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JBBAボディビル・テキスト《23》
指導者のためのからだづくりの科学

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月刊ボディビルディング1975年6月号
掲載日:2018.02.12

各論(解剖学的事項)―感覚2

日本ボディビル協会 指導員審査会委員長 佐野 誠之

8 感覚器

 各感覚の分化に応じて、各受容器も次のような各感覚器に区別される。
視覚(光)―視覚器(眼)
聴覚(音)―平衡聴覚器(耳)
絶対的平衡覚
嗅覚(化字的物質)―嗅覚器(呼吸器系鼻腔)
味覚(化字的物質)―味覚器(消化器系舌)
皮膚知覚―外皮(皮膚)
相対的平衡覚―深部知覚器

(1)皮膚

 外皮系と呼ばれ、皮膚とその附属器官をいうが、感覚器としても重要なものの一つであり、感覚器系の中に入れられることもあるが、その性質からいって別のものである。

 成人でその総面積は約1.6㎡で、身体の外表面を覆う丈夫な膜で、身体と外界とを境する一見単純な器官のように見えるが、豊富な神経が分布し、外界との交渉にあずかり、その役目もかなり複雑な多目的機能を営んでいる。これらの機能を大別すると、
a.外界からの物質的、化学的な様々の傷害、有害生物の侵害や襲撃に対して体の内部を保護する役目。
b.外界の温度にかかわらず、体内の温度を一定に保つために行われる働き(主として化学的現象が基本)に主要な役割を果たしている。
c.外界の状況や刺激を探知する感覚器としての働き。
d.外界からの酸素をとり入れる皮膚呼吸の役目。
e.体内に生じた老廃物を体外に放出する場所として排泄作用。
f.皮下脂肪として栄養分の貯蔵の役目をなし、この貯蔵脂肪は体温の発散を防ぐ働きと、外部からの衝撃に対する緩衝の役目をも兼ねている。

 皮膚の構造は、表皮、真皮、皮下組織の3層から構成されている。(参考図E-1)

 表皮はその細胞が表層ではうろこのように扁平で、真皮に近い所では丈が高く、この真皮に近い所で盛んに細胞分裂が起り、増殖し、表層から角化して古い細胞が落ちてゆく。すなわち、表皮はさらに体表面より、角質層・淡明層・顆粒層・胚芽層の4層に区別され、胚芽層では絶えず細胞の分裂増殖が行われ、角質化しながら体表面へ次第におし出されている。表皮の細胞はこの様にして絶えず変わっているが、厚さの違いは、その体の部位だけでなく、年令や性別等の個人差や職業差が大きい。

 表皮はそこに機械的刺激が持続的に加わると、そこで表皮を構成する細胞が増殖され厚くなる(例えば手の豆や、ペンダコ等もそうである)。

 真皮は表皮の下にある結合組織で、膠原線維が複雑に織りなしている緻密な織物の様なもので、表皮の裏面にピッタリと密着している。表皮と真皮との接触面は凹凸がはげしくお互いに喰い込み合っている。表皮の裏面に喰い込んでいる真皮の突出部を真皮乳頭と言う(一般に革製品として使用せられる動物の革はこの真皮の部分である)

 要するに、表皮は沢山の細胞が練瓦の様に積み重ねられ、細胞がピッタリとほとんど隙間なく密着して一種の膜の様な組織を形成しているが、この様なものを上皮組織と呼ぶ。
 表皮と真皮は全く性質の違った組織が表裏重なって出来ている。

 皮下組織は、最深層の疎生結合組織で皮膚を筋膜その他の深部組織に結びつけており、この皮下組織の中に多量の脂肪組織を貯くわえている。これが皮下脂肪である。

 表皮の角質変化したものとして、毛や爪がある。また、表皮が真皮または皮下組織に落ち込んで出来たものを皮膚腺と呼んでいるが、これには脂腺・汗腺・乳腺等がある。

 皮膚の色は、色素の質的な違いによるものではなく、表皮にあるメラニン色素の多少によるもので、これは人種的にも、個人的にも、性別的にも、また、年令によっても、身体の部位によっても著るしい差があるものである。
脂腺―皮膚の表面に脂を分泌して皮膚を丈夫に保ち、とくに防水の役目をしている。
汗腺―汗を分泌して、排泄作用と体温調節作用をしている。
毛―体表面の保護、体温の保存。

