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日本トップ・ビルダーの十年ひと昔
-10年前の本誌のグラビアに登場した選手たち-

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月刊ボディビルディング1981年9月号
掲載日:2020.06.24
 いまから10年前、すなわち1972年当時、どんな選手が活躍しており、そして、現在、その選手たちはどうしているだろうか?これはたいへん興味のあることである。
 そこで、1972年の1月号から12月号までの本誌のグラビアに登場した選手たちをピック・アップしてみた。

1月号-表紙は杉田茂選手。そして"今年(1972年)のポープ"と題する特集に、石神、宇戸、須藤、糸崎、木本、水上の選手らが登場している。また、年末に行なわれた第1回ミスター関東コンテストの優勝者は重村尚選手であった。

2月号-表紙は石神日出喜選手。グラビアの日本トップ・ビルダーのトレーニング法で、石神、須藤、水上の3選手のトレーニング法が紹介されている。

3月号-表紙は鈴木貫一選手。この号は、前年の世界ビック・タイトルホルダーたちが紹介されており、NABBAユニバースのプロの部はビル・パール、アマの部はケン・ウォーラーである。またIFBBオリンピアはシュワルツネガー。いずれもその後、来日している。

4月号-表紙は佐藤大機選手。佐藤選手は彗星のごとくあらわれてミスター日本7位に入賞した大型新人だったが、その後はまた、プッツリとコンテストに姿を見せなくなった。

5月号-表紙は須藤孝三選手。当時須藤選手は、凄い脚と、秘めた素質で、前年のミスター日本で5位に入賞し若手ホープとして最も注目を集めていた選手である。

6月号-表紙は水上彪選手。全日本実業団パワー選手権で、足立東雄選手がベンチ・プレス145kg、スクワット225kg、デッド・リフト250kg、トータル620kgをマークして注目された。現在の記録と比較すればかなり低いが、当時は250kgのデッド・リフトは脅威の記録だった。

7月号-表紙は重村尚選手と水上彪選手。全日本パワー選手権で岩岡武志選手(ライト・ヘビー級)がベンチ・プレス165kg、スクワット245kg、デッド・リフト225kg、トータル635kgをマークして最優秀選手となっている。現在と比較しても立派な記録である。

8月号-表紙は糸崎大三選手。関東学生ボディビル選手権で、新人、吉見正美選手が優勝。彼はその2年後全日本学生選手権で優勝した。

9月号-表紙は末光健一選手。過去のミスター日本優勝者と、前年のミスター日本上位入賞者とによる、我が国では始めての全日本選抜コンテストが福岡市で行われ、末光選手が優勝した。出場者の中には金沢、吉村の2人のミスター日本のほか、杉田、石神、重村、須藤、宇戸といった錚々たる選手が出ている。

10月号-表紙はクリス・ディカソン全日本実業団コンテストは青年の部で大石秀雄選手、壮年の部で藤田務選手が優勝。ミスター東京コンテストは坪井善司選手が優勝、磯村俊夫選手が2位に入賞している。

11月号-ロイ・キャレンダー。ミスター三重コンテストで須藤孝三選手が初優勝。

12月号-表紙は杉田茂選手。ミスター日本コンテストは杉田選手が優勝し、以下、2位・石神、3位・金沢、4位・須藤、5位・宇戸、6位・小沢の各選手がつづく。また、第2回ミスター関東コンテストでは小沢幸雄選手が優勝した。
月刊ボディビルディング1981年9月号

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