とことんパワーにこだわるボディビルダー加藤直之のBIG3「ビッグ3は筋肉じゃなくて、骨で挙げる」
しかし加藤選手にとって、トレーニングを始めたころに抱いた「より重いものを持ち上げたい!」という願望は揺るぎのないものだ。なにしろ「使用重量が増えなくなってきたらトレーニングはつまらなくなると思うし、これまで“ビッグ3のおかげでデカくなっている”と思ってトレーニングしてきた」のだから。つまり、加藤選手にとってビッグ3は、“ボディビル界の固定観念”をも超越してしまうほど存在なのだ。
そこで09年・12年に続いて3回目となる今回の特集は『加藤直之のビッグ3』と銘打つこととなった。昨今さまざまなマシンの揃ったジムが増えてきているとはいえ、全国的にはまだフリーウェイトを中心とせざるを得ない環境のトレーニーも少なからずいるだろう。加藤選手が通っている神奈川県有数の老舗ジムであるチャンピオン平塚もまたしかりだ。
「同じような環境の方たちの参考になれば嬉しいっす!」と、ノリノリで応じてくれた日本選手権の2年連続ファイナリストのトレーニングを紹介しよう。
ビッグ3でその日のコンディションをつかむ
そんなビッグ3について、加藤選手はかねてから「神経的なトレーニング」と表現していた。ここでいう“神経”には、ふたつの種類がある。
ひとつはもちろん運動神経だ。ビッグ3を行なう時、加藤選手は「身体がきしむ」という。“骨で挙げる”とも喩えているように、筋肉はもちろん、全身を総動員させて重量を受けているからこその表現だろう。そのおかげだろう、加藤選手自身も「僕の身体は体重のわりに動けて機能的だと思う」という。事実、大学生まで続けていた体操選手当時より体重が20kgほど増量した今でもバック宙ができるという。また、取材当日の1月下旬時点での加藤選手の体重は74kg台。昨年のコンテスト体重は日本クラス別の検量で69kg、日本選手権では70kgだったからあまり減量幅はないのだが、「この体重がベスト。これ以上増えると身体の調子が悪くなる」という。むやみに増量しないことで、いつでも最高のパフォーマンスが発揮できているというわけだ。
もうひとつの〝神経〟は精神的な、いわゆる神経のこと。ビッグ3を第1種目にすることのメリットとして、加藤選手は「とりあえず重いのを挙げられればいいや」と言いつつ、「その日のコンディションがつかめて、その後のトレーニングの目安ができる」とも語っている。今後、転勤などで環境が変わったり、年齢が上がって回復力が下がったり、怪我をしたりすれば、現在とはトレーニング種目が変わる可能性はある。あるいは田代誠選手や鈴木雅選手のように、マシンでのトレーニングで追い込んだあとでフリーウェイトをするようになるかもしれない。しかし今のところそういう状況ではない。また、現在ビッグ3に関して使用重量の面で限界を感じていないという。「そこは気持ちがあるから大丈夫っす」。これもビッグ3が神経を鍛えているからこその発言だ。
基本は8レップス×3セット
加藤選手はスポーツクラブに勤務している。子どもスクールの責任者ではあるが、大人のレッスンも受け持っており、その中の2つがダンベルを使うレッスンと、チューブを使った機能改善系のレッスンだ。この2つのレッスンではけっこう筋肉を使うため、その日はレッスンをトレーニングの一部と捉えてしまい、ジムでのトレーニング時間は短く、1時間以内で終えてしまう(さらに多忙な時は職場のマシンで済ませてしまうこともある)。
長い時は1時間半ぐらいトレーニングするが、時間がない時はインターバルを詰めながら耐乳酸トレーニングとしてドロップセットを多用している。また仕事などのスケジュール以外の理由でもトレーニング時間はまちまちだ。気持ちが乗らない時の極端な例では、なんとビッグ3のメイン1セットのみ、ジムの滞在時間10分という日もあるほどだ。
このような理由から、種目やセット数、レップ数は、減量中やオフシーズンというタームで変えることはない。ただし特にビッグ3に関しては、日本屈指の重量級パワーリフターである三土手大介選手がかつて「8レップス×3セットが基本」と言っていたのを耳にして以来、それを見倣ってきた。
