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★ビルダー・ドキュメント・シリーズ★
この道を開いた精神力 東北の雄・伊藤孝一

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月刊ボディビルディング1979年11月号
掲載日:2018.09.20
~~川股 宏~~

◇縁によって飛躍◇

 「原因があるから結果がある」一般的によく言われる言葉だし、人生の妙なるところはそんな単純に割り切れるものではない。なぜか?それにはよく宗教等で言われることであるが、そこに縁というものが作用するからである。

 ボディビルという因にふれ、友人や愛好者の温かい心が縁として作用し、目的のジム設立が結果となった。これも、心温かい友人や肉親の手助けなしには開花し得ないことのよい例であろう。

 これについて伊藤は「私は素晴らしい先輩、素晴らしい友人との出会い、めぐり合いの縁に恵まれて、しかも、いろんな手助けを受け、幸せ者です。運良くセンターを経営する事ができ、これからもやっていけるだろうと思われるのは、皆んなこれらの人の心強い応援、支援があるからで、このことについては心から感謝しているんです」という。

 人の心というものは”ノドもとすぎれは熱さ忘れる”の諺わざどおり、感謝の心をつい忘れがちなのが一般的な人情といえる。がしかし、この感情を忘れない心こそが、運を呼び人間を成長させるものだと言えよう。

 ”人の恩は石に刻め、人のうらみは水に流せ”と古人は言った。ここに事業においても飛躍の秘けつがあるといえよう。このことを実証し、しかも霊感師の予言どおりに不思議としか言いようのない事が、またまた現実に、ジムを開設後訪れたのである。

 最近はスリムな体型が女性のあこがれと言われている。そして時々紛れ込むように、スリムな体を作るためボディビル・ジムにも女性会員が入会してくる。太めを細めにから、不健康を健康に、中には「私だって男に負けないわョ」とパワフルなスーパー・ウーマンをめざしての入会である。

 そして、この例にもれず、この東北トレーニング・センターに木ノ下みや子さんという仲々の美人がある日突然入会してきたのである。頭の回転の早い読者は、すでに何を言おうとしているかを察したことだろう。そのとおり―――。そしてこの女性を一目見た時、伊藤孝一があのスティーブ・リーブス一見以来の体に電流が走ったかどうか定かではないが、2人の心と心が他人には全くわからない何かを感じとったインスピレーションがあったことは確かであろう。

 そしてその結果、まことに当然のようにこの人こそ「34歳までによき伴侶を得る」の予言どおり、伊藤の奥さんとなったみや子さんである。しかもこの人、何をかくそう、いまやボディビルでも名だたる女性なのだ。というのは過日行われたJPAパワーリフティング選手権女子の部で、フェザー級の銀メダリストであり、その妹さんの木ノ下ふく子さんにいたっては全種目日本新記録という、快記録ホルダーである。まことにもって不思議なボディビル一家を形成していると言えよう。

 しかも奥さんのみや子さんは、ジム経営があまり財産形成(マネービル)とは縁のないものと自覚してか、内助の功をいかんなく発揮し、小中学生を対象に数学や英語を教える塾をやるかたわら、センターの手助けやらパワーリフティングのトレーニングやらと、充実した日々をすごしているのである。これはまったく伊藤にとって鬼に金棒、大きな感謝の対象となろう。
全日本パワーリフティング選手権大会に出場したときの伊藤のよき伴侶、伊藤みや子さん

全日本パワーリフティング選手権大会に出場したときの伊藤のよき伴侶、伊藤みや子さん

◇東北伊藤軍団◇

 一流のボディビルダーを見て、今まではよく「あれは素質があるから」とか「人種が違う」というようなことを言ってきたし、しかもそのようなことを表面上は「そんな事ないさ」と否定しながらも、内心「やっぱり素質さ」と自己納得してきた。

 が、しかし、内心言い続けてきた肯定的なことがまったく馬鹿馬鹿しい迷信だ、という証明がいま日本のジムのここかしこに実例として出ているのである。そのうちの一つの好例が東北トレーニング・センターにみる体と力のデーターだ。

 小さな一つのジムから、集団ともいえるタイトル・ホルダーが続出するということは、前記した迷信をくつがえすとともに、そのジムの中の人間に例えるなら先天的要素ではなく、誰でも成功のための後天的要素を1つではなく沢山兼ねそなえているということではなかろうか。

 一つは精神的にお互い刺激しあいながら、やる気が常に充満していることであり、そのやる気の根本は、ボディビルの効果を信じるという内的な心がまえである。2つめは具体的な方法論で、それは力強い筋肉をつくるにはパワー・アップを図るにあるといえる。そしてそのパワー・アップの方法は、たゆみないトレーニングと、知恵を働かせたトレーニング方法にある。そして3つめは、食事を主体とした、日常の生活の節制にある。

 そして4つめは、一番重要な人間作りであろう。このことをよりよく理解してもらうため、この人間作りについてPHP9月号に掲載された相撲の鬼二子山親方の弟子育成から抜粋してみよう。

 これはあの土俵の鬼といわれた二子山親方が、横綱若の花を育てた実話を記したものである。

 予想からするとあの鬼の二子山親方は、秘伝ともいうべき技を根性一本やりで若の花に教え込んだと思いがちであろう。ところがこれは違う。まずPHPを一読願いたい。

 ……約1年間にわたって、親方はテクニックを教えない。ただひたすらやかましく言ったのは、①清潔、整理、整頓②人間、素直になれ③人間、あいさつをきちんとしろ、という、一見相撲とは無関係の3つであった。

