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JBBAボディビル・テキスト㉚
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅱ(栄養について)

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月刊ボディビルディング1976年3月号
掲載日:2018.08.10
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野匡宣

4. からだは精巧なオートメーションの大化学工場である

 われわれは、体外から物質をとり入れ、それを利用して生活活動を営んでいる。

 このとり入れるものを食物と言い、この食物の持っている栄養素をわれわれの体内で処理して、生命を維持し、健康を保ち、また増進する。これら一連の働きを栄養と言っている事は前回迄で理解していただけた事と思う。

 一般に栄養学と言うと、われわれが口からとり入れる食物の構成成分の事に重点がおかれている様である。しかしながら、われわれの体内での、食物を処理し、利用する機構は非常に複雑で、単なる生物学的な解明だけでは不充分である。

 われわれ人間の栄養問題を考察する場合には、いろいろな科学を駆使する必要があるだろう。体の栄養素を処理する基本的な解明は、生理学や、生化学的な解明によって明らかにされて来ている。故に、これは栄養学、これは生理学等と考えず、諸科学の知見を取り入れて、栄養素の体内処理の機構を勉強する事が重要であろう。これが栄養に関して勉強しようとする者の態度ではなかろうか。

 思うに、栄養学の目的は、人に健全な生活を送らせる事であり、人が食物として栄養素を受け入れる上で、正常な代謝が行われれば健康であり、正常な代謝が維持出来なくなれば病気になる。故に単に食物の栄養素の問題だけでなく、代謝に関しての知識を持つ事も非常に重要な事であろう。

 この様に考えてくると、ここで、イギリスのクレプス(1953年ノーベル賞を受賞)が発見した「クエン酸サイクル」(これをクレプス回路とか、TCA回路等とも言う)を述べないわけにはいかない。

<4ー1>クエン酸サイクル(クレプス回路またはTCA回路)

 食事はわれわれに欠かせない栄養補給源であるが、沢山ある食物の中で、実際にエネルギーになるものは炭水化物(糖質・澱粉等)、脂肪(油脂)、蛋白質の三大栄養素である。

 クレプスの「クエン酸サイクル」はこの三大栄養素が、どの様にしてエネルギーに転換されるかについて、詳しく解明(説明)したもので、三つの栄養素はそれぞれ①蛋白質はアミノ酸に②脂肪はグリセリンと脂肪酸に③炭水化物はブドウ糖に、とそれぞれ分解吸収され、途中経過はちがっても最終的にはすべて「クエン酸サイクル」に入って来て、そこでエネルギーに変わってしまう。すなわち、体内で食物が分解され燃焼するわけで、最終産物である水は大部分汗と尿になり、炭酸ガスは吐く息(呼気)となって排泄されるもので、この過程は、クエン酸をはじめ、8種の酸で構成され、それらは一つの回路になっていると言うもので、この経過のうちに、エネルギーになる部分は、一部は熱となり、一部はATPと言う物質の中に蓄わえられて、エネルギー予備として必要な時の出番を待っている形になる。(このATPについては理解するのに大変複雑な説明を必要とするので、別項で述べる事にする)

 この「クエン酸サイクル」が、常に活発に働いている時、すなわち、食べたものが8種の酸に変化しながら燃焼してゆく過程が、いつもスムースに行われている状態の時には、われわれの体は疲れを知らない健康な体と言う事が出来る。

 何故なら、この過程が活発に働いている場合、疲労の元兇の一つである乳酸の発生や蓄積はほとんどないからで、この時には筋肉も柔らかく、血液も浄化されて正常な弱アルカリ性を保っているからである。

 要するに、この「クエン酸回路」は各細胞における代謝エネルギーの獲得すなわち、ATPの生成に重要な反応であるばかりでなく、脂肪や、アミノ酸の代謝にも深い関係を持っている重要なものである。

 反対に、もし、精神的ストレスや肉体的過労、あるいは食事内容のアンバランス等で「クエン酸回路」に関与する物質が不足したりすると、たちまちこの酸化分解過程がスムースにいかず、われわれの身体にはすぐにビルピン酸(焦性ブドウ酸)が出来、その処理がうまくゆかず、これに水素がくっついて乳酸となる。この乳酸が筋肉の中や、脳細胞にたまり、疲労となってあらわれる。

 この乳酸は筋肉の中に0.24%~0.4%たまると疲労感が顕著になり、正常な生理反応が鈍くなってしまい、外部からのいろいろな刺戟に反応しにくくなり、思わぬ事故が発生したりする。

 「TCAサイクル」を自動車のエンヂンに例えて見ると、不完全燃焼のエンヂンだと、いろいろな面で効率が悪いばかりでなく、燃えカスである一酸化炭素や窒素化合物等を多量に発生し公害の元兇の一つになりやすい。これはTCA回路の働きが不完全なために乳酸が発生して、それだけ疲労がひどくなるのと同じで、反対に燃えカスの出ない完全燃焼のエンヂンは、時間的、経済的にも効率がよいように、われわれの体内で、食物より得た熱量素が完全に燃焼するためには「クエン酸回路」の正常な働きが是非とも必要なのである。

 ◎炭水化物はいろいろな変化の後、ビルピン酸(焦性ブドウ酸)を経てクエン酸に、
 ◎蛮白質はアミノ酸に分解しその後一部はビルピン酸を経てクエン酸に、あるものはアスパラギン酸を経てオキザロ酢酸に、またあるものはグルタミン酸を経てアルファ・ケトグルタル酸に、
 ◎脂肪はグリセリンと脂肪酸に分解し、グリセリンはいろいろの経過の後、ビルピン酸を経てクエン酸に、脂肪酸はオキザロ酢酸と反応してクエン酸に、

