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世界の力豪

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月刊ボディビルディング1968年6月号
掲載日:2017.12.06
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田鶴浜弘

まえがき
伝説に残る力豪たち

 ギリシャの神々の力の象徴へラクレスが,はじめてオリンピアに競技をもってきた——といわれている。
 古代ギリシャを代表する力豪というと,古代オリンピックでは,レスリングか,パンクラチオン(Pankration)——つまり格闘競技のヒーロがふさわしいようである。
 格闘競技以外で,怪力を連想させるものには,"ビボン石"といわれる卵形の巨大な石を投げる競技があったようで,石の重量は100キロ前後らしいが,古代ギリシャのメジャー換算があいまいであるのみならず,この"石投げ競技"からは,後世に名を残すヒーローの名は見いだせない。
 古代オリンピックのヒノキ舞台に登場した当時の世界というのは,灼熱の太陽がギラギラ輝き,あくまでも明るい空をうつした紺ぺきの地中海をかこむ国々——東はトルコから小アジアのペルシャ領とアラビア,西は長ぐつ形のイタリア半島,そして,北は今のユーゴスラビア,ブルガリアがつけ根となっているギリシャ半島が地中海の中央につき出している。
 南はアフリカ大陸北岸一帯の国々。ひと口に古代オリンピックといっても,紀元前776年にはじまり,西歴393年に滅びるまでの約1100年間,つまり前後11世紀にもわたる——その間にあらわれた格闘王の類型はおよそ4つのタイプに分類できる。その代表をピック・アップしてみると,次の4人の力豪がふさわしいと思う。
 まず一番古いのが,イタリア半島長ぐつのつま先のあたり,今日のシシリア(当時のシラキュース)から現われたリグダミス(Lygdamis)という男で,古代オリピックのパンクラチオン初の優勝者だ。
 パンクラチオンは,食うか食われるかという殺伐な殺し合いである。
 リグダミスは"牛頭の怪物"と形容されていて,ハダもまた牛の皮のように厚く硬くて,筋肉は人間ばなれしたたくましさ。足の歩幅が1メートル半もあって,文字どおりの不死身男で,全身に急所というものがなかった。
 石切場の岩の上から飛びおりて,向うずねで岩石をたたき割ったという鉄のようなスネを持っている——こいつは力豪というよりも半獣人に近い,エタイの知れない一種の怪物だったとしか想像できない。
 リグダミスから70年後に,パンクラチオンで3連覇したアルハヒオン(Arrhachion)が,ギリシャ半島の尖端,スパルタ市の隣町フィガリアから名乗りをあげた。
 パンクラチオンは,リグダミス以来怪物か蛮人ぞろい——という先例を破って,アルハヒオンはまるで違う。
 粋で美貌だが,激しい闘魂の鉄火な気っぷとカミソリのような鋭さ——身辺に殺気をはらみ,おそろしく身軽で敏しょうだったから,ラフな蛮人や不死身の怪物の目玉をおそってこれを退治した。
 彼の場合,クレバーネスを誇り,すさまじいその気魄は,むしろ力豪というより武芸者流といったほうがふさわしく,3連覇目に,その真骨頂が象徴され,次のような劇的伝説を残している。
 紀元前566年,汎アテネ大会でアルハヒオンは,もうすでに盛りをすぎ,スタミナがおとろえ,決勝戦の,まさに幕切れが近づいたと見えたときは,老雄の首は若者の両ももに深々と巻き締められ絶体絶命——顔面は苦痛にゆがみ,血のけは失せ,唇からは無気味な血へドと泡を吹き出したが,それでも屈しようとしない。
