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グリッピング・パワーとフィンガー・パワー

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月刊ボディビルディング1978年1月号
掲載日:2018.07.13
国立競技場指導主任 矢野雅知
グリップ・ストレングスとして、今までピンチ・グリップ・リフティングやカード破りなどをみてきたが、この他にもいろいろグリップの強さを示す力技がある。

そこでまずはじめに、太いバー(シャフト)のバーベルやダンベルを持ち上げるものからみてゆこう。ここでいう「太いバー」とは、通常我々が使っているオリンピック・バーベルのバーの直径28㍉よりも、もっと太いものである。だいたい太いバーとは、およそ40㍉以上の直径のものを指す。

我々が普通に使っているサムアラウンド・グリップよりもフック・グリップの方が、はるかに強くバーを握りしめられるので、重いウェイトを扱えるが、バーが太すぎてはフック・グリップは用いられないし、強く握れないから、当然重いウェイトは持ち上げられないことになる。

直径56㍉もある太いバーのバーベルを、ワン・ハンドで持ち上げることのできる重量は、標準の28㍉のバーで持ち上げられる重量の、およそ半分にしかならないだろう。それほどグリップの握りの強弱が影響してくるものなのである。

もっともこの点に関しては個人差もあろう。ある者は太いバーの方がさらに強く握ることができることもあろうし、ある者は標準のバーの太さよりも、もっと小さい方がよい、ということもある。いずれにせよ、手が大きい方が有利であることに変わりはない。だが、手や指の短かいものほどバーをしっかり握りにくくなるから、それだけ握力の発達がうながされることにもなる。この小さな手でケタはずれのグリッピング・パワーをもっていた代表的人物は“カナディアン・サムソン"ことルイス・シアーであろう。

史上最強(?)のルイス・シアー

ルイス・シアーは体重135kgを越えるスーパー・へビー級だが、身長はわずか174cm。いわば昔の力技者の典型的なビヤダル・スタイルであった。ビヤダルといっても、そこらにゴロゴロころがっているのとはわけが違う。

IFBBのジョー・ワイダー会長は同国人のせいか、シアーこそ史上最強のストロングマンだと賛えているが、確かに彼のグリップの強さは並みはずれていた。

彼は身長と比較すると手の大きさが19cmと意外に小さく、一般の男性よりも小さい手であったが、前腕の太さとなると、なんと40.6cmというからすごい(これは彼の手首のサイズの2倍である)。残念ながら握力計による記録が残っていないが、その強さは次のような力技の記録によって知ることができよう。

①84.8kgのバーベルを、左手だけでスナッチした。このバーの直径は41㍉もあったので、フック・グリップは使えなかった。同様に右手を使ってやれば、少なくとも90kg以上のスナッチが出来たであろう。

②1896年4月、シカゴでオーガスト・ジョンソンとの力技競争をしたとき、236kgのバーベルを右手でデッド・リフトしている(バーの直径38㍉)。これは疑いもなくフック・グリップを用いている。

③ハンド・アンド・サイ・リフト(バーベルを大腿部の上にぶら下げた姿勢から、脚部の反動を使って持ち上げるもの)で、440kgを右手で行なった。

④ロープをつけた2頭の馬が、それぞれ左右に進んでゆくのを、ロープを両ヒジにはさんで両手を握り、ガッチリと受けとめた。

グリップメンのチャンピオン
ハーマン・ガナー

バーの太さが直径2インチ(50.8㍉)ともなると、とてもフック・グリップを使うことは不可能である。一般の人では握りしめるのが精一杯で、とても重いウェイトは持ち上げられないから、それだけグリップの強さが問題となってくる。50.8㍉のバーで、どれだけのウェイトをリフトできるものなのか。この種の太さのバーベルは現在ほとんどないので、ベスト記録は昔のものとなってしまうが、次のようなものである。

(1)ハーマン・ガナーは、左手で150kgのバーベルを持ち上げたというが、このバーの直径は60㍉もある特大のやつであった。彼の右手は左手よりも10%は強いので、右手でしかも50.8㍉のバーなら、少なくとも180kgはリフトできただろう。

