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健康診断 ~ボディビルとタバコ ~

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月刊ボディビルディング1969年7月号
掲載日:2018.03.14
曽根 将博
(日本ボディビル協会理事)
 タバコの吸い方には、人それぞれに特徴がある。大きな右手の親指と人差指とで、軽くつまみ、残りの指で、タバコをおおいかくす様にして煙を吐く、猫背ぎみのゲイリー・クーパー。煙草の葉袋から、小さな紙片にのせ、器用に片手で巻き上げ、紙の一端を舌で濡らしてウマそうに吸いつけるジャン・ギャバン。濃く彩った口紅の口もとにタバコを軽く横にくわえ、ベレー帽にレインコートの襟を深く立てた妖しい魅力のイングリード・バーグマンなど、往年の映画俳優たちの名演技が、印象的に残っている。その反対に、から手ではどうしても、間のとれない大根役者には、タバコを持たせて演技を付けさす事もある。マッチのつけ方や消し方など、若かりし頃の筆者は、映画館を出ると、その時の映画の名優ぶりよろしく、アクションまで、何んとなくマネたくなるものだった。

 靴の底や電柱にマッチをこすり付ける……。残念ながら日本製マッチは、あちらのローマッチとちがい、マッチ箱のスリ木以外のところで、火のつく筈がない。そこで、マッチ箱をばらして、スリ木を靴の土踏まずの所に糊ではる。マッチ棒は、チョッキのポケットにバラ入れし、街路などで片足を内側へ軽く曲げて火をつけ、タバコに点火する。ちょっとイカシタ? が、水たまりと雨の日だけは禁物なわけだ。また枕元に配した煙草盆に、銀ギセルか、朱ぬりの長キセルもオツなものだ。時代がかった仕ぐさで、盆を引き寄せ、キセルの雁首にきざみ葉をつめて、寝起きの顔で、二、三ぷく、清水の貸元か、幡随院の仁侠気どり、今の言葉でいう《カッコイイ》自己満足にひたったものだ。

 筆者がそもそもタバコの味を覚えたのは、昔流でいう数えの18歳の時で、学期試験のある日、校内でタバコをふかしている学友を見て、「未成年者のくせに、教官に見つかったらウルさいぜ」「君ものんで見ろよ。頭がスカッとして、試験なんか、へのカッパさ」

 これが悪友という者か。それ以来、隠れて吸う様になってしまった。但し試験の方は《へのカッパ》とは問屋はおろしては呉れなかった。

 葉巻タバコもマドロスもくわえた。物資不足の折の配給タバコ、戦後の闇タバコ、夜明け5時頃煙草屋の開くのを待っての行列買い等、吸い、のみ、ふかし、右手の指先が真っ黄色になる程、タバコを吸った。

 それまでして愛用したタバコを、昭和27年(われ40歳)の秋に、妻と合意してピタリッと止めた。

 筆者は子供じぶんから気管支が弱く妻は胃けいれんで、チョクチョク病んだためだ。

 タバコは体に悪い。吸わなければ苦しむこともなかろう、と決意したその日その時、チェスターフィルド(外国タバコ)の封を切って、妻と一本ずつ吸いおさめをした。

 残ったタバコは粉々に砕き、マドロスもキセルも、各種パイプも、惜気もなくことごとく折ってゴミ箱の屑と化さしめた。

 それからの口寂しさを、ガムや飴などで当分の間、紛らわした。紫煙になんの未練を感ずることなく、はや18年を過ぎた現在は、喫煙者の吐く口中のヤニ臭さが、堪えられない程いやな気分である。

 タバコの有毒成分とは何かご存じ?勿論ニコチンとタールであることは百もご承知だろうが、一寸辞書をひもとくと次の様に書かれてある。

 ニコチンとは、タバコの中に含まれる無色、油状のアルカロイドで毒性がある。(注・アルカロイドとは、植物に存在する塩基性の化合物、多くは有害モルヒネ、コカインなど)

 タールとは、木炭や石炭をむし焼きにした時に出来る黒色、油状のねばった液体である。……要約すれば、タバコを吸っている間に、肺の中にニコチン、タールが、こびり付き、いつかは健康をそこね、取りかえしのつかぬ体になると云う事である。

「おじさんは40歳までタバコを吸った。だから僕らもその歳まで吸えるわけだね」と若い人たちは、タバコ談義に必ずこう云うが、時代がちがう。我々の若い頃の東京は、空も紺碧で全く澄んで空気もキレイだったが今はどうだろう?