 また、親方はこうも言っている。「人間素直でないと大物にならんな。たとえば、素直に人の言うことを聞くから教えてやろうという気になる。素直でなければ、誰も先輩は教えてくれないよ。そのためには朝晩きちんとあいさつしなければいけない。言ってみれば若いころの山下(若の花)には、相撲を教えたのではなく、人間教育をしたんだなぁ」……そして若い者に二子山親方は”日常こそ土俵上”といういましめをたたきこんだという。

 長々と書いたこの4つの要素が組み合って、東北伊藤軍団が出来たのであろう。

 その証明に伊藤の弟倖三選手のbefore & afterを見ていただきたい。

 身長165cm、体重53kg、胸囲85cm、腕囲27cm、腹囲67cm、これがbeforeつまり開始前。それが7年後、身長165cm、体重70kg、胸囲116cm、腕囲42cm、腹囲69cm、大腿囲59cmとみごとに発達し、ついにIFBBオールジャパン優勝となったのである。

 そして先月号に記した菊池正幸(ミスター・アジア2位)、太田勇吉(ミスター東日本ライト級2位)、伊達照雄(オールジャパン・ライトヘビー級4位)、桜井良次(78年ミスター東北3位)というタイトルホルダー達が群をなして誕生した。

 これについて伊藤から、9月13日・14日フィリピンで開かれたIFBBミスター・アジア選手権大会のミドル級で、見事準優勝した菊池正幸選手についての感無量の手紙が筆者によせられたので紹介したい。

 『……菊池君が20歳で宮城2連勝した時、同時に開催されたミスター東北では残念ながら6位でした。この時正幸君のお母さんが少しガッカリして、「ミスター東北や日本の一流ビルダーみたいに体が大きくなるには、親からゆずられた生まれながらの骨格や、筋肉体質であることが必要で、うちの子は体のつくりや素質が違うのだから、一流ビルダーになることはあきらめて、無理な練習はしないで気楽に趣味としてやらせたい。その方が身体にも将来にも正幸のためではないでしょうか」という相談をうけたのです。

 この時私は「ビルダーとしてもまだキャリヤがなく、筋量自体も少ない。だからトレーニングではどんどん使用重量を伸ばすことを重点に置いて練習し、食事に気をつけて頑張れば、上体下体のバランスもよいから、あと5~6年もすればすばらしい体になるし、30歳位までにはミスター日本はおろかミスター・アジアも夢ではない、とお母さんに話したことがあります。それが現実となったことは感無量のうれしさ、感動、感謝で一杯です』という文面である。

 そしてここに、読者諸君もトレーニング法や食事法、人間の縁を大切にする伊藤の姿勢がうかがわれたことであろう。そして次はこの東北伊藤軍団のエリート伊藤倖三が、アメリカのオハイオ州で開かれるミスター・ユニバース・コンテストで、どこまで頑張れるか注目したいところである。
東北トレーニング・センターでトレーニング中の左から伊藤倖三選手、菊池正幸選手、そして右端が伊藤孝一

東北トレーニング・センターでトレーニング中の左から伊藤倖三選手、菊池正幸選手、そして右端が伊藤孝一

◇心身ともに健康な人間作り◇

 人生を生き抜くうえでの努力、忍耐力に十分耐え得る体力、根性、精神力づくり、これが体をきたえるボディビルの真髄であろう。

 「現代の風潮である頭痛や知識だけの片よった発達は、肉体の発達を軽視するあまり、ノイローゼ、うつ病、イライラの元となり、忍耐力を失わせます。私はこのような関連とトレーニングの効果がはっきりと数字で示されると思ってますし、正しいトレーニングで十分な解決がなされると確信しています。さらに、不撓不屈の精神づくりに十二分な効果があるとも考えています。肉体的にも精神的にも自信の持てる人間づくりが、私のトレーニング・センターの理念です」という。

 なるほど、伊藤のこのような情熱と確信、そして行動があったからこそ、みごとな選手がつぎつぎ生まれたのであろう。そして今、選手だけに止どまらず、東北の地仙台に徐々に伊藤の信念が大きな根っことなり、反響の輪が広がりつつあるのを紹介したい。

 雑誌クロワッサン(平凡出版)、河北新報、毎日新聞、週刊仙台に続々と東北トレーニング・センターのトレーニング法やジム内容が紹介されたのを始め、伊藤のめざす健康づくりの効果が出はじめた。

 たとえば、当センターで指導を受けた小学校6年生の大嶋正治君が、夏のリトルリーグで最優秀選手、優秀投手賞、打撃賞を獲得。佐藤隆さんもトレーニングによる成果を発揮して、東北クラシックでベスト・アマに(ゴルフ)。山田城美さん(高校3年生)も股関節をいため、運動を医者からとめられていたが、夏休み1ヵ月のトレーニングで、体重10kg、ウエスト10cmを減らし、股関節の痛みをさっぱりととってしまった、等々注目すべき実績を生みながら、東北トレーニング・センターは明日に向かって着実に進んでいる。

 この道で、この道ひとつを求めることにより、より以上の飛躍を望んで欲しい。

 ――周利磐特という仏弟子は、チリを払うことだけを一心に続けて悟りを得たという。一つのことに専心し、真理をつかむべし――我々ビルダー仲間、世の人をして身心ともに健康な明日をつくるため、この道、この道一つを目ざして頑張ろうではないか。そして小さな輪が大きな輪になることを夢みて。

 (おわり)
月刊ボディビルディング1979年11月号

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