 以上のほか、表皮内の神経末端、真皮や皮下組織にある神経末端装置等があるのは前回(テキスト《21》)で述べたとおりである。

(2)視覚器

 視覚器は人間の感覚系の中で最もよく発達した器官で、光の刺激によって外界の物体、事象を受容するもので、眼球と副眼器からなる。(参考図E‐2)

 視覚が成立するためには、眼球と視神経と大脳皮質の後頭葉の視覚中枢とが必要である。
 光の刺激受容器は、眼の内層の綱膜にあり、その興奮が視神経を経て視覚中枢に達して光の感覚が起る。

 眼球は眼窩と言う頭蓋のほら穴の中に収められており、眼球を保護したり眼球の働きを助けるものが副眼器で、それらの構造について簡単にのべる。

a.副眼器――眼の附属器官で、眼球を動かしたり、保護したりする器官で、眼筋・結膜・涙器・眼瞼等がある。

 イ.眼筋――眼の運動を営む小さい横紋筋で、直接眼球につくのは4つの直筋と2つの斜筋で(この他に上眼瞼につく筋が1つある)、計6つの眼筋の組み合せにより、動眼神経・外旋神経・滑車神経の支配を受け、眼球の合目的運動を可能にしている。
 ロ.結膜――眼球の強膜の前面と眼瞼の後面とに癒着している薄い膜で、結膜は角膜とともに直接外界に接する部分である。
 ハ.涙腺と涙道(涙器)――眼球の表面は絶えず涙と言う液でうるおわされている。涙を分泌する器官を涙腺と言い、涙道にそって鼻腔に流れ込んでいる。異物や結膜の刺激物質が結膜と角膜との間に入ると、分泌が多くなり、また、精神的感動時に多量に分泌される。分泌中枢は延髄にあり、顔面神経と共に来ている副交感神経に支配されている。
 ニ.眼瞼――まぶたの事で、目をつぶる事によって眼球を保護したり、眼に入る光をさえぎったりすると共に、まばたきする事によって、涙液で眼球をうるおし、角膜の表面を清浄に保ったりする役目をもっている。眼瞼のへりに眼板腺があり、脂を分泌しているが、これは涙が顔面に流れ出すのを防いでいる。俗に言う「ものもらい」はこの眼板腺の炎症である。

 眼瞼は皮膚のひだで、前面は皮膚、後面(内面)を結膜と言い、おれ曲って角膜の辺縁部をおおっており、また、その中に眼輪筋・眼瞼板がある。
 まつ毛は――目に異物が入るのを防いでいる。

b.眼球――外部にあるかたい外膜とその中にある中膜及び内膜とからつくられており、その中に眼房・水晶体・硝子体等の内容を入れて、眼窩を満たしている球形の器官である。
 外膜は緻密な線維性の膜で、眼球の支柱をなし、形の変らない様に眼球の内容を守っていると共に、眼の窓に当る前方の部分は、窓ガラスの役目をしている透明で時計皿の様な形をした角膜をなし、窓よりつづく外周の部分は眼球の一番外壁となる強膜で不透明で強靭な膜である。また、黒褐色の脈絡膜は、血官に富み、栄養を供給するほか、外部からの光をさえぎる役目とをなし、強膜の内面についており、窓に近い辺縁部分では肥厚して毛様体となっている。

