フィジーク・オンライン

バーベル放談の意外な話3題

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1968年7月号
掲載日:2017.12.08
アサヒ太郎
記事画像1
 前回,いささかハメをはずした"バーベル談義"をお聞かせしたが,今回は,バーベルにまつわる意外な話をごヒロウしよう。

その1

 音楽,とくに軽音楽がお好きな方ならご存知と思うが,ビリー・ボーン楽団というアメリカの有名な楽団がある。日本にもたびたびやってきて,テレビ,ラジオを通じ,あるいは各地を回っての公演で,すばらしい演奏を聴かせている。
 この楽団の指揮者ビリー・ボーンが隠れたボディビルダーなのだ。いや,隠れたというのはこちらが知らなかったまでで,あちらの音楽家仲間ではかなり知られているようだ。いったい,何キロぐらいのバーベルを持ち上げ,どんなトレーニング方法をしているのかは,まだ本人に確かめていないのでわからんが,あの一見ショボくれた,近眼のミュージシァンがバーベルで体をきたえているのかと思うと,たいへんほほえましい気がする。
 じつは,この話,ボーン氏の友人であるピアニストのロジャー・ウィリアムス氏から聞いた。ロジャーは,これまたアメリカでも著名なジャズ・ピアニストで,"ミスター・ピアノ"の愛称をもっている。レコードもたくさん出ているから,みなさんのなかにはファンもかなりいるのではなかろうか。ロジャーも先日来日し,東京,名古屋大阪など各地で演奏会を開き,テレビにも出演してみごとな演奏ぶりを披露した。
 この"ミスター・ピアノ"も,ボーンに劣らぬスポーツマンだ。なにしろ演奏会にはかならずボクシングのサンドバッグを楽屋に持ち込み,パンチング・グロープで約15分たたいてステージにあがるんだからねぇ。それというのも,"ミスター・ピアノ"は元アメリカ海軍のミドル級チャンピオンなのだ。3つの年からピアノその他十数種類の楽器を習い,天才的な才能を持っているが,ボクシングのほうも少年時代から覚えて,海軍時代たちまちチャンピオンにのしあがった。
 さきごろ,プリンス・ホテルで会ったさい,いろいろたずねたところ,やはり音楽家だったオヤジさんから
「ひよわな体では音楽家としても大成せんゾ」とさとされて,ボクシングをはじめたという。41才のいい年だが,一見30才そこそこ。「とても3人の子供がいるパパさんとは見えんねぇ」ともちあげたところ,「いやいや,おまえさんも43才とはとても見えん。え,ボディビルをやってるって? なるほど若く見えるわけだ」と,あちらもなかなかの社交じょうず。そこで,ボーンのボディビルが話に出たというわけ。"ピアノ氏"にいわせると,数時間のピアノ演奏は5,6時間のマキ割り作業の労働量に匹敵するそうだ。それほどはげしい肉体労働なのだ。それに,ピアノのタッチはちょうどボクシングのジャブに似ているという。両手の子ユビのつけねのあたり異様に筋肉が盛りあがっていたが,これも子ユビの弾奏力を強める訓練の成果という。
 日本人ピアニストのピアニシモ(最弱音)は,ユビの力が弱いのであまり遠くまできこえないが,外人ピアニストのばあいは,会場のすみずみにまでひびきわたるとよくいわれる。それもこれも,こんなたんれんの結果かもしれない。日本の音楽家で,こんなふうにバーベルを持ちあげたり,ボクシングをやる人がおるかね。
 スケールの大きい音楽家になろうと思ったら,せめて軽いダンベルでも持ってきたえることだ。バイオリンでもギターでも,かなり強い腕力がいるはずだ。