 都会に乱立した高層ビルや大工場から吐き出される大気の汚染に加えて、需要と量産に拍車をかけた自動車群の排気ガスが、更に輪をかけ、小っちゃな島国、日本は完全にスモッグに覆われ、たださえ呼吸器官をやられてしまうのに、且つその上にタバコを吸って良い筈がない。

 タバコといっさい縁を断ってから登山して頂上を極めた時の本当の(空気のウマサ)に接し、えもいわれぬ爽快さを味わった。今までこんな(ウマイ空気)をなんでタバコなんぞで汚していたのかと、つくづく健康への第一歩と喜びを感じている現在である。
タバコの害について語る筆者

タバコの害について語る筆者

 アメリカ政府公衆衛生局は1964年1月11日(昭和39年)にタバコの有害についての報告書を発表、喫煙者と肺ガンの危険性は非喫煙者の9~10倍にもなり、その死亡率は喫煙者に最も多いと立証し、愛煙家たちに大ショックを与えた。更にアメリカ政府は、タバコ業者いわゆる民間タバコメーカーに対し(健康に有害である)旨をタバコの包装箱に印刷する様に警告。またイギリスではタバコのテレビ宣伝を法律で禁止。北欧では公衆衛生政策の中に禁煙問題がとり上げられた。

 だが日本は政府自らがタバコメーカーである関係上、タバコの売上げが日本財政(税金)を支える大きな柱であるためか、まるで他人ごとの様だ。わずかに日本ガン学会や、関係医学者が、タバコ有害説をとりあげる。タバコは1本吸う毎に14分ずつ寿命を縮めている。タバコの害は心臓の老化を早める……などと発表している。

 幾分気になってか専売公社は、ニコチン、タール量を半分にした低害タバコなる品を今年の2月に売出した。タバコは吸いたし、命は惜しいの意地キタナイ愛煙家を誘惑?

 有害説を全く無視した《売らんかな!》の残ましさ政策の一端がうかがわれる。

 悪声で有名だった元総理の池田勇人さんは喉頭ガンで早死にされたが、これとてもタバコの吸い過ぎから気管障害を悪化させた結果で、以来現在の佐藤総理は、恐くなってか(禁煙)にふみきったとか……。

 筆者はここ数年の間に、三人の友を失った。スポーツマンのA君は心臓病を、Y君は悪性ゼンソクの病で、酒好きのN君は胃ガンだった。

 それぞれ病院へ見舞った折には、くどいほどに、(退院したら絶対にタバコを止めなさいよ。今度吸ったら命とりになるからね)と忠告しておいたのに、全快して平常の勤めに戻るに従って、デスクの灰皿に吸ガラの数が目立ってふえ、再度、病院のベッドへ逆もどり、遂には、遠いあの世へ《グッドバイ》だ。彼らの死を早めたのも、みなタバコが原因なのだ……ああ!。

 健康のために、タバコをやめてボディビルをと筆者は常に呼びかけている。各地のボディビルのジムの門戸をたたく実業家、サラリーマンや学生諸君たちは、運動不足からナマった自己の体に目覚めて、健康維持のために汗を流しているわけだが、今まで口にしていたタバコの本数を少しでも減らし徐々に、そしてゼロにする努力も必要である。

 筆者のジムでは全員の約20%位の喫煙者がいる。

 トレーニング・シャツに着がえる前の(先ズ一ぷく型)、練習半ばに吸う(意気地なし型)練習終って帰りがけの(ヤレヤレ型)の三型があるが、この三通り全部実行する人は必ず(三日坊主型)になっている。これらの人は非喫煙会員に比べて、先ずスタミナの低下、体格の発達の遅れが、歴然である。

 あらゆるスポーツの基礎運動であるボディビルは、体力づくりに最適なスポーツである。ボディビルをやる人はむろんスポーツマンだ。

 そのスポーツマンたるあなたが、百害こそあれ一益もないタバコを口にするようでは、健康への保証は出来まい。健康の管理人は医者ではない。あなた自身であることを自覚すべきである。

