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JBBAボディビル・テキスト⑰
指導者のためのからだづくりの科学
各論(解剖学的事項)一運動と運動器官3

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月刊ボディビルディング1974年12月号
掲載日:2018.07.24
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野誠之

3 下腿の運動

 下肢は上肢と異り、身体を支え、これを運搬するのが主な働きである。一般的に上肢に比べて、①可動性が小さく、②筋が長大で強く、③屈筋群よりは伸筋群が優位にあるという点が特徴である。
 上肢では上肢帯の動きが非常に重要な働きをもっていたが、下肢帯は体幹に対してほとんど動かず、体幹から直接下肢につく筋が存在しないという大きな違いがある。すなわち、体幹より下肢帯に多くの筋がきているが、それは体幹を下肢帯にしっかりと引きつけて安定的な下肢運動の土台になるためである。
 これは直立歩行をする人間だけでなく、四足獣でも下肢帯は体幹に対して比較的固定されている。立つ、坐る、歩く、跳ぶ、蹴る等の動きは、あらゆる運動の基礎になっているが、下肢の運動を、腰と大腿(股関節)、大腿と下腿(膝関節)および下腿と足(距腿関節)の3つに分けて考えることができる。(参考図C-14)

A 大腿の運動(股関節の運動)

 股関節は上肢の肩関節に相当するもので、多軸性の球関節であるが、その可動性も、各方向への動く範囲も、肩関節に比べて小さい。また、この関節を動かす筋は、理論的に考えれば下肢帯(骨盤)、または体幹から起こって自由下肢帯につくものであるはずであるが、実際には、大小腰筋を除いてはすべて骨盤から起こっており、体幹との関係は非常にうすい。
 股関節に関する筋は、骨盤筋群と大腿筋群のうち、起始を骨盤にもつものである。
 骨盤筋は内骨盤筋と外骨盤筋とに分けられるが、骨盤の外表から起こる外骨盤筋群が大腿を種々の方向に動かし得るようになっており、大殿筋が最も強く大きい。これは身体を直立位に保つために重要な働きをもっている。
 関節名---股関節
 骨---寛骨、大腿骨

①屈曲(参考図C-14の2)
動 き-股関節の左右軸に対する動きで、膝頭を胴体に近づけ、また、大腿を固定すれば胴体を大腿に近づける動き。
主働筋-大腰筋、腸骨筋
協力筋-大腿直筋、大腿筋膜張筋、縫工筋、恥骨筋、長内転筋、短内転筋、薄筋

②伸展(参考図C-14の1)
動 き-屈曲された大腿をもどす動き。
主働筋-大腿二頭筋(長頭)、大殿筋、半模様筋、半腱様筋
協力筋-大内転筋(垂直走筋部)、中殿筋、小殿筋

③外転(参考図C-14の3)
動 き-股関節の前後軸に対する動きで、大腿骨を側方に動かす。また、脚を横に開いたり、横にあげる動き。
主働筋-中殿筋、小殿筋
協力筋-小殿筋、大殿筋上部、大腿筋膜張筋

④内転(参考図C-14の4)
動 き-外転した脚をもとにもどす動き。
主働筋-大内転筋、長内転筋、短内転筋、恥骨筋、薄筋、小内転筋
協力筋-外閉鎖筋、大腿方形筋、大殿筋

⑤外旋(参考図C-14の6)
動 き-股関節の上下軸(大腿骨の長軸)に対する回旋の動きで、外側にねじるように回わす動き。
主働筋-内閉鎖筋、外閉鎖筋、上双子筋、下双子筋、大腿方形筋、梨状筋、大殿筋
協力筋-大腿二頭筋(長頭)、縫工筋、恥骨筋、長内転筋、短内転筋、大内転筋斜走部

⑥内旋(参考図C-14の5)
動 き-外旋した脚をもとにもどす動き。
主働筋-小殿筋、大腿筋膜張筋
協力筋-中殿筋前部、半腱様筋、半模様筋、大内転筋斜走部
[参考図C-14]股関節、膝関節、足関節の固有の可動性を示す

[参考図C-14]股関節、膝関節、足関節の固有の可動性を示す

B 下腿の運動(膝関節の運動)

