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食事と栄養の最新トピックス⑥
続・トレーニングと血圧の関係

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月刊ボディビルディング1980年11月号
掲載日:2019.11.29
健康体力研究所  野沢秀雄

1. 一流ビルダーの血圧は?

 前号で「ボディビルのような一時的にリキむ運動は血圧が上昇するので、血圧の高目な人にはよくない」という一般的な医師の意見を紹介し、ついで「いやそうでない。ウェイト・トレーニングを継続すると、血圧は3カ月くらいで低下して安定化する」という反論をのせたわけである。

 実際にダンベルを用いたトレーニングの最中には、171~109といった高血圧の状態になるし、マスキュラー・ポーズをとると、平常は115~53といった健康な血圧の選手が、一時的にしろ153~126という極めて高い血圧値になることがわかる。

 果してこの事実がどこまで危険であり、本当にバーベルやダンベルを用いたウェイト・トレーニングが中高年によくないのか、筆者ばかりでなく、多くの読者の方にも関心が深いテーマであろう。

 そこで去る9月21日、品川文化会館大ホールで開催された「第15回ミスター実業団ボディコンテスト」の際、トレーニングを積んだ第一線選手が参加する機会に血圧測定をお願いすることにした。

 ご存知のように、実業団コンテストでは、35歳以上の壮年の部を設けているので、中高年の出場者が多く、血圧の研究にはまたとない機会である。

 快よくご協力いただいた日本ボディビル実業団の芦田理事長、山際大会実行委員長、運営係の手塚さんをはじめ多くの役員の方々、選手のみなさん、測定にあたっていただいた名城大学の鈴木先生など、本誌上をお借りして厚く御礼申しあげます。

2.正常血圧の選手が圧倒的

 大会の当日、選手は9時30分に集合することになっていたので、登録後すぐに平常時血圧を測定した。

 ポージング終了後などでは脈拍が高く、全般に血圧値が高く出ることを心配したためである。

 測定は伝統的な水銀柱方式(聴診器で血管音を直接聞く方法)とデジタル電子式の両方でおこなった。後者は振動やマイクロフォンを巻く位置などで測定が大変で、一部の方にご迷惑をおかけしたが、後で水銀式と電子式で測定値に差が出るかどうか調べたら、どちらもほとんど同じ数字が現われ、高い人は高く、低い人はそれなりに低く血圧値が示された。

 これは当然といえば当然だが、血圧の数字は測定する器械・測定者・測定を受ける人の状態、たとえば、運動した後かどうかや、心理的に緊張しているかどうか等によって、上下10くらいの差を生ぐる。したがって、ある程度の変動はやむ得ないが、今回のデータに関してはよく一致していたといえるわけである。

 それでは年齢別に血圧値を発表しよう。
<出場選手の血圧測定値・青年の部>

<出場選手の血圧測定値・青年の部>

<出場選手の血圧測定値・壮年の部>

<出場選手の血圧測定値・壮年の部>

〔日本ボディビル実業団主催の第15回ミスター・ボディコンテスト出場選手〕

〔日本ボディビル実業団主催の第15回ミスター・ボディコンテスト出場選手〕

3. 高血圧の心配は皆無である

 上記のデータをみて、あなたはどう判断するだろうか?

 測定が試合当日の朝、という緊張した条件で、食事内容も平常とは異なる状態なので、必ずしも正確な数値を反映しているとはいえないかもしれないが、次のようにまとめられよう。

①年齢プラス90が平均とすれば、青年の部の選手はやや高く、壮年の部の選手はちょうど平均的といえる。
②とくに最低血圧が低い人が多い。そして、最高と最低の差(脈圧)が大きい人が圧倒的である。これは血管が若々しく弾力性のあることを示している。
③脈圧の数字と最低血圧の数字、最高血圧の数字が1:2:3の割合になっているのが理想的とされている。田吹さんの場合、脈圧が50、最低が100、最高が150で、きれいに1:2:3の関係になっている。「少し血圧が高いのでは?」と心配されていたが、この割合になっているので、あとは日常の食生活(後述:来月予定)によく注意すれば血圧は間もなく下がってくると思われる。
④以上から「バーベルやダンベルで激しい練習を続けている人が高血圧になる」ということはまったく迷信にすぎないことがわかる。むしろ35歳以上でウエイト・トレーニングしている人たちのほうがすぐれた血圧を示していることがわかる。


