2011日本選手権優勝者手記 鈴木雅
[ 月刊ボディビルディング 2012年2月号 ]
掲載日:2017.04.28
昨年の手記では「これからが本当の意味でのスタートだと思います」と書きましたが、それは私にとってよい条件が重なって勝たせていただいたという気持ちだったからです。もともと結果には執着しないタイプですが、今年は生まれて初めてといってもいい結果を求めて臨んだ大会でもあり、その通りに結果を出せたことで正直ホッとしました。
2011日本選手権優勝者手記 鈴木雅
私はボディビルダーである前に、現在ゴールドジムで働く一社会人ということを常に念頭において、仕事との両立をめざしながら、体を発達させることに取り組んでいます。この二つのバランスが取れないと何事もうまくいかないと思うからです。仕事とトレーニングを両立させることで精神的な充実が得られ、ひいては何倍にもなって自分の体に返ってくると思っています。
日本一となって周りから見られる目もちがってきて、指導をしていてもトレーニングをしていても注目されていることを肌で感じました。しかしそれはいい意味でのプレッシャーとなり、よけいにしっかりとしなければならないと思い、モチベーションも上がります。人から「努力しているんですか」と聞かれることがありますが、私自身は努力を努力とは思っていません。当たり前のことを当たり前にやる。ただそれだけです。苦しいことをしっかりやることで自分の身になるからです。
ジムにはトップビルダーのほかにも一流のアスリートの方が多く見えられますが、みなさんに共通していることは、常に集中してトレーニングに励んで決して手を抜かず、今日やるべきことは今日やる、覚悟をもって行なっているという気迫がひしひしと伝わってきます。だからこそ一流なのだと思いますし、私もああなりたいと思ってやってきました。
トレーニングのやり方に正解、不正解はないと思いますが、いろんなトレーニング方法を間近で見たり、またそうした方々と話すことができたおかげで、自分の中に多くの引き出しを持てたことはかけがえのない財産となっています。それがまた仕事にも役立っており、お客様にかみくだいて解かり易く説明できるようにもなりました。お客様に納得していただけたときはうれしくなり、よし、もっと勉強しようという意欲も湧いてきます。
誰かのためにやるのではない、自分のためにやるのだから、追い込むことも苦とは思わず、自分に甘くなれば自分の体に返ってくる、やるべきことをやれば自ずと結果はついてくる。もしそれで負けても悔いはなし、と自分に言い聞かせました。
今年は基本に立ち返った一年でした。トレーニング内容を修正するのではなく、狙った筋肉にテンションをかけながら、重さを伸ばすことに重点を置くことを心がけました。やはり重さをかけないと筋発達はしませんから。しかしただ重さをかければいいというものではなく、重さをかけても筋肉が付かないケースがある。そこには必ず原因があるはずで、その原因をつかまないと先に進まない。
私もさらに進化させるにはどうしたらよいかと考え、たとえばベンチプレスはどうして胸にいいのかということから、再度基本を見直してみました。そうした基礎知識を踏まえたうえで、前日よりも1%でも多く力を出して、1㎏でも伸ばす。限界を少しずつ伸ばすようにしていきました。そうした積み重ねが、今回の連覇に結びついた要因の一つだと思います。
日本一となって周りから見られる目もちがってきて、指導をしていてもトレーニングをしていても注目されていることを肌で感じました。しかしそれはいい意味でのプレッシャーとなり、よけいにしっかりとしなければならないと思い、モチベーションも上がります。人から「努力しているんですか」と聞かれることがありますが、私自身は努力を努力とは思っていません。当たり前のことを当たり前にやる。ただそれだけです。苦しいことをしっかりやることで自分の身になるからです。
ジムにはトップビルダーのほかにも一流のアスリートの方が多く見えられますが、みなさんに共通していることは、常に集中してトレーニングに励んで決して手を抜かず、今日やるべきことは今日やる、覚悟をもって行なっているという気迫がひしひしと伝わってきます。だからこそ一流なのだと思いますし、私もああなりたいと思ってやってきました。
