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ミカエル・グラハムの提唱する
コンテストに備えての
バルク・アップとカット・アップ

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月刊ボディビルディング1978年6月号
掲載日:2018.03.29
国立競技場指導係主任 矢野雅知
「なぜ、ボディビルディングをやってるの?」と尋ねられても、さまざまな目的があるので、その答は必ずしも一致しないだろう。
 ある者は、肥満したからだをひきしめるためにやるし、ある者は運動不足解消や、またある者はやせたからだを逞しくするために行なうこともあるだろう。また、スポーツの競技力向上のためや、衰えた機能を回復するために行なう人もいよう。
 だが、ボディビルディングに取り組む最も典型的な目的は、「カッコイイからだになりたい」これにつきるだろう。「健康のために・・・・・」とは言ってみたところで、実際には誰でも太い腕、ぶ厚い胸を求めてバーベルを握っているのではなかろうか。カッコイイからだが、必ずしも健康とは限らないが、機能的な美しさは健康の裏付けがあるといってよいほど、表裏一体となっているものだ。とくに若い青年でガリガリにやせたからだなら、大いにボディビルディングに取り組んで逞しくなるべきだろう。そうすることによって、少なくとも、精神的な健康は充分に得られるはずだ。
 ともかく、スタートの目的はどうであれ、筋肉が太くなり、からだ全体が逞しく整ってくれば、多くの者がフィジーク・コンテストに出場することを目的とするようになるものである。
 だが、コンテストの舞台に登場するような、脂肪のカケラひとつ見い出せない肉体は、必ずしも最高のコンディションとはいえない。また、常時、強烈にカット・アップされた肉体を維持しようというのは、健康ということからみれば、これもまた必ずしも好ましいことではないのである。
 世界のトップ・ビルダーとて、一年中、素晴らしいディフィニションを誇示しているわけではない。コンテストを狙う時期だけ、歯をくいしばって猛烈なトレーニングに耐え、厳しい食生活をしてコンディションを調整しているのである。

 前置きが長くなったが、今回はこのコンテストにそなえてコンディションの調整をしようという、いわばコンテスト・ビルダーを対象として話を進めてゆく。
 フィジーク・コンテストを目指したトレーニングには、いろいろな方法や考え方があろう。自分の体力、体質、環境等をふまえて、各自がそれぞれのコンディション調整をしていかなくてはならないのだが、ここにミカエル・グラハム氏の説く考え方がある。これはひじょうに素晴らしいものだと思うし、コンテスト・ビルダーにとって大いに参考になると思われるので紹介してみよう。

「食事制限をしながら、コンテストを目指してハード・トレーニングをすることは、ちょうど高性能のスポーツカーに、低オクタンのガソリンを入れて走るようなものだ。たしかに車は走るだろう。しかし、けっして最高の性能を発揮することはできない」と、グラハム氏は言う。
 では、性能をフルに発揮するためにはどうやってゆけばよいか。以下、グラハム氏の説く、コンテスト・ビルダーへのアドバイスに耳を傾けてみよう。

 ボディビルダーがコンテストに出場するためには、言うまでもなく、バルクとカットが重要な要素となる。この両者を同時に、しかも最高の状態で身につけるベストの方法とは、どんなものであろうか。
 カット・アップに全力を傾けておきながら、なおかつ筋肉のサイズを維持することは果たして出来るものだろうか?逆に、バルク・アップに全力を傾けておきながら、しかもカット・アップして素晴らしいディフィニションを得ることは、可能だろうか?それが難しいのなら、一方を犠牲にして、片方を強調してコンテストにのぞむ以外に方法はないのだろうか?
 以前のフィジーク・コンテストではバルクが最も重要視されていた。バルクのある者が有利だったので、ミスター・ユニバースなどのビッグ・コンテストの勝者でさえ、大きいだけではなはだディフィニションに乏しいというものがいたのである。しかし、現在ではビッグ・タイトルを獲得しようとするためには、バルクだけではもはや勝利を握ることは出来ない。カットだけでもコンテストには勝てない。両者が一体となったとき、はじめてタイトルの栄冠が頭上に輝くのである。

