フィジーク・オンライン
  • トップ
  • スペシャリスト
  • JBBAボディビル・テキスト《25》 指導者のためのからだづくりの科学 各論Ⅱ(栄養について)―緒論

JBBAボディビル・テキスト《25》
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅱ(栄養について)―緒論

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1975年8月号
掲載日:2018.02.17
日本ボディビル協会 指導員審査会委員長 佐野 誠之

Ⅰ 緒論

1 はじめに

 人間は、生来の慾求によってからだを動かし、食べ、歩き、走り等して、知らず知らずのうちに、からだの働きを増して来た。たとえば、赤ん坊が乳を飲み、すくすくと成長し、這い、歩き出すように、自分の身体について、何の知識もなくても、生活し、かつ強くなることもある。このような範囲においては、身体についてのいろいろの知識は無用であり、ただ、健康や力の感覚にひたるだけでよかったかも知れない。

 古代ギリシャの彫刻や、その時代のいろいろな説話から、その時代の人の身体をうかがっても、均整のとれた、しかも力の強い身体の発達の極致に近いものや、現在のミス・コンテストをしのぐ美しい姿態を見出すが、その時代の人々が人間の身体の機構や機能、または栄養等について持っていた知識は多くはなかったはずである。「健康な人ほど身体について無関心である」とか「健康な時ほど身体について意識が少ない」とよく言われているが、現在でも、身体についての知識はほとんどなくても、立派な身体を持っている人は沢山いる。

 このように考えてみると、身体を鍛え体力をつけるのには、身体の構造や働きについて多くの知識を持つ必要はないようである。
 しかし、病気になって始めて、身体の働きを意識するようになり、健康である時の身体に対する無関心さを反省するものであろう。

 要するに、人が意識して身体を鍛えようとし、弱い人にも、強い人にも各人各様の、それぞれに合った適当な方法はと思いたった時から、人間の身体の構造や働き等についての知識が必要になってくる。

 とくに運動を体育として見る立場においては、その必要性は当然であろう
 単にスポーツ競技において、それぞれの技を他の人に教えるのに科学の学位をもつ必要はないだろう。教養のない人でさえこの分野で大いに貢献する事が出来るし、また、貢献している人も多い。

 たとえばゴルフのコーチやダンスの教師等々、例をあげればきりがないが、これらの人々は、血液の循環の複雑な機構や、肝臓の機能や、あるいはまた栄養に関する難しい事等々を知っている必要はないだろう。しかし最近はその運動のそれぞれの技にしても、力学的な説明をするようになって来ており、最少限の科学との接触が必要な要素に加わって来ている。

 まして、運動を体育として、子供や(青少年)の発育と成長、あるいは成人の健康管理と言う面から見る場合、すなわち、人体の正常な発育と成長を促進し、体力の要求水準を維持増進する立場をとる時には、生理や栄養に関する知識は必要欠くべからざるものとなるであろう。

 練習を合理的に進めるためにも、運動の強度やその時の疲労の状態に応じて休養と練習が組み合わされるべきであり、食物の種類や量も、運動の強度や疲労の程度に応じて与えられたければならない。このような計画は、指導者の経験によって立てられる事が多いが、指導者の主観の相違によって、誤りの生ずる事がある。生理や栄養の知識とその方法を適切に使用する事によって、このような要求を誤りなく満す事が出来るだろう。

 指導者はもちろん、文化人の常識として、われわれ自身の身体の構造、構成や機能や栄養についての正しい一般知識が、すべての人に持たれる事が望ましい。
 からだの働きに手を加える事によって、体力づくり、健康づくりをしようとする場合には、疾病の時はもちろんのこと、健康な時でも、人間のからだについての正しい知識と理解が必要である。

 学者がいろいろと研究を重ねて、その成果を発表出版される事は非常に重要な事である。しかし、これらの発表や出版は専門的で、難解な事が多いため、一般にはなじみにくく、理解するのに苦労する。こうした科学を、それを必要とする事にたずさわる人たちに、または一般の人々に平易に伝達する事は必要な事であり、さらに重要な事であろうと考え、「指導者のためのからだづくりの科学」と題して、体力づくりと言う立場より本誌に過去24回総論的なことや一番基礎的な解剖学的事項を記してきた。順序から言えば今回より生理学的事項に入るのが順当かも知れないが、本稿を執筆しはじめて以後、各地を回り。本稿に対する意見や希望、その他いろいろの事柄について質問を受け、話し合って見ると、その時必ず栄養とのかかわりに関する事項が多く、また誤れる栄養観からかえって身体の調子をくずしている人たちが非常に多いのに驚いた。

