フィジーク・オンライン

有名ジム、一流ビルダーを訪ねて
アメリカ3ヵ月の旅

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1976年6月号
掲載日:2018.11.02
IFBB JAPAN副会長
宇部トレーニングセンター会長
大久保 忠義

ボディビルの本場アメリカへ

 本場アメリカのボディビル事情、とくに有名ボディビル・ジムの設備トップ・ビルダーのトレーニング法などをもう一度この眼で確めたいとだいぶ前から考えていたが、それがようやく実現することになった。
 正月気分の抜けきらない1月19日午後7時、福岡空港を出発、釜山からソウルに行きDC10に乗り換えてハワイに向った。
 飛びたって間もなく夕食である。酒類がどんどん出される。出されたものは全部いただく主義なので、ビール、ウイスキー、ぶどう酒と、美人スチュワーデスの持ってくるものを片っぱしから素直にたいらげる。
 ところが、30分もしないうちに苦しくなり、ついには呼吸困難におちいってしまった。
アルコールの恐さが良くわかり、二度とこのような無茶な酒の飲み方をしまいと大いに反省する。
 油汗を流して、もがき、苦しんでいるうちにやがてハワイに到着。
さっそく入国手続をする。3ヵ月のビザを申請したところ、やはりすんなりと通してくれない。理由を聞こうと思ってここはアメリカ、英語でなければ通じない。四苦八苦していると空港に勤務している日系女性がいろいろと助けてくれ、3ヵ月のビザをもらい、税関検査を無事通過することができた時は、彼女がまるで女神に見えた。
 こうしてやっとロス行きの飛行機にあぶなくすべり込んだ時は、ホッとすると同時に、これからの3ヵ月間の生活を思うと頭が痛くなる。もう少し英会話の勉強をしておけばよかったと後悔するが、もうおそい。
 ロスに到着すると、単身ロスに英語の勉強に来ている坂本君が迎えに来てくれていた。
さっそく、ダウンタウンのハイアットリージェンシー・ホテルにチェックインを済ませ、12年ぶりにサンジェゴにいる日系の山戸東さんに電話を入れ、訪米の挨拶をする。
 機内での悪酔い、入国手続、英語との悪戦苦闘と、緊張の連続で、ほとんど食事をしていなかったので、落ち着いた途端に腹がへってきた。

食べ物の安さにびっくり

 そこで、以前行ったことのあるリトル東京に出かけてみた。確か12年前だったが、あまりの変わりように驚く。
そして、天ぷらと刺身をたっぷり食べて、これがなんと約1400円。その安さにまたびっくり。
 翌日、坂本君と一緒に食べた昼食のメニューを紹介しよう。ローストビーフ、ハンバーグ、ニンジンサラダ、パン、ケーキ、タマゴ、トマトジュースと、大食家の私でも少々もて余し気味なほどあって値段は約1000円。
これを日本で食べたらおそらく3000円はするだろう。
 街の食料品店をのぞいて見る。グレープフルーツの5個入りが約120円、牛乳は日本の4分の1くらいである。
また肉が安い。1cmくらいの厚さで、私の手をいっぱいに広げたくらいの大きさのステーキにサラダを好きなだけ食べて900円ちょっとである。
 その日の夜、前述の山戸東さんに連れられて和歌山県人会に行った。そこで私は面白いことに気づいた。
それは一世より二世、二世より三世と体つきがはっきり違ってきているのだ。永くアメリカに住んでいる人ほど骨格が白人に近いということである。
やはり蛋白質を多くとることが原因しているのではないかと思う。

