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’74全日本学生チャンピオン 吉見選手の練習法 〈その1〉

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月刊ボディビルディング1975年6月号
掲載日:2018.03.12
国立競技場トレーニング・センター 主任 矢野 雅知
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 国立競技場トレーニング・センターでは、毎日400人前後の人がトレーニングに汗を流しているが、この中に、昨年度の全日本学生チャンピオン、慶応大学の吉見正美選手がいる。
 
学生のボディビル・コンテストも、初期の頃と比べてレベルの向上がまず目につく。と同時に選手の大型化が目立ってきた。吉見選手も昨年のミスター学生当時、身長1m74、体重80kgでわが国のビルダーとしては大型に属しているといっていい。
 今回はこの吉見選手にスポットを当てて、彼のトレーニング法やエピソードを述べてみたい。

ノーチラス・マシーンで変身

 吉見選手はコンテストのために体重を80kgに落とすが、コンテストが終って数日たつと、体重は85kgに増えるという。バルク型の選手は激しいトレーニングでしぼったあと、ちょっとトレーニングを軽減したり、休んだりしただけで急激にまた元に戻ることが多いが、吉見選手の場合もこれと同じ経過をたどるようである。そして現在の体重は90kg。これでもう少し脚部のバルク・アップを図れば、ゆうに100kgに達するのではないかと思われる。

 バルク不足に悩むビルダーが多い中で、吉見選手は比較的バルクのつきやすいタイプといえるかも知れない。しかし、これを簡単に素質うんぬんということで片付けてしまうのは早計であろう。やはりそこには強い意志と、人一倍の努力があることを見逃せないからである。

 最初、吉見選手が国立競技場トレーニング・センターに入会した頃は、からだこそ並みはずれて大きかったが、ビルダーとしての迫力や凄みは全く感じなかった。それが、いまの彼に見られるように迫力をグーンと増して、威圧感を増大した背後には、ノーチラス・マシーンによるトレーニングが大きく影響している。

 まず、窪田登指導主任のアドバイスで、彼の弱点といわれた肩の運動の半分近くをこのノーチラス・マシーンで鍛えた。

 横道にそれるが、ここでちよっとノーチラス・マシーンについて触れておこう。ご存知の方も多いと思うが、このマシーンは米国で永年の歳月と巨額の資金を投じて開発されたもので、2~3年前から日本にも入ってきている。しかし、1台が百万円以上するのもあり、一般のジムではなかなかお目にかかれないかも知れない。

 このマシーンはフル・レインジの運動がきわめて有効に行える。つまり、バーベルで行う運動と異なり、どんな関節角度でも最大の筋力が発揮されるように設計されているので、短時間にしかも少ないセット数で筋肉に大きな効果をもたらすのである。また、ネガティブワーク(エキセントリック・コントラクション)もできるマシーンもある。
 もとAAUミスター・アメリカのキャセイ・バイターを対象とした米国のコロラド大学の実験報告によると、体重167ポンド(約75kg)であったバイターは、僅か28日間で212ポンド(約95kg)に増量している。しかも、皮下脂肪が約8kgも減少しているので、正味の筋肉増加は実に28kgに達していることになる。

 この実験の運動方法は、完全なストリクト・スタイルで行われ、可動範囲の極限まで、つまり瞬間的屈曲点まで収縮させた。そして次に、関節をいっぱいまで伸展させるのである。しかもほとんどの運動をネガティブワーク、つまり最大筋力以上の負荷(重量)を用いて、その抵抗にさからいながらもついには収縮させられてしまうという方法を採用している。それも、各種目とも僅か1セットしか行わずにこの数値を示したのである。吉見選手もこのネガティブな方法を用いてトレーニングしたことはいうまでもない。

 わが国で行なった実験では、効果は認めているが、被験者がトレーニングの未経験者であったりして、筋電図には主働筋の働きが十分に示されていなかった。ある程度、主働筋に意識の集中が出来る経験者でないと、このマシーンは使いこなせないかも知れない。
 ボイヤー・コーなどもこのマシーンの愛用者だといわれており、彼自身もその効果を認めている。しかし、IFBB系の雑誌“マッスル・ビルダー”は、ノーチラス・マシーンについての記事で、「無用の長物である……」とこれを痛烈に批判している。

 しかし、実際にこのマシーンを使ってトレーニングした吉見選手は、「かなり効果があるように思う。とくに、短期間で比較的弱い部分を発達させるのに有効のようだ」といっている。そして事実、ビルダーの生命ともいうべき肩の発達がうながされた。さらに、このマシーンによるトレーニングによって、彼が現在、80~90kgの重量でシーテッド・バック・プレスが行えるようになった筋力の基礎づくりにつながったといえよう。

 また、吉見選手は100kgのバーベルを無雑作にハイ・クリーンして、バック・プレスを行うことができるが、これもノーチラス・マシーンを使ったトレーニングに負うところが多いように思われる。100kgのバック・プレスを軽々とやってのける彼の筋力は、並みのウェイトリフターではとても及ぶものではない。
〔ノーチラス・マシーンで肩を鍛える吉見選手〕

〔ノーチラス・マシーンで肩を鍛える吉見選手〕

ダンディーな学生チャンピオン

 このように、昨年度はノーチラス・マシーンをベースにした練習で、着実に筋量もパワーも高めていき、秋の全日本学生コンテストで念願の優勝をなし遂げたのである。

 こう述べてくると、彼はいかにも勉学とボディビルだけに明け暮れるヤボな男のように思う読者がいるかも知れないが、このミスター学生は、慶応ボーイの名にそむかず、なかなかスマートでダンディーなのである。こんなことを書くと彼に叱られるかも知れないが、あえてエピソードの1つをここで紹介することにしよう。