その2

 例のディープ・ニー・ベントというトレーニング,あの効用をご存知かねもちろん,足腰をきたえ,胸の厚みをつけて,堂々たる体格をつくりあげることにある。下半身がたくましくなれば,内臓の位置も正常化し,機能もさかんになる道理だ。だが,そればかりではない。セックスにも大いに関係があるのだ。
 つまり,内股筋を太くし,四頭股筋をきたえると,体内のホルモン分泌を刺激し,エネルギッシュな体をつくりあげる。このディープ・ニー・ベントは,相撲のシコをふむ運動と同じ理くつだ。シコは左右の足を思いきり上げて,力いっぱい大地をふみつけ,腰を十分に落として,足首,ヒザの関節,モモ,そして腰のねばりをつける。
 この反復練習でお相撲さんは,マタずれがするほどのでっかい足を作りあげる。それだけに精力ゼツリン。すでに引退したが,ひところ"黒い弾丸"の異名でうたわれたある力士は,新婚当時毎日奥さんに接しないとハナ血が出る,とよく冗談をいったものだ。それもこうしたシコをふんで足腰をきたえ,モモの筋肉を発達させたからだ。
 30を過ぎて,何も運動をしないと,太モモの内側の筋肉がめっきり衰えていることがわかる。60,70になると,ペチャペチャ音がするほど肉が落ちている。"歩け,歩け"の万歩クラブがはやったり,ゴルフがよいにせっせと精出すご老人が多いのも,下半身の衰退を防いで,生きがいを保とうとの願いからである。
 オナゴにもてようと思ったら,たくましい足腰,張りつめたモモの筋肉をつくりあげることである。けっしてふざけた論でなく,ボディビルがもつ意外な効用である。
いまは亡き力道山と……なつかしい写真

いまは亡き力道山と……なつかしい写真

その3

 アメリカの有名な重量あげ選手,日系二世のトミー・コーノ。ご存知だろうね。ミドル級で何度も世界のチャンビオンになり,世界記録をマークした。そのコーノはいまメキシコで重量あげのコーチをしているが,彼の少年時代のトレーニング美談は,いまでも日系二,三世青年の間で語り草になっている。
 コーノはまずしい日系移民の子に生まれたので,バーベルを買うにも,親からカネをもらえなかった。体が弱くすぐにカゼをひいたり,熱を出す。そのため,子供心になんとか体をきたえて……と重量あげを思い立ったのだが……。
 やむをえず,大地を掘って大きな穴を二つこしらえ,そこに水を入れたババケツを置いて,これをバーベルがわりに両手で持ちあげる練習をした。やがて成長し,バーベルを手にして練習もできるようになったが,この初心を忘れることなく,きびしい日課を忠実に守って,日系二世あこがれの世界的なウェイトリフターになった。
 私の友人がハワイでたまたま彼に会った。とつぜんホテルへたずねては悪かろうと,電話で連絡をとったところ受話器の向こうではげしい息づかいが聞こえる。ハテ,何をしているのだろう,といぶかしんで返事を待っていたところ,「じつは,いまトレーニングの時間になっているので,バーベルを持ちあげていた」との答え。
 部屋にはいっておどろいた。50キロ100キロのバーベルがホテルの部屋にもちこまれ整然とならんでいる。旅に出ても,ドライブに行っても,練習のペースをくずさないため,いつでもバーベルをたずさえて,"ハダ身はなさず"のたとえどおり,四六時中持ち歩いてトレーニングをつづけているというのだ。さすがに世界的な選手と友人は感心したが,コーノにしてみれば,あたりまえのこと。こんな精進をつんでこそ,世界の第一人者にのしあがれたのだろう。コーノは"ミスター・アメリカ"にも選ばれている。
 アメリカでは,ボディビルをやる青年は,野山へハイキングに行くときもバーベルを車のトランクにほうりこんで,空気のすんだ草原でひとしきり汗を流すという習慣を身につけている。寝ても,さめてもトレーニング,わが子のようにバーベルを大事にする精神があってこそ,偉大なボディビルダーが生まれ,育つということである。
 これも,私の若い友人の話だが,火事が起きたらまっさきにバーベルを持ち出すというヤツがいる。学生時代はアジア大会や世界選手権大会にも出場したこの道のベテラン選手で,いまも忙がしい仕事の合い間をぬって練習をつづけている。おもしろいのは,「ただいまっ」と家の玄関にはいるなり,まず60キロのバーベルをひょいと持ちあげ,5,6回軽くプレスで持ちあげてからクツをぬぐ。
 家のなかでは夏冬いつもトレーニング姿。ちょっと時間があれば,すぐにバーベルにとびついてエイヤッとやっている。同好のみなさんから見れば,さして珍しいとも思うまいが,知らない近隣の人たちから見ると,意外な風習と思われるだろう。
月刊ボディビルディング1968年7月号

Recommend