〝ボディビルとロマンチシズム〟
[ 月刊ボディビルディング 1973年11月号 ]
掲載日:2017.10.28
ボディビルに共通する心理は,人間の力強さへの憧れではないだろうか。月ロケットを飛ばすほど偉大な今日の人類でも,人間としての苦しみや悩みは,基本的にはたいして変わりないと思われる。
たとえば,仏教でいう生老病死は,人間の4つの苦しみだそうだが,考えてみると,生きているかぎり年をとれば衰えることは避けられないし,また病気にもなるだろう。その結果,若くして死なねばならぬことになるかも知れない。
かりに,病気からは助かっても,死のお迎えは必ずやってくる。さらに,生を全うしていくためには,人を愛したり,裏切られたり,怒ったり,淋しくなったりといったことが,絶える間もなくくり返されていくのが人間の現実の姿だろう。
これらの苦悩は,どんなに科学が発達しようと,いかに社会形態が合理的に充実しようと,人間の宿命としてなくなるものとは思えない。そこで人々は,とかく悩みごとの多い現実を自分なりに克服するために様々の試みを行う。
ある人は宗教に心の安らぎを求め,ある人は社会の改革に情熱を燃やし,ある人は芸術に生き甲斐を感じる。しかし,このように次元の高いことにのみ喜びを求める人は少なく,大部分の人は〝名と富〟〝色と欲〟の現実生活にふりまわされながら生きていく。
ボディビルに目を戻そう。ボディビルで鍛えた体は力強さが全身にみなぎり,悩みも何も吹きとばし,逞しく現実を乗り越えて生きる,いわばスーパーマン的な魅力を見る人に感じさせるつまり,現実の中ではかない存在の人間が力に満ち,可能性が拡大したような存在感を与える。これは私のドグマでないことは,神話や伝説に現われる偉大な神々や英雄の現存する彫刻や絵を見れば納得がいくはずだ。
だいたい神話や伝説というものは,一国の歴史の源泉にあって,絶え間なくその民族の生命に活力と夢を吹きこんでいるものである。その神々や英雄が貧相な顔や肉体をしていたのでは,民族の創造力はもちろん,生活力もしなびて枯れてしまうだろう。
西欧の歴史にルネッサンスがある。いわゆる文芸復興といわれ,中世の神の権威一辺倒から解放され,人間の現世的な生命の喜びを誇らかに謳歌した古代ギリシャ時代の芸術のスタイルが栄えた時代といわれている。
であるから,この時代の絵や彫刻は女性は肉づき豊かに官能的に描かれ,男性は力強い四肢を持って刻まれているものが多い。たとえば,ミケランジェロの作品などはその典型だろう。
いずれにしても,人間は力強く生きこの世の喜びを味わって生きることを欲する存在だ。それをもっとプリミティブな形で表現したのが,逞しく美しい肉体ではないだろうか。
ということは,力強い肉体に魅力を感じ,自分もそうなりたいと思う気持は人間の現実生活の様々な矛盾や葛藤に押し流されたり,無気力に沈滞したりせず,自分の存在をこの世に堂々と確立したいというロマンチシズムによるのではないだろうか。
元来,ロマンチシズムは形式や現実に限定されることに反撥し,個性を尊重して自由を求め,奔放な想像力と自然な感情を重んじる。
ボディビル愛好者が,逞しい肉体を自らに求めるのは,意識的にも無意識的にもそのようなロマンチシズムが内在しているからではないだろうか。
どちらかといえば,練習前は体が貧弱だったり,虚弱な人が多いのも,そのようなひ弱い存在である自分のわくを乗り越えて,逞しく自己実現しようとするロマンチックな願望からだと私は思いたい。
そこで私は,ボディビルダー諸兄にさらに求めたい。
現実に唯々諾々としないで,自己変革のためにバーベルに汗を流す意欲と努力による成果が,今日の君たちのギリシャ彫刻にも負けない見事な肉体を形づくったのだから,君らのロマンチシズムにさらに知性と格調と雄大さを加えることを心から期待したい。
ロマンチシズムは決して芸術家や詩人のみの特技ではない。現実に甘んぜず,より高邁なもの,より美しいものを求め,そのために自己変革や社会変革の闘いを挑むものは,すべてロマンチシズムといってよいだろう。
十九世紀の中期に,流星のような光を放って若くして逝った天才詩人ラレボーは,詩人であるとともに革命にも参加した行動人であった。
彼の燃えるような人間への愛の賛歌である〝太陽と肉体〟の一節を示し,現代に失われつつあるロマンの復権を訴えたい。
肉体よ 花よ 大理石よ 美の女神よ
僕が信じているのはあなただけだ
まったく 人間はみじめだ
ひろびろとはてしない大空のもとで
人間はいつも悲しそうだ
人間はきものを着ている 純潔でないそれが証拠だ
神から受けた誇り高い下半身をけがしてしまったからだ
火に輝やく偶像のやうなすばらしいからだを
みじめな屈従で折り曲げてしまったからだ
うまれついた美を辱しめ 白骨になってまで生きのびようなどと
死後の世界に執着をはじめたからだ
この世の愛はひからびている
なぐさめに迷てはくれまいか 君よ
おお肉体の光輝よ 理想のまばゆさよ
おお再現する愛の源泉 勝鬨つくる曙よ
神々と英雄とは あなたの足もとに身をかがめ
まっ白なカリピグと 小さなエロスは
雪とふりかかる花薔薇に埋もれて
女たちと そのきれいな足の下に咲いた花々を摘みとるだろう
猛獣つかいのへラクレスは勇猛果敢な大男
光栄の記念に獅子の生皮をからだにまきつけ 雄々しい 優美な額をあげて
のしのしと地の果てにすすみよる