トレーニングのやり方に正解、不正解はないと思いますが、いろんなトレーニング方法を間近で見たり、またそうした方々と話すことができたおかげで、自分の中に多くの引き出しを持てたことはかけがえのない財産となっています。それがまた仕事にも役立っており、お客様にかみくだいて解かり易く説明できるようにもなりました。お客様に納得していただけたときはうれしくなり、よし、もっと勉強しようという意欲も湧いてきます。
誰かのためにやるのではない、自分のためにやるのだから、追い込むことも苦とは思わず、自分に甘くなれば自分の体に返ってくる、やるべきことをやれば自ずと結果はついてくる。もしそれで負けても悔いはなし、と自分に言い聞かせました。
今年は基本に立ち返った一年でした。トレーニング内容を修正するのではなく、狙った筋肉にテンションをかけながら、重さを伸ばすことに重点を置くことを心がけました。やはり重さをかけないと筋発達はしませんから。しかしただ重さをかければいいというものではなく、重さをかけても筋肉が付かないケースがある。そこには必ず原因があるはずで、その原因をつかまないと先に進まない。
私もさらに進化させるにはどうしたらよいかと考え、たとえばベンチプレスはどうして胸にいいのかということから、再度基本を見直してみました。そうした基礎知識を踏まえたうえで、前日よりも1%でも多く力を出して、1㎏でも伸ばす。限界を少しずつ伸ばすようにしていきました。そうした積み重ねが、今回の連覇に結びついた要因の一つだと思います。
ただ、一つ気をつけたことがあります。それはやりすぎないこと。私はトレーニングが好きで自己鍛錬にはまってしまい、そしてボディビルの世界へと入りました。ボディビルを始めて2年目でミスター東京を獲ったあたりは、やればいくらでもできる気がして、疲れがあっても若さにまかせてガンガンやっていました。そのため疲労が回復せず、精神的な疲労もたまっていき、元に戻すのにとても苦労した経験があったからです。いま気持ちの高ぶりをセーブすることができるようになったのも、そうした経験が生きているからだと思います。
今年、そのことを痛感する出来事がありました。今年は4月までは順調にトレーニングしていたのですが、5月に入って間もなくして脚のケガをしてしまった。そのため脚の種目が満足にできない状況が一時期あり、さらにアジア大会の後、今度は体調を崩してしまい一気に体重が5㎏も落ちると同時に、筋肉も根こそぎ落ちてしまいました。確かに焦りはありましたが、ここで焦ってもしようがないと気持ちを落ち着かせられましたし、回復してからも、ここで無理に挽回しようとすれば元の木阿弥になる、いまやれることをやろう、と言い聞かせました。
一日中、ボディビルのことを考えていると思われているようですが、そうではありません。もちろん仕事やトレーニングのときは考えていますが、自宅へ帰ったらまず考えることはありません。ボディビル関連の本はほとんどありませんし、DVDやビデオも押し入れに入っていて見ません。自宅でそれから離れることで気分がリフレッシュされ、ジムへ入ったときにまた新鮮な気持ちで臨むことができるからです。
食事はノルマを決めています。一日のタンパク質は、体重×3~4gを分割してしっかりと摂るように心がけています。オフになると多少ジャンクフードも食べたりもします。カロリーはなるべく下げず、減量中も5千~6千カロリーをキープします。それと生活のリズムを一定にすることを心がけていますが、なかでも快適な睡眠をとれるように特に気をつけています。快適な睡眠をとることで精神安定につながるからで、それを補助してくれるサプリメントも摂っています。
これまで大会前夜は気持ちが高ぶってなかなか寝つけなかったのですが、今回の日本選手権のときは本当に明日が大会なのかというぐらいにリラックスしていたと思います。普段より5時間も早い午後10時頃に眠くなってしまい、そのままベッドに横になり、朝6時に起きるまで一回も目が覚めませんでした。やるべきことはやってきた、という気持ちがそうさせたのかも知れません。体調がよかったというより、しっかりと体の機能を働かせて、今回は準備できたと思います。初めての経験でした。
会場入りしてからも、特に周りの人のことは意識することなく、淡々として準備をすすめていたので、あとから「元気がない」とか「貫禄がついてきたようだ」という声を聞きましたが、いま考えてみると、これまでは大会の記憶はあいまいなことが多かったのに、今回の大会に限っていえば、自分がなにをしてなにを見ていたのかをよく覚えているので、最初から最後まで平常心でいられたのだと思います。