 これらを総合して考えて見ると、「私の練習法」とか「何々選手の練習法」と題して、その練習方法が紹介されている中に、必ず食事に関する方法が、秘決のように示されている。そのほとんどが蛋白質優位の食事を示し、またプロティン等のサプルメントの併用を示しているものが多いが、これらをうのみにして、何かの宣伝のうたい文句のような「蛋白質が足りないよ」式の蛋白過剰と、これに伴なって極端な炭水化物の制限等により、逆に身体に負担をかけ、バテ易く、体調をくずしている者がほとんどである。人様々だから、その人に有効であったからといって他の人に有効であるとは限らない。これらは栄養に関する基礎的な知識を持たず、単なる個々のうたい文句を真似たために起る弊害である。
 これらの人たちとよく話し合い栄養指導(食事に関する考え方および方法)をし、その後、体調を回復し成果を上げているのを見たり、報告を受けたりして感じる事は、栄養学を学校で、または栄養士だけの必要な学問とするのでなく、健康のために、大変大事な役目を果たしているものとして、われわれの身近かな問題として認識し、栄養に関しての根本的な基礎知識の必要性を痛感する。

 以上のような考えから、各論Ⅱとして栄養に関する事項を取り上げた。
 関連ある生理学的事項と合せ記して行くつもりである。

 生理や栄養に関しては、生物や化学の知識が必要であるが、高校での物理、化学、生物の既修の諸君は分り易いが、未修の諸君には多少難解の部分があるかも知れない。中学理科の基礎の上に本テキストを通読していただいていると自然に分るよう、出来るだけ平易にと注意して記して行くつもりであるが、栄養に関してはとくに有機化学との関係が深いので生物や化学の教科書や参考書を参考にして分りにくい所は補充していただきたい。

2 栄養について

 栄養学については、その考え方を本テキスト《2》のC(1973年9月号p.43参照)で極く簡単にのべたが、栄養学の進展はめざましく、栄養生理、栄養化学、栄養病理、食品学、調理、栄養指導(何々のための食事と言うように)等々の出版されているのも枚挙にいとまがないほどであるが、それらはほとんど専門書で、何となく親しまれにくいようである。
 人間が食物を食べるのは本能によるものであるが、単にそれだけでなく、嗜好による事が多い。本来、食物を食べる事は、生命の維持と発育の2つの目的のためには欠く事の出来ないものである。
 身体を動かすエネルギーは食物から得られるし、また発育のエネルギーや身体の構成成分も食物から得られる。

 食物を摂取し、これを消化吸収して自分の体内に入れ、自分の身体に必要な養分に再変成して、身体の補修や維持に、また発育成長に、あるいは生活活動のエネルギーとして使用している。この一連の過程経過を栄養と言う。

 俗に、あれは栄養があるとか無いとか言う時の栄養とは、栄養素の事を意味しているもので、単に栄養があるとか無いとか使用するのは本来は間違いである。

 栄養とは、生物が他からいろいろの化合物(食物)を取入れ、これを消化、吸収によって利用し、生命を維持し。成長を行い、さらに種々の生活活動を営む事を意味している
 これら栄養に関する諸問題を科学的に、または経済的に研究するのが栄養学と言う事に なる。
 この栄養学には、生理学や化学(栄養化学)が重要な基礎になっている。

 栄養化学とは、われわれが健康を保って行くために、どのような食物が良いかを調べ、人体や食物の化学的成分を明らかにする事により、それらが身体の中でどのような化学変化をしていくかを研究明確にし、生体にとって必要な化学成分のバランス上、何をどれだけとったら良いかとか、バランスのとれた食物は何か、あるいは食物の貯蔵やその他の事について、人間と食物の関係を化学的に研究解明する学問である。

 食物は、消化吸収され、体内で利用され、吸収利用されなかったものや体成分の分解物(老廃物)は排泄される。身体は常に古い物を捨てて、新しい物質で補っている。つまり物質の交代が行われている。これを物質代謝とか新陳代謝と言う。

 故に栄養を論ずるに当っては、先づ人体の組成を知らなければならない。
 人体は約20種の元素から出来ているが、その構成元素、および人体を化合物として見た割合をテキスト《6》の参考表1(1974年1月号p.48)に、人体原形質の化学的組成としてのせてあるので参照されたい。

 人体構成元素としては、酸素(O)水素(H)、炭素(C)が主要なものである。
人体の生成を男女別に見ると
記事画像1
 もちろん人によって違っているが、一般に男性よりも女性の方が脂質含量が多い。大体同じ身長の人の水分含量と蛋白質含量は絶体量として見ると同じようであるが、脂質は肥えている人は多く、やせている人は少ない。この関係は右の表のようになる。

