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ボディビルの基本〔その6〕
胸の運動

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月刊ボディビルディング1972年3月号
掲載日:2018.03.20
竹内威(NE協会指導部長’59ミスター日本)
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ボディビルダーの完成された大胸筋は、筋肉の容量と迫力において、他のスポーツマンの追随を許さない。まさに大胸筋は、ボディビルダーの表看板といっても過言ではない。したがってボディビルダーたらんとするには、まず、この大胸筋を鍛えることである。

大胸筋の運動

大胸筋の運動にもいろいろあるが、その中で最も主要な種目はベンチ・プレスである。ベンチ・プレスは、スクワットとともにボディビルのトレーニングには欠くことのできない基本種目でもある。
また、効果の面でも、大胸筋の発達はベンチ・プレスによって八分どおりなされるといってもよい。とはいうものの、大胸筋を完成させるためには、ベンチ・プレスのみでは不充分である。大胸筋を大まかに発達させるだけでなく、さらに大きく形よくするためには必要に応じて、刺激を異にする他の胸の運動も合わせて行なわなければならない。
大胸筋のための運動には、ベンチ・プレスの他に、とくに上部の発達を促すもの、あるいは、とくに下部の発達に効果のあるものなど、大胸筋の作用をいくぶん異にする多数の種目がある。したがって、大胸筋のトレーニングを効果的に行なうには、それらの個々の種目の特性をよく把握し、各人の大胸筋の弱点に応じて種目を選択することが大切である。

①バルクを増やすための運動
大胸筋を発達させる段階として、まず、形にとらわれずにバルクの増加に重点をおくのがよい。というのは、ある程度筋肉が発達してからでないと、本誌2月号で述べた「発達における個性的な傾向」がわからないので、無駄のないトレーニング・コースを作ることができないからである。つまり、大胸筋の発達における弱い部分と、形体的な欠点がはっきりしてこないと、効率のよいトレーニングが行なえないということである。
弱点と欠点がはっきりしてこないうちから、多種目の不用な運動種目を行なうことは、いたずらに筋肉を疲労させ効果を半減することになる。
バルクを増すためにベンチ・プレスが最も有効であることはいうまでもない。このほかの種目では、バー・ディップスとベント・アーム・プルオーバーが有効と考えられる。
トレーニングに際しては、ベンチ・プレスに比重をおき、他の種目は体力に応じて適当に行なえばよい。もし、まだ体力的に余裕があれば、ダンベルによるベンチ・プレスを合わせて行なえば、一層の効果を期待することができる。

◇トレーニング・コース(例1)
ベンチ・プレス 5セット
バー・ディップス 3セット
ベント・アーム・プルオーバー 3セット

◇トレーニング・コース(例2)
ベンチ・プレス 5セット
ダンベル・ベンチ・プレス 3セット
バー・ディップス 3セット
ベント・アーム・プルオーバー 3セット
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上記の種目のやりかたについては、いまさら説明の必要もないと思われるので、とくに留意しなければならない点についてのみ述べることにする。

(イ)ベンチ・プレスの握り幅
ベンチ・プレスは、シャフトを握る両手の間隔によって、いくぶん効果が異なる。あまり間隔が広すぎると大胸筋の外側、すなわち、わきに近い部分に効果が片寄り、狭すぎると、腕に効果が大きく分散されてしまう。
大胸筋を最も広範囲に刺激し、かつ、効果を腕に分散させないためには、両腕を左右に水平に伸ばした状態での両肘の幅か、それよりも1こぶしくらい狭い間隔でシャフトを握るのがよいと考えられる。

(ロ)ベント・アーム・プルオーバーで肩を痛めないために
ベント・アーム・プルオーバーを誤った方法で行なうと、肩を痛めやすい。これを防ぐためには、頭上を通過させてバーベルを床の方へおろすときに、極端に両肘の間隔を開かないことである。
両肘を極端に開かなければバーベルが床の方へおりにくい場合は、筋肉の伸張性が増加するまで無理におろさないようにする。筋肉が硬く、運動中に両肘が開きやすい場合は、バーベルを握る両手の間隔を少し狭くして行なうとよい。

バー・ディップスについては、ことさら留意する点はないが、いずれの運動法も、できるだけ可動範囲いっばいに正確に行なうようにする。

②上部の発達を促す運動
この部分の強化には、インクライン・ベンチ(傾斜したベンチ)を使って行なう運動が有効である。

◇インクライン・プレス
インクライン・ベンチにあお向けに寝て、ベンチ・プレスの要領で行なう。バーベルを握る両手の間隔は肩幅より2こぶし前後広めがよい。

◇インクライン・ダンベル・プレス
ダンベルを使用して、インクライン・プレスの要領で行なう。

◇インクライン・ラタラル・レイズ
インクライン・ベンチにあお向けに寝て、ラタラル・レイズ・ライイングの要領で行なう。
なお、筋肉の発達を強く促すにはストレート・アーム(肘を伸ばしたまま)よりベント・アーム(肘をいくぶん曲げる)で行なうのがよい。

インクライン・プレスとインクライン・ダンベル・プレスは、効果の面でほぼ一致しているが、インクライン・ラタラル・レイズは、大胸筋上部における内側よりも外側の発達に有効と考えられる。
インクライン・ベンチの傾斜は、普通45度くらいであるが、傾斜が自由に変えることのできるものを使用する場合は、胸部の薄い人は45度よりもゆるやかな角度で行ない、胸部が発達して厚くなるにつれて徐々に傾斜を強めていくとよい。傾斜が強すぎると、効果が肩に分散してしまうから、この点に留意すること。
インクライン・ベンチがない場合には、鎖骨のすぐ下にシャフトをおろすような要領でベンチ・プレスを行なえば、ほぼその目的を達することができる。この場合、バーベルを握る間隔は両腕を左右に水平に伸ばした状態における両肘の間隔より少し狭いくらいがよい。

