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腕のトレーニング 須藤孝三選手のトレーニング・シリーズ《3》

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月刊ボディビルディング1975年6月号
掲載日:2018.03.31
記事画像1
 1964年(昭和39年)、当時13歳、上腕囲29cm。須藤選手が始めて行なった腕のトレーニングはツー・ハンズ・カール。手製のバーベル(約20kg)を用いて、6~9回×3セットを週に3回、つまり1日置きに行なっていたのである。当時のトレーニング方法は1日約1時間半、基本的運動種目だけで構成し、セット法を用いたまことにオーソドックスなものであった。

 1970年(昭和45年)、当時19歳、上腕囲38cm。始めてのコンテスト(’70ミスター実業団青年の部)出場で5位に入賞。
これに備えてのトレーニングは
Aコース〈月曜・木曜〉 脚・腹
Bコース〈火曜・金曜〉 肩・腕・カーフ
Cコース〈水曜・土曜〉 胸・背・腹・カーフ

 この3つのコースからも分るように、スプリット・ルーティーン(分割法)を採用し、腕のトレー二ングはBコースの肩のトレー二ングのあとで行なっていた。所要時間は約2時間、トレー二ング種目は次のようなものであった。なお、{印はスーパー・セットを表わす。
記事画像2
プリーチャ―・ベンチ・カール

プリーチャ―・ベンチ・カール

リスト・カール

リスト・カール

ラットマシーン・プレス・ダウン

ラットマシーン・プレス・ダウン

 1971年、ミスター日本5位に入賞、ミスター実業団優勝。上腕囲42cm。

 当時のトレーニング法は、Aコース(背・上腕二頭筋・脚)とBコース(胸・肩・上腕三頭筋・腹)を交互に使って、週3回ずつのトレーニングを実施した。いずれのコースも口ウ・レピティション・システムを採用し、バルク・アップに意を注いだ。トレーニンク種目は次の通りである。
記事画像6
1970年8月。実業団・青年の部5位。上腕囲38cm。

1970年8月。実業団・青年の部5位。上腕囲38cm。

1972年10月。ミスター日本選抜エキジビション

1972年10月。ミスター日本選抜エキジビション

1971年8月。実業団・青年の部優勝。上腕囲42cm。

1971年8月。実業団・青年の部優勝。上腕囲42cm。

1973年10月。ミスター日本2位。上腕囲44cm。

1973年10月。ミスター日本2位。上腕囲44cm。

1971年10月。ミスター日本5位。上腕囲42cm。

1971年10月。ミスター日本5位。上腕囲42cm。

1974年10月。ミスター日本優勝。上腕囲44cm。

1974年10月。ミスター日本優勝。上腕囲44cm。

1972年10月。ミスター日本4位。上腕囲43cm。

1972年10月。ミスター日本4位。上腕囲43cm。

1975年3月。ミスター・ユニバースを目指して。

1975年3月。ミスター・ユニバースを目指して。

1972年。ミスター日本4位入賞。上腕囲43cm。この時もAコース(背・上腕二頭筋・肩・腹)、Bコース(胸・上腕三頭筋・脚)の2つのコースに分け、週3回ずつのトレーニングを実施していた。種目は次のようなものであった。{印はスーパー・セットを表す。
記事画像15
1973年。ミスター日本2位入賞。上腕囲44cm。このときのトレーニング法は朝・夕2回のWスプリットを採用。Aコース〈朝〉上腕二頭筋・カーフ・腹、〈夜〉背・肩・腹、Bコース〈朝〉上腕三頭筋・カーフ・腹、〈夜〉胸・脚・腹、というスケジュールであった。
記事画像16
 1974年、ミスター日本優勝。上腕囲44cm。朝・夕2回のWスプリットを採用。Aコース〈朝〉上腕二頭筋・前腕〈夜〉背・肩・腹、Bコース〈朝〉上腕三頭筋〈夜〉胸・脚・腹のトレーニングを週6日行なった。
記事画像17
シーテッド・ダンベル・カール

シーテッド・ダンベル・カール

ワンハンド・フレンチ・プレス

ワンハンド・フレンチ・プレス

月刊ボディビルディング1975年6月号

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