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-トレーニングと健康-
それは続けることに意義がある

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月刊ボディビルディング1979年7月号
掲載日:2018.11.27
IFBB・JAPAN東日本連盟理事長
国立予防衛生研究所 医博・後藤紀久

◇4人家族で年間30万円の医療費

 「ごめんだ、列島“病棟化”」という見出しの毎日新聞の記事が目についた。この記事は、同新聞運動部の須田泰明氏が書いたものである。

 それによると、去る5月26日に厚生省が発表した昭和52年度の国民総医療費は8兆5千7百億円。さらに昭和53年度の推定はなんと10兆4千億円に上るという。そして、総医療費20兆円という悪感の走る時代が5年後に迫ってきているというのである。そして「健康スポーツの振興こそ医療費節減の道だ」と氏は主張している。

 上記の総医療から計算すると、平均的な4人家族で年間30万円の医療費を支払っていることになるが、私たちの大半は、なんらかの健康保険に加入しており、医者にかかるたびに全額を自分の財布から払っていないから、それほど切実に感じないのだ。

 国民健康調査によると、有病率(人口1000人当りの病人の数)は112.7(昭和52年)、つまり10人に1人強が何らかの病気にかかったことになる。これを昭和40年に比べると約2倍になっている。なかでも高血圧、心臓病などの循環器系、呼吸器系の疾患はともに3倍、糖尿病は3.5倍、腰痛は実に4.4倍に急増している。

 アメリカには「牛乳飲む人より運ぶ人」という名句があるそうだ。関東のある大手電機メーカーで企業ぐるみの「体力づくりを約4年間つづけた結果、医療費が平均16%も節約できた。これを昭和53年度の国民総医療費(10兆円と推定して)にあてはめると、1兆6千億円の節約に相当する。

 米国では、宇宙飛行士の健康管理にたずさわっていたケネス・クーパー博士のエアロビクス理論(有酸素運動)に米政財界は莫大な財政援助を与え、これが1970年代のサイクリング、ジョギングの大流行のキッカケとなったことは有名である。西ドイツや英国でも、すでに国が立ち上がっている。重要なのは「健康づくりで医療費が節約できる」という発想だ。須田氏は、日本政府も「健康行政の見直しを」と結んでいる。

◇つづけることに意義がある

 次に、科学朝日編集部の多喜実氏のまとめた各種データを紹介しよう。

 体力とスポーツの関係について、1968年にデンマークで行なった調査によると、平均67.8歳の人たちを対象にしての調査では、

①若いときに一流スポーツ選手だった人

②若いとき並みのスポーツ選手だった人

③特別なスポーツをしなかった人

 以上の3グループについて、高齢になってから体力にどれだけ差があるかを調べてみた。なお、①、②の若いときスポーツ選手だった人も、選手をやめてからは、とりたててスポーツをやっていない人を選んだ。

 そして、脈拍、血圧、握力、最大酸素摂取量(体を動かすのに必要な酸素を体重1kg当りどれぐらい取り入れられるかを示す数字)、体前後屈力、脚伸展力など多くの項目について調べた結果、統計的に有意差のみられたのは体後屈力(伏臥上体そらし)だけであった。

 この結果は、一流選手でも、スポーツを中止して何十年かたつと、「ただの人」になってしまうことを証明している。一時期、トレーニングに人生の炎を燃やしても、やめてしまってはダメである。若い時にスポーツをやったからといって、あとあとまでその体力がモノをいうと思ったら間違いだ。一度バーベルを握った者は、二度と離さない気持が必要だ。

 体力テストをしてみると、男子は18歳がピークで、その能力は22~23歳までしか続かない。女子はピークがもっと若い15~16歳で、そのピーク時の力が保てるのは18~19歳までである。それ以後は、年をとるにつれて体力は低下する。

 スタミナを測る5分走(5分間で走れる距離)は、18歳で1350mだったのが、55歳では875mと3分の2以下になり、背筋力は20歳で150kgだが、70歳になると半分に減ってしまう。成人にとっての体力づくりとは、このピークからの低落カーブの下り坂を、いかにゆるやかにするかにかかっている。ただこれは一般的な話で、ウェイト・トレーニングでの筋力の増強は、ある程度の年令になっても鍛えれば目に見えて強くなるという性質があるので、上にあげた比率とは少し異なるであろう。(図-1参照)
[図-1]

[図-1]

[図-2]

[図-2]

◇体力づくりは根気よく

 石河利寛氏(順天堂大教授)は「トレーニングによって体力が伸びる量は平均して10~20%」といっている。また、運動生理学の宮下充正氏(東大助教授)は、36歳から51歳までの主婦を対象に、体力増加の実験を行なった。それによると、10週間のトレーニングで全員、最大酸素摂取量が約10%上昇したと報告している。いくつになっても、トレーニングすれば体力は必ず増加するということだ。

 ここで注意しなければならないのはトレーニングする間隔が長くなりすぎたりすると、とたんに体力は低下しはじめることだ。

 バーベルを使って筋力の増強をはかる場合、毎日でも1日おきでも、筋力の増加する量はそれほどの差はないが5日に1回のトレーニングだと、毎日行う場合の2分の1に下がり、2週間に1回だと筋力増強はゼロになってしまう。

 もちろん、1回1回のトレーニングの仕方などが大きく影響すると思うが20週間、毎日トレーニングしてつくり上げた筋力は、トレーニングを中止して30週間目には元に戻ってしまう。しかし、週1回のゆっくりしたペースでも40週間以上かけてトレーニングした場合には、やめて60週間たっても、トレーニング効果の7割以上は残っている。たまにジムに来て練習しても、効果があがらないのは当然だということがわかるだろう。

 「ローマは1日にならず」の言葉があるように、体力づくりは根気よく、たとえ1日10分間でも継続的にトレーニングすることが重要なのである。(図-2参照)

 運動不足の現代人は、栄養過多のため、とかく肥満しがちである。糖尿病になりやすい体質の人が太ると、とたんに発病する。また、肥満は動脈硬化(その結果として高血圧)の原因ともなる。

 最近ではガンまでが運動で予防できるという説さえあるそうだ。生後1年半で40~60%が肝臓ガンになる系統のマウスでも、運動をさせてやると発ガン率が25%以下になるという(明治生命体力医学研究所データ)。

 ここで述べたのは、行動力(筋力、持久力、柔軟性、敏捷性など)を鍛えることであり、病気にならないという抵抗力を直接、強化する方法はまだない。まず行動力を鍛え、間接的に病気を予防しようとするのである。ウェイト・トレーニングで鍛え、そして、それを継続して病気をよせつけない体をつくろうではないか。
月刊ボディビルディング1979年7月号

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