③下部の発達を促す運動
大胸筋の下部は、人によっては運動の効果が的確に得にくい部分である。
ベンチ・プレスによる場合、傾向として、胸部の薄い人の方が厚い人よりも発達するようである。ことに、下部の外側の発達にその傾向が強くみられる。

デクラインによる種々の運動が、この部分に有効であるといわれることから考えると、ベンチに仰臥したとき、胸部が厚く胸の傾斜度が強いほど下部が発達すると思われるが、事実は、先に述べたような傾向を呈している。
このことは、大胸筋下部の筋肉の作用する方向と働き方を考えればうなずけるのである。したがって、デクラインによる運動は、それらのことを考慮して効果的と思われる方法で行なう必要がある。
デクライン・プレス。頭と肩を浮かし、背中の下部をベンチに密着させる

デクライン・プレス。頭と肩を浮かし、背中の下部をベンチに密着させる

◇デクライン・プレス
デクライン・ベンチ、または腹筋台に頭を下にして仰臥し、ベンチ・プレスの要領で行なう。両手の間隔は、肩幅より2こぶし程度広いくらいがよい。

◇デクライン・ダンベル・プレス
ダンベルを使用し、デクライン・プレスの要領で行なう。

◇デクライン・ラタラル・レイズ
デクライン・ベンチに仰臥し、ラタラル・レイズ・ライイングの要領で行なう。

デクラインによる運動を効果的にするには、頭と肩をデクライン・ベンチから浮かし、背中の下部をベンチに密着させるような姿勢で行なうとよい。また、両肩を首の方へすくめないようにして、いくぶん両わきをしめるような感じで行なうのがよい。
効果の面から考えると、バーベルで行なうのが最もよいようである。

◇ベンチ・プレスによる方法
バーベルを肩幅より2こぶし程度広くもち、シャフトを大胸筋の下端におろすようにする。この際、上体をそらさないようにして、背から腰の部分をできるだけべンチに密着するように留意する。

他の運動では、バー・ディップスが有効であるが、完全に体が挙上するように留意すること。

④外側の発達を促す運動
この部分については、特殊な運動種目はないが、フラット・ベンチ(たいらなべンチ)とインクライン・ベンチによるラタラル・レイズが有効と思われる。そして、当然のことながら、ベント・アームで行なうほうがよい。
ベンチ・プレスまたは、インクライン・プレスによって、この部分の運動をするときは、バーベルよりもダンベルを用いて行なうほうがいくぶん効果的と考えられる。そして、いずれの運動も、両肘を充分におろすように留意して行なうことが肝要である。

⑤内側を発達させる運動

◇ナロー・グリップ・ベンチ・プレス
バーベルを2こぶし以内の間隔でもち、ベンチ・プレスを行なう。バーベルをおろすとき、両肘を横に開くようにして、みぞおちの方へおろさないようにする。
挙上したときは、完全に両肘を伸ばし、左右の大胸筋が最小限まで収縮するように留意する。この運動はシャフトが胸に着くまで、あえておろす必要はなく、ハーフ・レインジ法でもよい。むしろ、フルで行なうよりハーフ・レインジ法で行なったほうが効果的と考えられる。
なお、初心者がこの運動を行なうときに、手首を痛めるおそれがあるので、とくに両手の間隔には考慮をはらわなければならない。

◇チューブを用いた運動
大胸筋の内側の発達には、プーリーを使用して行なう運動が非常に有効であるが、我が国のジムでは、その設備のあるところは少ない。したがって次のような方法を試みるのがよい。
自転車の古チューブを用意し、一方の端を胸の高さくらいのところに固定する(パートナーに持ってもらってもよい)。次に、いま一方の端を片手で握り、固定した場所に対して横向きに立つ。
運動の方法は、チューブを握っている手のほうの肩のやや先から、反対側の肩の前まで、立ったままの姿勢でラタラル・レイズ・ラィイングのような要領で引っばる。
片方ずつでなく、両方を一時に行なえば、なお一段と効果的である。なお、その場合は、左右の前腕を1回ごとに上下の位置を変えて、充分交差するまで引っばる。
チューブを使った大胸筋の運動。とくに大胸筋の内側に効果的

チューブを使った大胸筋の運動。とくに大胸筋の内側に効果的

前鋸筋の運動

前鋸筋、大胸筋の斜め下、わきに寄ったところにあるノコギリ状の筋肉で、助骨から肩甲骨に付着しており、僧帽筋に拮抗して働く。この筋肉を強化することは、上体前面の迫力を増すのに役立つ。
発達を促す場合、先に述べたように僧帽筋に拮抗して働くので、僧帽筋および三角筋(三角筋の運動に応じて、僧帽筋が働く)の運動を行なえばよいことになる。
スタンディング・プレス、フロント・レイズ等、重量を前方で挙上する運動がとくに有効と考えられる。
出川昇選手ベンチ・プレス182.5kgに成功

去る1月30日、国分寺ボディビル・クラブの記録挑戦会に、出川昇選手(当日の体重78kg)が特別参加し1回挙上方式でベンチ・プレス182.5kgに成功。190kgは惜しくも失敗したが、全日本選手権には必ず成功してみせます、と自信満々。
同じ日、岩岡武志選手(体重80kg)はスクワットで240kg、井上操選手(体重85kg)はデッド・リフト240kgにそれぞれ成功。ことしの全日本パワーリフティング選手権大会は、どこまで記録がのびるか興味深い。
月刊ボディビルディング1972年3月号

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