フィジーク・オンライン
  • トップ
  • スペシャリスト
  • JBBAボディビル・テキスト㊴ 指導者のためのからだづくりの科学 各論Ⅱ(栄養について)6ーむすび

JBBAボディビル・テキスト㊴
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅱ(栄養について)6ーむすび

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1976年12月号
掲載日:2018.08.30
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野 匡宣

総合的立場からの考察

 人体の構成を化学的な成分(栄養素とその代謝成分)の面からと栄養の意義について、また生命の維持に対する栄養素の役割について、あるいは、栄養素とはどのようなものか、等々について一応その概要と働きの大要をのべてきたが、どれ一つを考えても、広汎な範囲の内容を持っており、栄養に関する研究をしている専門家でも学者でもない門外漢である私が、僅かな紙数でまとめられるものではなく、不充分ではあるが、社会体育にたずさわる町の一運動屋としての立場から、栄養についての基礎的事項を出来るだけ個々のものとしてではなく、全体的な観点から概要をつかんでいただこうとの意図の下にのべてきた。


 人体は単に生命を維持するだけでなく、外界からの刺激に応じ、さらに外界に対して働きかける事により生活を営んでいる。


 外界に対する働きかけで、仕事なり生活なりの目的に応じて、それぞれの機能を営む各器官の働きが的確に行われる仕組みについて考える事も必要である。


 生体内での代謝は個々の反応が不統一に行われたのでは、目的に応じた活動を行う事はできない。


 例えば、運動時に安静時の10倍ものATPが分解されたとすれば、関連したすべての酵素反応から、循環・呼吸に至るまでのすべてが促進されなければならない。このような自動調節の機能に関しても検討する事が栄養学にとっても重要な事であろう。
 
 なぜなれば、栄養が目的とする人体の健康とは、外界からの刺激に応じて、外面的にも内面的にも、仕事をなし続ける事によって、維持され、また増進するものであるからである。

 すなわち、ある程度の困難を排して生活活動を営む時、それに応じて必然的に生ずるストレスと、それを克服している仕組みが働いており、そのバランスが保たれている事が健康の生理的な本質であり、これを出来るだけ明らかにする事も必要であろう。

 要するに、刺激に対する反応と調節の仕組みについての問題として、解剖学的事項で述べた「神経系」「感覚」や「身体と心」の項等を今一度思い出していただきたい。

 外界からの刺激に応じ、また内面的な要求にもとづいて、常に各器官の働きを調整して合理的に生活活動を営むために、体内においては、自律神経系が最高の調整機構として働いており、内分泌腺が主にその指令に応じて各種のホルモンを内分泌している。

 また各器官では、各種の酵素が単に自律神経系やホルモンの調節を受けるだけでなく、フィートバック調節によって代謝を円滑に進めている。(本誌51年1月号、テキスト㉘、58~59ページ「ホメオスタシス」以下参照)

 以上に述べてきたような観点をふまえて、我々が社会生活を営む上において、個々に対する健康管理とはどのような目的のためになされるものであろうか。一応考えていただきたい。

私は健康管理の目的とは
 ”新たな身体的能力(作業能力とか運動能力とか言われるもの)を開発し、生活活動、身体活動等の作業遂行能力、すなわち作業遂行に対するレパートリーを広くする事”である
と考えている。そのためには、
①現在持っている運動能力(作業能力)を最高に発揮できる状態にするよう心掛ける。
②現在持っている運動能力を低下しないようにする。
③もし、運動能力(作業能力)の低下が認められたならば、低下の原因が何であるかの早期発見に努め、これが回復の対策にベストを尽す。
④また、残余能力がある場合には、それを活用、善用するように心掛ける。
これらが健康管理の目的とする所に直結するポイントであろう。