 膝関節を中心にして、大腿骨と脛骨腓骨との間における動きである。これは上肢の肘関節に相当するもので、屈伸だけを行う基本的な蝶番関節である。これを動かすおもな筋は、大腿筋群のうち、下腿骨につくものと、下腿筋群のうち大腿骨から起こるものとである。
 大腿筋群で下腿骨につくものは、縫工筋、大腿四頭筋、薄筋、大腿二頭筋半腱様筋、半模様筋で、伸筋、屈筋のすべてと、内転筋のうち薄筋1つだけが関係している。
 下腿筋群のうちでは、浅屈筋群(下腿三頭筋、足底筋、膝窩筋)だけが大腿骨に起始をもって関係しているが、深屈筋群と伸筋群は全く関係がない。
 直立位においては動線が膝関節の前を通るので、直立位にあるときは大腿四頭筋は特別に活動する必要はない。
 膝蓋骨が積極的な膝の屈曲を作り出すうえに重要な役割をもち、また半月板の存在はよりよい下肢運動をつくり出すうえに意義をもっている。なお、十字靭帯はあらゆる運動局面での膝の安定性を確保するのに重要な役割をはたしている。
 腓骨は上端で脛骨と関係をもっているが、下端は結合組織によって固く脛骨に結びつけられているので、両下骨間の可動性はほとんどないといってもよい。したがって、下腿では前腕に見られるような回旋運動は不可能である。すなわち、脛骨と腓骨の下腿骨のうち脛骨だけが近位端、遠位端とで関節形成をなし、脛骨が一貫して体重支持伝導体となっている。
 なお、上肢運動と異なって、体重を支えながら行う下肢運動であるから、関節の周囲に11以上の多数の滑液包をもち、運動時に生ずるかも知れない軟組織障害に対処している。
 関節名-膝関節、脛腓関節
 骨-大腿骨、脛骨、腓骨

①屈曲(参考図C-14の8)
動 き-足の踵を後方にあげるような動き。すなわち、膝関節を中心に大腿骨と下腿骨のつくる角度の減少。
主働筋-大腿二頭筋、半腱様筋、半模様筋、縫工筋、薄筋
協力筋-膝窩筋、腓腹筋、

②伸展(参考図C-14の7)
動 き-曲げた膝をのばす。つまり大腿骨と下腿骨のつくる角度の増加。
主働筋-大腿四頭筋(大腿直筋、中間広筋、内側広筋、外側広筋を総称して)
協力筋-大殿筋、大腿筋膜張筋

③内旋(参考図C-14の5)
動 き-上肢はど大きくはないが、内方に回す動き。
主働筋-膝窩筋
協力筋-薄筋、半腱様筋、半模様筋、縫工筋

④外旋(参考図C-14の6)
動 き-これも上肢ほど大きい動きはないが、内旋をもとにもどす動き。
主働筋-大腿二頭筋
協力筋-大腿筋膜張筋

C 足首の運動

 下腿骨に対する足の運動である。あらゆる動的姿勢の基礎をなす直立歩行で、下肢における唯一の体重支持伝達骨である脛骨を通じて体重は距骨に伝えられる。これがために距骨は大形で幅広いがっちりした骨となっている。そして、その体重をうまく足底部に配分するのが足弓の構造である。
 距腿関節は多少のゆとりをもった蝶番関節としての運動で、この運動に関与する筋は、下腿筋群のうち足の骨格につくもので、伸筋群、屈筋群、腓骨筋群の3群がある。
 伸筋群は距腿関節を伸ばす(背屈)方に働くもので、それほど強い筋ではない。これに対して、屈筋群は距腿関節を足底の方へ曲げる(掌屈)もので歩いたり走ったりするときに重要な働きをするものである。これにはアキレス腱をもって、踵骨についている下腿三頭筋のほかに後脛骨筋、長母指屈筋長指屈筋等が関与している。
 これらの伸筋群、屈筋群は距腿関節の蝶番運動をなすもので、足を前後に進める動きに重要な役割をはたしている。腓骨筋群は足底を斜め後外側に向ける筋で(俗にいうかかとをあげる動き)、たとえば、左側の筋が働くと身体を斜めに左前方に進める。この場合には、距腿関節は正確な蝶番としての動きは行わない。
 関節名-距腿関節
 骨-脛骨、腓骨、距骨、踵骨