 次の瞬間,"ギャーッ"というすさまじい叫び声と同時に,とつじょ若者がのけぞると,まるで火薬でも爆発したかのよう——若者は試合を放棄して狂気のように七転八倒してころげまわる。
 絶体絶命のアルハヒオンが,執念こめた死力もすさまじく,自分の首を締めつけている若者の足の指を,いっきに足の甲まで引き裂いたのである。
 地上におっぼり出された老雄は,すでに首の骨を締め折られて死体と化していたのだが,そのときすかさず,エリタシアスというレフリーの長老が,おごそかに叫んだ。「負け犬は悲鳴をあげて逃げていった」
 いならぶ審判の長老たちも口々にいう。「アルハヒオンが勝った」
 そして。1000年の古代オリンピック史上空前絶後,死者の頭上に栄冠が飾られ,死骸が花々で埋められた。
 その後50年たって,レスリング競技に不世出のチャンピオンが現われる。
 クロトンのミロン(Milon)である。紀元前540年の大会から紀元前516年の大会まで6連覇をとげ,その間,古代オリンピックをはじめとするあらゆる大競技会に出場して,なんと32回も格闘競技のチャンピオン・タイトルを独占しつづけたその光輝の記録は,1000年間の古代オリンピック史上,他に類例がない。
 ミロンは,レスリングだけで,パンクラチオンには一度も出ていないが,もし彼がパンクラチオンの殺し合いにも出ていたら,おそらくだれもミロンには勝てなかったろう,といわれている。
 ミロンがなぜパンクラチオンに出なかったのかというと,この競技は殺し合いだから,出場者がきわめて少数だし,思う存分の格闘をたのしむわけにはいなかったからであろう。
 しかも,格段に強いチャンピオンが出るとなると,他の出場者はだれも名乗りをあげない——古代オリンピックでパンクラチオンだけは不戦勝の記録がしばしば残されている——ということでもわかる。
 ミロン去って,さらに100年あまり,ギリシャ山岳地帯のストコッサという地方の岩窟に住む山男で,ライオンだとか,野生の猛牛を手づかみにするバカ力の野蛮人ポリダマス(Polydamas)がパンクラチオンの覇者になる。
 こいつは恐ろしい怪力で,ケタはずれに強かったから,不世出の力豪時代をひらく——いやへラクレスの再来と自他ともに許されると思われたのに,人間の限界は突き破れなかったのだろう。神の摂理がこの蛮人を狂暴の果てに身を持ちくずさせたのかもしれない——豪勢なタニマチのペルシャ王に招かれて,スザの宮殿の客となって鯨飲馬食のあと,自分のすみかの岩窟の巨大な岩石に挑戦し,岩板と格闘して圧殺されてしまうなどは,バカバカしくて古代ギリシャの力豪たる格式はあたえられないと思う。
 太陽への讃歌にはじまったギリシャ文化栄える古代から,原子力時代の現代にいたるまで,古今をつらぬく"力豪道"の初代チャンピオンというと,文句なく,古代オリンピック・レスリング6連覇のクロトンのミロンだと私は思う。
 たんに私がそう思うだけでなくて,ミロンはイタリア人の誇らしい祖先の力豪——今もなお,ローマ娘の豊かな胸にあこがれの男性像として生きている。
 それというのは,1960年ローマ・オリンピックのとき,ローマで,古代ギリシャ史を勉強しているという知性高い南欧の美女ニーナから,私はいろいろなミロンのイメージの断片をナマナマしく聞いた。
 以下。ニーナの体温がほのあたたかい"ミロン伝"からはじめることにしよう。
へラクレスの力わざを画いた油絵