有名ジムとトップビルダーたち

 アメリカに来てもう3日。いくらか落ち着き心に余裕も出てきた。なんでも見てやろう、なんでも聞いてやろうという意欲まんまんなのだが、なんといっても言葉が通じないのが痛い。
 そこで、まず午前中は基礎的な必要英語の勉強をして、午後から有名ジムを見学することにする。
 最初に訪れたのがロスアンゼルス・アスレティック・クラブである。
「私はIFBB・JAPANの副会長で、アメリカのボディビル事情を視察に来た。ジムの中を見せて欲しい」と告げると、「どうぞ自由に見て、自由にトレーニングしてください」と大いに歓され、アメリカでのはじめてのトレーニングに汗を流す。
 ここで、ロスアンゼルス・アスレテイック・クラブを紹介しよう。
 クラブはダウンタウンの中にあり、会員6000人、1ヵ月の会費は約1万円である。男性用と女性用の大きなトレーニング・ルーム、ジョッギング場、プール、バスケットコート、フェンシング場、柔道場、空手場、それにサウナ、シャワー室とすべてが完備し、アメリカで一番大きなクラブだという。
ここからは水泳その他で有名なオリンピック選手をたくさん送り出している。その人たちのトレーニング法などを取材したいと思ったが時間がないので後日会う約束をとりつける。それに関しては、元ミスター日本の土門氏がる全面的に協力してくれることになった。

 さて翌日は、世界のトップ・ビルダーがゴロゴロいることで知られているゴールド・ジムを訪れた。
 前日、名刺を持ってこなかったことに気づき、20ドル出して早急につくらせた、出来あがったばかりの名刺を出して用件を告げると、やはりここでも自由に使用してくださいと遠来の客を歓迎してくれる。
さっそくジムの中に入って見わたすと、ひときわすごいビルダーが目にとびこんできた。ロビー・ロビンソンである。
汗びっしょりになってトレーニングしている。その横にはダニー・パデラがいる。身長は低いが均斉のとれたいいプロポーションをしている。それに鼻すじがとおり、目が大きくて、なかなかハンサムだ。
ビル・グラントの顔も見える。すごいディフィニッションである。
 コーチのケン・キートンが話しかけてきた。「ゴールド・ジムには世界の有名ビルダーが沢山いる。ジムはきれいとはいえないが、器具はビルダーのために特別に考案したものをそろえている。だから、鍛えようとする部分に的確に効く。また、ゴールド・ジムの会員の多くはステロイドを使用し、プロティンを多く摂っている」などと話してしてくれた。
 今、アメリカではこのステロイドをめぐって賛否両論の意見が出ている。種類もたくさんあるが、いずれも医師の診断書がないと買えない。
ステロイドは男性ホルモンを多く分泌し、男性的な逞しい筋肉をつくることには確かに効果はあるらしいが、その反面、使い方や量を間違えると副作用があって非常に危険である。
強い体力と筋肉美を求めるビルダーが、薬品のために健康を害したのでは何のためのボディビルかわからない。

 次に訪れたたのがワールド・ジムである。ジムは、ゴールド・ジムと同じサンタモニカにある。ジムの入口にはGYMとだけしか標示してないので、初めての人は通りすごしてしまう。
 1階に駐車場とシャワー室等があり2階がトレーニング・ルームだ。ブロックの壁ぎわに馬鹿でっかい器具が所狭しと並んでいる。
これらの器具は、全部オーナーが考案して自ら製作したものだという。同じように、アメリカでは優秀なビルダーを出しているジムのオーナーは、みなそれぞれ効果的な器具を考案して揃えている。
 このワールド・ジムにはシュワルツネガー、フランコ・コロンブ、フランク・ゼーン、カルマン・スズカラクといった有名ビルダーが所属している。
その中で、所用で出かけていたフランク・ゼーンを除いて、あとのビルダーには運よく皆会えた。
 夕方、再びロスアンゼルス・アスレティック・クラブに行った。アメリカのスポーツマンは、自分の専門のスポーツの他に、必ずといっていいくらいウェイト・トレーニングを採用しているという。
ビルダーのように、全身の筋肉を一様に鍛えるというわけではないが、そのスポーツに必要な部分に対してはビルダー以上に激しくトレーニングする。
そして、たとえ現役をしりぞいても、健康管理という意味でトレーニングを続けるという。