①底屈(参考図C-14の9)
動 き-足を足底の方にまげる。
主働筋-腓腹筋、ヒラメ筋
協力筋-後脛骨筋、長腓骨筋、短腓骨筋、長母指屈筋、長指屈筋、足底筋

②背屈(参考図C-14の10)
動 き-足を足背の方にまげる。
主働筋-前脛骨筋
協力筋-第3腓骨筋、長母指伸筋、長指伸筋

③足の内反(参考図5月号60ページ、B-13)
動 き-足の内反りの動き。
主働筋-前脛骨筋
協力筋-長指屈筋、長母指屈筋

④足の外反(参考図5月号60ページ、B-13)
動 き-足の外反りの動き。
主働筋-長腓骨筋、短腓骨筋
協力筋-第3腓骨筋、長指伸筋外側部

D 足指の運動

 手と同様に下腿筋のうちで指についているものがあり、それが指の屈伸を行う。伸筋としては長母指伸筋と長指伸筋があり、屈筋としては長母指屈筋と長指屈筋とがある。これらは指の屈伸を行うと同時に、距腿関節の屈伸をも行う。
 以上のほかに、足骨から起こって指骨につく足筋群があるが、これらは解剖学的には手筋群と同じようである。しかし、足の指の運動は手の指の運動のように微妙には行われない。これは人間の場合、足が身体運搬の方に特别化したためである。
 足で特に注意すべきは、つま先を立てるとき(屈筋群を収縮させたとき)には普通、足指が自然にまがることである。
 脚の運動の大部分を占めている歩く走るという運動は、一見つまらない反射運動のようであるが、この平凡に見える動作も実に巧妙をきわめており、自然の造物上の英知の前には全く頭をさげずにはいられない。
 すなわち、脚の構造も最少にして十分な材料で組み立てられており、関節によって、地面の凹凸に対しても上手に安定をはかることができるし、足指は地面との接触面を自由に調節して、その摩擦力をうまく調整している。
 今も昔も、人間が直立動物として行動をはじめて以来、脚の使命は能率的な身体の移動にあり、人間生活の基礎であることに変りはない。「脚腰がたたなくなった」「失脚」などという表現は、長い生活経験から脚の重要さがつくり出した言葉であろう。
「・・・・・に立脚して」「大地に脚をつけ」とか「脚がかりとして」「その生活から足を洗う」等々の言葉のように生活態度を脚によって表現していることも多い。
 下肢は全身の56%近くの筋肉と多量の血液があるので、下肢の運動は全身的に大きな影響をもっている。すなわち、全身の1/2以上の筋肉が運動に関与する。血液の循環を促進することはもちろん、心臓、肺臓の活動を旺盛にする等、全身的に役立っている。
 歩行形式の簡単な下肢の運動は、だいたい反射運動であるため、脳髄の作用なしで行うことができる。運動のはじめに「足ぶみ」「その場とび」「その場かけ足」等が行われるのはこのためで、誘導運動や調節運動に適用されている。
 以上に述べたことからもわかるように、身体の全体重を托して長時間の活動に耐える耐久力をもった丈夫な脚が必要であるが、ただたんに丈夫な脚というだけでなく、移動における衝撃を緩和させるうえから、弾力的な柔軟さも必要であるし、意のように動ける敏捷性と巧緻性をもつことも必要になってくる。すなわち、脚としての使命を全うするための条件と、その必要性、効用を改めて認識することが大切である。
【註】股関節の動きに関しては、固有の可動性は参考図C-14のとおりであるが、片脚を可動さす場合、可動さす脚の膝の屈伸状態、あるいは支持脚の膝やかかとの状態や、反動をつけて行うか否か等によって、その角度に差がある。(参考図C-15,C-16)
[参考図C-15]前方挙上

[参考図C-15]前方挙上

[参考図C-16]側挙

[参考図C-16]側挙

両脚側開や前後開脚においては、訓練により最大限参考図C-20、C-21までできるようになる。普通では参考図C-17~C-19までできるように訓練すべきである。
[参考図C-17]

[参考図C-17]

[参考図C-18]

[参考図C-18]

[参考図C-19]

[参考図C-19]

[参考図C-20]

[参考図C-20]

[参考図C-21]

[参考図C-21]

 なお、屈伸角度を表示する場合、その基腺のとり方によって表示角度値に相違があることに注意すべきである。たとえば、参考図C-22(かかとの屈伸)、参考図C-23(趾関節の屈伸)、参考図C-24、C-25(膝関節の屈伸)と参考図C-14とを対比してみるとこのことがよくわかる。
[参考図C-22]足首関節の屈曲と伸展

