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エピソード・オン・クリス

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[ 月刊ボディビルディング 1973年1月号 ]
掲載日:2017.09.22
鎌倉の大仏さまの前で、クリスと筆者

鎌倉の大仏さまの前で、クリスと筆者

高山勝一郎

〝ビル・パールとクリスのデュアル・ポージング実現〟

昨年、クリスの再来日が決定する直前まで、日本のボディビル・ファンの前に勇姿を現わす予定で話が進んでいたのは、誰あろうクリスの師、一昨年のミスター・ユニバース、ビル・パールであった。

昨年6月、ニューヨークにいるクリスのもとへ電話をかけてきたのが、パサデナにいる師パールであった。

「クリス、私とデュアル・ポージングをやらないか。雑誌社からたっての要望なのだ」

「いいとも。そんなことなら何をおいても……」

クリスは喜んで飛行機でロスへととんだ。

笑顔で迎えたパールはいった。
「やはり体が最高の状態に達するのはコンテスト直前の9月だと思う。私とのデュアル・ポーズはそのときにやろう」

パールからコーチの仕事を貰ったクリスは、それから3カ月、楽しくパールとともに過したのである。

3カ月過ぎてクリスは催促した。
「もうそろそろいいんじゃあないですか」

パールはおもむろに答えた。
「ことしは充分な発達が得られなかったように思う。君が3度つづけてミスター・ユニバースに出場しても、観衆はあまり感激をもつまい。コンテストもデュアル・ポーズも来年だ」

パールの言葉は絶対だったし、それだけ親身であった。

こうしてデュアル・ポージングの実現は1年流れたが、パールのすすめで来日したクリスは、10月、日本のファンの前にその美しいシングル・ポージングを披瀝することになったのである。

〝クリスと音楽〟

ポージングはボディビルの芸術への昇華である。
パールも、ラリー・スコットも、クリスも口をそろえてこういう。

それを眼のあたりに示してくれたのが、10月22日の大阪におけるミスター日本コンテストでのクリスのゲスト・ポージングであり、翌23日、日比谷公会堂で万場をうならせた彼のポージングであった。

クラシックをおのがポージング・ルーティンに合わせてアレンジし、バック・グラウンド・ミュージックとして会場に流し、それにハーモニーさせたすばらしいポージングを見せてくれた。

このクラシック・ミュージックをアレンジするに当っては、彼の音楽の素養が大きくものをいったのである。

ニューヨークでプロのヴォーカルをめざして勉強する彼は、音楽のリズムとポージングのリズムを調和させることに思いいたり、専門の知識を駆使して、あのミュージック・テープを自分で作ったのであった。

音楽といい、芸術といい、ただ筋肉の追求に終わらせまいとするクリスのひたむきな情熱がうかがえるのである。

〝クリスは女性にもてるのか〟

アメリカのビルダーにはベスト・ドレッサーが多い。

シュワルツェネガー、セルジオ・オリバ、クリス・ディカーソン、ビル・パール等々枚挙にいとまがない。

クリスのダブルは実によく似あった。このダブル姿でフジ・テレビのスタジオに現われたわけであるが、彼にすべての人々の視線が集まった。

「あなたほどの筋肉美と、そのドレッサーぶりでは、さぞや女性にもてることでしょうね」と、会場の女性から質問がとんだとき、彼の答えがふるっていた。

「どうもそのようですね」もてることは自分でも認めているのである。

クリスはウソをつけない。
「いやーとんでもない」と否定することができないのである。テレビで、純朴なビルダーの性格がよく出ていて面白いと思った。

〝京都でひいたおみくじ〟

そういえばクリスはもう33才になるが、まだ独身である。

一昨年会ったときには、恋人がいるんだ………とうれしそうに話していたが、いまはその彼女と別れて、また別のフィアンセがきまったらしい。

京都観光に出かけたとき、ひいたおみくじがまたケッサクである。

……汝は本年中に結婚する。子供は3人。すべて女の子ばかり……

彼は東京へ帰ってくると、早速そのことを絵ハガキに書いてフィアンセに送っていた。

10枚書いた便りのうち8枚が男性あてで、1枚が彼の母親、1枚がフィアンセあてであったから、どうやら女性関係はフィアンセ1人限りと見たがヒガメか。

ちなみに彼の母親は現在弁護士を開業しており、法律の大家として全米にきこえている。

日本でもめったにないことだが、アメリカでも珍らしいことだ……と、彼はうれしそうに語ってくれた。

たいへん厳しい母だが、ボディビルの深い理解者だそうで、この母にしてこの子と感じられたことである。

〝ステーキ・スキヤキ フォンデュー鍋〟

彼は食べ物となると、ビルダー共通の蛋白好き、とくに肉となるともう目がない。

ステーキは、東京は銀座のマキシム・ド・パリでたらふく食べた……と、たいへんな喜びようであった。

本場の家庭スキヤキを……これはクリスの長年の夢だったそうだが、これは本誌の小沢社長宅で10月29日の日曜日にかなえられた。

いやそのよく食べること、何キロかの松坂肉がアッという間に消えたのだからたいへんなものである。

もっとも、ご相伴にあずかった私どもも相当にいただいたものと、いまつくづく反省している。

一夜、彼をひっばり出して、銀座で食事をしたときは、もう夜も遅く10時半ごろであった。

それまでにビールだけのアルコールで結構腹がすいていて、肉だ肉だと彼の要請はすさまじかった。
〝スイス風肉のテンプラ〟これはいけそうだと彼をひっばりこんだ料理屋で出たのがフォンデュー鍋。