「5~6レップスでは、ボディビルダーとしては手を抜いている気がする。だけど10~12レップスもできてしまうと重量として物足りないし、そのわりに疲れて次のセットでがんばれなくなっちゃう…もちろん8レップスできた延長として10レップスまで続ける場合もあるけれど」
なお、現在は使用重量が高い状況になってきているため、セットがちゃんとこなせたからといって必ずしも次回のトレーニングで使用重量を増やすわけではない。8レップス挙がった時点で「今日は調子が良いな」と感じたら増量するという。また、4分割でトレーニングしている中でオフにする日をちゃんと決めて設けているわけではない。時間がなくとも気力がある限り、毎日続けてトレーニングしている。
加藤直之のスクワット
スクワット
【アップ】60kg ×5、100kg ×6、140kg ×1
【メイン】160kg ×8 ×3セット
【メイン後】140kg ×8 ×2セット
「正直、あまり好きじゃないっす(笑)。でも、デッドリフトのメインセットは225kgでできているのだから、本当はもう少し使用重量が上がってもいいはず。もうちょっと研究してみよう!」
以前は気合いの入ったフルスクワットをしていたが、「パワーリフターじゃないから、フルレンジでやらなくてもいいか」と考え、2年くらい前からはハーフレンジに変更した。これは「僕は体型的に大腿骨が長いから、フルレンジだとしゃがむのも立つのも効率が悪い」ためでもある。ハーフレンジのほうがお尻を後ろに突き出せるため、ハムストリングスが使えている感覚がつかめ、意識がしやすいのもメリットだ。
かつぎはローバーだ。ボディビルダーはハイバーで行なうことが多いが、加藤選手はローバーの方がやりやすいという。ハイバーだと体幹がブレるが、ローバーにしてバーを僧帽筋の下にガッチリ食い込ませれば、高重量をかついだ時にも安定するという理由だ。なおチャンピオン平塚ではスクワットラックの隣にスミスマシンがあるが、「肩が痛くてバーがかつげなくなったらスミスマシンも考えるけれど、今のところ使わない」という。
今回のメインセットは160kg×3セット、インターバルは4分。前日に行なったデッドリフトのダメージがあったようだが、元気な時には180kgでセットを組んでいるという。なおメインセット後に重量を下げてセットを組むかどうかは、時間的余裕があるかどうかによって毎回変わってくる。
加藤直之のベンチプレス
ベンチプレス
【アップ】60kg × 30、100kg ×8、140kg ×1、170kg ×1
(※170kg ×1以外は脚上げ)
【メイン】155kg ×8、160kg ×8 ×2セット
【メイン後】100kg ×50 ※脚上げ
ビッグ3の中でいちばん好きな種目がベンチプレスで、昨年には神奈川県のチームベンチプレス大会に出場したほどだ。セット数もレップ数も多いのは、「単純に好きだから、少しでも長くやりたい。コレをやらないと終われないぜ! という気持ち」のため。メインセットのあとで行なう50レップスもの脚上げベンチまで含めてベンチプレスととらえている。
また「“効かせる”というより、“どうしたら重いものが挙がるようになるか”という効率性を求めている」ため、加藤選手自身が「今はザッとやっている」と表現するように、フォームとしては思いっきりブリッジをすることで可動域は狭く、心臓マッサージくらいのテンポで挙上させている。特定の筋肉にヒットさせるという目的はまったくないそうだ。
しかし、話をしているうちに思うところがあったようで、「使用重量は下がるかもしれないけれど、今後は今ほどブリッジさせずに可動域をもう少し広げて、1レップごとに押し切ることも視野に入れたい」と言っていた。胸の補助種目としてはベンチプレス以外にインクラインプレス、ディップス、ケーブルクロスを採用している。
なお2012年に取材した際は「来年は190kgまで記録を伸ばしたい」と言っていたが、ちゃんと実現させたという(しかも補助のいない状態で!)。今は200kgも挙げてみたい気持ちを持っているという。
この日の補助種目はダンベルフライだ。一人でトレーニングすることが多いので、ドロップセットで追い込む
加藤直之のデッドリフト
デッドリフト
【アップ】60kg ×6、100kg ×6、140kg ×3、180kg ×2
【メイン】210kg ×8、220kg ×8、225kg ×8
