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筋肉の量と力の関係〈3〉

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月刊ボディビルディング1976年8月号
掲載日:2018.04.13
国立競技場トレーニング・センター
主任 矢野雅知
 発達は超回復(over-compensation)の結果起こる。つまり、からだの筋肉は超回復を効果的に引き起こすことによって発達してゆくのである。
この超回復のメカニズムをはっきりと理解するには、簡単な実験によって確かめることができる。
 では、因果関係がはっきりとしているので、すぐに観察することのできるものとして、皮膚組織が固いタコを形成するのを例にとって述べてゆこう。

 手のヒラというものは、手の甲よりも皮膚が厚いものである。手を使う仕事をしていなくても手のヒラの皮膚が厚いというのは、いわば自然の発達である。
しかし、激しく手を使う仕事に従事するには、その皮膚の厚さでは十分でなくなってくる。手のヒラを保護するために、皮膚はさらに厚くなってタコが形成されるようになる。
 だが、このタコが形成されるには次の条件が必要である。つまり、運動はタコを発達させるために、十分な刺激を与える強さでなくてはならない。
そして、運動はタコの成長を妨げてしまうほどの量に達してはならない、ということである。
 もしハードな運動をすれば、タコの成長は促進されるだろう。しかし、やり過ぎればタコは成長しなくなってしまう。穏やかに手のヒラを何回もこすってみてもタコはできない。タコの発達を引き起すのは、こする量によるのではないのである。たった1回だけ手のヒラをこすったとしても(ただし強くこする)タコは発達する。だが、一度に何回もこするとか、あるいは四六時中こすっているとタコはできないことになる。なぜならば、からだがタコを形成しようとする組織を、次々とダメにしてしまうからである。
 このような手のヒラにできるタコと超回復の関係について一度まとめてみよう。
1、あなたの手のヒラにはタコがない
2、あなたは指で、穏やかに手のヒラをこすってみる。
3、何回こすってみようと、タコは形成されないだろう。なぜならば、タコというのは、そういった「おだやかにこする」ような皮膚刺激に対しては手を守る必要がないからである。
4、そこで、あなたはヤスリで一度、手のヒラを強くこすってみる。そして48時間ごとに、つまり2日に一度ずつこのことを繰り返してみる。
5、するとタコはただちに形成されはじめる。それも大きく厚くどんどん発達してゆくのである。なぜならば、強い刺激には皮膚が保護を要求するのでタコが形成されるのである。
6、つまり、これが超回復である。人体は刺激を受けて、壊された皮膚を元の厚さにもどしたのちに、さらに組織が加わってタコとなるのである。
7、からだのコンディションが良好であるなら、タコの発達はかなり早いだろう。しかも、このタコは信じられないほど発達し続ける。ついに手のヒラは、クツ底と同じくらい堅く、厚い皮膚の組織層によって保護されるようになる。
8、しかし、あなたはしょっちゅうヤスリでこすったり、一度に何回もこすってしまうとタコは出来ないだろう。なぜならば、外部からの刺激で皮膚は壊されてしまい、それを回復するヒマを与えないうちに、再び組織を壊してしまうことになるからである。
 以上が手のヒラにできるタコを例にとった超回復の簡単な説明である。人間の筋肉組織の発達も、以上に述べたタコの発達と、ひじょうに似かよった様相で行われる。
 手のヒラが甲の皮膚よりも厚いというようなからだの発育は、自然なものである。それがある点を超えた刺激を受けると、それ以上に発達してゆくのである。
つまり、通常のレベルを超える刺激を受けなくては、それ以上にからだは発達しない。それも、元のレベルに回復してから、さらにそれを上まわって回復してゆくようなからだを持っていなくてはならないのである。回復能力のすべてが、元のレベルにまで回復することだけに使われてしまえば、超回復を起すまでには至らないことになる。
 ところが実際には、ほとんどのボディビルダーはトレーニングの量が多すぎて、彼らの回復能力のすべてを使い尽してしまうというトレーニング・パターンにすぐ落ち込んでしまう。それゆえ、超回復が起らない。つまり筋肉は発達しないことになる。
 それから、ボディビルダーの多くは超回復を引き起すに足るだけのハード・トレーニングをほとんどしていないということである。それゆえ、そのトレーニング・システムが超回復を引き出すものであっても、それはほとんど起らないことになる。
 実際、超回復を引き起してからだの発達を求めているトレーニーたち(世界的に有名なボディビルダーたちでさえも)は、このことから間違ったトレーニングを行なっていると思えるのである。
 ボディビルダーの大多数は強い筋力に興味をもっているのだが、筋肉の太さは筋力に直接関係するものではない、と確信している。しかも悪いことには、ほとんどのボディビルダーは「ひじょうにハードなトレーニング」を行なっていると思い込んでいることである。
 ところが、ハードなトレーニングをしているボディビルダーに、私は今だかってお目にかかったことはない。大多数のボディビルダーは、「トレーニング強度」と「トレーニング量」を混同している。本当にハードなトレーニングを行なっているボディビルダーはほとんどいないのである。
 彼らは信じている。いや、信じようとしている一もっとセット数を多くしたり、もっと多種類の運動をしたりもっと頻繁にトレーニングすることによって、強いトレーニングをしたのと同じ結果を生み出すことが出来るものとー。
 このことは理解出来ないわけではない。たしかに最終セットで2〜3回多く繰り返すよりも、あらためてもう1セット行なった方がハードなトレーニングをしたという気になって、気分的に良いにちがいない、しかし、そんな希望的観測では事実をまげることは出来ない。セット数を多くしてトレーニング量を増やしたからといって、最後の勝利をかち得ることにはならないのである。
 1セットあたり10回行う場合には、10回繰り返すまでに途中で気を抜いてしまい、はじめの7~8回はただの準備運動程度になってしまっている。つまり、これでは発達を刺激することはできない。
 しかも悪いことには、このときの運動ではからだを発達させる回復能力まで消耗していることになる。それゆえ,もし最後の2回から3回を繰り返さなくては、そのセットはまるで無駄なものとなってしまう。いや、場合によっては、もっと悪い結果となる。実際、発達をそこなうこともあるわけである。なぜならば、からだの発達を促さないような運動法を続ける限り、回復能力はどんどん使い尽されてしまうことになるからである。