彼の巨大な胃袋には少なすぎる量だったが、クリスは私をなぐさめて
「あまりおなかがへりすぎると、かえって食べられないものですよ。これで充分」とは泣かせたものである。

〝茶の湯のポージング〟


世界のビルダーの中でも、クリスのポージングはその華麗さにおいて定評がある。そして、ステージを離れた彼の日常の所作にも美しくあらわれる。

食事をするときも、車に乗っているときも、ボンヤリ立って鎌倉の大仏を見あげているときも、そこに意識せざるポージングがある。

ステージで見られない日常のポージングの中に、真の男の美的ポーズがあるような気がするのである。

もちろん、意識をしてはブチコワシである。教養と鍛練とが、なにげない一挙手一投足にサマになるポーズとなってあらわれるのである。

たとえば茶の湯。クリスは今回の来日で2回、ティー・セレモニーに参席しているが、なかなかどうして堂にいった茶客ぶりであった。

小沢社長夫人が表千家のお手前をクリスに献じたものであったが、彼の正座すがた、肘をはって茶を喫する姿は見事に一幅の絵になっていた。

別に誰に習ったものでもない。これは一つの行動の中に形としてあるものを敏感に悟り得る彼の能力であり、美しく自分を表現することに努めた習性の現われでもある。

そこにもポージングはあったのである。
クリスの正座姿はなかなか堂にいっている それに対して日本人の筆者の方がまるでサマになってない。 右端はカメラマンの平岡丈氏。

クリスの正座姿はなかなか堂にいっている それに対して日本人の筆者の方がまるでサマになってない。 右端はカメラマンの平岡丈氏。

〝アメリカは負けた!?〟

10月27日、クリスと'72ミスター日本1・2位入賞者は、フジ・テレビのスタジオに集っていた。

すでに彼らのポージング中継は終わっていて、あとは田英夫を囲む時事対談が舞台の上で続いていた。

モレビ・モニターには、ベトナムからひきあげるアメリカの爆撃機が次から次へと映っていた。

「これは明らかにアメリカの北べトナムに対する敗北である……と私は思います」これは田英夫の声だった。
クリスが説明を求めたので、卒直に彼の言葉を訳して伝えた。

アメリカ人であるクリスがどんな反応を示すか……私にも興味があった。

「そのとおりだ。私もアメリカが負けたのだと思う」
これがクリスの言葉だった。

彼の表情には戦争に対する苦々しさと、素直に敗北を認めるすがすがしさがあらわれていた。そしてふと、一昨年クリスが韓国から帰ってきて私に語ってくれた話を思い出した。

ベトナムで負傷したアメリカの兵士たちは、そのリハビリテーションの過程で、必死になってボディビルを行なっているという。
その中で、最もクリスの心を打ったのは、両手首から先を失った若い兵士が、両方とも義手をはめた手でチニング・パーにぶらさがり顔中汗にしてチニングをやってみせてくれた光景であった。

自分でも泣けてしようがなかったとクリスはいった。

戦争はいけない。平和がよい……誰の心も同じだろうが、ボディビルをとおして彼がこのことをさらに強く意識したのは、韓国の基地を訪問したときの、その光景だったのであろう。

〝日本のビルダー諸君へ〟

2年つづけて日本へ来たビルダーは彼以外にいない。いきおい、親しさの中にも厳しさを含む日本のビルダーへのアドバイスが生まれる。

――はじめて日本のコンテストを見て、選手の質とマナーがいいのは私の想像以上だった。それとポージングも非常に洗錬されていて驚くほどである。

日本のビルダーたちが、ポージングこそボディビルを芸術へ昇華させる柱と自覚してきたのであろうが、よろこばしいことである。

背の低さが、国際コンテストではマイナスの一因と悲観するビルダーもいるだろうが、これはあたらない。
日本のビルダーには、欧米のナマ白い肌に比べて、すばらしいオリーブ色の太陽の肌がある。

この肌の色と、日本人特有のガッツで鍛えた筋肉があれば、国際舞台でヒケをとるものは何も無い。世界のコンテストでも、ショートマン・クラス等のクラス優勝をねらうケチな気持はすてて、どうかミスター・ユニバースの総合優勝をめざしてほしい――
~~BBニュース速報~~

ついにやった末光健ー
IFBBミスター・ユニバース
ショートマン・クラス優勝

去る11月22日、イラクのバクダッドで行われた'72IFBBミスター・ユニバース・コンテストで、日本から参加した末光健一選手はショートマン・クラスで優勝、日本人ではじめての偉業をなしとげた。
[ 月刊ボディビルディング 1973年1月号 ]

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