デッドリフトは以前から変わらず、スモウスタイルで行なう。これもより効率的に重い重量が挙がるからだ。ごくまれにヨーロピアンスタイルで行なうこともあるが、それはあくまでもバリエーションとして。デッドリフトで効くのは臀部とハムストリングスだが、ヨーロピアンに変更する目安は、「スモウスタイルで背中全体に重量が乗る感じがない場合」という。
今回の取材では、スクワットとベンチプレスはメインセットが終わってからも重量を落として続けていたが、デッドリフトに関してはメインセット×3セットが終わった時点で終了した。デッドリフトとスクワットは通常、メインセットで終了するのだが、今回のスクワットは時間的に余裕があり、かつ身体にうまくハマらなかったので、ピラミッド式にセットを重ねて重量をつかむ感覚を得ようとしたためという。
ジムにはプラットフォームはなく、バーベルの下にウレタンマットを敷いてデッドリフトを行なっていた。フォームとしてはゆっくりではなく、さりとて勢いよくスープレックスするかのようなものでもない。下ろし方は丁寧だ。しかし重量が重量だけに、メインセットでバーベルを下ろすたびにビル全体が揺れていた。補助種目はベントロウ、チンニング、プルダウン、ロウプーリーロウイング。
背中の補助種目、ロウプーリーロウ
補助種目で追い込む
また、トレーニングはひとりでやることが多く、かつ短時間でより質を高めたいと考えた結果、効率良く追い込むために有効なドロップセットやレストポーズを以前より多用するようになった。
そこで加藤選手はビッグ3の補助種目として、POF法に則った種目の中で、ドロップセットができる種目を選んで組み合わせている。その日のトレーニング時間によって何回ドロップセットができるかは変わってくるため、これらの条件に該当する種目はおのずと決まってくるというわけだ。
なお、ビッグ3では「より重いものを挙げたい」と考えているが、補助種目に関しては使用重量にこだわりはない。「効いてきてからどう追い込めるかが大事。効いている状態が続くように、チンニングなら手幅を、レッグエクステンションなら爪先の向きを変える」
ただし最後のセットはハイレップスがマストだ。これは効かせるためではなく、「もう動かない」と思うまで回数をこなすことが今後のパワーアップにつながるのではと考えているためである。
ジムの設備上、フリーウェイトをメインにせざるを得ないとはいえ、“より重いものを持ち上げる”というシンプルな信念に基づく豪快なトレーニングは、加藤選手の身体能力を底上げし、持ち味である勢いのある筋肉を生み出し、さらには将来の密度のある身体のもとになっている。
加藤選手に「“ボディビルダー加藤直之選手の持ち味”は?」と尋ねたら「モリモリしているところ」と答えが返ってきた。加藤選手の身体を見ていると、いつしか萎んでしまう風船のように膨らんだ筋肉ではなく、強く逞しく重量感のある鋼鉄の塊のようにギュッと詰まった筋肉が皮膚の内側で過積載となって、内から外へと突き上げているかのよう。「もっと効かせるトレーニングをした方がいいのかな」と言っていたが、それは彼の本心ではないだろう。決して誰しもにフィットするトレーニングではないが、「より重いものを持ち上げたい!」という信念こそが加藤選手の持ち味を引き出したのだから。こんな異色のトップビルダー、ひとりくらいいても良いじゃないか!
- 加藤直之(かとう・なおゆき)
1981年2月14日生まれ
埼玉県出身/身長161㎝ 体重69~71kg(14年コンテスト時)75~77kg(オフシーズン)
職業=フィットネスクラブ社員(ダンロップスポーツクラブ茅ヶ崎)/神奈川・チャンピオン平塚所属
トレーニング歴12年・コンテスト歴10年
05年千葉県大会優勝
11年関東大会優勝
12年ジャパンオープン優勝
13年日本選手権9位(初入賞)
- text:
- Akane Yamaya
- Photo:
- Ben Kamata
Recommend
-
-
- ベストボディ・ジャパンオフィシャルマガジン第二弾。2016年度の大会の様子を予選から日本大会まで全て掲載!
- BESTBODY JAPAN
- BESTBODY JAPAN Vol.2
- 金額: 1,527 円(税込)
-