不毛な現代に水々しい人間の夢を求め,それを実現する行動をボディビルダーに望むのは,私一人の空しい願いなのだろうか。
(玉利 斉)
たとえば,仏教でいう生老病死は,人間の4つの苦しみだそうだが,考えてみると,生きているかぎり年をとれば衰えることは避けられないし,また病気にもなるだろう。その結果,若くして死なねばならぬことになるかも知れない。
かりに,病気からは助かっても,死のお迎えは必ずやってくる。さらに,生を全うしていくためには,人を愛したり,裏切られたり,怒ったり,淋しくなったりといったことが,絶える間もなくくり返されていくのが人間の現実の姿だろう。
これらの苦悩は,どんなに科学が発達しようと,いかに社会形態が合理的に充実しようと,人間の宿命としてなくなるものとは思えない。そこで人々は,とかく悩みごとの多い現実を自分なりに克服するために様々の試みを行う。
ある人は宗教に心の安らぎを求め,ある人は社会の改革に情熱を燃やし,ある人は芸術に生き甲斐を感じる。しかし,このように次元の高いことにのみ喜びを求める人は少なく,大部分の人は〝名と富〟〝色と欲〟の現実生活にふりまわされながら生きていく。
ボディビルに目を戻そう。ボディビルで鍛えた体は力強さが全身にみなぎり,悩みも何も吹きとばし,逞しく現実を乗り越えて生きる,いわばスーパーマン的な魅力を見る人に感じさせるつまり,現実の中ではかない存在の人間が力に満ち,可能性が拡大したような存在感を与える。これは私のドグマでないことは,神話や伝説に現われる偉大な神々や英雄の現存する彫刻や絵を見れば納得がいくはずだ。
だいたい神話や伝説というものは,一国の歴史の源泉にあって,絶え間なくその民族の生命に活力と夢を吹きこんでいるものである。その神々や英雄が貧相な顔や肉体をしていたのでは,民族の創造力はもちろん,生活力もしなびて枯れてしまうだろう。
西欧の歴史にルネッサンスがある。いわゆる文芸復興といわれ,中世の神の権威一辺倒から解放され,人間の現世的な生命の喜びを誇らかに謳歌した古代ギリシャ時代の芸術のスタイルが栄えた時代といわれている。
であるから,この時代の絵や彫刻は女性は肉づき豊かに官能的に描かれ,男性は力強い四肢を持って刻まれているものが多い。たとえば,ミケランジェロの作品などはその典型だろう。
いずれにしても,人間は力強く生きこの世の喜びを味わって生きることを欲する存在だ。それをもっとプリミティブな形で表現したのが,逞しく美しい肉体ではないだろうか。
ということは,力強い肉体に魅力を感じ,自分もそうなりたいと思う気持は人間の現実生活の様々な矛盾や葛藤に押し流されたり,無気力に沈滞したりせず,自分の存在をこの世に堂々と確立したいというロマンチシズムによるのではないだろうか。
元来,ロマンチシズムは形式や現実に限定されることに反撥し,個性を尊重して自由を求め,奔放な想像力と自然な感情を重んじる。
ボディビル愛好者が,逞しい肉体を自らに求めるのは,意識的にも無意識的にもそのようなロマンチシズムが内在しているからではないだろうか。
どちらかといえば,練習前は体が貧弱だったり,虚弱な人が多いのも,そのようなひ弱い存在である自分のわくを乗り越えて,逞しく自己実現しようとするロマンチックな願望からだと私は思いたい。
そこで私は,ボディビルダー諸兄にさらに求めたい。
現実に唯々諾々としないで,自己変革のためにバーベルに汗を流す意欲と努力による成果が,今日の君たちのギリシャ彫刻にも負けない見事な肉体を形づくったのだから,君らのロマンチシズムにさらに知性と格調と雄大さを加えることを心から期待したい。
ロマンチシズムは決して芸術家や詩人のみの特技ではない。現実に甘んぜず,より高邁なもの,より美しいものを求め,そのために自己変革や社会変革の闘いを挑むものは,すべてロマンチシズムといってよいだろう。
十九世紀の中期に,流星のような光を放って若くして逝った天才詩人ラレボーは,詩人であるとともに革命にも参加した行動人であった。
彼の燃えるような人間への愛の賛歌である〝太陽と肉体〟の一節を示し,現代に失われつつあるロマンの復権を訴えたい。
肉体よ 花よ 大理石よ 美の女神よ
僕が信じているのはあなただけだ
まったく 人間はみじめだ
ひろびろとはてしない大空のもとで
人間はいつも悲しそうだ
人間はきものを着ている 純潔でないそれが証拠だ
神から受けた誇り高い下半身をけがしてしまったからだ
火に輝やく偶像のやうなすばらしいからだを
みじめな屈従で折り曲げてしまったからだ
うまれついた美を辱しめ 白骨になってまで生きのびようなどと
死後の世界に執着をはじめたからだ
この世の愛はひからびている
なぐさめに迷てはくれまいか 君よ
おお肉体の光輝よ 理想のまばゆさよ
おお再現する愛の源泉 勝鬨つくる曙よ
神々と英雄とは あなたの足もとに身をかがめ
まっ白なカリピグと 小さなエロスは
雪とふりかかる花薔薇に埋もれて
女たちと そのきれいな足の下に咲いた花々を摘みとるだろう
猛獣つかいのへラクレスは勇猛果敢な大男
光栄の記念に獅子の生皮をからだにまきつけ 雄々しい 優美な額をあげて
のしのしと地の果てにすすみよる
不毛な現代に水々しい人間の夢を求め,それを実現する行動をボディビルダーに望むのは,私一人の空しい願いなのだろうか。
(玉利 斉)
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