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強いボクシング選手になるために

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月刊ボディビルディング1978年5月号
掲載日:2018.07.25
JBBA技術委員 健康体力研究所
野沢 秀雄

1. もっとも男らしいスポーツ

 アメリカンフットボールやアイスホッケーの選手が、身体に保護パットを厚く巻きつけて試合にのぞむのに対して、ボクサーは文字どおり裸一貫。生ま身の体に直接、衝撃を受けなければならない。つまり身体そのものを打撃に耐えるように強じんにしておかないと、並たいていの人間では一発でダメージを受けてしまう。それだけ原始的で激しいスポーツである。

「ボクシングやって男になろう。チャンピオンになれば名声も金も手に入るぞ」と誰でも思うことがあるが、現実にジムに入門してチャンピオンになれる人は何百人に一人、いや何千人に一人であろう……。それなりの強い決意と根性に加えて、生まれつき身体の頑健さが備わっていないと、とうてい入りこめないスポーツだ。この点、体の弱い人が容易に入れるボディビルやカラテとちがうところだ。

2. 日本選手はなぜ弱くなったか?

「ボクシングはハングリー・スポーツだ」とよく言われる。つまり境遇に恵まれず、食べ物が不十分でいつもお腹をすかせている若者、たとえば映画ロッキーの主人公のように、ダウンタウンの片すみで、地位も学歴もなく、腕っぷしだけが自慢の若者が、自分の体力を武器に相手をつぎつぎと倒して、王座についてゆく、そんな要素が確かに存在する。

 戦争に敗れて「物資がない、家がない、夢がない」という時代に、世界チャンピオン白井義男が出現したり、アメリカやメキシコで黒人選手が抜群に強いことからわかるように、「経済的に恵まれて、マルマル太った白ブタのような人間が多い環境では強い選手が生れない」といえよう。

 現代の日本は「円高ドル安」といわれるように、経済大国の仲間入りをしている。国民の暮しぶりも「90%が中流意識」と発表されている。恵まれて育っており、ひところのようなガッツさが失なわれている。

 世界ランキングや東洋ランキングをみても、日本選手は少ない。かわりに韓国やフィリッピンの選手がズラリと顔をそろえている。

「もっと貧しくなればいい」というつもりはまったくない。豊かになれば、それなりの科学的練習法やトレーニングに目をむけて、新しくスタートできないかと私は考えている。以下、ボクシング選手の練習法および体位測定をおこなった結果を紹介しながら、選手強化法を検討しよう。

3. 10年前VS最新のトレーニング

 海老原博幸、ファイティング原田、沼田義明、西城正三らの名選手がひしめきあっていた昭和43年ごろのこと。(当時高度成長期にあり、現在の韓国などと似て、活気があった)ボクサー志願の若者が街のジムを訪れ、私も東京近郊のあるボクシングジムを見学させてもらったことがある。

 練習法は私が予想していたよりも強度で、激しく、荒々しい。ロードワークから戻った若者をコンクリートの床に寝かせ、裸になった腹の上を、泥がついた靴のまま踏みつける。くりかえし、くりかえし腹の上で、足を強く踏みつけ、ジョッキングをおこなうわけだ。下になっている者は腹筋に力をこめて、ウーム、ウームと耐えているが、腹部にはなまなましく靴の跡がついてくる。歯をくいしばって痛さに耐えている。真冬なのだが、コンクリートの冷たさなど問題外だ。

 やっと終ったらすぐにメディシンボールをドスン、ドスンと腹に落とす。泥と汗とうっすら赤くにじんでくる腹部の印象は今も強く残っている。

 ひるがえって、昭和53年。最先端をゆくボクシングジムでは、どのような方法で選手を鍛えているのだろうか?
 