 毛様体の前方が薄い虹彩に移行し、その中央が瞳孔になっている。

 瞳孔の後ろに水晶体がある。水晶体と毛様体との間に毛様体小帯が張っている。
〔参考図E‐1〕皮膚の構造

〔参考図E‐1〕皮膚の構造

〔参考図E‐2〕視覚器

〔参考図E‐2〕視覚器

 眼球の内膜は、脈絡膜の内面を裏づけているもので、広い意味での網膜であるが、この内膜の内、最も重要なのは、物の像のうつる膜、すなわち狭い意味での網膜である。

 眼球の働きはよくカメラに例えられるが、眼瞼がシャッター、虹彩が絞り、水晶体がレンズ、網膜がフィルム、脈絡膜が暗箱に相当する。

 水晶体はレンズの形をした透明な袋に液体のつまったもので、水晶体のこの袋は周囲から毛様体小帯に引っばられ、毛様体筋が伸縮すると毛様体小体の緊張の変化により、水晶体の厚さが変わり、対象物をちょうど網膜の上にピントの合った像を結ぶように無意識のうちに調節される。

 虹彩は、EEカメラの絞りの様に暗い所では大きく開き、明るい所では小さくしまって光量を鋭敏に調節する。網膜上に結ばれた像の形に応じて、そこに神経をとおる興奮が生じ、視神経をとおり第一視覚中枢に到達する。しかし、見ているものが何であるかが分るためには、その像の興奮を視覚性記憶中枢へ送り、分析され、以前に目を通じて取り入れられた記憶と考え合せ、照し合せて認識されるものである。故に第一中枢と記憶中枢との伝導がなければ、光と色の断片にすぎず、目で見えるがその意味が分らないと言う「精神盲」になる。この様に考えると、見ているのは目ではなく、その背後にある脳が見ているもので「心ここにあらざれば、見れども見えず」と言う事や、「目は心の窓」と言う意味も理解される事と思う。

 また、網膜には円錐体と桿体と呼ぶ2種類の視細胞があるが、円錐体は明所視で、色覚に働く細胞であり、桿体は暗所視に働くもので、網膜の感受性の高まった時に働くと考えてよい。

 明るい所から暗い所に入ると、始めは全く物が見えにくいが、次第に見える様になるのを暗順応と言うが、円錐体細胞の働きから、桿体細胞の働きに切り換わる時間的経過である。

 ビタミンAが欠乏すると、桿体の働きがにぶって夜盲症になり、また、円錐体の発育不全が色盲の原因と考えられている。

 眼は見るだけのものでなく、「目は口程にものを言う」とか、「目は心の窓」と言う目の働きも忘れてはならない。

 網膜に像が写ってから脳の中をとおり、知覚される迄の時間は、対象物の明暗、または動きの速度如何等によって、最少0.04秒から最長0.3秒かかり、これは対象物の状態以外に、年令的、性別的な個人差もある。この事はスポーツ等の技の巧拙に重大な意味を持つものである。

 例えば、野球におけるバッティングや補球に、他の球技における場合や、また、剣道、フェンシング、空手等において、一瞬早く相手の動きを察知出来るかどうか等に非常に関係深い事で、他の運動競技においても同様な事が考えられる。

 その他、残像と言われるものの影響や、目の動き出す瞬間、極く短い瞬間に起る短時間盲目の特性等、さらに自分ではそれを見たと言う感覚が起らない場合でも、知らず知らずの間に意識の下の意志にかなりの影響を受けると言う問題点等もある。

(3)平衡聴覚器――耳は音を感受する器官であると同時に、体の釣合をとるための感覚である平衡感覚を司さどる所でもある。

 耳は、外耳・中耳・内耳の3部からなり、外耳と中耳は専ら聴覚に関係し、内耳は聴覚器と平衡器との共存する所である。

 すなわち、音を感じる器官が同時に平衡感覚を感じるのでなく、別々の装置が存在するもので、そのいずれもが内耳の中にある。

 この両方の感覚は、いずれも表面にこまかい毛のはえた、たけの高い細胞である感覚上皮細胞が液で満たされた袋の壁にあって、この液のゆれが、この毛より感じられる事によって生ずるものである。(参考図E‐3)