ラリー・スコット氏に再会

 私の今回の旅で最も楽しみにしていたのがラリー・スコット氏との再会である。
すでに電報で25日にラリー氏の住むソルトレークに行く旨を連絡おいた。
 ソルトレーク空港に降りると、あたり一面銀世界である。わざわざラリー氏の奥さんレイチョ(日本名、姫子)さんが迎えに来てくれていた。
約1年半ぶりの再会である。空港を見わたしたが、日本人はレイチョさんと私だけである。まるで親籍の人に会ったような気持になった。
 空港から車で30分くらい走った所にラリー・スコット氏の邸宅があった。山の手のソルトレーク市が一望できるいかにもアメリカらしい高級住宅地である。
 玄関まで迎えに出てくれていたラリー氏とかたい握手をかわす。あのいつものやさしいソフトな人柄に接し、アメリカに来てよかった。いい友人をもってよかったとしみじみ思った。
ラリー氏は、「どうぞゆっくりしていってください。あなたのために長女部屋を空けておきました」と言ってくれた。
 ラリー氏の家族は、12才の男を頭に9才の女の子、7才、5才、3才の男の子と7人家族である。子供たちはみんな人なつこく、私はモテモテで、帰るまで、ずっと金魚の糞のように私にくっついて離れなかった。
おかげで私にとっては、英語の家庭教師を5人やとったようなものだった。

 ラリー夫妻は、自分の家のつもりで冷蔵庫でも何でも自由に使用して欲しいと言ってくれ、私が気がねしないように何かと気を配ってくれた。
 ラリー氏は、朝早くから何やら階下でトントンやっており、行ってみると部屋を建増しているのだという。勤めに行く前の日課の一仕事だそうだ。
それにしてもなかなか器用なのには感心した。
 4時頃、勤めから帰り、それからYMCAに行って約2時間のトレーニング、夕食後、再び10時頃までトントンと部屋造りに励む。私にも「ちょっと手伝ってくれ」と気軽に声をかけたりする。
一緒にトレーニングに行ったり部屋造りを手伝ったりしたが、これは1日も早くラリー氏一家に解け込んで欲しいというラリー氏の配慮であることがよくわかった。
おかげですっかりうちとけ、夜のふけるのも忘れて話しこんだものである。
 YMCAで行うラリー氏のトレーニングに私はいつもついていってパートナーをつとめ、そのトレーニングぶりをつぶさに見てきたが、これまでアメリカの雑誌などで紹介されたやり方とは少し違うように思う。
これについては後で詳しく述べることにする。

 こうして、夜はほとんどラリー氏と行動を共にし、昼間はレイチョ夫人があちこち連れて歩いてくれるというように夫婦でもって親身になって私の面倒をみてくれるのには、ほんとうに頭の下がる思いで、心から感謝せずにはいられなかった。
 それにしても、ラリー氏はどうして毎日、一生懸命に部屋造りに精を出すのか不思議に思ったので、「どうしてあんなに働くのか」とレイチョ夫人に尋ねたら、「主人はあなたのためにプライベート・ルームを造っているんです」という返事が返ってきた。
これを聞いたとき、私は、このミスター・オリンピアで、世界でもっとも有名なビルダーに、どうして恩がえしをしようかとほんとうに恐縮してしまった。
そして、「日本から来た兄弟だと思っているから、なんでも遠慮なく言って欲しい。わからないことがあれば納得がいくまで聞いて欲しい」と何回も言ってくれた。
 こうして、私は約1ヵ月間、ラリー夫妻の厚意にあまえながら、トレーニングも食事も一緒にし、ほんとうのボディビルのトレーニングを習得させてもらった。
話に聞いたり、雑誌を読んだりしただけではほんとうのことはわからない。一番大切なことは、手をとり足をとって、直接指導してもらうことである。
そうすることによって微妙な感触を身をもってつかむことができるからである。
〔YMCAでトレーニングする私とパートナーのラリー氏〕