 都内のある有名なジムを訪れ、現代の若者たちの練習ぶりを見せてもらった。「午後2時〜8時が練習時間。約1時間のトレーニングを各自おこなうこと」と掲示されている。プログラムは次の通りだ。

①柔軟体操 1R (3分間)
②ロープスキッピング 1R
③シャドウボクシング 3R
(レフトジャブ 1R,コンビネーション2R)
④スパーリング 3R
⑤ストライキングミット 2R
⑥サンドバッグ 2R
⑦パンチングボール 2R
⑧腕立・バーベル・握力強化 適量
⑨シャドウボクシング 2R
⑩ロープスキッピング 1R
⑪ 終末腹筋運動 適量


 広いジム内で、約15名の選手たちが思い思いのペースで上記プログラムをこなしている。一斉に整列して全員が練習することはあまりなく、各自の体力や実力に合わせて、自主的な、和気あいあいの雰囲気である。

「最近は健康管理を目的に運動する人がふえている」とコーチの人が語っており、バーベルが一本置いてあるがプレートが小さく、総計しても35〜40kgくらい。それも使用する者はほとんどいない。リング内で激しく打ち合う選手もいたが、8時になると全員退出してガランとしてしまう。

 腹筋運動はマット上で足を曲げたり自転車をこぐスタイルでバタバタしたり、腹筋台でシット・アップ20回、ローマンチェアで20回、という程度で、「腹筋を踏みつける荒々しい練習」は姿を消している。

4. ボクシング選手の体位測定から

 私は最近のジムの練習法を悪いとは思わない。きびしく鍛えると若者たちが集まらなくなることもよく知っている。だがそれにしても体力や筋力の点で物足りないのだ。背はスラリと伸びてカッコイイが、骨格や筋肉のつき方がいかにも弱々しく、「強そうだな」「たくましいな」というイメージが全然わきおこらない。

 健康体力研究所では昨年11月27日、後楽園ホールでおこなわれた「全日本学生・社会人選抜ボクシング対抗戦」(毎日新聞社後援)の際、トップクラス21名の選手について、体重・腹囲・皮下脂肪を測定した。(下表参照)
(表参照)

(表参照)

 さすが全日本ランキング2位、3位の選手ばかりで、重量級の一部選手を除いては、体重・腹囲・皮下脂肪の数字がすぐれている。減量について並々ならぬ努力が払われていることがよくわかる体つきだ。

 けれども胸囲や上腕囲・大腿囲など筋肉のボリュウムがもっとあっていいはずだ。減量を意識しすぎ、全員かんじんの筋肉まで無くしてしまっているようだ。

「余計な筋肉はムダ。ボクサーに必要なのはスタミナさ」という人がいるが諸外国の選手はきれの良い固い筋肉をヨロイのように身につけている。

 クレイと並んで人気の高いケン・ノートンはサンタモニカのゴールドジムに通い、重いバーベルを用いたウェイト・トレーニングにはげんでいる。日本のボクサーも基本となる体力づくりにもっと重点を置くべきではなかろうか?
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5. 10キロの減量はナンセンス

「ボクサーは数キロ〜10数キロの減量が当然」と信じられている。関光徳、F原田、ガッツ石松など10キロ以上減量しては戦いに臨んでいた選手として有名だ。確かに余分な脂肪は邪魔であり、取除くことが賢明である。だが「ランクを下げれば有利」という理由で生理的限界を越えた減量をおこなうことはどうだろうか?

 60キロの体重で実質的な筋肉の持主ならば、52キロまで減量しなくても、60キロのクラスに出場して対戦し、じゅうぶんに勝てるのではなかろうか?

 今まで常識的に「減量がつきもの」と思われ、積極的に体重をふやす筋力トレーニングが遠ざけられすぎたように思う。筋肉質で体重がふえることをなぜ恐れるのか? むしろ筋肉をつけることにより、パンチ力、スタミナなどが強化されるのに……。

 減量方法は「飲まず食わず。サウナとランニングで徹底的に水分までしぼりとる」という例が多い。こんな無理をしなくても、食事法とトレーニングの工夫で、余計な皮下脂肪は除去できる。つまり合理的な方法で合理的な段階まで減量する方法が正しいわけだ。

 最後に明るい話題を紹介しよう。

 本誌の読者で16歳の樽谷純弘さんのことだ。一年前に単身大阪から上京し日本の約200ジムのうち、もっとも多くのランキング選手を輩出しているヨネクラジムに入門。先輩の杉永さんと共に有楽町の料理店に勤務しながら、毎日毎日ボクシングで鍛えている。

「夢はリングに登場して強い選手になること」と希望に胸をふくらませている。バーベルやダンベルで体を鍛え、その成果を勝負にいかす、という理想的なパターンだ。トレーニングと同時に食事法に気をくばり、効果をあげるようにがんばっている。いつか成功してくれるよう、みんなで声援をおくろう。フレー、フレー、樽谷選手!
月刊ボディビルディング1978年5月号

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