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アメリカで活躍する三人のミスター日本
<その1>杉田 茂

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月刊ボディビルディング1975年9月号
掲載日:2018.06.26
田端ボディビル・アカデミー会長 河合君次

◇まえがき◇

 私は去る6月下旬,日米大学野球選手権大会と大リーグの実況を観たいと考えて渡米した。その折,ボディビルディング誌から依頼されて,アメリカで活躍している3人のミスター日本,すなわち,土門義信,多和昭之進,杉田茂の3人のチャンピオンの取材をもあわせて行うことになった。

 例年どおり暑いことと考えていたロスアンゼルスは,今年は天候の異変で6月下旬というのに,むしろ小寒く心地よい日が続いた。

 宿をヒルトン・ホテルに決めると,まず多和君に電話して土門,杉田両君の消息を尋ね,面会の手配を依頼した。

 大学野球団はロスで1・2回戦を終わり,ロッキー山脈を越えて中部のオマハ市に飛び,そこで3・4回戦をし最後の3試合の対戦のため再びロスに戻った。結果は残念ながら2勝5敗の負け越しだった。体力差の他に日本側の対戦準備と,敵手の調査不足が主たる敗因で,工夫によっては今少し歩の良い戦果が可能と思われた。

 かつて日本チームは,身長では劣るが脚力の優勢が目立ったものだ。それが今回の選手権を見て感じたことは,身長は互格に見えるが,脚力,腰の鋭さという点でアメリカ・チームが勝っており,日本チームの非力が目に付いた。

◇NABBAユニバースを目指して見事な変身◇

 ロスアンゼルスには,かつてのミスター日本だった土門,多和,杉田の3人が,それぞれの社会で立派な目的をもって努力しており,生活の場につぶさに接することが出来たことは誠に楽しい思い出であった。

 まず,一番新しい杉田君の近況から紹介しよう。

 杉田君はビル・パールの経営するパサディナ・クラブで9月に行われるNABBAユニバースを目指して懸命に練習していた。

 ホテルからジムまではおおよそ50kmくらいある。ロスは人口600万というのに,東京に比べて高層ビルが大変に少なく,平面的でたいへん広い町である。その上,公営の交通機関が少ないので,車がなくては非常に不自由である。そこで,多和君の車で案内を願うことになった。

 1973年度NABBAユニバースのショートマン・クラスで2位を獲得した杉田君が,今秋のこのコンテストに再度の挑戦を目指して今年1月渡米して6ヵ月経過した。幸いに優れたジムと優れたトレーニング・パートナーに恵まれたので,練習は極めて順調に進んでおり,しかも,牛肉をはじめ食べ物は日本の約半値というので,体重は10kg近くも増えたそうだ。しかし,そろそろ仕上げの時期なので,ここらで締めて計画通りの体型に仕上げるつもりだと頼もしく語っていた。

 昨年の8月,松戸市で開かれたアポロ大会にゲスト出演以来,1年ぶりに見る杉田君の体の充実ぶりには一驚した。このまま順調に仕上がれば,前回の実績,他選手の消長から推して,まずショートマン・クラスの栄冠の本命と期待されている模様である。期待通りの成功を祈る。

 昨夏来日したジム・モリスもこのパサディナ・クラブの所属だが,今年は俳優に専念の方針で,たまたま東南アジアに仕事で出かけていた。
〔パサディナ・クラブで練習する杉田君〕

〔パサディナ・クラブで練習する杉田君〕

◇杉田君から重村君への手紙◇

 ではここで,7月10日付で重村君にあててよこした杉田君の手紙を披露して,現在の彼の心境や練習ぶりを紹介することにしよう。

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 ……ロスは1月からすでに夏が始まり,太陽は文字通り Sun Sun と輝き,紫外線の強さは想像以上で,日光浴で肌がカブレるなどという現象を体験し,最近では専ら帽子をかぶって陽ざしをさける有様です。

 ジムの経営については,ビル・パールの経営ぶりをぜひご覧になるといいと思います。大きくはないが,まさに老若男女が楽し気に,規則正しく練習している模様は大いに参考になるはずです。

 ところで僕のボディビルの方は,一昨年のユニバース当時より,さらにデフィニションがつき,体重も最高84kgまで増えました。現在は81kgに落ちつき,いつでもコンテストに出られる状態です。

 先日,マッスル・ビルダー誌から僕のトレーニング,とくに肩のトレーニングの写真を撮りにきました。とにかく僕にとっては今度のコンテストが最後と覚悟の上で,練習も納得のいくまでやったし,食事の方も,身体の限界ぎりぎり,すなわち,三度三度の食事が肉食だけで,米はもちろん,果物,野菜など一切摂らず,僅かにサクランボ5個が口なぐさみで,この食生活を3月以来続けています。

 ケーキやオレンジを見たら気が狂うくらい食べたかった事もありましたが最近ようやくなれました。それでも。一日中なんとなく身体がダルク感じます。これは極度に酸性に傾いているためで,時折り飲むビタミン剤は睡眠の防げになり,練習のときにはまさに気力を振りしぼってやっているきようこの頃です。

 今回のユニバースには,昨年のショートマン1位のイアン・ローレンスを始め,今年のミスター・アメリカで脚のカットがとくに素晴らしいデールエドレン等の大敵揃いですが,僕のジムの連中の言葉を借りれば“I can beat him easyly”という!

 結果はともあれ,残る2ヵ月を心おきなく頑張るつもりです」

◇杉田君の堅実な行動力に感服◇

 私は杉田君の成功を祈ると共に,諸君にお伝えしたいことは,彼の行動が堅実で立派であるということである。

 彼のユニバース・コンテスト出場には,土門,多和両先輩をはじめ,多くの仲間がこぞって応援し,激励しなくてはの気持であったが,杉田君は日本出発当時から不時の出費の対応準備も怠らなかった。渡米後も,就業基準法の厳しいアメリカでは,観光ビザの者には労働収入の道は閉鎖的なのにもかかわらず,他人の支援を求めず,堅実に合理的な生活を実行しており,彼のこのような姿勢は,海外生活者の模範と思われることだ。

 7月1日夕,杉田君は友人の広村君と共にホテルに私を訪ねてくれた。そして,ちようどロビーにいた日本代表の野球選手団に世界第一級の筋肉美を披露してくれた。

 日頃ボディビルを近眼視するかに見えた選手達も,杉田選手の偉大な努力には敬意を表する観があった。大学野球は国内で絶大な応援を受けているがアメリカの大学チームの体力に圧倒されてしまった。杉田君は独力で世界に挑戦する偉大なバイタリティを見せてくれた。これこそボディビルの真実の力だと感銘を深くした。
〔右から田和君,杉田君,ビル・パール,左端が私〕

〔右から田和君,杉田君,ビル・パール,左端が私〕

月刊ボディビルディング1975年9月号

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