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ボディビルダーに多い腰部の傷害について
≪その発生原因とハリ治療≫

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月刊ボディビルディング1981年5月号
掲載日:2020.05.20
滝沢新一(スポーツ・トレーナー 鍼灸師)

腰部の損傷はこうして起こる

今回より、ボディビルのトレーニングで、傷害を起こし易い種目と、どのような状態の時に、その傷害を起こす可能性が高いか、また、疼痛に対する対策、ハリ治療の実際などについて述べてみたいと思う。
 1回目として、ボディビルの練習者に最も多いと思われる腰部の損傷について考えてみたい。
 まず、どんな種目で腰部の損傷を起こし易いか、いくつかピック・アップしてみると、ベント・ローイング、スタンディング・フロント・プレス、シット・アップ、スクワット・・・など、脚・腰・広背筋などを発達させるための種目に多い。他の種目でも、ボディビルの運動は重いウェイトを扱うことが多いので、腰部の構造、位置等の関係から、常に膝に大きな負荷がかかっている場合が多い。
 一例をあげれば、バーベル・カールの場合、バーベルを肩の前から下げる時に、腰部にかかる負荷は、ヘビー・ウェイトでのネガティブ法を採用している者にとっては相当なものである。バーベルを下げる時、上半身の前屈を防止するために、足を前後に開いてもなお、上体を後方にそらさなければ、ネガティブ・トレーニングが生み出す効果が期待できなくなるので、どうしても二方向からの重圧が腰部にかかることになる。このような姿勢での過度の練習や、長時間の練習が腰痛を発生させる原因になることが多い。[写真参照]
[バーベル・カールの悪い姿勢(左)と良い姿勢]

[バーベル・カールの悪い姿勢(左)と良い姿勢]

 一見、この種目は、ストリクト・スタイルで行なっていると、腰にはあまり負荷がかかっていないように見えるが、ウェイトを増すことによって、知らず知らずのうちに前記のような状態となり、脊椎筋や椎間板に対する圧迫も大きくなる。しかも、練習時に最も重要な精神集中(コンセントレーション)が100パーセント二頭筋へ向けられているため、ますます腰部損傷の危険度が高くなると思われる。
 また「正常な腰部への負荷」であっても、長い間の持続的負荷は傷害を引き起こす可能性が充分にあるということを知って欲しい。
 練習者の中には、腰部の痛みを、練習後の当然の刺激として、そのままにしている人が多く見受けられる。単なる筋痛であれば、急に運動を行なったり、はじめてボディビルで筋肉運動を行なったりした場合に、運動中、あるいは運動を終った後で筋肉が硬くなり(パンプ・アップではない)痛みを覚えることがあるが、この痛みの原因はトレーニングした筋肉内に乳酸菌の新陳代謝産物が蓄積し、筋繊維の浸透圧が短時間に増加し、組織内の水分が筋繊維内に流入し、それが筋肉痛を発生させるといわれている。
 このような現象は、コンテストに出場するようなビルダーでも、2~3週間トレーニングを中止したのちに再開した場合、よく起こることであり、心配することはないが、常に腰が重かったり、疼痛がある人で、一定期間、練習を中止してもなお同じような症状がある時は、軽い慢性的な損傷が発生している場合が考えられるので、病院などで検査を受けて、異状の有無を確めてから練習をしてもらいたい。
 では次に、腰を痛めやすい種目の中から、特に多いと思われるベント・ローイングについて述べてみよう。
 広背筋の発達を主たる目的として行うこの種目は、運動時に、バーベルの重量と同時に上半身の重さが腰背部にかかり、しかも、バーベルを胸腹部に向って上げ下げするために、下げた時の腰部にかかる重圧は非常に大きなものとなる。
 この種目では、いま述べたバーベルを下げた時、及び床よりバーベルを引き上げた瞬間、さらには1セットの最後の回数を引き上げたときなどに多く損傷が起こっている。広背筋、脊椎起立筋、その他多くの腰部の筋が、この重圧に関与しているので、この筋群に一定以上の負荷がかかると、腰椎の正常な状態が保てなくなり、腰部の筋や筋膜、腱、靭帯に損傷が起こり、さらにひどい場合には、脊椎分離、椎間板ヘルニア、腰椎脱臼などになる。
 これらの症状は局部の圧縮、腫脹、熱感、運動制限、坐骨神経の経路に沿っての痛みの走行など、また、知覚神経に損傷があれば神経痛が発生し、完治がむずかしく慢性の疼痛に移行することが多い。
 では、ベント・ローイングで腰部の損傷を起こさないためには、どのような点に注意したらよいかを考えてみよう。まず、負荷のかかっている腰背筋群を充分に収縮させておくこと。腰廃部は、伸展時より収縮時のほうが安全に脊椎に負荷をかけることができるので、筋群を収縮することによって安全状態を維持することが可能であるからである。
 次に、背中をなるべく丸くしないようにして、上体と床面と平行に保つようにすること。また、膝は必ずまげて行ない、上半身の反動を最小限にして腰部への意識を常におこたらないようにすることも重要なポイントである。重量を使用している場合、後半になると、目標の回数のみ気をとられ、とかく腰部へのコンセントレーションを忘れがちになるので、この点にとくに注意していただきたい。[写真参照]
[ベント・ローイングの悪い姿勢(左)と良い姿勢]

