〝寿命とボディビル〟
[ 月刊ボディビルディング 1973年10月号 ]
掲載日:2017.11.20
8月末の日刊紙で日本人の平均寿命が延びたことが大きく報道されていた
厚生省の47年度の統計によると,男70.49才,女75.92才になり,「今後まだまだ伸びそう」との嬉しい予想だ。
「70古来まれなり」とは昔の話で現在日本人の男の63%,女の77%は70才まで生きている実状だそうである。
近い将来には,世界の最長寿国家スウェーデンの平均寿命,男71.85才。女76.54才に追いつくことも可能になってきた由,まことにご同慶のいたりと声を大きくしたくなる。
しかし,何が平均寿命の延びにブレーキをかけているのかと注意してみると,やはり成人病の〝三悪〟と俗にいわれる脳卒中,がん,心臓病とともに自動車事故等を含む不慮の事故の割合が大きい。
とくに不慮の事故は,交通手段の発達にともなって起きるものが多く,人々の長寿を促進させるはずの文明の進歩が,逆に足を引張っているのは皮肉な現象だ。しかし,交通事故は不可抗力のものもあるが,本人の自覚と注意によって防げる要素も数多いと思うので,互いにいましめあいたい。
さて,最近従来の経済成長一点ばりの政策から,ドル・ショック以来,福利,厚生面の充実を大きな目標にしようという方向になってきつつある。それにともない,民間企業でも健康産業として,医療施設とタイアップしたアスレティック・クラブが続々と生まれ始めた。
これらのアスレティック・クラブが強調しているのは,定期的健康チェックと,体力や年令別にプログラム化されたトレーニングによる健康管理の効果である。つまり,成人病の予防をとくに重視している。したがって,健康診断も精密を極め,中には数億円もするコンピューター・システムによる医療器材を備えつけているところもある
ひるがえってボディビル界を眺めてみよう。
昭和30年,協会発足の目的は,当時のスポーツ界の選手中心主義一本の風潮に反撥し,現在の社会体育振興のムードにさきがけて「国民の体位向上と健康増進」の2つを高らかに標榜し,同時にその手段としてウェイト・トレーニングを中心としたボディビルの発展を今日まで具体的に実行してきたわけである。
事実,当時においては社会人のクラブ・スポーツとしてはごく一部のエリートに限られていたゴルフ・クラブ等と異なり,平均的な収入レベルの人たちの間で,気軽に一汗かいて体力づくりのできる場として,ボディビル・クラブは多くの人々に利用され,かつ社会体育の発展に大きな貢献をしてきた。このことは,われわれボディビル人としてプライドをもっても許されるべきことと思われる。
東京オリンピック以後,従来の競技中心から底辺拡大ということがスポーツ界としての課題となり,やがてそれが社会体育の振興という形になってきている。ボディビル界もその性質上,基礎体力の養成,競技力の向上を強調しながら,積極的な普及活動に入ったため,わずか数年にして全国22カ所しかなかったジムが百数十に増えた。
ところがボディビルの一面として,コンテストやパワーリフティングがあるが,これを競技化して定期的行事としたために,ともすると従来の競技団体的な性格も強くなる傾向が出てきたこの面のみがあまりに強調されると,協会発足の目的に反し,体協加盟の一競技団体が増えたという意味しかなくなってしまう危惧がある。
まして今日では,体協も従来のオリンピック中心の活動から,体会体育への転換を時代の要請として迫られ,いかに脱皮成長するか真剣に苦慮している現状である。
このような時期に,ボディビル界が今後ますます発展し,横の連絡を深める〝きずな〟としコンテストとパワーリフティングの競技性にのみ依存すると,従来のスポーツ界に対し最も革新的にその体質の変更を迫った輝かしい歴史が,いつしか路線変更されてしまうのではないだろうか。
当時においては革新的であった行動も,つねに社会にもまれ,時代の波に洗われながら成長を続けていないと,いつしか保守的になってしまう場合もあるだろう。
ボディビルには競技性と社会体育の二面があることは事実だが,社会体育の面が弱まったならば,ボディビルの持つ社会性は多分に希薄になり,新しい時代の要請に応える力を失ってしまいかねない。このことをよく自覚してジムの運営はもちろん,様々な普及活動をしてもらいたい。