 このため、ボディビルディングの伝統的なメソッドは、まずバルク・アップに主力を注いで、それからコンテストに備えて、トレーニング・ダウンしてカットをつける、という順序になろう。このトレーニング方法は、恐らく大多数のコンテスト・ビルダーが実践している方法であろうし、現在、最も効果的なものだ、と考えられているのだろう。
 しかし考えてもらいたい。バルク・アップしようとするときは、相対的に摂取カロリーを多くすれば簡単なので、アイスクリームや脂肪を多く含んだ食品を摂ることを正当化してしまう。そんな弱い気持を持ちやすい我々にとっては、確かにバルク・アップのために食事量を増やしてゆくのはよいであろう。トレーニングにおいても、重たいウェイトで、ゆっくりとした動作で行なうことが、バルク・アップにはベストである、と考えていよう。
 しかし、いざコンテストに出場するとき、こんなやり方でベストのコンディションに到達できるだろうか?この方法で、バルク・アップしたあと、コンテストのために脂肪を落としてカットを出したところで、はたしてそのバルクは本物であろうか?

 グラハム氏は、これに対して「そうではない!」と言いきる。そして、この「バルク」とは、言ってみれば「脂肪」と同義語である、とさえ極言するのだ。

 バルク・アップすれば、たしかにサイズが大きくなるので、今以上に重いウェイトを持ち上げられるようになるだろう。だが、コンテストでは、ステージの上でサイズを測定して太さを誇示することもなければ、バーベルを持ち上げて、いかに力が強いのか証明するなんてことをやるわけではない。ジャッジが評価するのは、マスキュラー・サイズとシェイプとディフィニションに現れる汗の結晶だけである。

 筋肉が活動して発達してゆくには、グリコーゲンが必要である。グリコーゲンを合成して筋肉を最大に発達させるためには、良質の炭水化物を多く摂取しなくてはならない。だが、必要量以上に摂れば、皮下脂肪として蓄えられてしまう。それに--これが大切なのだが--筋肉内にも脂肪は蓄積されてしまうのである。
 大理石模様のついたステーキやハムのように、筋肉中に蓄積される脂肪はたしかに筋肉を太くさせることになるから、バルクを与えることにはなる。しかし、皮下脂肪ならば、コンテスト前にカット・アップに専念して正しい食事とトレーニングを実施してゆけば、すみやかにエネルギーとして燃焼させることが出来るが、長期間にわたって蓄積された筋肉中の脂肪は燃焼させられない。それは筋肉そのものがエネルギーとして使われるまで、つまり筋肉がやせ細ってしまうまで、依然として筋肉中にガッチリとたまりこんでいるのである。
 したがって、筋肉中に脂肪がたまってしまえば、いくら皮下脂肪を落してみても、最高のコンディションには到達できないことになる。厚い筋肉と多くの静脈は、ハード・トレーニングによって身につけることができるが、筋線維のなかにたまった脂肪が燃焼されない限り、カットとマスキュララリティの基本である、重要なセパレーションは、完全なものとはならないだろう。

 そこで、皮下脂肪と筋肉脂肪の両方を燃焼させようとするには、からだの組織が必要とするよりも、さらに低いカロリーの食事におさえることが必要となる。そうなれば、必要カロリーを補うために、蓄積された脂肪をエネルギーとして使うからである。
 ところで、エネルギー源としては、炭水化物が最も適しているので、炭水化物をあまり多く摂取すると、こればかりがエネルギーとして使われてしまうので、体脂肪を燃焼させるためには、炭水化物の摂取は制限されなくてはならないことになる。このことは、誰でも心得ているだろう。
 しかし、忘れてはならないのは、筋肉を発達させるためには、炭水化物を採らなくてはならない、ということである。コンテスト・ビルダーの多くは、筋肉発達のためにタンパク質ばかりを摂る傾向があるが、実際には、筋肉を発達させるために、炭水化物が大きな役割をはたしているのである。
 そして、筋肉のサイズが増大する大きな要因とは、液体が増えることである。それは主として、グリコーゲンの貯蔵と毛細血管の発達による。タンパク質が合成されて、筋線維が太くなるという実質的な筋肉の増加は、小さな要因でしかないのである。