彼はまた、20㍉のバーでは、右手のワン・ハンド・リフトで250kgを記録しており、通常の28㍉のバーでは、フック・グリップを用いて330kgを記録した(1920年10月)。これはフック・グリップを用いなければ266kgをリフトしたことに相当する。〔図1参照〕
〔図1〕ハーマン・ガナーが最も得意としたワン・ハンド・リフト

〔図1〕ハーマン・ガナーが最も得意としたワン・ハンド・リフト

(2)前世紀のスーパー・ストロングマン “アポロン”は、50.8㍉のバーで間違いなく158kgをワンハンドでリフトすることができただろう。

彼は一度、60㍉もある太さのバーを片手でつかみ、ワン・ヘンド・スナッチ102kgをあわや成功!というところまでやったことがある。このときは、頭上にさし上げるときに手がはずれてしまい、彼はしりもちをついてしまった。

あがらずのダンベル

太いバーとなると、どうしても見逃せないものがある。それはかの有名な「あがらずのダンベル」と呼ばれたものである。これはイギリスのストロングマンが所有していたもので、〔図2〕のような形をしていた。
〔図2〕「あがらずのダンベル」といわれた直径63ミリのダンベル

〔図2〕「あがらずのダンベル」といわれた直径63ミリのダンベル

その重量77.4kg。バーの太さはなんと直径63㍉もあり、しかも両側の玉(直径22cm)と玉の間、つまりバーの握りの部分は、わずか10cmしかなかった。こうなるとかなり大きな手を持つものでも、しっかりとつかめないので持ち上げられないわけである。恐らくアーサー・サクソンでも、このダンベルは持ち上げられないだろう。

インチがこのダンベルを持ち上げられるのは、自分のケタはずれに強いグリップと、精神の集中力であるとしているが、彼も持ち上げられるようになるまでには、たいへんな修練を積んだということである。

その後、このダンベルはインチのもとを離れたが、1904年から1956年の間は、インチ以外のものにとっては、依然として「あがらずのダンベル」であったが、スコットランドのアべディーンのステージでスコティッシュ・ゲームのアスレートとして名高かったへンリー・ブレイ(身長193cm体重113kg)が1957年にチャレンジして、胸の高さまで引き上げた。こうして、「あがらずのダンベル」の伝説は打ち破られたのである。

片手ざし王サクソンも顔負け

カナダにルイス・シアー、フランスにアポロン、ドイツにハーマン・ガナー、イギリスにトーマス・インチがいるなら、米国にも特筆すべきグリップメンがいた。それがジョン・ヤング・スミスである。彼は身長169cm、体重75kgであり、そのからだには一片の皮下脂肪もついてないほど筋肉質であった。彼は若い頃から海に乗り出して重労働をしたせいもあるのだろう、驚くべきグリップと、信じられないほどのタフネスを誇っていた。彼の強さを証明する記録を示そう。

(1)右手に99kg、直径38㍉のバーベル、左手に90kgのダンベルを持って約70m歩いた。

(2)90kgもある樽の鉄製の輪タガ(フチではない)を指でつかんで持ち上げた。

(3)52ガロンの水で満杯の樽(重量およそ200kg)を横にねかせて、その両側のフチを指でつかんで持ち上げた。

(4)右手で太いバーの101kgのダンベルをクリーンした。

アーサー・サクソンが1910年頃にスミスを訪れたとき、彼はこのダンベルを同じようにクリーンしようとした。だが、ベント・プレスの世界記録を保持し、「片手ざし王」とまでいわれたサクソンは、失敗したのである。

驚異の二本指逆立ち

〔図3〕指先を立てたままで行うプッシュ・アップ。

〔図3〕指先を立てたままで行うプッシュ・アップ。

〔写真4〕ボブ・ジョーンズが行なった2本指の逆立ち。

〔写真4〕ボブ・ジョーンズが行なった2本指の逆立ち。

では、ここでフィンガー・パワーに話題をかえて、これらの力技について述べてみよう。

まず読者のフィンガー・パワーのテストとして、〔図3〕のように指先を立てたままでプッシュ・アップができるだろうか。4本指で出来たら次はそれぞれ3本指で、それができたなら2本指で・・・・・・というようにやってゆく。親指と人さし指の2本でなら、頑張って練習すれば出来るようになる。