今年、そのことを痛感する出来事がありました。今年は4月までは順調にトレーニングしていたのですが、5月に入って間もなくして脚のケガをしてしまった。そのため脚の種目が満足にできない状況が一時期あり、さらにアジア大会の後、今度は体調を崩してしまい一気に体重が5㎏も落ちると同時に、筋肉も根こそぎ落ちてしまいました。確かに焦りはありましたが、ここで焦ってもしようがないと気持ちを落ち着かせられましたし、回復してからも、ここで無理に挽回しようとすれば元の木阿弥になる、いまやれることをやろう、と言い聞かせました。
一日中、ボディビルのことを考えていると思われているようですが、そうではありません。もちろん仕事やトレーニングのときは考えていますが、自宅へ帰ったらまず考えることはありません。ボディビル関連の本はほとんどありませんし、DVDやビデオも押し入れに入っていて見ません。自宅でそれから離れることで気分がリフレッシュされ、ジムへ入ったときにまた新鮮な気持ちで臨むことができるからです。
食事はノルマを決めています。一日のタンパク質は、体重×3~4gを分割してしっかりと摂るように心がけています。オフになると多少ジャンクフードも食べたりもします。カロリーはなるべく下げず、減量中も5千~6千カロリーをキープします。それと生活のリズムを一定にすることを心がけていますが、なかでも快適な睡眠をとれるように特に気をつけています。快適な睡眠をとることで精神安定につながるからで、それを補助してくれるサプリメントも摂っています。
これまで大会前夜は気持ちが高ぶってなかなか寝つけなかったのですが、今回の日本選手権のときは本当に明日が大会なのかというぐらいにリラックスしていたと思います。普段より5時間も早い午後10時頃に眠くなってしまい、そのままベッドに横になり、朝6時に起きるまで一回も目が覚めませんでした。やるべきことはやってきた、という気持ちがそうさせたのかも知れません。体調がよかったというより、しっかりと体の機能を働かせて、今回は準備できたと思います。初めての経験でした。
会場入りしてからも、特に周りの人のことは意識することなく、淡々として準備をすすめていたので、あとから「元気がない」とか「貫禄がついてきたようだ」という声を聞きましたが、いま考えてみると、これまでは大会の記憶はあいまいなことが多かったのに、今回の大会に限っていえば、自分がなにをしてなにを見ていたのかをよく覚えているので、最初から最後まで平常心でいられたのだと思います。
ポーズダウンで激しくぶつかり合う合戸(左)と鈴木。鈴木にとって は待ち望んでいた光景であった
予想通り合戸選手はベストコンディションでこられましたが、私はいまの私を精一杯表現しようと思って舞台に立ちました。比較審査やポーズダウンなどの際、合戸選手が隣でポーズとられたときはさすがに意識したものの、一方それは私の待ち望んでいたことでもあり、楽しくできました。今年の日本選手権は、これまでで最も地に足をつけて臨めた大会ではなかったかと思います。
今年の世界大会でようやく自分の立ち位置が分かったという
日本選手権の後、11月にインドで行なわれたミスター・ユニバース(80㎏級)には、昨年に続いて出場させていただきました。結果は11位でしたが、世界における自分の立ち位置がようやく分りました。昨年は予選落ちして自分の立ち位置が分らず、世界の壁に悩んでいたからです。立ち位置が分ったことにより、課題がみえて世界への目標を持てたことにより、意欲が湧いてきたと共に、トレーニングにおいてさらなる工夫をしていかなければならないと痛感しています。
日本選手権で連覇を果たしたことにより、世界でも上位という結果を求められることが大きくなっていると感じているからです。私は世界の80㎏級を念頭に置いており、11位に入ったことにより、世界で戦うにはどういう体づくりをしなければいけないかをある程度つかむことができました。
日本選手権で連覇を果たしたことにより、世界でも上位という結果を求められることが大きくなっていると感じているからです。私は世界の80㎏級を念頭に置いており、11位に入ったことにより、世界で戦うにはどういう体づくりをしなければいけないかをある程度つかむことができました。
そのための〝隙間のない体〟という理想のイメージ像は自分の中にありますが、言葉に表わすのは難しく、バランスがよく筋発達している肉体。要するに、筋肉の凹凸があってアウトラインもよいという美しい体ということになると思います。