と言うように、その過程では複雑な変化を呈しながら、最終的には各々TCA回路に入り、熱(カロリー)及び、水と炭酸ガスになるまで酸化される。

 このTCA回路はクエン酸→シスアユニット酸→イソクエン酸→アルファ・ケトグルタル酸→コハク酸→ファール酸→リンゴ酸→オキザロ酢酸と変化してクエン酸に戻る。この8種の変化を繰り返しながら水と炭酸ガスまで分解、その過程でATPをつくる。

 故に疲れた時、このサイクルを勢よく働かせるために、すなわち疲労を早く回復させる方法として、食物から摂取出来る酸の内、例えば、酢酸やクエン酸を補給してやればよい。

 食物からとる酸と言うのは、TCAサイクルを構成している酸のうち、どれでもー種だけを摂取すれば、サイクルはさらに活発に働くと言う大変便利な点がある。

 TCAサイクルに関与する酸を多量に含む食物の一部を記すると、

 リンゴ酸(リンゴの成分の酸)
 コハク酸(醸造清酒、ハマグリ、しじみ等に含まれている)
 クエン酸(カンキツ類、梅等に)

等で、この食酢の大事な働きは、我々が食事からとった栄養素に接触して、自からも燃焼しながら働きかけて栄養素を酸化分解すると言う触媒的な働きがあるためである。
 激しいトレーニングやスポーツの途中や後で、レモンをかじるとか、俗に食酢を飲むと身体が柔らかくなるとか、梅の実が身体に良いとか言われているのは、クエン酸回路の働きを活発にさせるためで、これも先人が自然に知り得た生活の知恵ではあるが、決して故なきものではなく、栄養生理的に見ても間違っていない。

 疲労の元兇である酸性物質は筋肉の中だけでなく、脳の中にもたまるが、この酸性物質は、乳酸の他に、炭酸、リン酸等で、これらの酸がたまると脳細胞の生理作用が減退し思考力が低下してくる。この様な時、食酢や梅干しまたはクエン酸等を飲食する事により燃え残りになる筈の乳酸を燃やし切り易くしてしまえば、疲れは自然ととれるようになる。

 われわれは、肉類・魚類・米・野菜・果物等々を雑食しているが、これらの食品は酸性のものと、アルカリ性のものとに区分されており、これらが体内で上手に調和されているのは、同時に摂取しているミネラル(無機質)のためである。

 無機質とは、人体を構成する原素のうち炭素・酸素・窒素を除いた元素を総称して呼んでおり、また、ミネラルとか灰分とも言っている。

 血液や体液が酸性になる事は前回も述べたとおり健康上好ましくない。故に酸性化しないよう、心がけなければならないが、血液、または体液が酸性になるのは、

 ◎炭水化物が体内で完全に利用されないとき、乳酸やビルピン酸が増えるため。
 ◎脂肪が体内で完全に利用されないとき、酪酸やアセト酢酸がふえるため。
 ◎蛋白質が体内で完全に利用されないとき、リン酸やリュウ酸がふえるため。

 これらの場合であるが、これはクエン酸回路における正常な働きがないためで、かたよった食事をつづけていると、これらの酸を中和する事が出来なくなり、その結果酸過多症をおこしていろいろと病気の素地をつくるものである。
<表1>おもな食品の酸性・アルカリ性 (+)はアルカリ性、(-)は酸性を示す

<表1>おもな食品の酸性・アルカリ性 (+)はアルカリ性、(-)は酸性を示す

<4ー2>酸性食品、アルカリ性食品とは

 レモンや夏ミカン、あるいは梅干、食用酢等はすっばいのになぜアルカリ性食品と言うのかと疑問に思われるかも知れないが、これらのあますっぱいのはクエン酸と言うもので、そのものは確かに酸性であるが、体内に入って腸で吸収されると、いち早く全身の細胞に回ってしまい、そのものの酸性度が弱まると共に燃焼し易く、残っている他のミネラルがアルカリ性を呈するのが多いので、アルカリ性食品とされている。すなわち、食品は喰べる時の酸、アルカリでなく、消化吸収利用される段階で、酸性を呈するか、アルカリ性を呈するかによって決められるもので、酸性食品とアルカリ性食品との区別は、その食品をもやして、灰になったものの中にリンとかイオウ等を多く含んでいるものが酸性食品であり、灰になったものの中にカルシウムとか、ナトリウムを多く含んでいるものがアルカリ性食品である。

 酸性食品と言われている肉・魚・米等ばかりを喰べていると体液は酸性に傾き、アルカリ性食品である野菜や果物・牛乳・乳製品などを併食する事が大切である。<表1>参照。

 栄養上の上手な食事の仕方は、毎食ごとに食品の組み合せをよくする事であるが、このためには各食品の特徴をよく知っておく事も必要である。

 アルカリ性食品は、血液を弱アルカリ性に調整することと、新陳代謝をよくし、老化や血管の硬化を防止するのに働く。

 酸性食品は、燃焼し易くカロリーの高いのが普通であるが、血液や体液を酸性に傾むけ、皮膚の感受性が抗進して発疹が出来易くなったり、化膿した部分が治りにくくなったり、ニキビ等も出来易くなる。故に湿疹やかゆみのある疾患にかかっている時は、酸性食品を制限して、アルカリ性食品を多くたべるように心がけると治りが早い。
月刊ボディビルディング1976年3月号

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