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JBBAボディビル・テキスト51
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅲ(生理学的事項) 3.筋

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月刊ボディビルディング1977年12月号
掲載日:2018.07.29
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野匡宣

3-3 筋収縮のエネルギー発生と変換

前号までに述べたところで、筋収縮の機構についての概要は理解できたと思う。次に筋収縮のエネルギー源がどのようになっているのか、つまり、筋収縮が生じるための化学的メカニズムについて述べる。

これまでしばしば筋肉エンジンという言葉を使って説明したことがあるが筋肉は熱機関として考えるのではなく化学機関として考えたほうが適切である。なぜならば、筋は熱エネルギーを利用して運動を起すのではなく、基本的には、化学的に結合したエネルギーが機械的エネルギーに変換するもので複雑な反応段階をもった化学過程により、エネルギーを供給するものであるからである。

また、このようにして供給される全エネルギーのうち、機械的反応に使われるもの以外のエネルギーは、ほとんど熱として放出されている。それがために運動をすると体温が上がり、また発汗を伴う。

筋収縮のエネルギーの源が、どこにあるのかということについて、多くの人達が筋収縮に伴う化学的変化について研究してきた。

ドイツのマイヤホーフは、グリコーゲンが分解して乳酸にいたる過程でのエネルギーが、筋収縮のための直接エネルギー源であるとする乳酸説を1923年に唱えた。これは、生体は機械と同様にエネルギー保存の法則に従うものであり、代謝の流れの中で、すべての生体活動のためのエネルギーを用いなければならないものであり、人間機械にあっては、筋線維がピストンに相当し、燃料としてその分解を始動するスパークがあれば、発生したエネルギーの一部はピストンの運動に用いられ、その余分のものから熱と各種の廃棄物が産出されるという、エネルギー供給の酸化的代謝過程の古典的な公式であるブドウ糖(グルコース)の酸化の過程により説明したものである。

古典的代謝過程とは、ブドウ糖(グリコース)酸化の反応は可逆的で、葉緑素があると触媒として働き、ブドウ糖の分解(酸化)によって二酸化炭素と水とエネルギーを発生するが、この発生した二酸化炭素と水は、葉緑素の存在下においては、日光のエネルギーにより再び結合して糖質をつくるというものであり、動物が糖質を分解(異化作用)するその一方では、植物が糖質を合成(同化作用)するというように、1つの循環が完成するものである。

しかし、マイヤホーフが乳酸説を唱えてのち間もなく、ルンツガードがグリコーゲン→乳酸の反応を阻止しても筋収縮が起こることを実証するに至って(1930年)、クレアチン燐酸→クレアチンの反応が注目された。

そしてさらに研究が進み、現在では筋収縮に際しての直接のエネルギーはアデノシン3燐酸(ATP)の分解によるものであり、この時に高いエネルギーをもつ燐酸を放出して、高いエネルギーを遊離するというものである。

アデノシン3燐酸(ATP)が分解してアデノシン2燐酸(ADP)となり、クレアチンリン酸(CP)が分解してクレアチンとなるとき、その遊離した燐酸を、アデノシン2燐酸が得て再びATPに戻るということや、クレアチン燐酸が再合成されるエネルギーは、グリコーゲンの解糖過程によりもたらされるということなどが明らかにされてきた。

要するに、筋収縮のために必要な主なエネルギー源は、食物からの糖質と脂肪であり、特殊な化学的化合物が、エネルギーの運搬役として働き、糖質や脂肪からの重要な化学反応が行われる場所までエネルギー源を運搬する。

生物学的なエネルギー変換にとってこれまで知られているかぎりでは、すべての生命現象はATPを直接のエネルギー源としているようである。他の化合物のもっている自由エネルギーは常にATPの高エネルギー燐酸結合に移されたのちに、はじめて運動や、神経の興奮などの生命現象の発現に利用されている。

アデノシン3燐酸や、クレアチン燐酸は、基本的に重要な高エネルギー燐酸結合である。これらの化合物の燐酸の取り込み、または放出は、必然的にそれぞれエネルギーの獲得、または喪失を意味している。ただし、それぞれの燐酸化合物は、それぞれ違ったエネルギー水準をもっている。アデノシン3燐酸は高エネルギーの燐酸化合物で燐酸基1つを失うごとに(アデノシン3燐酸→アデノシン2燐酸→アデノシン→燐酸というように)段階的にエネルギー水準を下げる。


組織的には、高エネルギーを持つATPとクレアチン燐酸(CP)が貯えられており、とくに筋肉にはかなりの濃度で存在している。

筋に直接エネルギーを与えるものとして最も重要なものは、ATPからADPに分解するときのATPで、化学反応の引金は神経衝撃である。

この時に発生したエネルギーの一部が、筋収縮に変換されるが、このエネルギーを使う興奮性細胞の性質によって、電気的仕事、浸透圧的仕事、熱あるいは化学的結合等の仕事に変換されるものである。

しかし、ATPが筋肉にかなりな濃度(比較的多量)に存在していても、その数は限られたものであるから、組織内の活動を持続させるためには、ADPと燐酸から極めて急速にATPを再合成する必要がある。

このことは、ちょうど蓄電池は常にその消耗に伴い充電させなければならないことと同じ理である。
月刊ボディビルディング1977年12月号

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