フィジーク・オンライン

☆ トップ・スターの素顔 ☆ 水上彪選手の一日

この記事をシェアする

0
[ 月刊ボディビルディング 1973年5月号 ]
掲載日:2017.10.12
記事画像1
 松戸駅から市川行きのバスに乗って約10分、区画整理が終わったばかりの閑静な住宅地に水上選手の家はあった。それほど大きくはないが、こざっばりとしたいかにも郊外の文化住宅といった感じの家である。水上選手はまだ独身、ご両親と3人暮らしである。

 われわれが到着したのがちょうど10時。水上選手はまだ床の中だった。起床はいつも10時前後、ご両親はとっくに食事をすませているので、10時半ごろ1人で遅い朝食をとる。

 けさのメニューは、しゃけ1切、煮豆、つけ物、焼のり、梅干、ごはん1杯、グレープフルーツ半分、ごくふつうのサラリーマンの食事である。

 11時、隣の柏市で鉄工所を経営しているお父さんと一緒に家を出る。昨年1月、ジムを始めるまでは、水上選手も兄さんと一緒に家業の鉄工所を手伝っていたが、いまは兄さんが1人で経営をまかされている。

 近くの停留所からバスに乗って松戸駅に着いたのが11時半。駅前のシャノアールというしゃれた喫茶店でひと休みするのが日課になっている。ふつう喫茶店の常連といえば、きまってコーヒーであるが、水上選手はもっぱらミルクだという。

 12時、松戸駅からひとつ先の北松戸駅へ。水上選手の経営する松戸ボディビル・センターは、駅前の新しいビルの5階にある。ガラス窓一面に書いた大きな看板がすぐ目に入る。この辺一帯は東京のベッド・タウンとして最近急激に人口が増えており、ジムの立地条件としては申し分ない。

 12時10分、ジム到着。すでに会員が6〜7人、思い思いに練習しており、専任コーチの赤木さんが何やら注意していた。

 三方がガラス窓で、実に明るいジムである。ちょうど40坪のフロアーに、器具類が整然と並んでいる。あとランニング・マシンをぜひ入れたいと思っています、と水上選手はいっていた。
記事画像2
[10:00 なん回も起こされてようやく起床](左)
[10:30 朝食、メニューは一般のひとと変わらない](右)
記事画像3
[11:00 鉄工所を経営しているお父さんと一緒に家を出る。](左)
[11:30 松戸駅前のしゃれた喫茶店に寄ってミルクを1杯。](中)
[北松戸駅前のビルの5階がジム。大きな看板がよく目立つ。](右)
 ここで、経営者としての水上選手にジム作りの苦心などを聞いてみた。

ーー  ジムができたのはいつですか。

水上 昨年の1月20日です。

ーー 水上さんは家庭的に恵まれているから、ジムを作るのも簡単だ、というような話を聞いたことがありますが。

水上 とんでもありません。おやじと兄が鉄工所をやっていますが、一昨年、いままで工場のあったところが住宅地に指定され、柏市の工業団地に移転することになり、すごくお金がかかったんです。銀行からも借金して移転したくらいですから、ジムの方には全然出してくれなかったんです。だいいち、私がジムをやることについては家族みんなが大反対だったんです。

ーみんなボディビルがきらいなんですか。

水上 ボディビルは好きなんですが、ジムをやるのはいけないというんです。私が大学を出てから約2年間、鉄工所を手伝っていたんですが、ようやく仕事にも馴れてきた頃だったし、借金して柏市の工業団地に移転した直後で、さあこれからみんなで協力してやろう、なんていっていたときですから、時期も悪かったんですネ。

ーー ではジムを作る費用は全部自分で?いくらくらいかかりました。

水上 ええ、最初に銀行から300万円借りましたが、これはおやじに保証人になってもらいました。そういった面では面倒をみてもらいましたが金は出してもらっていません。

 費用としては、権利金が160万、最初に入れた器具が80万、ボイラーが30万、更衣室その他の設備に70万全部で500万くらいかかりました。

ーー それだけお金をかけて採算がとれますか。

水上 オープンして6カ月ぐらいは大へんでしたが、昨年の暮あたりから順調になってきました。現在練習生も130人程になりましたし、借金を月賦で返済していますのでまだ楽ではありませんが、それがすめばうんと楽になります。

ーー けさご両親に会った感じでは、ずいぶんボディビルに理解があるようでしたが?

水上 最近ようやく納得してくれたようです。その証拠に、越谷市民新聞の社長をしている二番目の兄が、昨年、越谷ボディビル・センターをつくったときは大賛成だったんです。

 インタビューしているうちに会員の数もだんだん増えてきた。男性会員に混って女性会員もトレーニングしている。同じフロアで男性と女性が一緒にトレーニングしているのも珍しい。

ーー 女性会員はいまどのくらいいるんですか。

水上 現在8名です。

ーー 女性に対する指導法は?