 外耳は集音の役目をする耳介と、伝音の役目をする外耳道からなる。

 中耳は鼓室とも言われ、鼓膜によって外耳と境されている。
〔参考図E‐3〕平衡聴覚器

〔参考図E‐3〕平衡聴覚器

 鼓膜は厚さ0.1mm、直経約9mm程のほぼ円形(または卵形)で、内側に向ってすず笠状に凹んでいる膜で、外耳から来る音の振動を適当の強さにかえて内耳え伝える。鼓室の後側(内側)には壁をへだてて内耳がある。

 内耳は平衡覚と聴覚を感受する場所で、側頭骨の錐体の中にあり、内耳神経はここに分布している。極めて複雑な構造をしており、解剖学では脳と共に難解な器官と言われている。

 内耳の構造――骨の中にとじ込められた複雑なほら穴と、その中にある膜性の管系から出来ており、ほら穴は、いりくんだ形をしているので骨迷路と言われ、膜性の管系も、骨迷路と同様の複雑な形をしているので、膜迷路と呼ばれている。

 膜迷路の内容は一種のリンパ液で、これを内リンパと呼び、膜迷路と骨迷路の壁との間も同様なリンパ液で満たされており、これを外リンパと言う。

 内耳は、前庭・半規管・蝸牛の3部に分けられる。

 前庭には卵形嚢と球形嚢の2つの袋があり、卵形嚢は蝸牛管の底部と、球形嚢は半規管とがそれぞれ連絡しており、卵形嚢と球形嚢には各々平衡斑と言う感覚細胞の集った所があり、両者の平衡斑は互いに直角をなす平面上に位置しており、前庭神経と連絡している。
 平衡斑には有毛細胞が多数集っており、その表面には平衡毛が生え、その上に多数の平衡砂(耳小石)が戴っている。

 重力や直線運動の加速度等が耳小石に作用し、有毛細胞の毛を「引き」「押し」または「曲げる」事により、前庭神経にインパルスを発生させ、中枢がこの両者の信号を総合して頭部の位置や、直進運動等を感知する。

 半規管は、互いに直角に位置する前・後・外側の3管からなり、各半規管は膨大部を持っており、有毛の感覚細胞がある。頭を回転させると、半規管内のリンパは、慣性によって管内を流れ、耳小石に影響を与え、有毛細胞を刺激することは平衡斑と同様である。この様な仕組みで頭の回転運動を受容する感覚器が半規管で、加速度(減速度)が適応刺激となる。

 以上の様な迷路器からのインパルスは、身体の運動調節、姿勢の平衡保持に必要な各種の反射を起こさせ、また筋緊張を反射的に調節する。

 蝸牛部は、中に蝸牛管と、外側は骨迷路と共通の壁を持っており、基底膜及び前庭膜によって、前庭階と鼓室階の3部に分けられる。

 蝸牛管内には、内リンパ液があり、前庭階と鼓室階には外リンパ液が満ちている。

 蝸牛の基底板にコルチ器官と言う内外有毛細胞と、支持細胞の感覚上皮で出来たラセン器がある。

 音の伝導は、耳介によって集められた音波が、外耳をとおって鼓膜に達し、鼓膜を振動きせる。鼓膜の振動は、順次、槌骨→砧骨→鐙骨へと伝わり、前庭窓から内耳の外リンパに伝えられ、外リンパの振動はその中にある膜迷路の壁を振動させる。この振動が、コルチ器官と言う特殊な構造の部分に伝わり、コルチ器官に来ている内耳神経により脳にいたる。

 すなわち、音波(気体の振動)が鼓膜を境にして固体の振動に変り、内耳において液体の振動に変化し、これがコルチ器を刺激して感受される。

 また、外耳を通る事なく、外皮や骨を経て、直接内耳に達する振動も音として内耳で感受される骨伝導と言うものもある。例えば、耳をおさえても聞こえたり、頭をかくとかさかさかさと言う音が聞えるのなどがこれである。

(4)味覚器と嗅覚器

 視覚や聴覚が人間の文化的所産である美術や音楽の源泉の役目をなしているのに比べて、味覚や嗅覚は、どちらかと言うと感情的、原始的な、低い程度のものと思われ易いのは、いかに調理の名人がつくった料理でも、喰べてしまえばそれ迄で、後世にその全容を残す事が出来ないからであろう。