 身体的能力をよくするためには、筋肉、神経系、循環、呼吸等、運動(作業)に直接関与する器官を訓練し、働きを良くする事が必要である。

 故にこれらの諸点に関してその要点をつぎにのべる。

運動能力と神経との関係

 運動能力(作業能力)をよくするためには、その運動について訓練を重ねなければならないが、訓練の効果として、その運動に対する中枢性抑制が除去され、その運動に参加する神経細胞の数が増し、反射動作が行われる部分が多くなって、運動なり作業が正確・迅速になり、しかも疲労が少なくなる。これらをもう少し細分して考えると、
①筋肉運動は、運動に伴う危険を防止するために、常に中枢性抑制が働いているが、特に馴れない運動に対しては抑制が強く、抑制が強ければ速度も遅く、技術も稚拙になり易い。故に運動を繰り返し行う事によって、抑制を除去する事が訓練をする第1の課題である。
②はじめて試みる運動がうまく実施出来ない原因の一つは、その運動に参加する神経細胞数が少ないと言う事である。
  例えば、乳幼児がチョットした動作でも、はじめは仲々うまく出来ないが、繰り返し練習する事によって、参加する神経細胞の数が増加して、次第に複雑な運動が出来るようになる。成人の場合でも、はじめての運動に対しては同様の事が言える。
③同じ動作について、繰返し練習を重ねると、はじめは大脳皮質の神経元が参加して行われていた運動も、脳幹または脊髄にある求心性および遠心性の神経元同志の間に回路が出来てきて、求心性の刺激はこの新しく出来た回路によって、遠心性神経細胞に伝達されるようになるが、これを反射と言い、この反射が伝達されるために新しく出来た回路を反射弓と呼んでいる。
  この反射回路の形成によって、反応時間が短縮される。故に迅速な動作が出来るようになる。
④運動(作業)姿勢については、同じ動作を反復して(繰り返し)行う時には、その運動(作業)に対しての「よい姿勢」と、どの程度の速度で行うのがよいかと言う、一定量の運動量、または作業量を行うについての至適速度がある。「よい姿勢」として考えられる条件は、
  ⓐ力学的に見て安定している事。
  ⓑ生理学的に見て疲労しにくい事。
  ⓒ心理学的に見て気持がよい事。
の3条件が必要であろう。また、これらの条件が満たされるならば、それに伴って安定性のある調和のとれた姿勢となり、美学的に見ても美しいものとなる。
 これと同時に運動能率(作業能率)が上がり易いかどうかの問題が起こってくるが、それは運動する場所(または作業環境)や、使用設備等が如何に考慮されているかがポイントである。環境が良く、使用設備が適当に工夫されたものであれば、医学的に見ても健康である条件が具えられているといえる。
 故に上記の条件をみたして、効果を最も能率的に保てるようにする事も非常に重要な事である。

運動能力と器官の働き

 特に筋力を伴う運動(作業)について、その運動能力の向上に関する要点は
①繰り返し行う事によりその動きに習熟してくると、その動きによく使う筋肉部分においては、筋肉線維内のタンパク質量が増加して、筋線維が太くなって、原形質が大きくなり、より大きな荷重に耐え得るようになる。ただし筋線維の数が増す事はない。
②また筋肉内の毛細血管が発達し、必要に応じてより多くの酸素等を供給し得るようになる。その密度は訓練の程度にもよるが、未習熟者(未訓練者)に比べ、40~50%も増加する。
③筋肉内にミオグロビン量が増加して、酸素の利用効率がよくなる。
④筋肉内に、ATP、クレアチンリン酸が増加して、貯蔵エネルギー量が豊かになる。
筋力を使用するものに関しては上記のような、訓練(習熟)に伴う変化がある。

運動能力と血液や汗との関係

 多量の発汗を伴うような運動(あるいは労働)をする時、未熟者(未訓練者)は多量の発汗をし、しかもその調節能力が不充分であるために、血液水分が減少する。

 しかし、熟練者は発汗量が比較的少なく、しかもその他の器官水分が適当に血液中に出て、その水分を補充する能力が養われるので、血液水分量が一時かえって増加する事もある。

 このような調節力の差によって多量の発汗をした時に、未熟練者(未訓練者)は多量の水分を要求するが、熟練者はそれ程でもなく、また、未熟練者は発汗量が増すに従って汗の塩分濃度が高くなるが、熟練者では塩分濃度がかえって低くなる事もあり、これらの点が運動能力に影響を与え、差が生じてくる。

 また、運動(作業)に習熟してくると、同じ運動をするのに心搏出量が少なくてすみ、心臓が単位当り扱う血液の量が少なくてすむ。

 以上のように、訓練(習熟)により働きをよくしたものと、未訓練者(未習熟者)とを比較すると、身体的能力(運動能力、作業能力)に生理的な相違が認められる。いかに訓練や習熟が必要か、すなわち反復練習の重要性を痛感させられる。

