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ステロイドホルモン剤を“告発する”

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月刊ボディビルディング1978年6月号
掲載日:2018.08.21
一第4回健康体力研究会より一

健康体力研究所 野沢秀雄

1.ホルモン剤をとりあげた理由

 この講演会の席で「ステロイドホルモン」の話をすることについては、実はかなりちゅうちょしていました。以前からデータや実例を集めており、資料も相当ありますが、「眠っている子供を起こす」ということわざがあるように、ほっておけばいいものを具体的に説明したために、かえって逆効果になって広がることが心配でした。
「高級住宅の屋上から若者がこうして飛びおり自殺した」と新聞やテレビがくわしく報道すると、各地でつぎつぎまねする人が出たり、警察が防犯のために「泥棒はこうして鍵をこじあけて入りこむ」と教えると、それをそっくりヒントにして実行する人があらわれたり(笑)、こういうことになっては困ります。
 ところが現実問題として、私の研究所に来客や電話などがよくありますが最近、ステロイドホルモンに関することが急激にふえてきました。地方から上京したある人は「緑色の小さな缶に入った粉末をください。あれを飲むと体重が急激にふえるので欲しがっています」とトンチンカンな注文をしました。調べてみると、ある製薬会社が発売しているステロイドホルモンの粉末のことでした。
 またある有名ビルダーから「今電話をしている手元に、ステロイドホルモンの錠剤があります。友人のビルダーが入手したものですが、使っていいかどうか迷っているのでアドバイスしてください」という電話がかかってきたことがあります。
 医師や薬剤師、あるいは外国人から比較的たやすく手に入れることができるようです。本日も何種類かのステロイドホルモンをここに持ってきていますが、意外にたやすく入手したものです。「それなら自分も使おうか」などと、この講義をきかれたみなさんは思ったりしないことを強く願って本論に入りたいと思います。

2.スポーツと薬剤

 まず[表1]にスポーツ界で使われる薬剤を示しました。最近発行された「プレイボーイ誌」4月号にスポーツ選手の裏面を暴露する記事が出ていましたが、恐るべき薬の使用状況にただ驚くばかりです。ただし⑤⑥の栄養剤と嗜好品は「薬剤」とはいえないと考えられます。アメリカでは①~④を薬剤とし、総称してChemicals(化学薬品)と呼んでいるようです。
記事画像1
 有名なボディビルダーのチェット・ヨートンが今年の3月4日・5日、ラスベガスで第1回ナチュラル・ボディビルダーズ・アソシェーション・フィジーク・コンテストを開催しましたが、ステロイドをはじめとする薬剤(Chemical)に対してNATURAL(自然の)という言葉で表現していることに注目したいと思います。
 日本の多くのビルダーは使用状況が最近ふえているとはいえ、ステロイドを使用せずにチャンピオンになった選手が多いので、胸をはってこのような大会に参加すればいいわけです。

3.ホルモンとは

 さて、まず知識を整理するために、「ホルモンとは何か?」についてお話します。[図1]にありますように、私たちの人体の各所に「内分泌器官」があり、それぞれの部分から、ごく超微量のホルモンを体内(血液内)に分泌しています。ホルモンの量がどんなに少ないかを示す有名な話があります。
[図1]内分泌腺

[図1]内分泌腺

 アメリカのブテナン博士は人間の尿15000ℓを濃縮して、わずか10mg(切手1枚くらいの重さ)の男性ホルモンをとりだしました。1ℓのパック牛乳1万5千本ですから、みなさんが約40~50名集っているこの部屋いっぱいくらいの尿です。ちなみにブテナン博士は尿ばかり研究してノーベル賞をもらいました。
 またラクール博士は牛のこう丸100kgから、わずか1mgの男性ホルモンを結晶として得ました。こう丸だけでトラック一杯だったといわれており、たいへんな仕事だったのです。つまりホルモンの量はそれほど微量であり、こんな微量の存在でありながら大きな役割を果しているわけです。
 人体には40~50種、細かく分類すると100種以上のホルモンが含まれ、しかもホルモン同志、きわめて密接に関連しあっています。たとえば[図2]に脳下垂体から分泌されるホルモンを示しましたが、バランスが互いにとれていて、「オーケストラ」の演奏するハーモニーにたとえられます。あるホルモンが多いと、「おまえ多すぎるぞ、おさえろ」という指令が他のホルモンから出され、いつも必要最適量に調節されているわけです。(このことは大切なので、後でくわしく述べます)
[図2]脳下垂体ホルモン

[図2]脳下垂体ホルモン

 ところでホルモンを構成する材料別に分類したのが[表2]です。私たちの身体はほとんどすべて、たんぱく質(プロティン)からできていることはすでにみなさんご存知でしょう。ホルモンの多くも成分はたんぱく質です。体を大きくする成長ホルモンやすい臓で糖質の消化作用をおこなうインシュリンなどもたんぱく質でできています。
記事画像4
 ところが、この表の最後の欄のホルモンは共通して[図3]のような構造を持っています。つまり、男性ホルモン・女性ホルモン・副腎皮質ホルモンは共にステロイドホルモンと呼ばれるわけです。たんぱく同化ホルモンがとくに太字にしてあるのは、他のホルモンが人体に自然に含まれるホルモンであるのに対して、外部から人工的に合成して与えるホルモン薬であることを意味します。

