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心は身体に、身体は心に影響する ATR半蔵門 藤原和朗

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掲載日:2018.11.02
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米国の認定資格を持つアスレティック・トレーナー(ATC)を中心に、スポーツの本場アメリカのアスレティック・トレーニングの普及を目指して国内の競技スポーツ現場での活動を続ける(有)トライ・ワークス。手掛ける現場は幅広く、競技スポーツの枠を超えたカテゴリーにおいても多くの活躍の場を持っている。

ランナーの聖地である皇居の周回歩道まで徒歩1分、大通りの喧騒から離れた静かなオフィス街に位置するコンディショニング施設“ATR半蔵門”にて、それぞれの現場で得た実践経験を活かしトライ・ワークス流のトレーニングやケアを個々の状態に応じて提供する。

本稿では、ATR半蔵門にてメディカルディレクターを勤める藤原和朗(ふじわら かずお)氏による、実際の症例を元にしたコラムを掲載する。
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ビジネスパーソンにおける実際の症例

3年ほど前から体調管理で治療させてもらっているクライアントとのエピソードです。
この方は50代後半の男性ビジネスパーソン(以下「Aさん」)で、私の施設に来る以前の数年間は、月に1~2回日本とヨーロッパやアメリカへの出張を繰り返す生活をされていました。

そのような状況からようやく国内のみの勤務となりましたが、それでもAさんは仕事柄、毎週東京-関西を往復する生活を送られていました。

当初は膝の痛みがひどくて治療をさせていただいていましたが、それは程なく落ち着いたので体調管理を兼ねて治療を継続されていました。

膝の調子は良くなるも右の背中の緊張が気になる

当初はさほど気になっていなかったのですが、膝の調子が良くなるにつれ、Aさんの右の背中に強い緊張が出やすいことに気付いてきました。

6時間以上の時差を一カ月に何度も強いられることからは逃れることができましたが、それでも毎週新幹線での移動もそれなりに負担が掛かります。
Aさんは健康に気を遣う方でしたが、仕事上の付き合いで夜遅くまで飲み食いがあったので、内臓への負担も掛かっているからだろうか、とお伝えしていました。
実際外食が多かったり(この方は早く帰宅されると自炊される方です)、お酒の席が多くなると、Aさんは背中の盛り上がりが強くなる傾向があり、治療前に姿勢をチェックすると何となく前回の治療から当日までの生活状況が想像でき、言い当てることもあったりしました。

お酒の席が増えると、おのずと帰宅時間が遅くなるため、睡眠時間も短くなってしまっているのも影響していたと考えます。
それでも治療後はその緊張も左と同じようになるので、そのまま継続していました。

突然なくなった背中の左右差の原因とは

このようにして月日が経ち、先日いつものように治療前の姿勢チェックをさせてもらったところ、いつもの右の背中の盛り上がりがほぼ左右等しいのです。

思わずAさんに「今日は右の背中の張りがほとんどなく良い状態です。どこか別の治療院などに行かれましたか?だとしたら上手な方に治療していただいたのですね。もし今後もそこに行けるのでしたら、上手に利用して下さい」と伝えました。ところがAさんはその時、不思議そうな顔をしただけで返事をされませんでした。

治療者によっては、他の治療との併用を良く思わない方もいるという話を聞きますが、私はその方が楽になるようであれば積極的に併用した方いいという考えです。
ですからそのつもりで言っただけなのですが、何か気に障ることを言ってしまったのかな、と思いながら治療を開始していました。そして治療が終盤に差し掛かり、うつ伏せになっていたAさんから突然、私の想像を超える話がありました。

「実は以前から会社に早期退職願いを出していたものの、なかなか受理されずにいたのですが、やっと認められたのです」

これにはさすがに驚き、言葉を失いました。同時に様々な感情が溢れ出来ました。
Aさんにとって色々なストレスが振り掛かっていたことは理解しているつもりでした。

ですが退職が認められる(会社を辞められる)ことが、Aさんの右の背中の盛り上がり対して私が行ってきたどの治療よりも大きな変化をもたらしたこと、言い換えればAさんにとって会社(やそれにまつわる諸々のこと)がそこまで辛かったのだということと、私がそれに気付くことが出来ていなかったこと。

それからそこまで苦労しながら勤務されていたAさんに対して、私は安易に別の治療院にいったのかと大きな勘違いをしたことがとても恥ずかしくなったこと、人の心理状態はそこまで身体に影響を及ぼすのかということ、そして自分の今までの治療が、Aさんにとってどこまで役に立てていたのであろうかということを。

その日の治療後のAさんの表情は今までになくスッキリされていたのは気のせいではなかったと思います。

後日談、「心身一如」

実はこのエピソードには後日談があります。
ひょっとしたら退職されたらAさんはもう治療に来てくれないかもしれないな、とも考えて覚悟していました(有難いことにAさんは現在も利用してくれています)。

その後Aさんの奥様(も私のクライアントです)がお見えになった時に「主人が(右の背中の張りが少ないことを指摘したことを)とても感心していました。ちゃんと見てくれているのだね~」と。

どうもAさん自身も退職が認められた後に、何となく身体の軽さを感じていたらしいのですが、その原因が何だったのかを分からずにいたそうで、私からの指摘で気付かれたそうなのです。

Aさんのエピソードは、私に多くのことを投げ掛けてくれました。
「心身一如」とは言いますが、この言葉をより身近に感じることが出来たのは、Aさんのお陰です。

今まで以上にそのクライアントの日常が心身双方にどんな影響を与えているのかに思いを馳せるようになりました。

今までは前回の治療から今回までといったごく短期間での変化しか気に留めていませんでしたが、何カ月・何年という単位での変化もイメージするようになってきました。

「今の身体(姿勢)は過去の積み重ね=その人の生き様」とも考えるようになり、さらにその人の人生に寄り添えるような対応をしていけるようにしていきたいです。

トライ・ワークス 開催アカデミー

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  • 藤原 和朗(ふじわら かずお)

    【資格】
    ・鍼灸あん摩マッサージ指圧師
    ・JSPO-AT
    ・Life Supporting First Aidインストラクター

    【所属】
    ・ATR半蔵門メディカルディレクター
    ・(有)トライ・ワークス トレーナー

    【経歴】
    1994年 早稲田大学人間科学部スポーツ科卒業
    1997年 花田学園 日本鍼灸理療専門学校本科卒業
    サッカー、アメリカンフットボールのトレーナーを歴任後、平成21年(2009年)よりトライ・ワークストレーナーとして、ダンサーなどパフォーマーへのケア、トレーニング指導を行う。平成22年(2010年)よりラグビー日本代表チームのアスレティック・トレーナーとしてチームに帯同。平成23年(2011年)ラグビーワールドカップ ニュージーランド大会にも帯同。平成23年(2012年)ラグビーU20日本代表アスレティック・トレーナーを務める。2012年よりATR半蔵門メディカル担当。