに姿を消したクラスだから、アジアでもこのクラスの存在価値が問われると思う。日本選手は参加していない。
男子60kg級。いきなり参加選手のレベルがあがる。選手の総数は7名。大型の選手の多い中東からも、イラン、オマーン、バーレーンと3名の選手が参加している。津田選手なかなかいい。最高潮に仕上がったときと比べると、わずかにカットが甘い。とはいえ予選通過は間違いないだろう。予選を通過するのは6名。
男子65kg級。参加選手は徐々に増えて10名。重岡選手はプロポーションがいい。スキンヘッドの面構えもたくましい。このクラスあたりから中東の選手の良さが光ってくる。彼らはプロポーションとかよりも筋肉の迫力を大切と思っているようだ。鋭いカットで目を引く選手が増えてくる。予選を通過するかどうか、私にはぎりぎりのラインにいるように見えた。
男子70kg級。選手の数はさらに増えて15名。選手たちは気合十分で自己主張している。その中で佐藤はいい感じで目立っている。ただしパリパリのカットという意味ではちょっと物足りない。しかし全身くまなく筋肉が発達し、しばらく前だとちょっと弱々しい印象があったが、今は俄然たくましい。たぶん予選通過だろう。
男子75kg級。この辺りまで体重が上がってくると中東の嵐。バルクたっぷりの体に、きっちりと鋭いカットを備え付けている。その中で初出場の山田は善戦している。特に腕と肩は全然負けていない。ただこのクラスの中では身長が高いために、ポーズによってはちょっと細身に見える。山田、善戦しているが決勝進出はぎりぎり苦しいかもしれない。
男子80kg級。このクラスも選手は多いし、レベルも半端じゃない。比較的身長の低い選手たちが、これでもかというバルクで押してくる。カットもすごい。そういう選手たちに交じると、須山のプロポーションの良さはあまり目立たない。逆に完全には絞り切れていないところが目立つ。レベルの高いクラスの中で善戦しているが、予選通過は難しいのではないか。
今のところ、女子の選手を送ってくるのは日本、韓国、台湾、カザフなどで、中東からは女子はいない。宗教的理由で女性が人前で肌をさらすことはありえないのだそうだ。選手数がやや少ないので、日本からの3名は全員決勝進出、予選なしということになった。
60kg級優勝のイ・スンホン(韓国・左)と日本の津田
65kg級インドのクマール(7位・左)と重岡
70kg級左より佐藤、アブドラジーズ(クェート・5位)、ムハメッド(クェート・10位)
75kg級山田と1位のナッサー(クェート)
80kg級、左より5位ハビブ(オマーン)、須山、7位ガズワン(イラク)
85kg級、左より1位ハディ(イラン)、2位アリレザ(イラン)、5位メシャル(クェート)、3位パク(韓国)
なかなか発表されない決勝進出者
ここにもあのセルゲイが持っていた、「相手を歓迎する、喜んでもらう」という気持ちが全然感じられない。国際大会はもちろん試合だが、その合間に異国を味わい、楽しむということも大切だ。楽しむどころか、試合結果もなかなか公表されない国際大会
は珍しい。
結局次の日に発表されたところによると日本チームで決勝に進んだ男子は津田選手だけということになった。そして、なんと!帰国してから届いた成績表を見ると、重岡10位、佐藤7位、山田8位、須山10位。日本にとっては今まで経験したことのない大苦戦となってしまった。
左より65kg級10位・重岡寿典、70kg級7位・佐藤貴規
左より75kg級8位・山田幸浩、80kg級10位・須山翔太郎
決勝で日本女子頑張る
順位発表で銅メダルでは私は韓国の選手だと思ったが、ここで山野内が呼ばれてしまった。残念そうな山野内。私には、「えええっ?」という感じ。続く2位にスン。優勝はイー。
アジア2連覇を狙って臨んだ山野内であったが、惜しくも3位に終わる
子ボディビル52kg級。左より2位スン(韓国)、1位イー(台湾)、3位山野内
フィットネス2位の山下由美。今回の日本人選手最高位だった
フィットネス表彰。左より2位山下、1位タチアナ(カザフ)、3位エリザベタ(カザフ)
ボディフィットネス160cm超級3位 中村静香
ボディフィットネス160cm超級。左より2位イ(韓国)、1位ソルンツェバ(カザフ)、3位中村
津田はメダル争いをするかと思ったが、順位発表で呼ばれたのは一番最初、6位。期待していただけにちょっと残念だった。優勝は韓国のイ・スンホン。韓国の選手は全員イか?
イランチーム吠えまくり
もう一つ驚いたのは韓国のレベルの高さ。しかも重量級。85kg、90kg、100kgの各クラスで2人ずつ決勝進出者を出した。同じ東洋人なのになぜ?彼らはバルクもあるし、カットもある。しかもプロポーション的にも年々かっこいい選手が増えている。秘密はキムチか?焼肉か?
90kg級表彰、左より2位タラク(クェート)、1位マーディ(イラン)、3位チョ(韓国)
100kg級表彰、左より2位レザ(イラン)、1位カマル(カタール)、3位イ(韓国)
馬肉を食べて強くなろう
長い長い決勝が終わってホテルに戻ると、最後の楽しみ、さよならパーティ。会場に行ってみると、椅子がない。テーブルもない。広い部屋の隅っこにバイキング風に料理が置いてある。よく見てみると、毎日食べていたボディビルダー食にちょこっと味を付けた程度のものしかない。アルコールもない。カザフの役員は全くいない。ほったらかしだ。
ということで、がっくりした日本チーム(ほかの国のチームも驚いていた)は、すごすごと部屋に引き上げた。
次の日は帰国日だが、日本チームの飛行機はこの日は飛んでいない。困ったなと思っていたところ、朝生監督が佐藤さんというカザフ在住の方と知り合いになっていた。朝生監督は2日間の長い審査で疲れ果てていたと思うが、佐藤さんとじっくり打合せをし、我々に観光を用意してくれていた。
最後のパーティーでおいしいものを食べそこなって元気がなくなっていた人もいるかもしれないが(私も)、この日はバザールで解体されたばかりの豚の胴体や羊の頭を見たり、意外なことにチョコレートが有名なカザフのお菓子屋さんを訪ねたりでアルマティーを楽しむことができた。
佐藤さんがいろいろ調べて紹介してくれたレストランもとても美味。ラクダのミルク、馬のミルク、独特でした。馬の腸詰、これも独特でした。強くなるには馬しかないでしょう。佐藤さんご夫妻、ありがとうございました。
左より朝生監督、お世話になった佐藤ご夫妻、そして筆者
グレードアップするAFBF
その契約書の案を見て、2014年にアジア選手権をやりたいといっていた、スリランカが揺らいでいる。アジア選手権で金儲けできないと観念したのか?それともそれだけのお金を集める自信がないのか?とりあえずAFBFの会議では2014年はスリランカとなっているが、まだ確定ではない。
そんな中2015年は日本の北九州市でアジアボディビル&フィットネス選手権を開催するということは承認された。しかし確定は11月の世界選手権の時に、再度アジア会議を開き、そこで最終決定するとのこと。少なくとも日本開催は間違いはないと思うので、皆さん楽しみにしていただきたい。世界選手権をしのぐほどの筋肉の祭典だから。
総合優勝した85kg級のハディ(イラン)。イランは団体優勝にも輝いている
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