 昨年の秋、武道館で開催された世界歌謡祭に、はるばるハンガリーから参加して入賞した女性歌手ビッキーと、窪田先生ら数人で新宿の高級クラブに行ったことがある。吉見選手は片コトの英語で彼女に近づき、スッポンのように食いついて離れない。ダンスの上手な吉見選手とこの18才の美人歌手はたちまち意気投合して最後まで一緒に踊っていた。夜遅くまでビールを飲みながら、「きょうのカロリーはこれで十分。それにいいトレーニングにもなった」といって、吉見選手は彼女にウインクをしたものである。これが全日本学生コンテストの3日前のことである。

 ふつうのビルダーなら、コンテストの3日前ともなれば最後の調整に余念がない。頭の中はコンテストのことでいっぱいで、とても夜遅くまでビールを飲んだりダンスをしたりする余裕はない。彼のそんな余裕と自信を裏付けていたものは、綿密に計算されたトレーニング計画であった。

 彼のトレーニング計画の基本は、なんといっても、毎日のトレーニング内容を克明に記録することに始まる。それには食事内容も詳細に記されておりカロリー、蛋白質摂取量等を計算してそれをもとに体重調整を行なっている春の関東学生コンテスト、夏の東日本学生コンテストなどの大会前の日記を調べて、そのデータをもとに反省と改良を加えて、着々とコンディションを整えていたのである。確実に、予定どおりに効果を示しているトレーニング・スケジュールがあるからこそ、それだけの余裕をみせたのであった。

 ややもすると、しゃにむにコンテストを目指して、はりつめた状態で、一種の悲壮感さえただよわせてトレーニングに打ち込むものがいる。それがコンテストで予想外の低調な成績を残すと、「あれほどまでにやったのに……オレには素質がないのだ」と意気消沈することが意外に多いものだ。「トレーニングはやればやるだけよい。とことんやれば、必ずからだはその期待に応えてくれるはずだ」と思い込んでいるのであろうが、自分のからだを十分に知らずに、ただムチ打っても、科学性のないトレーニング法は無意味なのである。“月月火水木金金”式トレーニング法は、こと一般のビルダーに関する限り適応しないことを知るべきである。
吉見選手の逞しい上半身

吉見選手の逞しい上半身

いずれにしろ、自分の体調を知るにはトレーニング日記をつけることが必要であろう。ボディビルディングは、たんに努力するもの、忍耐力のあるものが勝利を得るのではなく、さらに知性のあるものが、最後の勝利者たり得るものといえるのではないだろうか。吉見選手に限らず、私の知っているわが国のトップ・ビルダーといわれる人たちは、やはり自分のトレーニングを記録していき、反省の材料にすることを怠ってはいない。

 そして食事も十分に考えて摂取しており、蛋白質尊重だけでなく、その食事がたえずアルカリ性になるように注意しているはずである。科学的なデータをもとにして、トレーニング内容を検討し、コンディションをいかに調整するかが、コンテストに勝つための重要な鍵となる。

 この知的な要素は筋肉の発達という面だけでなく、全体的な雰囲気として必ず外部に現われてくるものである。わが国のコンテストでは、それほどこの要素は重要視されていないようだが一流ビルダーにはひと味違う何かがある。その何かとは、すなわち知性的な雰囲気ではないだろうか。

 かのレジ・パークをして“世界一のビルダー”といわしめたフランク・ゼーンの洗練されたポージングを見るとき、からだ全体からにじみ出る知性美をかぎとった人も多いと思う。それがボディビル・コンテストに、スポーツとしての意義をもたらすことにつながるのではないかと、私には思えるのである。

 ついでながら、吉見選手とビッキー嬢はそれ以来、再び顔も合わすことがなかったらしい。さらについでながら彼女が日本を発つとき、なぜか涙を流して悲しんだという。

 話をもとに戻そう。年数をかけたトレーニングの効果は大きく、しかも長続きするという。吉見選手は小さい頃から、絶えずボールなどを握りしめて握力を鍛えた結果、現在、100kg弱というとてつもない握力を誇ることになった。当然、腕角力では負けたことがなく、国立競技場トレーニング・センターの会員2000人の誰1人として、彼に立ち打ちできない。

 一昨年、ビルダーの中でもその巨体と怪力で知られ、腕角力協会の有段者でもある遠藤光男氏でさえ、吉見選手の怪力にねじ伏せられたという。ミスター学生の先輩で、現在松戸ボディビル・センターの会長である水上彪氏がやはり腕角力では群を抜いて強かったというが、どちらが強いか?一度ビルダーの腕角力大会を開催して、ミスター腕角力を決めてもらいたいと願っている。

 ところで読者にも試してもらいたい運動がある。回転式の20kgシャフトにプレートをつけて100kgにセットし、フック・グリップを用いないでこれを片手でデッド・リフトするのである。たかがこれくらいと思っても、バーが回転するので十分に握りしめられず、なかなか出来るものではない。最も強く握れるフック・グリップをしても至難のワザである。これを吉見選手はいともたやすくやってのけるのである。

 ちなみに、これは80kg以上の握力があって、はじめて可能になるといわれる。どのジムにも怪力自慢はいるものだ。果たして何人、お出来になるかたのしみである。

ΧΧΧ

 次回は吉見選手のトレーニング内容を分析して、コンテストに出場するための秘伝(本人いわく)を紹介することにしたい。
月刊ボディビルディング1975年6月号

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