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ギリシャ展とボディビル

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[ 月刊ボディビルディング 1973年6月号 ]
掲載日:2017.10.23
 爛漫の桜も散って,すでに葉桜の季節。5月の薫風にそよぐ新緑はなんともすがすがしい。
 さて,この時期に東京の国立博物館でオリエント・ギリシャ展が開かれている。公害で汚れたとはいえ,日本の5月の空は明るく美しい。ギリシャの神々も紺碧のエーゲ海からはるばる日本までやってくる気になったらしい。
 われわれボディビルを愛する人種もこの機会を逃さず,古代ギリシャ人の求めた〝美〟に肌でふれてみたい。なぜならば,ボディビルは他のスポーツ競技とは違い,鍛練された肉体の美しさを形態のうえで求める一面があるからだ。
 つまり,ボディビル愛好者たちが,他のスポーツを選ばずボディビルを選んだ理由の一つは,たんに健康や体力を求めただけでなく,逞しい肉体に美と憧れを感じ,自らその具現者となろうとしたからではないだろうか。ここにボディビルの芸術性が存在する。そしてそこにボディビルの特質もあるのだが,それ故にスポーツ界から継子扱いされたり,世の中から誤解されたりする原因にもなるのだろう。
 私自身,ボディビル界の発展の方向として,あらゆる人の健康づくりに役立つ社会体育の一環として伸ばすべきだとの持論をことあるごとに強調しているが,だからといって,ボディビルにある美の要素を決して無視しているわけではない。
 それどころか,私自身,男女を問わず均整のとれた水々しい人間の肉体に人一倍美を感じる。それは,太陽や海や草花のように,健康な自然として理届抜きに爽やかな喜びを与えてくれるからだ。したがって,それらを素材にしたもろもろの芸術作品の素晴らしさを愛する1人でもある。
 ところで,ボディビルに美があることは明らかになったが,美とはいったいなんなのだろうか。われわれにとって美はどのような作用を及ぼすのだろうか。この点を考えてみたい。
 これについては様々な芸術家が具体的に表現し,また,美学者や評論家たちが蘊蓄をかたむけて論じているのでいまさら私などが口をさしはさむ余地はない。しかし,素人は素人なりに単純に美をとらえたい。
 〝美とは,それを見たり触れたりする人に深い感動を与え,生命の根源に大きな刺激となるもの〟私はこのようなものを美と思っている。したがって,美の様式は多種多様であるのは当然のことだ。人々の主観や価値観によって美も異なり,民族の違いや時代の変遷によっても移り変わる。
 しかし,個人の主観や,国境や,時代を越えて語りかけてくる美しさも確にある。それが永遠に価値を失わぬ古典の美しさなのだろう。ともすれば美も流行になりやすい昨今,人間の誇りや民族の特性,自然との調和をずっしりと踏まえている古代ギリシャの数々の芸術作品こそ,数千年の歴史に耐えて常に変わらず,人々に無限の夢と喜びと生命力を与えてきた〝美〟そのものではないだろうか。
 ボディビル愛好者に美を愛する心が潜んでいるならば,この高貴で,しかも人間的な美を生み出した古代ギリシャ人の精神と美意識をぜひ学んで欲しいものである。
 古典学の大家であるオックスフォード大学のモーリス・バウラ副総長はその著「古代ギリシャ」の中で次のようにいっている。
 ――爽快で晴天に恵まれたギリシャの気候は人々を行動的にした。すぐ手近に広がる海は,彼らにすぐれた技術と観察力を与えるよき教師であった。
 自然はギリシャ人をきびしく鍛えあげた。人々が自分自身の存在と価値を自覚することができたのはそのおかげといってよい。この自覚から生まれたのが,人間は誰でも個人的な価値によって尊敬されるべきで,人間は人間なるが故に尊ばれるべきだという信念であった。ギリシャ人が後世にのこしたもっとも大きな貢献といえよう。
 アテネの偉大な政治家ペリクレスはこういっている。「わがアテネの市民諸君は,あらゆる生活の面において,自分自身の君主であり支配者である。しかも,たぐいなき分別と多芸さをもって,立派に自らを治めている」これがギリシャ人の意味する自由だった。
 征服されることが何よりもきらいだったギリシャ人は,自分の属する社会の中で,したいことをする自由,自己のもつあらゆる可能性を開発し,自分の信ずるところを何の気がねもなく語り,わが道を行く自由を主張した。自由の信念をささえていたのは,個人の名誉を尊ぶ心であった。そして,それをはぐくんだのが,行動への情熱だった――。
〔ヘラクレスの像〕

〔ヘラクレスの像〕

 ――ギリシャ人は,自分の作品がきびしい時代の試練を経て後世にいたるまで魅力を失わずにいることをなによりも望んだ。それを通じて,自分たちの影響を後世にまで及ぼすことを願ったのである。そのうえギリシャ人は,自然のままの石や粘土の無秩序な素材に,自分の手で秩序を与えたいと強く願った。なんでもありのままにして置くことにあきたらず,手を加えて別の形にしようとしたのである。しかし,その道程で節度を忘れるようなことはなかった。今日われわれが古典的と呼んでいる均整美や完成美が,ギリシャの作品に見られるのはそのためであろう。このすぐれた制作態度は,ギリシャの主要な芸術,とくに彫刻の分野でより崇高な理想によってますます高められていった。
 ギリシャの彫刻は,もともと公共の場所,とくに神殿に飾られたもので,神々にふさわしい気品と尊厳さをもったものでなければならなかったそれと同時に,神々はいつも人々の身近にあって活動していると信じられていたので,日常の出来事とかけはなれすぎてはならなかった。ギリシャ芸術の傑作が,決して粗野な,またグロテスクな効果を求めなかったことは,この一事をもってしてもよく理解できる。彼らが好んで描くのは引きしまった,しなやかな力感あふれる男性の肉体であり優雅にたなびく衣をまとった女性だった――。
 健康と体力づくりのためだけに留まらず,形態的な逞しさや美を自らの肉体に求めるボディビルダーたちにとってどのような美意識を持つかということは,それによって必然的に彼らの肉体を規定し,また行動も規定されてくるだろう。
 ということは,肉体をつくり,それをコンテストで発表するということは他のスポーツ競技の面にない芸術家の創作活動のような心理が内在する。つまり,彫刻家が石を素材に作品を創るように,自分の肉体を素材に彫刻をほる人体芸術の一面があるからだ。
 したがって,その人体芸術の美意識や知性や精神が貧弱であったら,やはりその作品である生きた肉体とその行動力も,虚栄と流行の上に咲く仇花になってしまうだろう。
 なにに美を感じるか,それは各人の自由だが,私はやはり悠久の時の流れにいささかも色褪せず,いまなお馥郁と香る永遠の花にまず脱帽する価値観を自らの心に養いたいと願うものだ。
(玉利 斉)
[ 月刊ボディビルディング 1973年6月号 ]

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