 食物の味は甘味・酸味・苦味・塩味等4つの基本的な味の合成されたものであるが、味は舌の上面に主として存在する味蕾の中の味細胞によって感じられる。

 味細胞の味毛を刺激すると、その刺激が脳神経を経て大脳の感覚運動領の下にある味覚中枢に伝えられ、味としての感覚がおきる。

 舌の部位によって4つの基本的味の感度が異なる。すなわち、苦味は舌根で、塩味は全体で、酸味は両側で、甘味は舌尖が各々敏感である。

 辛味や渋味はロの粘膜で、味細胞に関係なく感じられる。

 2つの基本的な感覚を混合した時にその度合や、種類により、融合(別の味)、打消し(味がなくなる)、対比(一方の味が強くなる)等を起すが、温度によって、同じ味でも強度が異なる。味に関しては個人好みが強く、個人差が大きい。

 普通、苦いと感じるフェニール・チオカーバマイドを無味と感じる者が統計的に約15%近くあると言われ、これを味盲と言う。

 また、食物の「うまい」「まずい」は味覚の他に、口腔の色々の感覚が加わって起るもので、空腹時と満腹感を持っている時とでも異なる。

 嗅覚は、鼻孔や、口から入ったガスまたは微粒子が嗅細胞にとけこむと、それが刺激となって嗅覚を起すが、嗅覚の鋭さは個人により、あるいは馴れによって異なり、個人差が大きい。

 また、嗅覚には随伴感覚が伴う事が著るしく、好ましい匂と、好ましくない匂があり、快い匂いを香りと言い、不快な匂いを臭みと言う。

 ここで、ついでに鼻の役目を考えてみよう。

a.気管の方に入る外気の温度と湿度を調節している。
b.塵埃や細菌が、気管の奥の方に侵入するのを防いでいる。(鼻毛と粘膜細胞が分泌する粘液がこれらの働きを受けもっている)
c.嗅覚を司っている。すなわち、体内にとり入れる外気のクリーナーと暖房の役目をしている「エアコンディショナー」である。

 以上、感覚器について概略をのべたが、味覚による「聞き酒」、嗅覚による「聞香」、聴覚による「音感」、平衡覚に依る迷路反射等々、修練によりかなりの程度に敏感に鍛える事が出来るし、また、驚く程高度にとぎすます事も出来るものである。

9 運動との関係

 感覚器と運動との関係について少し考えて見よう。

 例えば、視覚器や視神経は、トレーニングによってほとんどどうする事も出来ないものであるから、これらは省略しても差支えなき様に考えられ勝ちであるが、実は根底において非常に大切な働きをしているものである事を知っていただきたい。一度目を閉じて歩いたり、階段の昇降等を行うとその不安定さに気付かれる事であろう。とくに、凹凸のある所や、不規則な段差のある所などでは、その行動に制約を受ける事甚だしく、とても動けるものではない。色々な事を学習するにおいても視覚や聴覚の果している役割は大変なものである。相対的な平衡感覚や、絶対的平衡感覚においても視覚の果している影響は大きい事を知ってもらいたい。

 ネコは目かくしをして高い所から仰向けに落としても、落下しながら、くるりと身をひるがえして足で安全に着地する。これは頸反射(迷路反射)といい、頭が地面の方に向かってぐるりと回り、そのために首がねぢれ、首のねぢれを元に戻すために身体がうまく回転して地面に着く頃、足がちゃんと地面に向かう様になっている反射で、この頸反射は人間にもある。練習すると相当の程度に敏感に鍛える事が出来る。体操選手のウルトラC級の着地がその例である。これは人間が重力に対してバランスを変える際、内耳の平衡器の働きにより、首の筋肉をはじめ他の色々の筋肉の働きが無意識のうちに微妙に調節されるため、意識しなくてもいろいろな筋肉に緊張の変化や動きが表われる。故に、この自然の筋肉の動きに反する運動は、その運動効果が弱められるだけでなく不正確になり易い。

