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吉田進のぶらりパワー旅 ワールドゲームズ編 南米コロンビアでパワーリフティングの未来を夢見る

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[ 月刊ボディビルディング 2013年11月号 ]
掲載日:2017.08.16
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世界トップクラスだけの超ハイレベル戦

 改めて書くことはないかもしれないが、ワールドゲームズはノンオリンピック・スポーツの4年に一度のオリンピックのような巨大なスポーツ大会。開催はオリンピックと同じで都市が主体。オリンピックが都市とはいえ国を挙げて行うのに比べて、ワールドゲームズは運営も開催都市が主体となる。

 もともとは〝スポーツには国境がないのだから国ごとの戦いはやめよう〟というのがワールドゲームズのコンセプトだったが、そうは言っても各スポーツ選手は国を背負っているので、徐々に国が大切にされるようになった。しかし、オリンピックに比べて自由さがいたるところに漂っている。

 パワーリフティングはワールドゲームズが始まって以来の古参スポーツ。3日間男女合わせて8クラスに絞って行われる。参加資格は2012年の世界選手権で上位に入賞すること。

 パワーリフティングでは男子8クラス、女子7クラスあるので、ワールドゲームズでは基本的に二つの体重クラスを合わせて行うことになる。たとえば、男子59㎏級と66㎏級を合体して軽量級とし、そこに厳選された世界のトップ10名だけが参加できる。本当に世界のエリートリフターだけが参加できる世界最高の大会なのだ。

 日本からは女子軽量級に福島友佳子(パワーハウス所属)、女子中量級に北村真由美(スーパーパワーアサマTC所属)の二人だけが狭き門を突破した。男子は補欠候補に二人入っていたが、欠場する選手はほとんどいなかったために、出場権は回ってこなかった。
日本人には馴染みの薄いカリ

日本人には馴染みの薄いカリ

 南米コロンビア。なぜだか分からないが、少し危険な国のような気がする。ブラジルのストリート・チルドレンのニュースを昔見たからかもしれない。しかしそう思っているのは私だけではないようで、コロンビアのワールドゲームズ主催者は、「カリは安全だから安心して来てください」という異例の通達まで出していた。裏を返せば危険なイメージがあるからだろう。

 7月27日夕方にカリの空港に到着。南米までは遠かった。体はもうがちがち。空港では一目でワールドゲームズ・ボランティアとわかる若者が沢山いて、苦労なく入国、待っていたバスで受付センターへ。ここで、ちょっとすったもんだしたもののIDカードをもらって、ホテルへ。

 後で分かったのだが、パワーリフティング関係者は3つのホテルに分泊だった。私の泊まったホテルはシェラトン。アメリカ系のきれいなホテルだが、パワー選手はいなかった。泊まっていたのは役員と審判員だけ。選手は歩いて5分もかからない別のホテル。会議やさよならパーティーは、そのまた近くの別のホテル。バラバラだと近くてもちょっと厄介。

 次の日、会場を見に行くと、巨大な体育館の外壁にバーベルが描かれていた。内部は壁全体が空け空けで風が入るようになっているが、エアコンはない。外は日本と同じぐらい暑いが空気は乾いている。エアコンなしでパワーリフティングは大丈夫だろうかとちょっと不安。

 しばらくいて喉が渇いたので、IPFの役員数名で近くの店に行くことに。体育館の敷地はフェンスと門で囲まれていて、一般の人はチケットを持っていない限りは入れないようになっている。我々が敷地の外に出るときは警官が付いてくる。きっと、警護の意味だろう。ということは危険なんだ、やっぱり。特に我々が外に出るときは、ピストルを持った警官がいつでもピストルを抜けるような手付きで同行した。これは逆に相当怖い。

 店は小さなコンビニ。しかし我々は中に入れない。店は鉄格子の中。鉄格子の中の店員に向かって大きな声で注文し、鉄格子越しにお金を渡し、それを確認してから飲み物を手渡してくれた。これって、相当危ないところだからこんなことしてるんですよね…?

