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筋肉のABC 2

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月刊ボディビルディング1969年9月号
掲載日:2018.05.22
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渡 辺 俊 男

簡単な筋肉の実験

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 カエルやガマは跳躍力の強い動物です。そしてその筋肉は、生理学の古典的な研究にたいへん役に立ってきました。そこでいま、ガマの筋肉についてごく簡単な実験をしてみましょう。

 ガマの筋肉Mーー人間ならばフクラハギにあたる部分の筋肉ですーーをなるべく傷つけないように、じょうずにとり出して、第1図のように、その一端をAにとりつけて固定します。他の端にはヒモを結びつけ、滑車B、Cを通して桿杆に連結します。この点をDとしておきましょう。桿杆はE点で固定され、Dが下方にひかれますと、Fは上方に上がるようになっています。Gは円筒で、モーターかゼンマイによって回転しています。円筒の表面には紙をはり、その上に煙のススを塗ってありますから、F点がふれてススが落ちた部分は、白くえがかれるわけです。また、筋肉には神経Nがついていて、これには電気を通じることができるようになっており、ここから刺激Sを伝えることができます。

 さて、準備ができたら、Sから、刺激となりうる強さの電流を通じてみます。すると、筋肉Mは収縮を起こし、B、C、DがひかれてFは上方に向きますが、次の瞬間には、筋肉はまたもとの状態にのびてしまいます。ただし円筒は刺激が通ずる直前からひじょうに速い速度で回るようにしておかなければなりません。このとき、Gの紙をとりはずして固定したものが第2図です。

筋肉の収縮

 S点で1発の刺激を加えますと、筋肉はただちに収縮するように見えますが、くわしく記録をとってみますと、刺激後約1/100秒の間は変化が起こっておりません。この時間、つまり第2図のS~a間を潜刺激時といいます。ついで、筋肉は収縮し、ひきつづき弛緩します。
 このように、筋肉は1発の刺激で1回だけ収縮します。そして、このような収縮のしかたを単収縮または攣縮(れんしゅく)と名づけていますが、この単収縮の時間はひじょうに短かくカエルの筋肉について実験してみますと、約1/10~1/6秒です。私たちがバケツを持ったり、運んだりする動作がもし単収縮によって行なわれるとしたら、バケツは1/10秒前後の時間しか持っていることができないわけです。ですから、バケツを持ちつづけるためには、筋肉は収縮しつづけていなければなりません。
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 第3図は、同じような実験装置でもって、ただ円筒の回転をおそくし、刺激の数や間隔をいろいろに変えてみたものです。

 毎秒30発の刺激を伝えますと、筋肉は収縮をつづけます。これを完全強縮または強直といいます。私たちが物を持ったり運んだりするのは、筋肉の強縮によるもので、筋の種類によってもちがいますが、少なくとも毎秒10~40発の刺激が加えられなければなりません。もし刺激の頻度が完全強縮を起こすまでにいたらないとき、たとえば第3図のように、その頻度が毎秒15発のときは、収縮高は波を打ちながらだんだん高くなっていきます。こんな状態でバケツを持ったとしたら、バケツは上がったり下がったりして、中の水はこぼれてしまうでしょう。じじつ、毎秒10回くらいの刺激では、弱い筋力しか出ないのです。

 ボディビルディングの主な目的は筋肉強縮によって骨格筋を強化していくことですが、筋力つまり筋収縮の強さは、中枢から筋肉に送りこまれる刺激の頻度によって左右されるものなのです。したがって、かりに筋線維の組織構造が充分にすぐれている人の筋肉の強化は、いかにして短時間にたくさんの刺激を大脳から筋肉に送りこむかにかかっています。

 また、筋肉が疲労していますと、第2図のようには収縮高が上がらないばかりでなく、収縮が残留して、筋肉は完全にはリラックスしません。したがって、筋肉のトレーニングは、筋疲労をとり去ってのちに行なわなければ、効果は少ないのです。

等張性収縮と等尺性収縮

 いままで述べてきましたいろいろな収縮では、いずれも筋肉(じつは筋線維の長さ)が短かくなっています。この実験を桿杆の慣性抵抗や負荷がほとんどないようにして行なうことができたならば、筋肉は収縮して形は変化するかもしれませんが、筋肉の張力はほとんど変わりません。このように、収縮によって長さは変わるが、張力の変わらないものを等張性収縮(アイソトニック・コントラクション)といいます。