 トレーニングをしない人のほうが、血管壁に脂肪性のコレステロールが貯まり、動脈が固くなったり、狭くなって、かえって血圧が高くなるのが本当であろう。一種の運動不足病である。

 個別にアドバイスするとすれば、最高血圧値がやや高い選手(小山・竜崎・石井・福島・平川・今・舟橋・山本・福井の各選手および田吹選手等)は機会をみつけて血圧測定を他所で受けていただきたい。そしてもし140以上なら、次号にのせる食事法をよく読んで、改善されるとよい。

 最低血圧が90以上ある選手は壮年の部の吉田・石村・田吹といった人だが、やはり測定を受けてみて、継続して高いなら動脈硬化などの徴候と判断される。これ以上最低血圧が上らないように次のような点に注意をするとよい。

①食生活は、塩分のとりすぎ、水分のとりすぎ(含アルコール類)を制限する。
②動物性食品の比率をなるべく減らし血中コレステロールを上らないようにする。
③仕事などによるストレスがよくない。カッカしたり、イライラしたりで気をあせることは禁物。なるべくのんびりと安定させること。

4.一時的な血圧上昇は危険か

 選手たちの血管音を耳で聞いた鈴木先生の話では「どの選手も血管が鍛えられて発達しているため、ドンドンという音が実にはっきり聞こえ、全員健康そのものであった」という。

 壮年の部の佐藤正選手はやや低血圧の傾向があるが、当日までの減量に少し無理があったのかもしれない。あるいは前夜から当日の朝食まで、ろくに食事を口にしなかったことも考えられる。「自分は低血圧だった」という姫路の小川選手も118~58という数字なので、心配はあまりいらない。

 さて、話を元に戻して、バーベルやダンベルでリキんだ時に、血圧が急上昇することについて、どう考えればいいだろうか?

 このような血圧上昇が、バーベル運動をしたときにのみ見られるのか、他の運動、たとえばランニングや階段の昇降、入浴、飲酒などの場合にはどうなるかを確認する必要がある。

 筆者は次のような条件で自己の血圧を測定してみた。
<ボディビル以外の動作による血圧の変化>

<ボディビル以外の動作による血圧の変化>

 筆者はこのところ最低血圧が高い傾向にある。日ごろ自分の運動をする時間があまりとれないことを反省しているが、上記のように軽い運動をしただけで、最高値と最低値に幅ができることがわかる。最高血圧が160を突破することは何もバーベルやダンベルの運動に限らず、走行中や運動動作中に頻繁に見られる。

 また入浴や飲酒の際には予想していたほどは上昇せず、むしろ低下する。

 これらはごく一例にすぎないかもしれないが、事実としてとりあえず報告し、ひきつづき健康体力研究所でデータをとってゆく予定である。

 以上から一時的に運動中に血圧が上るのは必ずしもウェイト・トレーニングだけでなく、他の運動種目でもよく起こる現象と考えられる。ランニングやテニスの動作中は、腕に血圧計を巻いて測定することができないけれど、ラケットを振る瞬間やランニングで坂道をかけのぼる瞬間には、血圧値はかなり上昇しているにちがいない。
 
 またラグビーでスクラムを組んだり猛烈なタックルをかけたり、全力で疾走するときなど、血圧は相当に上昇しているにちがいない。相撲やレスリング、ボクシングなども同様である。

 したがって「ボディビルだけが血圧をあげるので良くない」という意見は全く間違いである。

 血圧を下げるのに適度の運動が有効であり、食事法はもっと大切だと考えられる。この点に関して、宮城県の三浦さんからその後の経過報告が寄せられているので、来月号に締めくくりとして詳しく紹介したいと思う。ご期待ください。
月刊ボディビルディング1980年11月号

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