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チャンピオンへの道
く心理学によるトレーニングの効果> 1976年5月号

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月刊ボディビルディング1976年5月号
掲載日:2018.07.22
川股 宏

○常識を打ち破ろう○

 アイデア開発の研究で有名なエドワード・デボノ博士は、その著「水平思考の世界」の中で、普通、人は常識にしばられやすいし、物事を非常に偏見をもって見ている、と述べている。
 つまり、常識と偏見が新しいアイデア開発をさまたげているというのである。時には意識的に間違いを犯すことも必要である。なぜなら、既成概念にとらわれて、その方向にひきずられると、思考や行動も傾いてしまうからである。すなわち、時には常識破りの正反対のことが往々にして物事を成功に導き出す。
 いままでの偉大な発明や発見、あるいは業績といったものは、いずれも常識を破り、未知の世界に向って努力を傾け、それが成功したとき人々が目を見はる結果が得られている。ただしそれは基礎を練り上げ、努力の結果、発想が成功することはいうまでもない。
 良い例としてミシンの発明がある。針の穴をどうしたらよいか、いくら考え、研究してもわからない。つかれはて、やがてウトウトとねむってしまったこの研究者は、人喰い土人にとらえられ、ヤリで刺される瞬間、ハッと驚いて目が覚めた。このときである。確か土人のもっていたヤリの先に穴があいていたような気がした。これにヒントを得て針の先に穴を作り大成功したのである。針の先に穴、なんと面白いではないか。
 ではここで、われわれ日本人があこがれた男らしい体、とくにビルダーとしての体の理想像の移り変わりを見てみよう。
 昔から日本人は男性のもっとも理想的な体格として力士の体にあこがれたものである。あの威風堂々とした体からは、確に力強さとか貫禄といったものが感じられる。しかし、俊敏とか機能性というイメージにはほど遠い。
 それが戦後、力道山によってもたらされたプロレス・ブームが起こるや、強さ、敏速、それに闘志まで秘めたレスラーの体にあこがれの対象が移っていく。
 こうして、いままで見たこともないプロレスに接して、現代人の感覚ともマッチした体型へのあこがれから、ボディビルが急速に発展した大きな原因になったことは事実である。これも昔の日本人の感覚からすれば常識破りのことなのだ。
 このビルダーについても20年前、いや10年前と比較してもずいぶん変わってきている。当時のチャンピオンと、現在のチャンピオンのどちらを選ぶかは、その人の主観によってどちらがいいか一概にはいえないと思うが、一般的には現在のチャンピオンを選ぶと思う。しかし、20年前、あるいは10年前には、その体型が最高であり、この体をつくるためのトレーニング法や食事法等はすべて人々の驚異の的であり、当時としては最も進んだトレーニング法だったに違いない。
 たとえば、当時の食事法は、ある程度は蛋白質を多く摂ることに気をつかっていたであろうが、現在のようにハイプロティンの使用など考えていなかったであろう。
 トレーニングにしても、10数年前は疲労の回復を考え、1日おきの練習が最良とされていた。それが現在、少なくともミスター日本コンテストに出場するような選手たちは、ハイプロティン等を使用した蛋白質第一主義の食事法を採用している。トレーニング法にしても筋肉分割トレーニング・システムによる1週6日、あるいは休みなしの連日トレーニングを実施している。
 しかしこのような現在の食事法やトレーニング法が果たして最善のものであろうか。もっと効果的な方法があるかも知れない。いや、必ずあるに違いない。ボディビルに限らず、すべて先駆者といわれる人たちは、つねに常識を打ち破って未知の世界を開拓してきたのである。
【横綱北の湖】

【横綱北の湖】

【アントニオ猪木】

【アントニオ猪木】

【榎本正司選手】

【榎本正司選手】

 ボディビルは練習、栄養、休養が三大要素といわれているが、現状を打ち破るために、あなたならこの三大要素をどのように組み合わせ、どこに重点を置くかを先ず考える必要がある。ただ誰かの実践した方法を真似するだけでなく、自分に合った方法を見出さねばならない。
 栄養にポイントを置くのもよいし、練習法に画期的な工夫をこらすのもよい。なにか1つ自分自身の独特の発想による方法の組合せ、これがチャンピオンへの道なのだ。
 耳新しいところでは、ビル・パールのジムでトレーニングをしていた杉田選手の肉食オンリーの食事法によるバルク・アップ。末光選手の独創的練習法と肉食法。これなども強い信念で、大きな目標に向って前進するための彼らの考案した独特の方法といえよう。
 たとえば、減量法によるトレーニングはどうだろう。いままでは筋肉は太く、大きくするものだという観念があるが、一度大きくした筋肉を常識破りに減量したらどうだろう。馬鹿なことをと思うかも知れないが、この方法でデフィニションを一層ひき立たせチャンピオンになった人だっているはずである。3年前、ミスター埼玉になったときの榎本選手と、昨年のミスター日本になったときの体はまるで別人の感がある。あのバルク型だった榎本選手の体はぐっと引き締り、よく焼きこまれた肌、ランランと輝く眼、そこには見る人をして強い意志と激しい練習のあとをしのばせる。しかし、ここまで逞しく変身した大きな原因は、なんといっても減量によるデフィニションの獲得である。これに気付いたことと、それを実行したことがミスター日本の栄冠につながったのである。
 また、海外のチャンピオンたちの体重は、シーズンとシーズン・オフでは大幅に違うといわれている。つまり、日常の健康的な生活を営むための体重から、コンテストでいい成績を残すためにぐっと減量し、鮮明なデフィニションを出す。これは、逆三角形で太い筋肉だけでは現代のコンテストでは上位入賞はむずかしくなり、それに加えてデフィションが大きく影響するようになったからである。
 時代の移り変わりをよく認識し、さらに一歩進んだところに目標をおき、強い信念をもって実行していかなければ勝者たり得ないのである。
 減量の話のついでに、最近話題になったボクシングの世界チャンピオン・ガッツ石松の減量法を記してみよう。何かの参考になるかも知れない。
 彼は試合の約1カ月半前、リミットを13kgもオーバーしていた。そして1カ月で約9kg減量した。それまでに大幅の減量に馴れているガッツ石松にとってそんなに苦労でもないらしい。試合の1週間前、まだ4kgのオーバー。この4kgがたいへんなのである。彼にとっては試合以上の、それこそ死の苦しみらしい。
 誌面の都合で詳しいメニューとトレーニングについては次号にゆずるが最後の2日間は食べ物はもちろん、1滴の水さえも飲まない。しかもトレーニングは適度に続けていくのである。
 こうして、13kgという大幅な減量に成功し、チャンピオンの座を守り抜いたのは、強い自信と精神力、そして計画性をもって常識を打ち破って頑張り抜いた石松と、彼をささえたトレーナーたちの努力である。(つづく)
月刊ボディビルディング1976年5月号

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