ボディビル界でも進んだジムは,すでに研究し実行しているが,ともするとトレーニングのプログラムが筋量を増やしたり,デフィニションをつけたりのボディビルダー向きになりやすいもちろん,コンテストやパワーを目指す人にとっては,これは決して否定されるべきことではなく,これはこれとして大いに意義がある。しかし,ボディビル・ジムがあらゆる人の健康管理をうたい,体力や年令に適したトレーニングを主張するのだったら,その指導内容もボディビルダー向き一辺倒にならず,もっと多様な変化を与えてもらいたい。
口では健康管理といっても,トレーニングの指導内容が,ただ筋肉の量と形と強さを求めることだけを中心に作成されているのでは,競技力の向上のためのボディビルと,世間から限定されてしまっても止むを得ないだろう。
もちろん,ボディビル・ジムだからスペースも限られ,器具もウェイト中心になるのは当然のことだ。しかしその中で,経営者や指導者が工夫して,各人の目的や年令に適合したプログラムを作成し指導してもらいたい。どこまでやっても力と形中心のトレーニングをおしつけられると,少なくとも中高年者には心理的にも抵抗を生じるしまた生理的にも問題を生じるのではないだろうか。
それとともに提案したいことは,健康チェックと体力測定の実施である。これはなにも高価な医療器具を備えろといっているのではない。ボディビルのコーチは医師ではないのだから,トレーニングの前に一応の健康診断をするのが,健康管理を標榜する以上当然のことだということを主張したい。
これらの方法についてはいろいろと考えられるだろう。あるジムでは週1回,日時を決めて医師と契約し,ジムに来てもらって会員の健康をチェックしている。これに対する費用は,1回1万円程度だというから,1カ月の経費は4万円に過ぎない。この一事だけで,どのくらいボディビル・ジムの社会的信用が高まるだろうか。
さらに体力測定も形態的な体位測定にかたよらず,機能面をぜひ実施してもらいたい。それによって会員の興味が形態だけでなく,より幅広い興味をそそられ,また,総合的な体力の重要性を認識させやすいからだ。
いずれにせよ,社会体育振興の旗手としての誇りを自覚し,それを現実に形に表現していくのがボディビル界に課せられた責任だろう。平均的寿命の延長に,明らかにボディビルが役立っていると認めさせるボディビルに育てるのがなによりも大切なことである。
(玉利 斉)
厚生省の47年度の統計によると,男70.49才,女75.92才になり,「今後まだまだ伸びそう」との嬉しい予想だ。
「70古来まれなり」とは昔の話で現在日本人の男の63%,女の77%は70才まで生きている実状だそうである。
近い将来には,世界の最長寿国家スウェーデンの平均寿命,男71.85才。女76.54才に追いつくことも可能になってきた由,まことにご同慶のいたりと声を大きくしたくなる。
しかし,何が平均寿命の延びにブレーキをかけているのかと注意してみると,やはり成人病の〝三悪〟と俗にいわれる脳卒中,がん,心臓病とともに自動車事故等を含む不慮の事故の割合が大きい。
とくに不慮の事故は,交通手段の発達にともなって起きるものが多く,人々の長寿を促進させるはずの文明の進歩が,逆に足を引張っているのは皮肉な現象だ。しかし,交通事故は不可抗力のものもあるが,本人の自覚と注意によって防げる要素も数多いと思うので,互いにいましめあいたい。
さて,最近従来の経済成長一点ばりの政策から,ドル・ショック以来,福利,厚生面の充実を大きな目標にしようという方向になってきつつある。それにともない,民間企業でも健康産業として,医療施設とタイアップしたアスレティック・クラブが続々と生まれ始めた。
これらのアスレティック・クラブが強調しているのは,定期的健康チェックと,体力や年令別にプログラム化されたトレーニングによる健康管理の効果である。つまり,成人病の予防をとくに重視している。したがって,健康診断も精密を極め,中には数億円もするコンピューター・システムによる医療器材を備えつけているところもある
ひるがえってボディビル界を眺めてみよう。
昭和30年,協会発足の目的は,当時のスポーツ界の選手中心主義一本の風潮に反撥し,現在の社会体育振興のムードにさきがけて「国民の体位向上と健康増進」の2つを高らかに標榜し,同時にその手段としてウェイト・トレーニングを中心としたボディビルの発展を今日まで具体的に実行してきたわけである。
事実,当時においては社会人のクラブ・スポーツとしてはごく一部のエリートに限られていたゴルフ・クラブ等と異なり,平均的な収入レベルの人たちの間で,気軽に一汗かいて体力づくりのできる場として,ボディビル・クラブは多くの人々に利用され,かつ社会体育の発展に大きな貢献をしてきた。このことは,われわれボディビル人としてプライドをもっても許されるべきことと思われる。