〔YMCAでトレーニングする私とパートナーのラリー氏〕

〔多和氏のスパでラリー氏に指圧をする多和氏〕

〔多和氏のスパでラリー氏に指圧をする多和氏〕

く食事について>

 私がまず驚いたことは、栄養のとり方の違いである。
 まず朝食にベーコン2枚、親指くらいのサラミソーセージ2本、目玉焼2個、牛乳400ccとプロティン、それに約8種類のビタミンをとる。昼食はスープ、トースト1枚、それに400ccの牛乳とプロティン。
夕食は毎日違った献立だったが、肉は1週間に2度くらいだった。ピザパイとか、フライ、ごはんに天ぷら、刺身などの日本料理もあった。食事のあと果物と牛乳400ccとプロティンをとる。
 そして夜食として、寝る1時間半くらい前にまた果物と牛乳400ccとプロティンをとる。
 以上が平均的な1日の食事だが、3度の食事と夜食の4回、必ず牛乳400ccとプロティンを飲んでいた。
私も滞在中、ずっとラリー氏と同じ食事をしてみたが、一番困ったのは、これだけの牛乳を飲むと、常に下痢ぎみになることであった。
でも、帰国少し前には、胃腸もすっかり牛乳になれたのかだいぶ良くなった。

くトレーニングについて>

 次にトレーニングについて、大まかなことと特徴をとらえてみたい。
まず、使用重量を非常に細かく使いわけることである。スタンディング・ダンベル・プレスを例にとって紹介すると、あらかじめ8段階の重量のダンベルを揃えておき、一番軽いのから続けて順に4段階くらいまで行なってウォーム・アップをする。
 そして本運動に入ったら、逆に一番重いダンベルから軽い方へと8段階まで行い、続いて今度は二番目に重いダンベルから順に軽い方へ7段階。
最後は三番目に重いダンベルから軽い方へ6段階続けて、合計21回ダンベルを持ちかえて行う。これを1セットとし、2セット実施する。
 トレーニングする身体部位の順序についても細かく研究されており、第一番目に胸から広背のトレーニングに入る。逆に広背から胸はダメだという。これはコロンブも同じことを言っていた。
第二番目は肩から僧帽筋、そして二頭筋、三頭筋、前腕筋。
第三番目は大腿部からカーフ、そして腹筋と、トレーニングの順番が決まっている。
 ラリー氏の言うには、日本人の体形として、白人や黒人以上のものにできるのは前腕とカーフだそうだ。前腕が大きいと腕全体が大きく見え、カーフがよく発達していると、脚全体に力強さが感じられる。
さらにバランスも良くなる。アメリカのほとんどのビルダーも、これらの部分の大切さに気づいていないとラリー氏は言っていた。
 
 次にトレーニング時間だが、できるだけ短時間に集中して行うこと。ダラダラしたトレーニングは疲れるだけで効果はない。
 アメリカのビルダーは、トレーニング中に水やミネラル・ウォーターを飲む人が多い。これは運動して体温が上がると、体が生理的に水分を要求するからで、我慢して無理に水分を制限するのはかえってマイナスだという。
トレーニング中に適度に汗が出るくらいの方が確かに調子がいい。
 こうして、3日間で全部の筋肉をトレーニングする。そして普通は日曜日と土曜日はトレーニングを休む。少なくとも週1日は完全な休息をとるべきである。
 トレーニングが終ると必ずサウナに入る。これは一見、体力を消耗するようであるが、それだけの栄養分を十分にとり、それを放出して、どんどん新陳代謝させるのである。
 
 最後にラリー氏が私に忠告してくれたことは「ロスアンゼルスに行ったら有名ビルダーのトレーニングは必ず見て研究すること。
とくに、そのビルダ一のすぐれている筋肉のトレーニングは良く見ておくべきだ。ただし、人はそれぞれ違った体形。体質をしておりトレーニング法の数も数えきれないほどあるので、一概にどれが正しく、どれが間違いとはいえない。
要は、一流ビルダーのトレーニング法を参考て、自分に最も適したトレーニング法を見つけ出すことが大切だ」ということである。
 次回は、ラリー氏と一緒にミスター・カリフォルニアを見に行ったときのエピソードや、コロンブ夫妻、ロビー・ロビンソン、シュワルツネガー、カルマン・サカラック、マイク・メンツァー、ビル・パール、ビル・グラントといった世界トップ・ビルダーたちに会った話、マッスル・ビルダー誌のジョー・ワイダー氏のことなどを書きたいと思う。
いずれにしても、私がアメリカに行って、このような有名ビルダーたちに会えたことは、共にボディビルを愛し、ボディビルを実践してきた仲間の皆様方のおかげであると心から感謝しております。
月刊ボディビルディング1976年6月号

Recommend