 バーベルを初めて手にした時を機会に禁煙した会員も少くないが、その中で一日40~50本吸っていた会社部長の黒木重正(32)さんは敢然ノースモークに努力し、僅か2カ月で胸囲96cmから107cmの厚さに、腰囲84cmから76cmにしぼり上げた斗志は、今後の有望株の一人である。

 また体重81kg、腰囲96cmの重量級の会社々長の清水浩(42)さんは、毎回ランニング・マシンで必ず10分をコンスタントに、時たま20分30分40分以上を試み、30代20代の若い人たちをあわてさせる程の独走ぶりで、文字通り滝の如き汁をしぶかせた《根性》はさすがである。2カ月で腰囲を7cm、体重5kgも減らす程にこぎつけ、更に体重を70kgに下げるまで、走ると云う意気込みも立派である。これひとえにタバコを捨てた(意志の力)の賜物と云っても過言ではない。

 北欧のスキーヤーで有名なトニー・ザイラー選手は、タバコは勿論、アルコールもコーヒーも絶対にのまない一人だが、その粘り強い精神が、1956年の冬季オリンピックに、滑降、回転、大回転とトリプル・クラウンをもたらした。白銀に乱舞するシュプール、すばらしく律動感あふれる滑降の妙技は、今も深く印象に残っている。

 スポーツ全般にわたって云える事だが、スポーツ・トレーナー(体育コーチ)の任務は、各基礎技術から、栄養管理、保健衛生に至るまで精通し、自ら率先して範をたれることにある。指導に当っては論理よろしく唱えながら役目から開放されると常人にかえり、プカッ、プカッとタバコをふかしている姿は、あまり好ましい図ではない。指導者としての資格は、全く《ゼロ》である。

 「先生は学生時代に、何かスポーツをおやりでしたか?」と筆者は、初診の医者に先ず問うてみる。その上で、スポーツをやった事もなければ、スポーツを理解しない医者の診察は、以後敬遠する事にしている。

 最近、女性の喫煙者も目立って多くなっている。彼女らは、タバコの有害について知っているのかしら? まだまだ若いからと云って肺ガンについて油断することは禁物だ。

 女性は男性よりも肺ガンに弱いという新データまで学会は発表している。タバコによって胃腸を害し、食欲不振となり、レディの看板である筈の、若肌をも荒す結果となる。

 喫煙女性よ、あなたは健康な男性(ビルダー)からキッスすら、こばまれてしまいますぞ。

 女性もボディビルを、何時までも若く、そして美しさを失うなかれ? タバコは人生の赤信号である。

 タバコの有害は、人体ばかりではない。“火事”という恐しい《災害》が喫煙者たちに起ることも事実である。

・ソファの酔客が落したタバコから
・疲れた体で吸いつけた寝タバコから
・ハイカーたちが投げ飛ばしたタバコから

 一寸した不注意から、タバコのくすぶりが数時間後には取りかえしのつかぬ大火を招く。

 昨44年東京都に起きた火事の件数は、8,280件(137,775平方メートルを灰にしている)で、その内17.8%がタバコの原因によるもので、自慢にならぬトップ数字を示している。僅か1本のタバコから起る災害が、あなたの身近にいつ発生するか、全く測り知ることができない。

(物を考える間の一ぷくから、新しいアイディアが生れる)と尤もらしい事をいう愛煙家も少なくない。オッと、どっこい!

 筆者に云わしむれば、脳味噌の少い人間のタワゴトである。タバコの力を借りなければ、知恵がわいてこないとは、お情けない。

 イライラする人ほど喫煙量も多く、既に体内を害毒に冒されている証拠である。

 人体を医者に見はなされたら人生の悲哀だ。手足も不自由な、ヨイヨイの体になってまでも、タバコを手離そうとしない廃人同様の末路に、泣きを見るのは、果して妻子か? 本人か? 考えた事が一度でも、おありかな?

 世を幸福に楽しく生きるためには、社会人らよ!有害なタバコをすてよ! ゲバ学生らよ!ゲバ棒、へルメットをすてて、ボディビル運動をやり給え、と声を大にして、大いに勧めるものである。

 そしてスタミナを取り戻し、ファイト満々に明朗で健康的な社会と人生を築くや如何に!
月刊ボディビルディング1969年7月号

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