 ホテルから会場までバスで30分。カリの街は中心部はとてもきれいだが、郊外に出てくる途中、かなりやばそうな薄汚れた地域もあった。きっと貧富の差が大きく、観光客が入ったら身ぐるみはがされちゃうところもあるんだろうな。バスの先頭には必ず白バイが付き、我々ワールドゲームズ関係者には何も被害はなかった。主催者の努力は大変だったと思う。

女子の部で何が面白かったか?

 今回のワールドゲームズ・パワーリフティングは連日陪審員として試合を見つめていた。冷静に見ているのだが、激しい気合い、厳しい競争が直に伝わってきて、実はとても面白かった。そのスポーツが発展するには、見ていて面白いということがとても大切だ。今回は見て面白いという観点から男女の試合をレポートしてみたい。
女子軽量級表彰式。左より2位チェン、優勝サルニコバ、3位福嶋

女子軽量級表彰式。左より2位チェン、優勝サルニコバ、3位福嶋

福島126㎏世界新の試技

福島126㎏世界新の試技

激しい競り合い

 女子の軽量級。トップ争いは3人。まず日本の福島友佳子(パワーハウス)。ジュニアのころから日本のトップを張ってきた。世界選手権での優勝も複数回。ベンチプレスでは世界記録を何度も更新してきた。

 台湾のチェン・ウェイ・リン、北京オリンピックではウェイトリフティングで銅メダル。強靭な足と背中の力で何度も福島の前に立ちはだかった選手。

 そして、ロシアのナタリア・サルニコバ。福島たちとは違い一クラス上の52㎏級の世界最強選手。

 クラスの違う選手が競争する場合、絶対重量では体重の重たいものが有利。パワーリフティングでは統計的手法から編み出されたフォーミュラという体重ごとに変動する係数を掛けて競争する。計算機片手じゃないと分かりにくかったが、最近はコンピュータシステムで即時画面に順位が出てくる。

 スクワットでは福島がM1世界記録(47㎏級世界記録)の185㎏。それを抜いたのはチェン、195㎏。しかしサルニコバは205㎏でさらにその記録を抜いていく。と思い気や、最後にエクアドルのオチョアが信じられない世界記録217・5㎏でスクワット。女性が体重の4倍以上のスクワットをするとは!

 ベンチプレスでは福島が126㎏の世界記録でチェンを逆転。しかしサルニコバも125㎏で譲らず。

 デッドリフトで激しく順位が動いた。福島、1本目も2本目の軽く成功160㎏でとりあえず2位に浮上。チェンは2本目の185㎏をまさかの失敗で福島を抜けず3位。サルニコバは2本目182・5㎏でトップを確保。ここで福島は三本目に170㎏を申請。成功すれば、そしてサルニコバが3本目失敗すれば優勝だ。3本目の結果。福島失敗。ここで2位確保と思った。

 チェン185㎏、必死の頑張りで成功(47㎏級世界記録)。これで福島を逆転。喜ぶ台湾チーム。がっくりくる日本チーム。この成功は想定外だった。

 優勝を決めたサルニコバ、さらに190㎏に成功して完全優勝。

 スクワットで頑張ったオチョアはベンチプレスで失速し4位。なかなか文章では伝わりにくいが、その場にいると手に汗握る素晴らしい戦いだった。アナウンサーのリードがうまかったので、会場にも接戦を見る楽しさは伝わったと思った。
優勝を決めたサルニコバのデッド

優勝を決めたサルニコバのデッド

世界記録ラッシュ

 女子中量級。日本からは日本最強女子、北村真由美(スーパーパワーアサマTC)が参戦。

 インドネシアはこのクラスに二名の選手がエントリーしていた。ワールドゲームズに参加するには2012年の世界選手権でメダリストになること。インドネシアは二人の強力な選手がいたが無断欠席。その結果、優勝候補は世界選手権で連勝を続けるライサ・ソロビオバが飛びぬけた存在として浮かび上がった。軽量級も世界記録連発だったが、ソロビオバも世界記録を連発した。スクワット235㎏。体重が62㎏だったということを考えるといかにこの重量がすごいかわかる。日本男子でこのレベルの選手は何人いるのか?