 これに対して、第1図の実験装置で筋肉の両端AとBを固定しておいて、刺激をあたえたら、どうなるでしょう。筋肉の両端が固定しているのですからいかに刺激しても筋肉は短縮することはできません。このように、同じ長さで収縮しようとするものを等長(尺)性収縮(アイソメトリック・コントラクション)といいます。このとき、第1図の実験装置のB点に張力描記桿杆装置をつないで記録しますと、刺激によって張力の発生していることがわかります。そして、この収縮によって、筋肉は熱を発生し、容積、PH(水素イオン濃度)、透光性、剛度(硬さ)などいろいろな変化を起こします。

 等尺性収縮をトレーニングすることが、ボディビルディングに必須なものであるのは、こうした変化が刺激となって筋肉が発達していくからです。このように、筋の収縮には2通りあるのですから、その鍛錬法も第4図のように2通りになるわけで、その効果も当然ちがってきます。

筋力

 筋肉の働きは、次のように分けることができます。
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 このうち、瞬発筋力は筋線維そのものの収縮によって得られるものですが持久筋力のばあいは、さらに物質の補給と老廃物の排泄なども考えに入れなければなりません。まえにも述べましたように、筋肉の張力は筋肉内の筋線維の数に比例します。しかも、筋力は筋線維の走る方向に直角な横断面積の広さに比例するのです。つまり、第5図で、Aは↑aの方向にもっとも強い力を発揮できますが、Bでは筋線維↑b方向に対して斜めに走っているので↑b方向へ働く力は弱いのです。しかも、筋線維の数は、原則として発育完了後は変わらないものとされていますから、筋肉トレーニングの問題は、いかにして1本1本の筋線維を強くするかということに集中されます。
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筋肉のトレーニング原則

 筋肉は使えば発達し、使わなければ衰えます。前者を作業肥大、後者を廃用性萎縮といっています。また、過度に作業を強制しますと、疲労が蓄積され、ついには機能の障害をおこします。これがいわゆるルーの3原則です。

 腕がひじょうに大きいが、力の少ない人もあり、細い腕でありながら、あんがい力の強い人もおります。筋肉の肥大には、

筋鞘の肥厚
筋線維の間の組織の肥厚
筋線維そのものの肥大

がありえます。充分な栄養をとっていますと、腕が太くなり、また筋肉も太くなります。しかし、筋線維の間の組織がいかに肥厚しても、筋力は強くならないものであり、有効かつ必要なのは、筋線維そのものの肥大ということなのです。

 筋力をつけるということは、かならずしも簡単ではありません。筋線維は人体の各組織の中でも、きわめて分化の進んだ組織に属します。こうした組織は成長後は変化しないのが原則ですから、筋線維の数も、長さも、核の数も変わらないとされています。

 また、筋肉トレーニングの効果は、その時期と量とに深い関係があります。筋肉トレーニングの効果は、身長がのびる時期(これを伸長期といいます)よりも幅育期によくあらわれます。思春期以後でもその効果はけっして衰えるものではありませんから、相当の年令になるまで、習慣的に筋肉を鍛錬していただきたいものです。また、瞬発筋力をつけるには、長い時間をかけて行なうよりも、負荷を強くして密度の高いトレーニングをしたほうがよいのです。

持久力のトレーニング

 筋持久力を強くするには、長時間持続したトレーニングや反復トレーニングを必要とします。長く筋肉を使用するためには、筋肉内にたくさんのエネルギー源をもっていると同時に、筋肉に栄養を供給するための循環系が強くなければなりません。

 動物実験の例をひきますと、ネズミを5日間鍛錬した効果は、筋肉中のクレアチン燐酸量(これについては、いずれ説明する機会がありましょう)が増加し、しかもその効果は、約1週間残存したと報告されています。ウサギについて同じような実験をした報告では、筋肉内のグリコーゲンが2~3倍に増加したといっています。

 筋肉にはまた、シオグロビンというタンパク質があります。これは、赤血球の中のヘモグロビンと同じように、筋線維に酸素を供給するものですが、やはり筋肉トレーニングの結果、増量されるのです。

 また、長時間筋持久力のトレーニングをしますと、筋肉の中を走っている毛細血管の数も増加してきます(第6図)。これによって、もし心臓さえ強ければ、筋肉にはつねに充分な酸素と栄養があたえられ、筋活動は長つづきすることになります。これに反して、瞬発力や等尺性収縮によるトレーニングでは、むしろ筋線維を強くしているのです。

 さて、以上を要約してみますと、

 瞬発筋力の鍛錬にはーー短時間に最大力を出すような運動をする。ウェイト・トレーニング、アイソメトリック・トレーニングなど

 持久筋力の鍛錬にはーー長時間、反復的な運動をする。インターバル・トレーニング、マラソンなど

ということになるでしょう。

(筆者はお茶の水女子大学教授、医学博士)
月刊ボディビルディング1969年9月号

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