[参考図C-22]足首関節の屈曲と伸展

[参考図C-23]趾関節の屈曲と伸展

[参考図C-23]趾関節の屈曲と伸展

[参考図C-24]膝関節の伸展

[参考図C-24]膝関節の伸展

[参考図C-25]膝関節の屈曲

[参考図C-25]膝関節の屈曲

4 胴体(軀幹)の運動

 胴体(軀幹)の運動は、大腿骨に対する骨盤、ならびに脊柱の運動であると考えてよいだろう。脊柱は体幹の柱であり、軸であり、そしてあらゆる運動動作の柱である。
 脊柱とそれに附属して機能する背筋群は、直立位という人間固有の基本姿勢を組成する解剖学的構造として重要である。さらに、前屈、後屈、側屈、捻転等のみずからの運動を行いながら重い頭部をはじめ、上半身の体重を支え、保持するに必要な強さがなければ走行、走る、跳ぶ等の下肢運動や上肢の自由で充分な運動をいとなむことはできない。
 脊椎、およびそれに附属する筋肉、脊椎の中に保護されている脊髄、ならびに脊髄神経等の異常、疾患は、人間の運動動作全般にとって極めて重大な障害を招くことを知らねばならない。
 脊柱の可動性はその部位によってかなり差異があり、1つ1つの可動性は少ないが、それが数個、あるいは全体として加算されてかなり大きな運動領域をもつようになる。これが脊柱運動の特性である。
 頸、胸、腰の3部のうちでは胸部が最も可動性が少なく、次いで腹部、すなわち腰椎である。頸部が最もよく動くことができる。
 胸部(胸椎部)は椎間板が相対的に小さく、また腹部(腰椎部)は他の骨格こそないが、体部が太く、骨盤との結合がしっかりしているのでその可動性が制限されている。ただ腹部の場合は、椎間円板が大きく、棘突起が後方に向かっているので運動範囲は他に比べて大きく、とくに屈曲と伸展がよく行われる。側方屈と回旋は制限されている。仙骨と尾骨は可動性の点では問題にならない。頸部は細長いので比較的自由に動くことができる。
 以上を要約すれば、脊柱の運動は椎間円板の大きさと形、関節面の位置、棘突起の形と傾き、脊柱カーブの関係等により規定されるほかに、その周囲にあって相互に結合する諸種の靭帯や筋による等の運動制限の要素がある。しかし、胸部や頭部および肩帯が脊柱に連結しているため、脊柱の動きとともにこれらが動くので、胴体の運動は極めてダイナミックに見えるものである。
 脊椎を動かす筋のうち、最も重要なものは固有背筋群で、これは脊椎の両側を縦に走る大小長短の数多い筋から構成されている。これらの筋は必ずその一端を脊椎につけており、他の端を体幹の骨格部に固定している。その収縮が脊椎を動かすのであるが、脊椎の可動性に応じて頸部と腰部でいちじるしく発達している。しかし、脊柱をいろいろ動かすためには固有脊筋群の作用だけでなく、それ以外に頸筋、胸筋腹筋等の体幹の筋が関与している。
 関節名-椎間関節、仙腸関節、股関節
 骨-頸椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎、骨盤、大腿骨

①屈曲(参考図C-26)
動 き-体幹を大腿骨の前面に近づける動きで、骨盤の回転や股関節の可動性によって頭部を膝につけることも可能である。
主働筋-腹直筋
協力筋-錘体筋、外斜腹筋、内斜腹筋、大腰筋
 脊椎を前にまげる運動は、固有背筋によるものではなく、脊椎や体幹の前面にある筋によって行われる。
 腹部では中部を走る腹直筋、胸部は胸郭という骨格があるため、脊椎の前後の動きは非常に制限されていて、脊椎を前屈させるための特别の筋はない。胸郭を前に屈するのは主として腹直筋の働きである。前屈のときは上半身の重力が1つの役割をなしていることも知っておくべきである。
[参考図C-26]体幹の前屈

[参考図C-26]体幹の前屈

②伸展(参考図C-27)
動 き-屈曲した上体を起こし、もとにもどす動きと、身体の長軸よりうしろに反らす動き(後屈、後ぞり)とある後屈を過伸展ともいう。
主働筋-仙棘筋、腸肋筋、胸最長筋棘筋、腰腸肋筋、腰方形筋
協力筋-半棘筋、多裂筋、回旋筋
[参考図C-27]体幹の後屈(過伸展)

[参考図C-27]体幹の後屈(過伸展)

③側屈(参考図C-28)
動 き-身体の前額面における体幹の左右への屈曲。
主働筋-腰方形筋
協力筋-横突間筋
 側屈の運動は固有背筋群の働きで片側だけ作用したときにその側にまげられ、両側が同時に作用すると伸展の働きをする。
[参考図C-28]体幹の側屈

[参考図C-28]体幹の側屈

④回旋(参考図C-29)
動 き-脊柱の長軸に対する回転の動きで、脊柱下部は寛骨に固定されているので、胸部がねじれる動きになる。
主働筋-外斜腹筋、腹横筋、内斜腹筋
協力筋-広背筋、半棘筋、回旋筋、多裂筋、腹直筋
 一般的に考えると、身体の片側の筋肉だけを収縮させて、その水平分力を利用すればよいのであるが、固有背筋群は縦走要素が主であるのでそのうち比較的水平に近く走るものは力学的能率が小さいので、側腹斜筋群中、外斜腹筋が最も重要な働きをしている。
 この他に体幹から起こって上肢帯や上腕骨についている浅胸筋群や浅背筋群が、片側だけに働くことによって、脊柱と上肢を近づけ体幹上部(肩甲部分)をねじる動きがあることも注意すべきことである。
[参考図C-29]体幹の回旋