 ベンチプレスも166㎏で世界記録。トータルも636㎏の世界記録で、ダントツの優勝。フォーミュラでは686ポイントで最優秀選手賞も獲得した。ソロビオバ、強いしきれいだし、世界記録を連発するし、みんなのアイドル状態。特に世界記録挑戦の時は観客席からものすごい応援の声が上がった。

 北村はインドネシアが抜けた分、チャンスかと思ったが、他の選手の仕上がりが良すぎた。そして、北村はどちらかというと調子が悪かった。日本からの長旅が堪えたか、あるいは長年戦い続けて故障の具合が今一だったか? しかしそんな中でデッドリフトでは3本とも成功させ、192・5㎏。健闘したが7位に終わった。
女子中量級に出場した北村

女子中量級に出場した北村

男子の部で何が面白かったか?

 男子の部では日本選手は残念ながら選考されなかった。世界選手権のメダリストであることが基本的な選考基準ということは、本当に世界のトップしか出られないということ。今回はすべてのクラスが10名で戦われた。この狭き門をくぐった精鋭たちの戦いは、当然世界最高の戦いでもあった。

スーパースターの存在

 世界選手権でしのぎを削るトップ選手たちに大きな差はないはず。しかしそんな状況でも圧倒的に強い選手もいる。

 男子軽量級。ロシアのフェデシエンコがそうだ。身長は140センチぐらいか。小さい体に目いっぱい筋肉をつけて体重は56㎏。59㎏級という最軽量級のリミットにまだかなりの余裕がある。当然フォーミュラ計算すると有利。この体重で295・5㎏という驚異のスクワットを成功させダントツの優勝。

 2位にもロシアの選手が入った。66㎏級世界チャンピオンのグラキック。スクワットの325・5㎏の世界記録は強烈。

 男子中量級のオレックは世界選手権74㎏級の連勝記録を伸ばし続けている鉄人。今回はスクワット2本目に360㎏を失敗してひやりとさせたが、3本目に成功し、トータルでも圧勝。強い選手が強い。当たり前だが、それを目の前で確認するのはすごく面白い。

 しかし、男子重量級、男子超級はものすごい接戦になった。これはこれで面白い。すごく面白い。

超人の存在

 しかし、何が面白いといって、スーパーヘビー級の人間が、信じられない重さをクリヤーするのが一番面白い。ここにパワーリフティングの面白さの原点があるといってもいいだろう。今回のスーパーヘビー級の主人公は3人。

 一人は2m近い身長で体重162㎏のジュニア、ノルウェーのクリステンセン。二人目は体重は138㎏しかないがベンチプレスが驚異的に強いウクライナのテストフ。三人目は人間起重機コノバロフ。体重160㎏。

 私がこのクラスのウォームアップ状況を確認しに見回っていると、スクワットラックに大量のプレートが付いている。計算してみると425㎏。え? だれがやるの? と思っていると、のっそり出てきました、コノバロフ。気合も入れずこの重量でサクッとウォームアップ。

 アップ場から試合会場へ、驚きの余韻を残しながら歩いていると、前に山のような巨体が。クリステンセンだ。後ろから見るとまさに山。世界ジュニアでみんなをびっくりさせたノルウェーの天才。

 スクワット。クリステンセンは世界ジュニア記録を2度更新。455㎏と465㎏。もう唖然。しかし黙っていないのはコノバロフ。2本目に465㎏の世界記録。三本目に472・5㎏の世界記録挑戦。3本目は少し高いので赤。しかし、近いうちに人類の夢500㎏に成功するのでは? と思わせる強烈パワーだった。

 ベンチプレスでは小柄なテストフがやってくれました、世界記録360㎏。

 その後デッドリフトでし烈な優勝争いを展開し、優勝はコノバロフ。記録は1177・5㎏。この記録、もう人間じゃない!
驚異の新人クリステンセン

驚異の新人クリステンセン

スーパーヘビー優勝のコノバロフ

スーパーヘビー優勝のコノバロフ

感情むき出しの南米が面白い!