へラクレスの力わざを画いた油絵

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力豪道初代チャンピオン
クロトンのミロン

 ミロンの故郷。古代に栄えたクロトン市は,長ぐつ形のイタリア半島土ふまずのあたり——広々とひろがる青いイオニア海をへだてて,ギリシャ半島に対している。
 いまはクロトネといういなか町にすぎないが,ローマから坦々とのびるナポリ街道を,海風をついてフィアットをとばすと,日帰りはむりだが,そんなに遠いところではない——と知ったのは,ローマ・オリンピック開会式セレモニーのとき,オリンピック・ホステスの美しいユニフォームを着たローマ娘,ニッコリ花が咲いたように笑って話しかけてきて,知りあいになったニーナのおかげである。
「あなたは国際レスリング連盟の役員ですネ……あたしは古代ローマ史を学校で専攻しているのヨ……ミロンを崇拝してますワ」
 私は,彼女をからかってやろうと,いたずら気を起こした。
「ミロンは,たしかに偉大でしたね……だがミロンの最後は,木の股にはさまれて,けだものに食い殺された……おしいことに,オツムのほうは少し弱かった……」
「とんでもない……ミロンの最後は,一つの偶話ヨ——偶話の表面がああした形になってる真相をアナタは知らない……ミロンは強いだけでなく,インテリですヨ……なにしろ,ピタゴラスのお弟子ですもの……」
「ピタゴラスの落第生」
 すると,この才女は,大げさな身ぶりで,私の頭のテッペンからつま先まで見上げ見下ろすと,グッとにらんだ……少々カチンと頭にきていたのだろう。「……ちがうワ,断じてちがう……優等生ヨ。そのうえ,偉大な将軍で政治家で,しかも教育家……」
 彼女は柳眉(りゅうび)をさかだてて,誇り高い祖先の,この豪勇のために,うんちくを傾けようと気色ばんだが,相手はてっとりばやく言葉の通じない日本人のおじさまだから,じれったい——おまけに,あいにくと,開会式のセレモニーがいよいよ進行して,見おろすフィールド中央の壇上に,ブランデージと,彼女らの大親分アンドレッチイ(ローマの大会組織委員会長)が,のぼろうとしているではないか。彼女はうらめしそうにしていたが,こ
の一幕はそこでチョンである。
 翌日からマセンチオの遺跡ではじまったレスリングの競技場に行くと,ニーナは補助役員として,そこに配属されていたので,毎日顔を合わせることになった。
「また会いましたネ……美しくって気の強いお娘さん」
「私が志願したのヨ……だって,まだあなたとミロンのケリがついてないんですもの」
 オリンピック・ホステスは,外国語のできる,主として女子大学生とか,インテリ娘のアルバイトだった。
 ニーナもその一人で,スクリーンの名花ジーナ・ロロブリジーダそっくりの彼女は,国立大学古代史研究室の助手で,もう30才近い。美しくて陽気な娘ではなく,メリ・ウイドウだ——ということがあとでわかった。
 毎日,愛用のフィアットをオーナー・ドライブしてやってきて,私を見つけると,遠くから右手をあげてあいさつした。
 ——ニーナがいると,ぼくにはまるで古跡に花が咲いたように見える。
 彼女が近づいてくると,私もあいさつを返し,ごきげんの彼女から古代ギリシャ・ローマの話を引き出した。
 オリンピックの半ばを過ぎるころ,「ミロンの足跡を見たくない?」と彼女がいった
「ここにあるの?」
「ここは古代ローマの市場跡ヨ……ここには賤民の足跡しかないことヨ……クロトネにあるワ。オリンピックがすんでから……」
「見たいけど,遠いんでしよ?」
「あたしのフィアットで,そんなに遠くないわネ」
 オリンピックがすんだ翌朝,ニーナは,愛用のフィアットを運転して,コロシアム近くにある私のパンション"ウッド・コック"に迎えにきた。
 「ミロンの足跡だったわネ……ウフフ……」
 ニーナのうす笑いが,妙になまめいていたのが,いまも印象に残っている。
「急ぐことないワ……あなたとはもうずいぶんミロンのお話したもの……ローマの史跡を御案内してから,ゆっくりでいいことヨ」
 彼女のフィアットが,海岸づたいにナポリ街道を南下するころ,すでに太陽は傾きはじめていた。
 "ミロンの足跡"をじつはそのあと忘れるようなことになって,見そこなってしまったが,ニーナのおかげの,ミロンのイメージは,次号にくっきりとよみがえらせられる。
パンクラチオン競技者の戦い(「古代オリンピックの歴史」より)

パンクラチオン競技者の戦い(「古代オリンピックの歴史」より)

レスリング競技者(「古代オリンピックの歴史」より)

レスリング競技者(「古代オリンピックの歴史」より)

月刊ボディビルディング1968年6月号

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