しかし、私にはまだまだ胸のライン、背中の上背部の厚味と広がりが足りないと思っています。弱い部分は鍛え上げ、強い部分はより鍛えていくことで、理想像へと近づいていくことができると思います。それには、トレーニングでただ一生懸命に重いものをやるのではなく、なぜこれをやるのかをきちんと踏まえたうえで取り組まないと、理想が結実しないと思います。理論と実践をうまくかみ合わせたトレーニングを大切にしていきたいと考えています。
昨年、初優勝が決まった後に涙ぐみました。あの涙はどちらかというとうれし涙ではなく、感謝の涙でした。仲の良かった親友の一人が亡くなったことなどもあり、それまでお世話になった方々の顔が次々に浮かんできて、自然にこぼれ落ちたものでした。
人からは「素質があるのでしょう」といわれることがありますが、家族に体の大きい人はいませんし、子どもの頃は病弱で、小学生時代は月に2回は学校を休んでいたほどです。先ほど書きましたが、就職してからすばらしい環境の下でトレーニングできたことが大きかったと思います。
この一年、多くの皆様方から期待をこめた心温まる言葉をかけていただきましたが、その応援がなによりの励みとなり力になったと感じています。今後もボディビルと仕事との両立をめざしていきたいと思いますので、これからも応援をよろしくお願いいたします。
しかし、私にはまだまだ胸のライン、背中の上背部の厚味と広がりが足りないと思っています。弱い部分は鍛え上げ、強い部分はより鍛えていくことで、理想像へと近づいていくことができると思います。それには、トレーニングでただ一生懸命に重いものをやるのではなく、なぜこれをやるのかをきちんと踏まえたうえで取り組まないと、理想が結実しないと思います。理論と実践をうまくかみ合わせたトレーニングを大切にしていきたいと考えています。
昨年、初優勝が決まった後に涙ぐみました。あの涙はどちらかというとうれし涙ではなく、感謝の涙でした。仲の良かった親友の一人が亡くなったことなどもあり、それまでお世話になった方々の顔が次々に浮かんできて、自然にこぼれ落ちたものでした。
人からは「素質があるのでしょう」といわれることがありますが、家族に体の大きい人はいませんし、子どもの頃は病弱で、小学生時代は月に2回は学校を休んでいたほどです。先ほど書きましたが、就職してからすばらしい環境の下でトレーニングできたことが大きかったと思います。
この一年、多くの皆様方から期待をこめた心温まる言葉をかけていただきましたが、その応援がなによりの励みとなり力になったと感じています。今後もボディビルと仕事との両立をめざしていきたいと思いますので、これからも応援をよろしくお願いいたします。
- 鈴木雅(すずき まさし)
ゴールドジム マスタートレーナー
トレーニング研究所 所長
1980年12月4日生まれ
出身:福島県福島市
身長:167cm
体重:83kg
小学校から高校まで野球をやっていたが、当時は50kg前後で体は小さい方だった。大学3年生の頃、友人とスポーツジムに通い始めたことをきっかけに、21歳でボディビルの世界に飛び込む。やればやるほど体が変化することに面白さを感じトレーニングの魅力にハマっていった。
ボディビル界のゴールデンボーイと呼ばれ、2005年に東京選手権で優勝し、同年日本選手権初出場で12位に入る。順調に順位を伸ばし、2010年に日本選手権初優勝。以後優勝を積み重ね、現在も連覇を続けている。
<主な成績>
[ 2007年 ]
日本クラス別85kg級 2位
東アジア選手権85kg 優勝
日本選手権 8位
[ 2008年 ]
日本クラス別80kg級 優勝
東アジア選手権85kg級 優勝
[ 2009年 ]
ワールドゲームズ80kg級 優勝
日本選手権 優勝
[ 2010年 ]
日本クラス別80kg級 優勝
日本選手権 優勝
世界選手権80kg級 5位
[ 2011年 ]
アジア選手権 80kg級5位
日本選手権 優勝
世界選手権80kg級 4位
[ 2012年 ]
アーノルドアマチュア 80kg級 4位
日本選手権 優勝
世界選手権80kg級 4位
[ 2013年 ]
アーノルドアマチュア80kg級 7位
日本選手権 優勝
[ 2014年 ]
アーノルドアマチュア80kg級 3位
日本選手権 優勝
[ 2015年 ]
アーノルドアマチュア80kg級 8位
日本選手権 優勝
世界選手権80kg級 3位
[ 2016年 ]
アーノルドアマチュア80kg級 優勝
- 撮影協力:
- ゴールドジムウエスト東京
[ 月刊ボディビルディング 2012年2月号 ]