水上 女性の場合は、プロポーションをよくしたい、というのが大きな目的ですから、男性とは全然ちがいます。マット運動とか、縄跳び、シット・アップのような重量を使わないで、自分の体重を利用するやり方が主になります。その他、ごく軽いバーベル運動もやります。女性には女性のコーチがいいんですが、まだそこまで手がまわりません。
 午後5時。ジムの近くの食堂で昼食をとる。水上選手が注文したメニューは、五目焼そば1人前、ハンバーグとキャベツとスパゲッテイを添えたもの1皿、生野菜の盛合せ、ごはん1皿。

 朝食は比較的少いが、昼と夜は一般の人の2人前は食べるという。

 5時半頃から会員たちがぞくぞくやってくる。ジムが駅前にあるため、勤めの帰りにトレーニングで一汗流してそれから家に帰って夕食という人が多いらしい。この時間は、赤木さんと一緒にコーチ専門となる。

 8時。いよいよ自分のトレーニングである。きょうのトレーニング・コースは、
< 胸 >
ベンチ・プレス     7セット
ラテラル・レイズ    7セット
バー・ディップ     5セット
ストレート・アーム・プルオーバー 5セット

< 腕 >
カール(チーティング) 5セット
カール(ストリクト)  5セット
シーティッド・カール  5セット
コンセントレーション・カール 3セット

< 腹 >
シット・アップ     5セット
レッグ・レイズ     5セット

以上で、所用時間は約1時半。トレーニングは週5日、水曜日と月曜日は休養。トレーニング・スケジュールはなく、その日その日の思いつきでやるという。もちろん、水上選手ほどのベテランになれば、思いつきといっても頭の中に長期的なアウトラインができているので、ただ無計画に適当にやっているというわけではない。

 ここで水上選手のコンテスト歴を紹介しよう。

1968年 関東学生選手権優勝
 〃   全日本学生選手権優勝
1969年 ミスター神奈川 5位
1970年 ミスター東京 4位
1971年 ミスター東京優勝
 〃   ミスター日本 6位
 〃   ミスター関東 2位
1972年 ミスター日本 7位
 〃   ミスター関東 2位
記事画像4
[5:00 ジムの近くのレストランで昼食](左)
[8:00 トレーニング開始。最初に必ず縄跳び、それから本運動に入る。](中)
[9:30 シャワーで汗を流し練習終了](右)
ーー ボディビルを始めたのはいつですか。

水上 東洋大学3年のときですから、ちょうど6年前です。

ーー 動機は?

水上 東洋大学のボディビル部は部員が60~70人ぐらいいて非常に盛んなんです。私の友だちが部員だったものですから、ときどきのぞいているうちに好きになってしまいました。

ーー 始めて2年目で全日本学生選手権に優勝したんですから、素質があったんでしょうね。

水上 いえ、ごく普通の体格でした。

 大学の練習の他に、錦糸町ボディビル・センターで遠藤さんのコーチを受けたのがよかったと思います。指導法も適切だったし、なんといってもあの大きな人がいつもそばにいるので、目標として励むのに好都合でした。私がこれまでになれたのは、遠藤さんのお陰だといつも感謝しています。

ーー これからの目標は?

水上 ボディビルが好きですから、コンテストに出るかどうかは別にして一生続けていきます。そして、社会体育としてのボディビルの普及とかビルダーの社会的な認識を深めるために何かをしてみたいと思っています。まだ具体的なことは考えていませんが、たとえば市会議員に立候補するなどして、ボディビルの有効性を一般の人にアピールするというようなことですね。

ーー 結婚は?

水上 見合いの話はよくありますが、ジムが完全に軌道に乗るまではそれどころではありません。まあ、来年の秋ごろには結婚したいと考えていますが、それまでにいい人が見つかるかどうか。

 なんといってもまだ若くて、ハンサムで、体格がよくて、しかも頭のいい水上選手のことだから、市会議員にでも立候補すれば、若い有権者からは圧倒的な支持が得られるに違いない。それにしても、現在ガールフレンドが1人もいないとはちょっと納得しがたいが、ボディビルに明けボディビルに暮れる彼にしてみれば、デートなどしている暇がないのだろう。

 10時半、会員が帰ったあと掃除である。器具や床はもちろん、きょう使った約100枚のタオルも洗う。ジムを閉めたのが11時。
 これからタ食であるが、この時間になると食堂はほとんど閉店である。水上選手は夜遅くまでやっている松戸駅前の「大徳」というおにぎり屋で食べることが多い。今夜のメニューは、日本酒4合、焼魚(あじ)2匹、生野菜1皿、おにぎり3個、豚汗1杯、野菜の煮つけ1皿。なかなかボリュームあり、栄養のバランスも考えたビルダー食といえよう。

 食事を終わったのが12時。タクシーで家に帰り、ひと休みして寝るのが2時。こうしてボディビルひと筋に生きる水上選手の一日は終わる。
記事画像5
[10:30 会員が帰ったあと掃除。たっぷり30分はかかる。](左)
[11:30 おなじみの松戸駅前のおにぎり屋さんでタ食。](右)
[ 月刊ボディビルディング 1973年5月号 ]

Recommend