4.同化作用VS異化作用

 ホルモンは動物だけでなく、植物にも存在します。スクスク芽を出して伸びたり、花を咲かせたり、実をつけたり、生命活動あるところ、ホルモンは必ず存在し、重要な役割を果たしています。
 私たちは神経によって体が調節されていると同時に、ホルモンによって微妙に体質がつくられ、コンディションが整えられているわけです。今、この話をきいているみなさんの体の中にもトクトクと何種類ものホルモンが流れているわけです。ある人は男性ホルモンが多くて、筋肉質で脂肪がつきにくい体質なのに対し、ある人は男性ホルモンがちょっと少なく、かわりに女性ホルモンが多い目で、脂肪がつきやすく、筋肉がなかなか思うように発達しない、といったことが現実にあるわけです。このようなデリケートな支配を性ホルモンがおこなって、人それぞれの体質(トーン)をつくっています。
 ところで、これから話をする「同化作用」「異化作用」について、みなさんに質問します。アナボリックステロイドと呼ぶときの"アナボリック"とは英語で「同化」という意味ですが、具体的にどういうことかわかりますか?(一人、二人に尋ねるが、はっきりまだわからないとの返答。三人目の人が説明する)---その通りです。同化作用とは食物として食べた栄養素を体内で自分の体の成分につくりあげることをいいます。たとえば、たんぱく質が消化吸収され、筋肉や骨・血液成分などになることが同化です。
 反対に異化作用とは、体の成分が分解してエネルギーになって失なわれることをいいます。たとえば、筋肉に含まれるグリコーゲンが燃焼して、ぶどう糖になり、ピルビン酸にかわり、最後に乳酸、炭酸ガス・水などに変化して消滅することは異化です。
「男性ホルモンは、たんぱく質を同化」し、脂肪を異化する作用がある」という意味はこれでよくおわかりでしょう。

5.各種ステロイドの化学構造式

 [図3]~[図6]に代表的なステロイドホルモンの化学構造式を示します。これらは自然に体内でつくられるものです。
[図3]ステロイド核

[図3]ステロイド核

[図4]テストステロン(男性ホルモン、こう丸分泌)

[図4]テストステロン(男性ホルモン、こう丸分泌)

[図5]エストロン(女性ホルモン、卵胞ホルモン)

[図5]エストロン(女性ホルモン、卵胞ホルモン)

[図6]アルドステロン(副腎皮質ホルモン)

[図6]アルドステロン(副腎皮質ホルモン)

 みなさんは高校などの化学の授業で亀の甲がでてきて勉強されたと思いますが、こんな化学式は好きだったですか?(全員ウエーという声や顔)
 きっと苦手だったと思いますが、なれると別にむずかしくありません。
 [図3]~[図6]の化学構造式はどれもよく似ていることがわかるでしょう。つまり六角形のハチの巣が3個つながり、その右上に五角形の野球のベースがくっついています。これが基本的なステロイド核と呼ばれるものでステロイドホルモンに共通です。車でいえばスタンダードにあたります。そして部分的にある物質は左下が、ある物質は右上が、というように、ほんの少しずつオプションがちがっています。このわずかな差が体内では大きな差となって現れます。
 具体的に[図4]は男子のこう丸から分泌される男性ホルモン、テストステロンで、もっとも強力な作用を持ちます。この構造によく似たアンドロステロノロンは副腎皮質から分泌される男性ホルモンで、作用はテストステロンの約75%です。また同様に似た構造のアンドロステロンは尿中にみられ、[図4]のテストステロンの分解物です。作用は弱くてテストステロンの約15%です。
 [図5]は女性ホルモン、エストロンで、卵胞ホルモンと呼ばれます。また[図6]は副腎皮質ステロイドのアルドステロンです。
 これらは天然ホルモンですが、合成的につくることも可能で、医薬品としてすでに発売されています。
 一方、[図7]と[図8]は構造式はよく似ていますが、自然には存在しないステロイドを示しました。すなわち、合成医薬品で、いわゆる「蛋白同化ステロイド剤」として各社から発売されているものです。
[図7]S社の合成ステロイド

[図7]S社の合成ステロイド

[図8]合成ステロイド(ディアナボール)

[図8]合成ステロイド(ディアナボール)

[図7]はS社製品でもっともポピュラーです。[図8]はディアナボールと呼ばれ、アメリカの選手たちが使っている錠型のものです。ここにお見せする製品がそれぞれ相当します。(全員に実物を示す)
 いずれの製品も、共通的にステロイド核を持ち、細部のところが少しずつ違っていることがおわかりでしょう。
 化学技術が進歩して、このような物質が安価に容易に大量に生産される時代になりました。私の手もとにあるリストだけで約45~50種類の蛋白同化ステロイド剤があります。これらの使用法としては、
(A)粉末になっているものを飲む。
(B)錠剤になっているものを飲む。
(C)注射薬として、腰のところに打つ。
(D)軟こう剤にして皮ふに塗る。
(E)わきの下などに手術して埋めこむ。
 以上の方法がおこなわれます。日本では(E)の皮下埋没法は許可されていません。
 蛋白同化ホルモン剤は多種多様ありますが、どのような目的で生産されているか、健康な人がみだりに用いるといかに危険か、具体的な数値をもとに述べてみたいと思います。
「検出法がないから平気」という人がいますが、決してそのような安易でないこともあわせて解説いたします。
(以下次号に連載)
月刊ボディビルディング1978年6月号

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