東京オリンピック以後,従来の競技中心から底辺拡大ということがスポーツ界としての課題となり,やがてそれが社会体育の振興という形になってきている。ボディビル界もその性質上,基礎体力の養成,競技力の向上を強調しながら,積極的な普及活動に入ったため,わずか数年にして全国22カ所しかなかったジムが百数十に増えた。
ところがボディビルの一面として,コンテストやパワーリフティングがあるが,これを競技化して定期的行事としたために,ともすると従来の競技団体的な性格も強くなる傾向が出てきたこの面のみがあまりに強調されると,協会発足の目的に反し,体協加盟の一競技団体が増えたという意味しかなくなってしまう危惧がある。
まして今日では,体協も従来のオリンピック中心の活動から,体会体育への転換を時代の要請として迫られ,いかに脱皮成長するか真剣に苦慮している現状である。
このような時期に,ボディビル界が今後ますます発展し,横の連絡を深める〝きずな〟としコンテストとパワーリフティングの競技性にのみ依存すると,従来のスポーツ界に対し最も革新的にその体質の変更を迫った輝かしい歴史が,いつしか路線変更されてしまうのではないだろうか。
当時においては革新的であった行動も,つねに社会にもまれ,時代の波に洗われながら成長を続けていないと,いつしか保守的になってしまう場合もあるだろう。
ボディビルには競技性と社会体育の二面があることは事実だが,社会体育の面が弱まったならば,ボディビルの持つ社会性は多分に希薄になり,新しい時代の要請に応える力を失ってしまいかねない。このことをよく自覚してジムの運営はもちろん,様々な普及活動をしてもらいたい。
ボディビル界でも進んだジムは,すでに研究し実行しているが,ともするとトレーニングのプログラムが筋量を増やしたり,デフィニションをつけたりのボディビルダー向きになりやすいもちろん,コンテストやパワーを目指す人にとっては,これは決して否定されるべきことではなく,これはこれとして大いに意義がある。しかし,ボディビル・ジムがあらゆる人の健康管理をうたい,体力や年令に適したトレーニングを主張するのだったら,その指導内容もボディビルダー向き一辺倒にならず,もっと多様な変化を与えてもらいたい。
口では健康管理といっても,トレーニングの指導内容が,ただ筋肉の量と形と強さを求めることだけを中心に作成されているのでは,競技力の向上のためのボディビルと,世間から限定されてしまっても止むを得ないだろう。
もちろん,ボディビル・ジムだからスペースも限られ,器具もウェイト中心になるのは当然のことだ。しかしその中で,経営者や指導者が工夫して,各人の目的や年令に適合したプログラムを作成し指導してもらいたい。どこまでやっても力と形中心のトレーニングをおしつけられると,少なくとも中高年者には心理的にも抵抗を生じるしまた生理的にも問題を生じるのではないだろうか。
それとともに提案したいことは,健康チェックと体力測定の実施である。これはなにも高価な医療器具を備えろといっているのではない。ボディビルのコーチは医師ではないのだから,トレーニングの前に一応の健康診断をするのが,健康管理を標榜する以上当然のことだということを主張したい。
これらの方法についてはいろいろと考えられるだろう。あるジムでは週1回,日時を決めて医師と契約し,ジムに来てもらって会員の健康をチェックしている。これに対する費用は,1回1万円程度だというから,1カ月の経費は4万円に過ぎない。この一事だけで,どのくらいボディビル・ジムの社会的信用が高まるだろうか。
さらに体力測定も形態的な体位測定にかたよらず,機能面をぜひ実施してもらいたい。それによって会員の興味が形態だけでなく,より幅広い興味をそそられ,また,総合的な体力の重要性を認識させやすいからだ。
いずれにせよ,社会体育振興の旗手としての誇りを自覚し,それを現実に形に表現していくのがボディビル界に課せられた責任だろう。平均的寿命の延長に,明らかにボディビルが役立っていると認めさせるボディビルに育てるのがなによりも大切なことである。
(玉利 斉)
[ 月刊ボディビルディング 1973年10月号 ]
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