[参考図C-29]体幹の回旋

 普通、体操等で体幹の運動というと胸の運動、体側の運動、胴体の運動、腹の運動、背の運動というように区分している。
○胸の運動-胸椎部分(胸郭を含む)の運動。
○体側の運動-胸の側面、腹の側面を側屈(または側倒)する運動。
○胴体の運動-体幹部分の回旋と捻転の動きを加える運動。
○腹の運動-体の前後屈による収縮、伸展の運動で、腹式呼吸のような静的な筋肉の抵抗力を強める運動。
○背の運動-胸の運動と表裏の関係にあり、脊柱を中心に後ろを背、前を胸といっている。一口に背中というと常識的にはうなずけるが、どこからどこまでを背というかと聞かれると、かなりあいまいになってくる。

 以上のように、体幹部分の運動はそれぞれが関連しており、機械の部分のようにはっきりと分けることはむずかしい。
 たとえば、僧帽筋は脊椎と肩甲骨に結びついているが、上部は後頭部まで伸びており、頸の筋肉の一部をなしている。また、広背筋は下部では腰背筋膜につながっており、骨盤の上部に付着している。したがって、背の運動といっても、胸の運動と表裏の関係にあり、一体的なものであるともいえる。
 また、上部で頸の運動、肩や上肢の運動と、下部では腰を中心とした運動と密接な関係があるというよりは、むしろ一体をなしていると見るべきである。その画一的な区分はむずかしい。その動く筋肉によって、関連または一体と考えられるものによる分け方と考えるより他はないであろう。
 それ故に、本節ではこまかい分け方をせず、体幹の運動として大まかに考察した。
「胸に一物、背中に荷物」というように、昔から胸はものを考えるところ、背中は荷物をのせるところと考えられていたらしい。「胸襟をひらいて」とか「考えは胸三寸」とかのように、胸腔内の状況如何が人間の精神面に大きく影響するところから、昔の人は心を胸にもってきたと考えられる。
「気息エンエン」「意気消沈」「鼻息が荒い」「意気天をつく」等のように、呼吸の強弱をその人の精神感情面に表現したものである。息は意気に通じており、胸部は呼吸の中心であるためである。
 また「腹を割って語る」「腹黒い」あるいは「腹をたてる」「腹にすえかねる」「へそをまげる」等々、腹部内臓の働きと感情の結びつきを考えて、精神の宿舎になっていると昔の人は考えたのであろう。
 感情が非常にたかぶったり、心配ごとがあったりすると胃液の分泌が正常でなくなったり、不消化になったり、食欲が減退したりする。また、反対に空腹のときには気分がいらいらしたりおこりっぽくなったりすることは誰でもよく経験することであろう。
 人体の体重の中心が大体へその近くにあるため、人間の意志にもとづく行動の根源がこの辺にあると見なしたものである。
 また、脊椎は脊柱という名がつけられているように、背の中心であり、体の中心をなしている柱である。たんに体重を支えるだけでなく、正しい姿勢の保持ということが任務である。脊柱の正常さがいかに大切であるかということを知るべきである。
 脊椎が内蔵諸器官に正しい位置を与え、各内臓がノーマルな働きができる位置を定めていることはもちろん、人体の内臓に分布する神経はことごとく31対の脊椎神経から分派している。このために脊柱の不正は神経を圧迫し、ただちに内蔵諸器官の働きに悪い影響を与える。
 胃が痛むとき、背骨の両わきを押したり、赤子をねかすときや、嘔吐などの際に背中をさすったり、背中をかるくたたいたりして、脊椎神経に一定のリズムを与えて気分をしずめることは人間が長い生活において本能的に脊髄神経の働きを知ったためであろう。
 2本足で立ち、背骨を縦にして動く人間の背骨の働きは、四足動物とは比較にならぬ複雑さと巧緻性をもっており、動きの起点が背骨になっていることである。
 以上のように考えると、体幹における各部と脊髄神経との関連において、体調と精神感情面との結びつきを経験的に本能的に表現されてきていることがわかる。このことは、心と身体の結びつきを考えるうえにおいても注目すべきことである。
[註]参考文献は48年12月号に紹介してあるので参照されたい。次回より運動と神経について述べる予定。
月刊ボディビルディング1974年12月号

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