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海外ビルダー紹介 ~ 51才の大ビルダー ヴィンス・ジロンダ ~

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月刊ボディビルディング1969年3月号
掲載日:2018.01.09
 彗星のごとく現われて脚光を浴びたタレントが、いつのまにか姿を消していくのは、芸能界では少しも珍らしいことではない。

 同様に、ボディビル界でも、スターの新陳代謝ははげしい。新進の選手が古い選手に代わって第一線におどり出てもてはやされたかと思うと、やがて影がうすくなり、永久に忘却の彼方に消えていく。

 しかし、ヴィンス・ジロンダは、その例外である。

 20年まえ、肉体美を誇った一流のスターといえば、スチーブ・リーブス、ジョージ・アイファーマン、ジャック・デリンジャー、そしてヴィンス・ジロンダの名があげられる。

 10年まえのスターは、ディック・デュボア、トム・サンソン、そしてヴィンス・ジロンダである。
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ハリウッドで一番名の知られたスタント・マン、最高に発達した大胸筋を誇る世界的に有名な肉体美の持ち主。好評のジムを経営し多数の熱心な練習生を指導しているヴィンス・ジロンダ。
 今日のスターは、ゼルギオ・オリヴァ、アルノルト・シュヴァルツェネガー、ハロルド・プール、そしてヴィンス・ジロンダである。

 なんという生命の長さであろう。現役のボディビルダーそしてトレイナーとして30有余年、ヴィンスの体はいまなおその輝きを失なってはいないし、ゲスト・ポーザーとして舞台に立つ彼は、他の現役選手にくらべていささかも見劣りを感じさせない。

 彼のもとに指導を求めにくるスターの数もずばぬけて多い。ダン・マッケイ、ドン・ビーターズ、スチーブ・レノ、ドン・ハワーズ、ラリー・スコットーーいずれもヴィンスが手塩にかけて栄光の座に押し上げたチャンピオンたちである。

 彼はミスター・ユニバースとミスター・アメリカの両コンテストで上位を占め、プロ・ミスター・カリフォルニアのタイトルを獲得している。現在51才になる彼は、IFBBミスター・ウェスタンのショウに出演し、最高のポージングとたくましい肉体美で満場の観衆を魅了し去った。

 昔と変わらぬ28インチの腹部、逆三角形の上半身、みごとに発達した大胸筋と三角筋が印象的である。
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 トレーニングを始める数年まえ、18才のときの写真。スポーツマン向きの体格をしているが、クギのようにやせている。
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 すでに初老の年齢に達しているヴィンスだが、肉体は少しも衰えを見せず、その美しさは年とともにますます冴える。
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美女と日光浴を楽しむヴィンス。
 スコットランドのハイランド地方で行なわれている珍しい丸太棒投げ競技は、ヴィンスが愛好するスポーツの一つ。腕力と鋭敏な運動神経を必要とするこのゲームで、彼は抜群のレコードを保持している。

非凡なスポーツマン

 ヴィンス・ジロンダの前歴は、波乱に富み多彩である。彼は1917年にニューヨーク市で生まれた。父は古き時代の映画のスタント・マンで、映画関係の仕事以外に乗馬学校を経営していたので、環境からヴィンスはその内に一流の騎手になりロデオに出場し、いろいろのタイプの馬にまたがって、曲乗りの妙技を見せた。

 次に父の職業をついで、映画のスタント・マンになり離れわざを行なった。彼の出た映画数は500本に及んでおり、現在もときおり画面に姿を見せている。

 彼はスポーツの愛好家で、高等学校在学中わずか145ポンドの体重をもって、走高とび、棒高とび、砲丸投げの3種目に1番という抜群の成績を示した。今日でも、100ヤードを11秒以内で走り、地方のジムの半マイルのレコードを持っている。また電柱に似た丸太棒を遠くにほうり投げる「ケイバー」と称するスコットランドのゲームにおいても、はるかに重い連中を退けて2位になった。

