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ビルダーは衝撃に強いか弱いか

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[ 月刊ボディビルディング 1973年3月号 ]
掲載日:2017.10.05
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墜落事故では女性の方が強い

 昨年の科学朝日に載っていた航空自衛隊航空医学実験隊・池上晴夫氏のデータを見て、“これはビルダーに不利”と思った。

 その記事は飛行機が墜落したとき、どういう人が強いかというものだが、池上氏のデータを紹介しながら、ビルダーとの関係を考えてみよう。

 昨年インドで起こった事故のとき89人の乗客、乗務員のうち、生存者は子供3人を含む6人で(うち、大人3人は後日死亡)すべて女性。またアンデス上空で雷に打たれて墜落した事故では17才の女性が助かり、チェコ上空1万メートルの高度から落ちて奇跡的に助かったスチュワーデスの例があげられている。

 昨年モスクワで起こった日航機事故のように、離陸2分後で高度も100メートルぐらいしか上っていなかった場合は別として、氏は墜落事故に対して男性より女性の方がなぜ強いのか、あるいは偶然なのだろうか、という疑問を投げかけている。

皮下脂肪と柔軟性が衝撃カを軽減

 コンクリートは硬くて、一見強固であるが、ハンマーで強く打つともろいこれに対して、ゴムは柔らかく、手の力でも容易に変形するが、ハンマーで強打してもこわれない。男性と女性の体の差異が、このような現象に類似しているのではないだろうか。

 女性の体の皮下脂肪は約30%で、男性の約2倍もあり、関節も男性より柔軟である。子供はさらに柔らかい。このことは、外力を受けたとき衝撃力を吸収し、破壊力を弱める作用をもつ。6メートルの高さから落ちたとき、打ちどころが悪くない限り男性でも助かる。しかし、10メートルになるとよほど幸運に恵まれない限り助からないそうである。子供では10メートル以上の高さからでも助かった例は珍しくなく、20メートルの高さからコンクリートの床に落ち助かった例もあるそうである。

 人体の落下の最終速度は体重に関係し、軽いほど速度が小さい。15キロの子供の落下速度は、60キロの大人の約半分だそうだ。また、体に脂肪が多いと、体全体の比重が小さくて、空気抵抗を強く受け、落下速度も最終速度も小さくなる。

 これらの関係は次の式で表わされる
F=V²/2S(Fは衝撃力の強さ、Vは接地時の速度、Sは減速距離)
皮下脂肪などはSに関係がある。女性はSが大きい。Sが2倍になるとFは半分になり、さらにFは落下速度の2乗に比例するから、速度が半分になれば衝撃力は4分の1になる。もちろん子供や女性も人間であるから、Sが2倍になったり、Vが半分になることはないが、いずれにしても男性よりFすなわち衝撃力ははるかに少ない。

防御反応が強いのは不利

 次に、衝撃と防御反応との関係から考えると、反応の強い人は全身の筋肉に力が入り、体の柔軟性が失われ、衝撃に対してもろくなる。防御反応はかえってマイナスとなるのだ。実験的に麻酔した動物と、麻酔しない動物とに同一条件下で衝撃を加えると、麻酔した方が強いそうだ。これは防御反応が抑制されているためと考えられている。子供や女性は防御力が弱い。その理由のひとつとして筋力の弱さがいわれている。女性の筋力は男性の60~70%で子供はさらに弱い。

 また、子供と女性が強いのは墜落だけに限ってはいない。酸素不足下で実験すると、雌ラットは雄ラットよりも強く、幼若ラットはさらに強い。遠心力に対しても、出血に対しても、女性は男性よりも強いことが立証されている。

ビルダーは見かけだおしか?

 さて、われわれビルダーの体は一般の人より体重は重く、皮下脂肪も少なく、筋力も強く、防御反応も強い(?)そして男性である。これでは悪条件が多すぎて、きわめて不利だということになる。ビルダーはいかにも逞しいが見かけだおしだということになる。

 しかし、これまでに紹介した池上氏のデータは、飛行機事故という極端に強い衝撃を受けた特殊な場合のことであって、日常生活で起こる自力で防げる程度の衝撃はまた別であろう。

 プロレスラーが、殴られ、蹴られ、投げつけられる。普通人ではとても生きてはいられないと思われるほどだが彼らはケロッとしている。もちろん痛みに耐える精神力もあるが、鍛えぬいた肉体がそれを支えている。

 自動車事故のとき、ハンドルで胸部に強い衝撃を受けたとする。この場合大胸筋の発達しているビルダーと、そうでない普通人とではどちらに軍配があがるであろうか?私はビルダーと答える。また、転倒したとき、防御反応の発達している人と、劣っている人ではどうであろうか。おそらく、ケガは前者の方が軽くてすむだろう。

 このように考えてみると、われわれビルダーは決して見せかけだけではないことがわかる。しかし、筋肉の鎧をつけていても、柔軟性がなく、反射力も弱いと、かえって禍となる。日常のトレーニングに柔軟性と反射力を養う運動をぜひ取り入れたいものである。
[ 月刊ボディビルディング 1973年3月号 ]

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