 1500人から2000人入る会場は、初日こそ半分ほどしか入らなかったが、二日目にはかなり増え、最終日はほぼ満員になった。観客の反応は良い。特に南米の選手が出るとみんなで応援する。まるで国境など存在しないかのように。

 選手のレベルで言えばエクアドルがダントツに強い。女子軽量級のオチョア、男子中量級のカスティロなどが代表的選手。彼らが出てくるとものすごい応援になる。男子でメダル争いしたカスティロの場合は本当にすごかった。なぜならみんなが知っている世界チャンピオン、オレックのスクワット360㎏を超える挑戦をしたから。体重82・42㎏のカスティロが第三試技で362・5㎏に挑戦。会場中の人々が叫びまくる。会場中が大音響に埋まる。いい感じだ。

 この大声援を聞いているだけでアドレナリンが出まくる。陪審員席に座っていてでもだ。カスティロはこの重量に成功し、男子中量級のスクワットをトップで折り返した。彼はベンチも強い。このクラスでは3位の240㎏。否が応でも観客の期待は高まる。

 デッドリフトで抜きつ抜かれつの接戦の中322・5㎏の第二試技。これを引けばメダル確定という場面。気合の入りすぎたコーチはカスティロを送り出すときにすでに涙目。成功して戻ってくると、まるで優勝したような大騒ぎ。さらに、第三試技では逆転優勝を狙って(あのオレックを抜く気だった!)345㎏挑戦。さすがにこれは失敗したが、力を出し切ったカスティロは仲間たちと抱き合いながら皆で涙、涙、涙。

 女子重量級ではブラジルのカステラインがスクワットで248・5㎏の世界記録を樹立。

 実は彼女はあまり有名な選手ではなかった。昨年の世界選手権でいきなりデビューしてスクワットの世界記録樹立。だが、このワールドゲームズでは決して優勝候補ではなかった。しかし、スクワットの勢いを保ち、迫りくるロシア、アメリカを振り切って気が付いたら優勝。ついにブラジルから、いや南米からワールドゲームズチャンピオン誕生。この優勝の瞬間も会場は盛り上がった。

 そして表彰式。それまで淡々としていた、カステラインも男泣き、失礼女泣き。それを見ていたブラジルチーム全員が人目もはばからず涙ぽろぽろと大泣きしていた。南米の人々は本当に情が深い。感情むき出し。強い連帯感。なぜか私もつられて泣いてしまった。私はいったい何人?
カスティロ3位で喜ぶエクアドルのチームメイト

カスティロ3位で喜ぶエクアドルのチームメイト

「面白い」が未来へのキーワード

 世界のトップ選手だけを集め、一つのクラスを10人に限定する大会。それがワールドゲームズ・パワーリフティング。一つのクラスに要する時間は2時間とちょっと。人間の集中力が続くのは2時間といわれている。そういえば映画もほとんど2時間。サッカーの試合もだいたい2時間。相撲の中入り後もほぼ2時間。マラソンも2時間ちょっと。

 2時間で一区切りできるパワーリフティングはこれからメジャーを目指すにはちょうどいいのではないか?

 そして、10名の選手のプロフィルが大切だ。生い立ち、経歴、ライバル関係、ベスト記録、最近の調子、心理状態などが詳しくわかれば、それだけ感情移入しやすい。選手の気持ちがわかり、選手と同じ気持ちで試合を見れれば最高に楽しい。自分のことのようにドキドキするしハラハラする。

 この辺りに近未来のパワーリフティングのヒントが隠れているのではないかと思った。ただし、それはテレビ放映を前提とした一握りのトップ選手の戦いの話。一方でいかに多くの人をパワーリフティングに誘うか。それも大切。

 広い底辺と高い頂点。その両方が実現するとパワーリフティングの未来は明るい。そのテーマの一つがワールドゲームズで実現しているように感じた今回の試合だった。
ワールドゲームズ2005年ドイツ大会実行委員長家族と筆者(左端)

ワールドゲームズ2005年ドイツ大会実行委員長家族と筆者(左端)

[ 月刊ボディビルディング 2013年11月号 ]

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