もっとも、若木竹丸氏にいわせると、「出来て当り前じゃ!」ということになる。若木氏は、小指だろうが、クスリ指だろうが、今だに1本指でのプッシュ・アップを軽々とやってみせる。フィンガーも鍛えれば、ここまでくるのだろう。このフィンガー・プッシュ・アップは、指の関節を強化するのにとくに効果がある。

ところで、空手の大山倍達氏は親指と人さし指の2本指で逆立ちができればたいしたもので、すぐに段位をやるといっているが、この逆立ちで最も有名なものは、ボブ・ジョーンズが1920年に成功した2つのインディアン・クラブの上で親指だけでやったものである〔写真4参照〕。この力技は高度のバランス能力を要するが、彼はまた、それぞれの手の人さし指と中指だけでも逆立ちを行なっている。

バチェラーのウルトラ・フィンガー

もうひとつ読者のグリップの強さをみる方法に、マニラ麻のロープに片手でぶら下がる方法がある。これはクライミング・ロープにぶら下がってみるとよい。片手でぶらさがるのは、ほとんどのビルダーはさして苦にしないだろう。では、20kgほどのダンベルを片手に持ってぶらさがってみる。こうなるとグッと難しくなるはずだ。こうして自分の体重プラス何kgまでぶらさげられるかテストしてみよう。だいたいこれでトータル100kgできたらたいしたものである。120kgを片手で支えられたら、たいへんなグリップをしているといえよう。

ロサンジェルスに、イアン・マック・バチェラーという、25年間にわたって全米腕角力チャンピオンとして君臨し、ついに無敗のまま引退した驚くべきグリップ・ストレングスの持ち主がいる(身長185.4cm、体重135kg)。その彼が、「最も難しいのは、135kgの自分の体重をクライミング・ロープに片手でぶらさがってささえることである」と述べているのだ。

ちょっと考えると何でもないように思われる力技をいろいろ考えたバチェラーだが、ではいったい彼はどれほどのフィンガー・パワーをもっていたかを次に示すと、

(1)20分間で、ビールビンの栓500個を、コブシを握って親指でひん曲げた。

(2)2分間で、ビールビンの栓63個を小さく折りたたんでビールビンに入れて、ビンを一杯にした。

もちろん、彼は親指と人さし指を真すぐに伸ばしたままで栓を簡単に折り曲げることができた。

(3)どんなサイズのコインでも、指でU字形に折り曲げることができた。

(4)ピンチ・グリップでは、36kgのプレート(直径40cm厚さ38㍉)を、それぞれの手に持って、約30m歩いた。

(5)また、彼のフィンガー・パワーで目立つ力技に、ワインボトルの先端を親指と人さし指で、〔写真5〕のようにつまみあげたことである。これはひじょうに難しい力技のひとつだ。
〔写真5〕バチェラーがやって見せたワイン・ボトルのつまみあげ

〔写真5〕バチェラーがやって見せたワイン・ボトルのつまみあげ

ロープ・サポーティングの話に戻そう。

フランク・メリルという無声映画時代の俳優が「ターザン」を演じたときに、あざやかな力技を演じている。それは、「ジェーン」役のナタリー・キングストンをジャングルで助け出すワン・シーンで、彼女(体重55kg)を片手で抱きかかえて、もう一方の手でジャングルのツタ(クライミング・ロープでカムフラージュしている)をつかんでぶら下がった。このときの彼の体重は74kgつまり、彼は片手で2人の全体重129kgをささえたことになる。

このときロープに結び目をつけて持ちやすいようにしてあったが、それにしても強いグリップであった。

また、アメリカのジョン・ヤング・スミス(前出)は、柱の横に突き出たピンに片手でぶらさがって、もう一方の手には63kgを持っていた。このときの全重量は約137kgであった。

余談だが、かつてのミスター学生、吉見正美氏は、以前本誌で紹介したように握力100kgなので、回転式のオリンピック・バーベルで、ワン・ハンドデッド・リフト120kgに成功している。

ちなみに、勝ち抜き腕相撲72人抜きのチャンピオン南波氏は、100kgに挑んで失敗したという。その吉見氏(体重95kg)はチンニング・バーにぶらさがり、47.5kgのダンベルを持つことができた。これ以上重いダンベルがないのでベスト記録は得られなかったが、全重量は140kg以上で、これまた素晴らしい記録であると思う。