食物と運動能力(作業能力)の関係

 運動能力に対して、食物の摂り方が影響を与える事はもちろんである。
 例えば脂質は糖質に比べると体内で燃えにくく、不完全燃焼して有害成分を出し易いし、糖質のみに片寄ると、単位重量当りの熱量が少ないので多量に食べなければならない事になる。
 タンパク質に片寄ると脂質同様に燃えにくく、窒素を含んだ代謝老廃物が多くなり悪影響を与える。すなわちタンパク質は熱量をとる目的にはふさわしくないといえる。

 ではどのような食事をとったら良いかと言う事になるが、フォイトはこの点に関して、理想的な配分として糖質74%、脂質8%、タンパク質18%の比をあげているが、我々日本人の場合は、一般に糖質85%、脂質3%、タンパク質12%となっているようである。

 我々が日常生活を営む上で、1日どの位の熱量を必要とするか、これは個人個人によっても異なり、年令、性別または仕事の質や量によっても異なってくる事は当然である。故に我々がどれだけの熱量を必要とするかを知る事が出来れば、食事としてどれだけの熱量をとるのが良いか決める事が出来る。

 この所要量の測定や算定にはいろいろな測定方法があるが(詳細は別の機会に)これら測定方法により、基礎代謝量や作業等による増加量、特異動的作用等を考慮した算出式や、算出表があり、日常生活の所要量を求める事が出来る。

 例えば体重1kg当たり30カロリーと仮定すれば、普通軽労働をしている場合、その人の標準体重でその所要量を求められる(ただしこれはあくまでも概算的な算出方法である)。

 中等労働の場合は体重1kg当りを40カロリーとし、病人または老人の安静臥床生活の場合は体重1kg当り25カロリーとして計算すればよい。

 このほか、食品分析表に栄養所要量に関する諸表がのっているので、これらの諸表をもとに求められる。

 エネルギー所要量が求められればそれを基準にして考慮してゆけばよい。

次に栄養素の摂取について注意すべき点を考えてみよう。

エネルギー量について

 エネルギー摂取量が不足して強い空腹感に襲われたり、多過ぎて肥満になったりすれば、運動能力は低下するが、このような事を避けるためのエネルギーの摂取量の調節は、一般的に原則として空腹感、満腹感によっているようである。また、各種運動や作業についてのエネルギー所要量も一応測算定されているが、これとても一応の単なる目安にすぎない。いかにこの所要量を目安として自己に適したものにするかが問題点である。

 例えば、空腹感が得られず充分食べられないとか、食物がおいしく感じられないような状態が続き、体重の減少が目立つような場合には、身体に異常がある証拠であるから、医療によって治さなければならないし、またこれが異常を起した原因についても、その対策を考慮改善しなければならない。

 我々は食品を加工したり、調理したりして、嗜好に合わせて食べ易くして食べるので、食べ過ぎの傾向に陥りやすく、その結果体脂肪が増え肥満につながり、運動能力が低下するばかりでなく、健康を害する事が多いので、単に満腹感が得られるまで食べる事は好ましくない。(本誌50年12月号テキスト㉗ 57ページ「腹八分目」参照されたし)

 エネルギーは、糖質、脂肪及びタンパク質によって摂っているが、これらのうち、特に脂肪は我々日本人の場合少なすぎる傾向が強いので充分にとるように心掛ける事がよい。

 同じエネルギー量の場合、脂肪の多い方が量的に少くて満腹感を満たせるので胃腸負担を軽くし、食後、時間がたっても空腹感に悩まされる事が少ないため、運動能力低下を防ぐのに役立つ。

 一般には、摂取エネルギーの少くとも20~25%程度を脂肪でまかなうのが良いといわれている。特に摂取エネルギーを多くしなければならない場合には、摂取エネルギーの30%程度まで脂肪を増せばよい。

 しかし40%を越えると、体内における脂肪代謝が不完全になり、アセトン血症になるおそれがあるので、注意すべきである。(本誌51年8月号テキスト㉟ 63ページ「脂質摂取上の考慮」参照されたし)
月刊ボディビルディング1976年12月号

Recommend