 ボディビルディングにおいて、筋持久力を向上させようという目的のためには、レピティションとセット数の増加、及びセット間の休息の短縮といったことが要求される。筋持久力向上のためのトレーニングをすれば、エネルギー源としてグリコーゲンが最も早く利用されるため、これを蓄える能力が筋肉に働くことになる。それは、酸素を必要とするので、筋肉中に毛細血管を増大させることになる。これが、筋肉の活動によって生じた疲労物質を、排出するのである。
 この筋肉の成長をひき起すところの筋持久力の発達の第一のものは、水分である。というのは、筋活動のためにグリコーゲンを蓄積するが、それには多量の水分を必要とするからである。それに、血液の主成分はこれまた水分である。十分な水分がなければ、最大サイズの筋肉を維持することは出来ないし、ハードなトレーニングをすることも出来ない。
 したがって、筋肉を最大限まで働かせて、最大のサイズを得ようとするためには、炭水化物と水分を多く摂取しなくてはならないわけである。水分が十分に供給されなければ、決して筋肉のピークには到達しないであろう。

 体脂肪となって蓄積された脂肪を減らすためには、食事中の炭水化物を減らさなくてはならないと指摘しているが、以上のことから、「カット・アップ」するために、炭水化物を制限して体脂肪を燃焼させ、水分の摂取を制限しているならば、最大レベルで筋肉を働かせることは出来ないことになる。なぜなら、炭水化物及び水分が十分でないからである。
 このことは、我々にたった一つの結論を導いてくれる。すなわち、「コンテストのときに、筋肉のピークに到達しようとスタートする前に、余分なすべての体脂肪を燃焼しておかなくてはならない」ということである。ところが、大多数の者は、バルク・アップのために筋肉のみならず脂肪を同時につけて、それからカットをつけようとコンテストを目指してスタートしてしまっている。
 そうではなく、準備段階として、一日の必要量以下に炭水化物の摂取を制限して、体内に蓄積された脂肪を燃焼させてしまう。それから--それからのみ、コンテストにそなえて最もハードなトレーニングに打ち込むことができるのである。
 こうして、すべての体脂肪を燃焼してしまえば、そのあとはハード・トレーニングをするために炭水化物の摂取を増やすこともできるし、筋力・筋持久力及びバルク・アップのために必要な栄養分をとって、水分を十分にとることもできるのである。
 くり返すが、「バルク・アップ」してから「カット・アップ」するという古めかしい考えは捨て去らなくてはならない。こんな方法でやっている限り筋肉の可能性いっぱいまで発達させることはできない。なぜなら、「カット・アップ」するときに、炭水化物の摂取をおさえてしまうから、筋肉は最大限まで活動できないし、発達させることもできないからである。

 このように、グラハム氏の主張する考えによって、まず体脂肪を取り除いたのちにバルク・アップしてゆくというシステムをとれば、コンテストに備えてハード・トレーニングを続けても食事は十分に食べられるので、疲労も少なく、体重も増加する。ハード・トレーニングを続ければグリコーゲンも多く貯えられるようになるし、毛細血管も発達して、筋肉も太くなるだろう。するどいカットを残しながらも、コンテストを前にしてますます筋肉は発達してゆくのである。しかし、従来の「バルク・アップ→カット・アップ」のプログラムでは、コンテスト前になると、炭水化物を採らないから筋肉は小さくなってしまうのである。
 さて、これを読んでどう思われるだろうか。私は注目すべきシステムだと思うが、読者の中でこれを採用して、コンテストで好成績を収められれば幸いである。
月刊ボディビルディング1978年6月号

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