〔注〕ABの絶体量は同じでも、Cの程度により、全体(D)より見たABCの%値は変わる。
 また、赤ん坊は水分の%が多く、蛋白質が少ないが、発育と共に水分の%が減り、蛋白質が増加してくる。老人になると水分の%が減り、しわがれてくる。
記事画像2
 以上のように、人体の3分の2近くが水であり、水は塩類や有機物を溶かす役目をなしており、人体の無機成分としては、カルシウム2%や、リン1%が多い方で、その他、銅、ヨウ素、鉄、等が微量に存在する。

 カルシウムやリンは骨や歯の主成分として存在しており、塩類は塩化物、リン酸塩、炭酸塩等で約1~4%程度で、体内の塩分は一定の組成で一定量含まれている事が必要で、これによってそれぞれの組織が特有の働きをする事が出来る。

 また、人体の主な有機成分としては蛋白質、脂質、糖質で、その他これらのものの分解物や、分子の小さいいろいろな化合物も含まれている。

 蛋白質は人体の約16~20%程度を占める大きな構成成分である。
 脂質は13%程度で、エネルギー貯蔵となる脂肪の他に、リン、糖質、蛋白質と結合している脂質があり、細胞の構成成分として重要な働きをしている。

 糖質としては、グリコーゲンとブドウ糖(グルコース)の形で存在しており、グリコーゲンはエネルギー貯蔵の形として、肝臓や筋肉の中に多く、血液の中にはブドウ糖として一定量が存在している。このブドウ糖として含まれている一定の値を血糖値と言う。
その他、少量ではあるが、人体にとって重要な働きをしているビタミン、酵素、ホルモン 等々の有機成分もある。

 ホルモンは体内の特殊組織(ほとんど内分泌腺)で作られ、体内の代謝や機能を調節しており、酵素は特殊な蛋白質からなり、人体内の化学反応の触媒的な作用をしている。ビタミンは食物から体内に入り、酵素の成分となったり、または助酵素の役割をしてごく微量でよく生理機能を調節している。

3 物質代謝(物質交代)

 われわれは食物を取り入れ、身体の中でいろいろな化学変化を行なって、身体をつくる物質に変えているが、この過程を同化作用と言う。

 また、体内物質を分解し、その中に貯わえられているエネルギーを放出し、生活活動のエネルギーに変える働きもしているが、この過程を異化作用と言っており、体内にある不要な物質は排出している。
 この同作と異化の作用を総称して物質交代とか、物質代謝とか、または新陳代謝と言う。

 この事はわれわれ人間だけでなく、生物全体について言える事で、生物はすべて外界から物質をとり入れて、からだの中でいろいろの化学変化をおこし、自分のからだをつくったり、生活のエネルギーにしたりしている。この生物体でおこる物質の出入りから見た物質の変化を物質交代(物質代謝・新陳代謝)と言っており、エネルギーの立場から見ると、エネルギー代謝と言う。

 ただここで注意しなければならない事は、自然界における物質代謝は循環していくが、エネルギー代謝はー方通行で、循環しない事である。これは生物の栄養の方法をしらべると、物質代謝は一方通行で循環していない事が理解出来る。

4 独立栄養と従属栄養

 生物が外界から物質をとり入れ、さらにそれらを自分のからだに必要な物質につくりかえる同化作用を栄養と言うが、葉緑素をもっている緑色植物と葉緑素を持たない植物や動物一般とは同化作用に大きな違いがある。

 緑色植物は空気中の炭酸ガスと根から吸い上げた水から、日光のエネルギーを利用して先づ簡単な炭素化合物を合成する。このように炭酸ガスと水を材料として炭素化合物を合成する働きを炭酸同化作用と言うが、光のエネルギーを利用する事によって合成する場合を光合成とも言う。

 緑色植物は、この光合成によって出来た炭水化物を元にして、さらに蛋白質や脂肪その他の有機化合物を合成する事が出来るのに反して、非緑色植物や動物にはこの様な働きはなく、他の物体もしくはその合成した有機物をとり入れなければならない。すなわち無機物だけから有機物をつくれない。故に動物はすべて有機物を食物としてとり入れている。その有機物は他の動物、もしくは植物のからだか、またはその力によってつくられたものである。人間も動物の一つとして例外ではない。最終的には緑色植物が無機物から合成した有機物を利用しているものである。

 緑色植物のような栄養のとり方を独立栄養(自養性)と言い、動物や非緑色植物のような場合を従属栄養(他養性)と言う。

 しかし、ある細菌の中には他の化学エネルギーを利用して炭酸同化作用をおこなっているものもある。これを化学合成といっている。詳しいことは省略するが、独立栄養にも光合成によるものと、化学合成によるものとの2とおりある。動物はすべて従属栄養で、食接食餌とするものが何かということ、つまり食性によって動物を分けると、草食動物、肉食動物、雑食動物となり、人間は雑食動物に入る。

(つづく)
月刊ボディビルディング1975年8月号

Recommend