 ヴィンス・ジロンダは、23才のときに初めて、トレーニングに取り組んだジムで1年間学び、練習してから、1946年にヴィンスは、スタントの終日労働をやめ、自分自身のジムを開く決心をした。借りた場所で2年間けんめいに働いた後、現在のカリフォルニア州スタジオ市ヴェンチュラ街に移転した。本年でジム経営歴20年になる。

スターがひしめく彼のジム

 ヴィンスは努めて上等な器具を備えつけ、優秀な会員を集めて、最良のジムの建設に献身した。その結果今日では、ボディビル界の最高ビルダーの大半が彼の元に参集している。ラリー・スコット、ドン・ハワース、ジーン・モジー、ゲイプ・プードロー、ビル・マクアードル、ジョーン・トリストラム、ドム・ジュリアノ、それに最近フレディ・オルティスが加わった。

 ジム内には、彼の考案にもとづく独特の器具が備えられている。多数のビルダーたちが、これを使用して、多大の効果を得ていると断言している。このジムで、ワイダー研究調査所のために多くの仕事が行なわれており、1例をあげればラリー・スコットによってあまねく普及されたカーリング・ベンチも、ここで製作されたのである。

 彼と友人のジョー・ワイダーは提携して多数の高等なトレーニングの原理について研究してきた。ヴィンスのジムはアメリカの西海岸で一頭地を抜く優秀なものとして広く知られている。

トレーニングについての意見

 前述したように、ヴィンスは、怪力の持ち主だから、さだめし重いウェイトを使用し猛練習を重ねているに相違ないと思うのはむりもないが、これははなはだしく事実に反している。ヴィンスはトレーニングに関して、次のように自分の意見を述べている。

 ーーあまり練習し過ぎると、生気を失ってくる。どのビルダーも、練習過多よりも練習不足のほうが、はるかによいことを心得てほしい。それから熱心のビルダーで単調のために野心を喪失して、トレーニングのルーティンから遠去かっているのをよく見かける。この単調を破る唯一の方法は、周期的に練習の仕方を全部他に切り変えることである。

 ーー私は1日に脚を、次の日には上半身をトレーニングするというふうにして、上半身と下半身とを交互に鍛練している。

 ーーわずかのセットと回数で、少しばかりのエクササイズを行なう。このやり方によって、私はつねに最高の体調を保ち、はつらつとして、健康を増進している。いいかえれば、この種のトレーニング法は、私に快く反応して長時間のジムの激務と、時々やる離れわざの仕事に必要なエネルギーを供給してくれる。

 ーーもちろん、コンテストを目標として練習するさいには、普段よりも猛烈にやる。しかし、もしこんな過度に激しいトレーニングを1年を通して行なったならば、体に負担が加わり、いくらもしないうちに、私がつねに避けている気抜け状態をひきおこすことになる。

 ーー毎日私は45分前後を練習に費しているが、異なった次のエクササイズに移る間には、ぜったいに休息をとらない。1つのエクササイズを終わったら、すぐに他の新しいエクササイズに着手するようにしている。

ーー私の練習法は、身体の均整美を得るのが主眼で、あちこちに少数の筋肉がひどく盛り上がるのを好まない。栄養研究の大家であるヴィンスは、年月が経つにつれて、栄養がトレーニング上大切であることをますます痛感している。ヴィンスは、立派な筋肉は栄養から75%、トレーニングから25%が得られると主張している。

 アメリカ応用栄養学協会の会員である彼の、長年の食物と食事法に対する研究から得たきわめて貴重な知識は、多くのボディビルダーが、探し求めているものである。彼は「ボディビルダーのためのブルー・プリント」を書き上げたばかりである。

 50才を過ぎる年齢、20年のジム経営経験、終生の栄養学の研究、不断のエクササイズ等、ヴィンス・ジロンダはまさに得がたいボディビル界の偉人である。練習を怠らない彼は、現役の競技者の多くが見物側にまわるときがきても、かくしゃくとして活躍を続け、彫刻のような姿を見せることだろう。
月刊ボディビルディング1969年3月号

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