[ベント・ローイングの悪い姿勢(左)と良い姿勢]

 また、ベント・ローイングでは、軽いバーベルを使用していても腰部を痛める例が多い。日頃からストレッチングなど、腰の柔軟性を高めるトレーニングを積極的に取り入れるようにしたいものである。さらに、各自の体力、体格等、肉体面、精神面の様々な要素を考慮して、腰の筋力を増強し、腰痛の傷害を防止して欲しいと思う。

ハリによる腰部の疼痛治療

 腰部の疼痛部位等にハリを刺入すると疼痛がやわらいだり、完全に消えたりすることがある。これは、刺入によって、中枢の過度の興奮が抑制されたり、交感神経が刺激されることにより血管が拡張したり収縮したりして血行障害が緩解し、その結果、痛みがとれると考えられている。
 また、刺入の刺激によって内分泌に影響を及ぼし、痛みを減少するともいわれているが、なぜ疼痛にハリ治療が効果があるかということは、現在のところ、理論的な確立がなされていない状態である。
 現代医学では、疼痛の部位、およびそれに結びつくものを治療するが、ハリ治療(東洋医学)では、独特の診断法、治療法により、疼痛患部はもとより、全く関係がないと思われる部分にも治療を施す場合が多い。
 その1つとして、経絡上にある多数の穴(ツボ)と称する治療点がある。この多数のツボの中から有効なツボを見い出して治療を行う。腰痛の治療に多く使われるツボを図に示したので参照されたい。
[図1]腰痛の治療点(ツボ)

[図1]腰痛の治療点(ツボ)

 ひと口に腰痛といっても、その内容は様々である。それぞれの症状、体質等に合わせて、刺入部位、方向、刺激の量など、慎重に考慮して治療する。また、必要に応じて電気による刺激や各種光線(赤外線etc)等を加えることがある。このような治療は、軽症には非常に良く効くので、こじらせないうちに受けてもらいたい。なんといっても腰痛の治療は初期の段階が勝負である。
 治りにくい痛みの場合は、特殊な専門的な治療を受けなければならないような状態になっている場合もあるので脊椎や内臓等の関連検査を受けることをお勧めする。ともかく、痛みを感じたら自己診断で放置せず、必ず現代医学的検査・診断を受け、その結果として、ハリの有効性が期待できる場合にハリ治療を受けて欲しいと思う。(つづく)
月刊ボディビルディング1981年5月号

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