 このように、からだの発達するメカニズムは実に単純である。こんなことは解りきったことなので、いちいち説明することなどバカバカしいことのように思われる。だが、ほとんどのウェイト・トレーニーは、今だに私が述べてきたことに疑問を抱いているように思えるのである・・・・・・。

 3回にわたって紹介してきたこのアーサー・ジョーンズ氏の論文は、まだまだ続く。この論説には反論する人もあろうし、「なるほど」と再認識された人もいることと思う。ジョーンズ氏の指摘する「筋肉を太くするには筋力を高めなくてはならない。そして、昨今のボディビルダーはトレーニングを必要以上にやり過ぎて、発達の基本となる超回復能力を完全に活用させていない」というボディビルダーへの警告を参考にしていただければ幸いである。
 これ以後の内容を簡単に申し述べておくと一
 アナボリック・ステロイド(蛋白同化ホルモン)は死亡率が高いので服用するのはやめるべきである。「インポテンツへの危険をさらすのみ!」と断言している。
また、スコット・カールやカーリング・バーを用いてのカールは、一般に考えられているほど効果的な種目ではない。なぜなら、それは上腕二頭筋を最大限に働かせるものではないからである、という。なかなか興味深いところではある。
 ところで、このアナボリック・ステロイドについては、最近かなり問題になっているので少し触れてみたいと思う。
 国際競技会では、さきに興奮剤の使用が禁止されて、いくたの波瀾を巻き起してきた。ところが、今やボディビルディングのみならず、一般の競技等(たとえば投テキ種目など)でもアナボリック・ステロイドの使用が、いわば公然となされてきているのが現状である。だが、副作用などに問題があるということで、いよいよ全面使用禁止という事態になりつつある。このステロイドはドーピングと異なり、そのチェックが難かしいといわれるが、国際的にも問題化されてきたというのに,今でも一部のボディビルダーが平然と用いていることは考えものであろう。
 バルク型でどんなにトレーニングに励んでみても、まるでディフィニションがつかないという体質のビルダーがいる。ところが、このステロイドを服用すれば、たちまちにして血管が浮きあがってきて筋肉質のからだに変身してしまう。だから、一度でもこの種のものに手を出すとやめられなくなると言われている。
 また、あるボディビルディング・チームが合宿トレーニングをしたときの話であるが、ステロイドを服用するとかなり激しいトレーニングをしても疲れた感じがせず、合宿中であるにもかかわらず体重も増加したという。ステロイドを服用しないものは集中的なトレーニングに体重減少をきたしてしまったという。そんなに大きな効果があるものなのだろうか?
 このステロイドの効果については、まだ研究段階であり、完全に究明されていないのだが、「まるで効果はない、心理的なものである」とする研究報告も数多いのである。ジョーンズ氏もこの立場をとっている。逆に「明らかに効果がある」とする研究者も中にはいる。いまのところ決定的な答えは出されていないようだが、
種々のデータを総合してみると、「十分に蛋白質を摂取して十分にトレーニングを行なった場合においては、ステロイドの効果は大きい」と結論されるようである。
 このステロイドの副作用は肉体的な面のみならず精神的な面にも及ぶという人もいる。つまり、副作用でワカハゲやインポテンツになって、やむなく俗にいう「ホモ」に転向し、ユガンダ人生に喜びを見い出すというのも考えものである。「健全な肉体」を作りあげるはずのボディビルディングが、ユガンダ人世街道を驀進させるのでは、その本質に反してしまう。
 もはやステロイドの使用が当り前になったかの感のある欧米ビルダーに対して、せめてわれわれ日本のビルダーはその種のものを避けるべきだ。
 ただ、自分がホモに変身するのではなくて、ホモに好かれるようになることは、「気持ち悪い」と思っても、あるいはそれが自分に自信を与えてくれる原動力になるかもしれない。なぜならば、それだけ魅力的な肉体の持ち主であるということになるからである。
「熱っぽいまなざしでジッと見つめているのが、実は男だったといってガッカリすることはない」と、あのシュワルツェネガーも言っているのだから・・・・・・。
 ことのついでに、シュワルツェネガーのなにやら悟りきったような言葉を付け加えておこうー
「ホモがボディビルダーをいくら見つめたって、私はそんなことはちっとも気にならない。私だって、あのラクエナ・ウェルチやブリジット・バルドーが歩いていたら、たぶんジーッと見つめてしまうだろう。それにものすごくデカイ胸の女の娘がいたら、こいつァすげェと見るにきまってる。そして、なんとかモノにしてやりたいと思うからである。・・・・・・ホモがビルダーを見つめるのもこれと同じサ。彼らは逞しい体格をしたボディビルダーを見て、ナンとかしたいと想像するのである。つまり、それはビルダーにとっては、素晴らしいからだをしているという賛辞の証しとなるのである。女の娘たちはあなたのからだに魅せられ、ホモたちもあなたの素晴しい体格に魅了されるのである・・・・・・」
月刊ボディビルディング1976年8月号

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