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アメリカで活躍する三人のミスター日本
〈その1〉杉田 茂

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月刊ボディビルディング1975年10月号
掲載日:2018.03.26
田端ボディビル・アカデミー会長 河合君次

◇スター誕生と良き指導者◇

 ロンドンのNABBAミスター・ユニバース・コンテスト派遣日本代表選手の選抜大会は大方の予想どおり須藤孝三選手に決定した。
 今年はアメリカから参加する杉田茂選手を加えて日本選手2人が参加することになった。例年の単身出場とは異なって一昨年この大会で輝かしい実績を持つ杉田選手の参加は、初出場の須藤選手にとって大いに心強いに違いない。その上JBBAのきも入りで大会見学団が組織され2人の選手への応援団がくりこまれる。まことに恵まれた出場といっていい。晴れのビグトリア劇場のステージでは果たして栄冠はだれの頭上に輝くだろうか。杉田、須藤両選手への期待は大きい。
 須藤選手が中央にデビューしたのは1971年秋、神田共立講堂で行われたミスター日本コンテストであった。突如真黒に日焼した坊主頭の怪童の登場に観衆は驚いた。とくに、脚の筋肉の逞しさ、張り具合の美事さは、いままでの日本人ビルダーには見ることのできないスケールの大きさと、可能性を感じさせた。そして、幾多の先輩を追い越して脚の部で優勝、綜合で5位に入賞、一躍人気をさらってしまった。やがて彼が日本代表となるのは時間の問題だと関係者ならびに一般ファンの間でささやかれはじめた。
 まだ幼な顔のあどけなささえ感じられた須藤選手が、一躍脚光を浴び、期待され、そして順調に成長して1975年度ミスター・ユニバース選抜大会に堂々と優勝できたのは、須藤選手にそれだけの素質と努力があったことはもちろんであるが、その陰に、彼にボディビルの手ほどきをし、その素質を見抜いて適切な指導を続けた藤田務氏、伊藤敏夫氏という立派な師匠がいたことを忘れてはならない。過去、幾多の例を見ても、栄冠の獲得には本人のたゆまざる精進と努力の結果はいうまでもないが、その陰には必ず素晴らしい指導者の忠告と協力を伴うのが例である
ビル・パールの経営するパサディナ・ヘルス・クラブ

ビル・パールの経営するパサディナ・ヘルス・クラブ

◇良き指導者に恵まれて◇

 前置きが長くなったが、今秋のミスター・ユニバースで優勝を狙ってアメリカでトレーニングを積んでいる杉田茂選手にも良き指導者ビル・パールがいる。
 過日、杉田選手から重村君宛に寄こした手紙にも、このことが書かれているので、杉田選手の近況と合わせてこの手紙を披露することにする。
 拝啓 重村さん コンテストまで余すところ1カ月となり、ふだん豪気なはずの私めも少々神経過敏となり、練習中も、ふと心はロンドンへ飛んだり心穏かでない今日この頃です。
 1週間前よりビル・パールさんからポージングを習っています。ポージングに関してはいささか自信をもっていたつもりの私めも、ビル・パールさんからのアドバイスの1つ1つの心くばりに、己れの未熟さを改めて知り、日夜ポージングに取り組んでいます。
 体重は81kgから1カ月間に79kgに下がり、それだけデフィニションも目立ってきたので、ビルさんから総合でも優勝できる、と大鼓判を押された格好になりました。アメリカ人はお世辞が上手なので、この言葉を鵜含みにすることはできませんが、気を良くして頑張ることにしました。
 先日、私の世界大会出場を励ます意味で、ビルさん秘蔵の金色と黒地のポージング・パンツを下さいました。これは50ドル以上もした高価なもので、あまりのもったいなさに恐縮していると、「スーやん!お前にそれをはいて優勝してもらったら俺は幸福だ」などと泣けることをいわれ、いやが上にも張り切らざるを得ません。こんな私を見てジムの連中にも「スーやんはタフやなあ!」といわれるくらい頑張っています。
 ビルさんから「コンテストが終わったら僕のジムのコーチとして働いてくれないか」と誘われました。
 日本を出発するときから、今度のコンテストを最後にボディビルから足を洗うつもりだった私めも、ビルさんの暖い思いやりに接し、この半年の間に到底ボディビルとは別れられそうにないことを悟り、将来アメリカのどこかでジムを持ちたいという夢がまた芽生えてきました。
 折角のビルさんからの親切なお話だからお受けして、ジム経営のHOW・TOを学ぶために尊敬するビルさんのもとで働き、そのかたわら経理学校へでも行って簿記会計の勉強もするつもりです。
 また某先輩は「君がジムをもつ場合には一切の支援を引き受けてもいい」といってくれました。いささか皆さんが私めを買いかぶり過ぎではあるまいかと、心苦しい感はあるものの、これが自分の勝負どころかも知れないと考えているところです。
 等々、ビル・パールさんへの感謝の気持ちや将来の計画について伝えてきた。ボディビルを愛し、たゆまざる努力を続けてきた杉田選手が、簡単にボディビルから足を洗うことなどなかなかできるものではない。そして、幸いビル・パールさんという立派な師匠や先輩にも恵まれた杉田選手が、すべて順調にいって希望どおりアメリカでジムをもち、あとに続く日本ビルダーの橋頭堡となるを期待してやまない。
杉田選手と私(パサディナ・ヘルス・クラブにて)

杉田選手と私(パサディナ・ヘルス・クラブにて)

月刊ボディビルディング1975年10月号

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