かえるの子はかえる

では、フィンガー・リフトの主な記録を挙げてみよう。

(1)バチェラーは、36kgのバーベル・プレートの穴の中に、中指を入れて、それをひっかけたままで肩までカールした。

(2)ハーマン・ガナーは、1925年頃に標準のオリンピック・バーベルで、両手の中指だけを用いて、リバース・グリップで139kgをデッド・リフトした。また、両手の人さし指と中指を使ってオーバー・グリップで173kg、リバース・グリップで268kgをデッド・リフトした。

(3)1954年、ニューヨークのジョン・マクラリン(身長173cm、体重92kg)は2本の中指を使って、リバース・グリップで185kgをデッド・リフトした。

(4)古き時代のライト級グリップメン、イギリスのウイリアム・ペントン(身長164cm体重63kg)は、2本の中指だけで86kgのバーベル(普通サイズ)を肩までクリーンした。

また、カナダのフィリップ・フォーニーは、1920年に同じように102kgをクリーンしたというが、事実としたらたいへんな記録である。

その他に、フィンガー・リフトではどうしてもはずせない人物がいる。それはミュンへンのフィリップ・ブランバッハだ。彼はあの史上最強の女性力技者とまでいわれたカティ・サンドウィナ(例えば、彼女は男性3人を片手でさし上げることが出来た)の父親である。ブランバッハが1880年に記録したものは――中指で289kg、くすり指で248kg、小指で198kgをリフトした。

参考までに、中指でのフィンガー・リフトで他の著名な記録をいくつか挙げてみよう。

ルイス・シアーは中指で251kgをリフトしており〔写真6〕、ローンズ・ゲア(ミドル級)も251kg、ジョージ・ロックは256kg、ハンス・スタイアー262kg、ミッシェル・シャート272kgというところである。これをみても、ブランバッハのミドル・フィンガー・リフト289kgがいかにすごいものか解るだろう。
〔写真6〕251kgのフィンガー・リフトをしているルイス・シアー

〔写真6〕251kgのフィンガー・リフトをしているルイス・シアー

ブランバッハやカティ・サンドウィナの父娘やサクソン3兄弟などをみると、「力」とその血スジの影響についてあらためて考えさせられてくる。

ファンタスティックなフィンガー・リフト

さてアーサー・サクソンは、彼のもつ167kgのベント・プレスの世界記録に匹敵するようなフィンガー・パワーを記録している。それは小指を134kgのケトルベルにひっかけて、ベント・プレスで頭上に差し上げたことである。これはすごい記録だ。

ところで、18世紀のイギリスにはトーマス・トッファンという、これまたケタはずれの力豪がいた。彼はやはり小指だけで100kgを頭上に差し上げている。しかもその動作は、小指がはずれないようにゆっくりと行なった。というのは、その当時はリフティングのテクニックなど全くなく、純然たる力だけで持ち上げたのである。これはまさにファンタスティックであった。

話のついでに、もうひとつ実例を紹介しておこう。

おなじみの窪田登教授は、かつてのオリンピック選手だけあって、今だに並みはずれた力技を余興でみせてくれることがあるが、そんなひとつに小指を用いたフィンガー・リフトがある。

教授は昨年ギリシャで開催された国際オリンピック・アカデミーに参加したとき、交歓会の席上でこの力技をみせた。体重65kgほどのアメリカ美女の腰に小指をひっかけて、教授はイスに腰かけたままニコニコしながらワン・ハンドで彼女を頭上にさし上げて、各国の参加者から絶大な拍手を受けた。それ以後、日本ブームとなって朝の挨拶などは、「グッド・モーニング」から「オハヨウ」になってしまった、というエピソードがある。

バーベルを持ち上げて「どうだ!」と威張るよりも、ビールビンの先っぽをつまみあげてみせる方が面白い。だから、ビルダーたるもの酒の席では、胸の筋肉をピクピク動かして受けるよりも、美人をかつぎ上げるような力技のひとつでもみせた方が、よろしいのではないだろうか。
月刊ボディビルディング1978年1月号

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