 相撲・柔道・空手・拳法・合気道等の諸種の格斗技や、水泳の飛び込み、スケートのスピン、体操競技等の「コツ」として伝えられる事項の中に、この首の姿勢(位置)を重視したものが多いのも、頸反射の重要性からである。
 古来、武術家が苦心して編み出した秘伝と言われるものの型が、人間の根底に潜在する感覚による動き(解剖生理学的な動き)を修練助長し、会得達観したもので、これは非常に興味深いものである。

 皮膚感覚にしても、その触覚は訓練によって非常に発達するもので、指先で軽くふれるだけで、盲人が点字を読んだり、また、麻雀のパイを「盲牌」する事が出来る名人があったり、粉を少しつかんで指の間で軽くこするだけで、等級をあてる粉屋の専門家等、感覚の訓練と意識の集中の重要さが示されている。

 痛みは2つの要素がからみ合って出来る感覚で、触覚と同じく育髄→視床を経て大脳知覚領に刺激が送られて感ずる原感覚と、それに対応して起る不快・不安・恐怖、さらには逃避的動作等、疼痛反応の2つの因子がからみ合って出来るカクテルである。

 疼痛感覚は原感覚による興奮が、視床下部から大脳辺縁系―脳幹網様体―汎性視床投射系の径路を通ってひろがっていって出来あがるものであるが、原感覚は同じでも、それによる反応は個人によってかなり異なった表われ方をするものである。なお、原感覚の受けとり方には個人差の他に、心理的な影響が強く表われるものである。ここに「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」の因子がある。

 目の前に迫って来た危険をさとってとっさに避けるためには、複雑な神経経路の中から、一番近道を通って、とりあえず危険を避けるための運動命令を筋肉に伝えなければならない。例えば、まばたき反射は目を守るための合目的な反射である。

 運動競技等の練習を重ねる事は、それにより、その動作に関連する受容→表出のいろいろの経路の情報伝達や、運動指令の伝導路を、次第に短く単純化し、より早く伝達される様にするためで、反射や反応の単純化が技の上達に影響を与えるものである。

 すなわち、感覚器や神経機構による刺激の受容と、刺激に対する効果器の適切な反応や反射を生み出す最短の伝導路を得る事が非常に重要な事で、練習や学習の意義もここにある。

 反射については神経系でのべたので参照していただきたいが、要約すると、大脳皮質を通らない、知覚→中枢→運動と言う経路の反射と、知覚→中枢→大脳皮質(より高次の中枢)→運動と言う経路の反応との、いずれかにより表出される運動は、大脳皮質の働き如何がいろいろと其の表出に影響を与えるものである。故に反射と反応とは刺激受容から効果器における表出迄の経過時間が異なる。この経過時間を出来るだけ短くする事が技の上達に、また、機敏な行動につながるものである。

XΧΧ

 しかし、現代は運動表出機構における正常な反射でなく、情動的な反射的な人間が多くなって来ている様な気がする。気にいらないとすぐに暴力沙汰になったり、何でもない事に激情的になったりする。この様な反射経路は出来る限り閉鎖し、受容と行動の間に、社会通念や、倫理道徳等の思考を介在させる必要があるのではなかろうか。

 すなわち、大脳皮質をよく働かせて反応させなければならない。

 充分な大脳皮質の働きを抑制する事なく、思考を心掛けなければならないだろう。俗に云う「間をおく」とか「一呼吸」おく事も大切である。

 知覚から行動(運動)へのUターンについて、いまー度よく考えるべきであろう。

 以上、感覚についてのべたが、感覚とか、感覚器と言うと、一見運動と直接関係ない様に思われ易いが、運動の受容→表出の過程において、感覚器に依り身体のバランスをとっていると言う事が案外忘れられている様である。その根底において重要な役割を果している事を認識していただきたい。
(次回は解剖学的事項のまとめを)
月刊ボディビルディング1975年6月号

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