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食事と栄養の最新トピックス⑤
トレーニングと血圧の関係

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月刊ボディビルディング1980年10月号
掲載日:2019.11.29
健康体力研究所 野沢 秀雄

1. 三浦さんからの手紙

 「小生は当年31才になるボディビルの愛好者です。体づくりを目指してトレーニングを開始して、はや10年の歳月が流れました。

 ひたすら自宅トレーニングを行なってきて、自分ではある程度健康な体をつくれたと思っていたところ、たまたま病院に行った際『血圧が高いから過激な運動は慎むように』と医師から注意を受けました。これは私にとって大変ショックな出来事でした。

 そこで先生に高血圧とボディビル運動の関係についてお聞きします。
〔三浦幸司さん〕

〔三浦幸司さん〕

 今まで特に支障もなくトレーニングをやってきた私ですが、やはりトレーニングは今後いっさい止めてしまうべきなのでしょうか?

 それとも高血圧の体質を改善できるような方法があるものでしょうか?

 小生にとっては生きがいでもあるボディビルなので、何とか続けてゆきたいというのが偽わらざる気持ちです。

 ちなみに体位は身長165cm・体重65kg・胸囲98cm・腹囲76cm・血圧は上が130~160、下が70~90程度です」

 こんな手紙を宮城県の三浦幸司さんからいただいた。三浦さんは写真のように熱心なビルダーで、よく楽しい手紙を寄せてくれる人だ。

 実は「血圧が高い。両親や兄弟も高いので心配だ」という相談が、何人かのビルダーからも来ており、三浦さんの手紙をそのまま紹介させていただいた。全国のみなさんのお役にたてば幸いである。

2. 血圧測定の原理

 ふつう血圧は上腕動脈の血圧を測定する。上腕動脈を皮ふの上から骨に向って圧迫し、どれくらい強く圧を加えたら、この血管をペシャンコにできるかでもって測る。血圧が高ければ高いほど強く圧迫しなければ血管はつぶれない。

 血管を圧迫するには、上腕にゴム袋を巻きつけ、この中にポンプで空気を送りこむ。ゴム袋は布の袋に包んで外側にふくれないようにしてあるので、空気をおしこめば、内側にだけ向ってふくれて腕をしめつけ、血管を圧迫する。このゴム袋に圧力計をつないでおくと、腕をしめつけている圧力をはかれる。

 血管を圧迫している部分より指先側の動脈の上にマイクロフォンをあてて音をきいていると、脈を打つたびに、せまくなった血管を通る際の血液の渦流のために雑音が聞こえてくる。ゴム袋の圧が高くなり、ついに血管がすっかりつぶれると、音がぜんぜん聞こえなくなる。血管がすっかりつぶされたときの圧を「最大血圧」または「最高血圧」といい、心臓が収縮して血液を送り出し、最も血圧のあがったところに相当する。血管が最初つぶれ始める時の圧を「最小血圧」または「最低血圧」といい、心臓の拡張期の血圧にあたる。

 最近の電子式測定器では、予想される最高血圧より20~30の高さまでいったん加圧し、徐々に圧力をぬいてゆきその間に血管音(コロトコフ音)がどう変化するかを測定し、最高血圧、最低血圧を決定している。つまり圧力をかけてゆるめてゆくと、再び音がきこえだすので、このときが「最高血圧」であり、そしてさらにゆるめてゆき、コロトコフ音がなくなる圧力を「最低血圧」と定めている。

 こうして測定した結果、最高血圧が160以上、最低高圧が95以上の場合、ふつう「高血圧症」と診断されている。昔は「年令プラス90が標準血圧で、これを越えた人は高血圧症」と呼んでいたが、現在では上記の160~95以上を高血圧としている。

 なお最高値と最低値の差を「脈圧」と呼び、この差が大きいほど、血管が柔軟で、健康的だといわれている。

 また、最高血圧が少々高いのは危なくないが、最低血圧が95以上の人は、脳卒中で倒れて血管が破裂する危険性を持っており、95以上には絶対にならないように注意していただきたい。

3. 血圧はなぜ上がるのか?

 水鉄砲で、管の太さが細くなるにつれ、力を加えないと水はとびだしていかなくなることを想い出していただきたい。これと同じで、血管の太さを細くしたり、太くしたり操縦しているのが、「血管運動神経」であるが、この神経の指示によって血管が細くなると水鉄砲の例のように血管の太い時に比べて、心臓は強い圧力をかけねばならず、血圧は高くあがることになる。

 寒いとき、怒ったとき、怖いときには血管が細く収縮し、血圧も高くなりやすい。

 栄養がよく、濃い血液が豊富に血管の中を廻っている人は、当然ながら血圧が高く、逆に、栄養不良で、血液が薄く、血液量の少ない人は低血圧傾向にある。

 また、年令とともに動脈が硬化したり、末端の毛細血管がせばめられたりすると、血液が通りにくく、当然ながら血圧は上昇してくる。一種の老化現象であり、30才をすぎると、血圧も次第に上昇してくる。「年令プラス90」に一理があるのはこのためである。

 肥満者の場合、次の理由で高血圧になりやすいので、まず余分な脂肪をそぎ落していただきたい。

①いつも重い荷物を体につけて、通勤や通学したり、仕事や買物をすることになり、それだけ心臓は余計に働かねばならず高血圧になりやすい。
②血液中にも糖分や脂肪が多く、これら重い内容の血液を全身に循環させねばならず、それだけ心臓に負担がかかり高血圧になりやすい。
③同じく動脈硬化をおこしやすく血液循環がスムーズにゆきにくくなる。
④脂肪組織にも毛細血管があまり走らないので、これらの部分にまで栄養や酸素を送るのに、心臓の圧力は相当に高くしないと間にあわず、その結果高血圧になりやすい。
 このほかに血圧上昇の重要なファクターが最近判明して、学問上の定説になっている。
 それは食事中に含まれる食塩量(厳密にいえばナトリウム量)である。食塩をとりすぎると、細胞内のナトリウム濃度と細胞外のナトリウム濃度が均衡をとろうとする作用がおこる。その結果、水分を多く要求し、細胞外液量が増加し、そのため循環血液量もふえるので、血圧が上昇すると考えられる。これについては多くの臨床実験、動物実験、および疫学調査などで確められている。食塩の摂取量が11日に25~30gにも達する東北地方で、高血圧患者が多く出現していることはみなさんもご存知であろう。

4. トレーニングと血圧の関係

 それでは関心が深い運動と血圧の関係はどうだろうか?

 アメリカのジョセフ・マストロパオロ博士の研究によると、弱い運動は血圧をあまり下げないが、活発なトレーニングは血圧を低下させ、安定した血圧ラインを維持するという。ブルーノ・ボルキー博士も同様な報告をおこなっている。

 実験台になったのは53才の男性。最高血圧184、最低血圧110で、約3年間治療したが効果なし。そこで、この患者に3カ月間本格的なウェイト・トレーニングのプログラムを与え、経過を観察した。その結果、筋作業能力は25%増加し、血圧が140~90に低下したのだ。つまり、日本の医師が禁じているトレーニングが血圧低下に有効という逆の結果になっている。

 これを確めるために、健康体力研究所では、ヘルスルームを利用するみなさんの協力で、ダンベル運動と血圧・脈拍について興味深い測定をおこなった。
記事画像2
 脈拍は、トレーニング終了直後のものだが多いほどハーハー息がはずみ、強度が強いか、もしくは測定までの時間が短いかを意味している。

 血圧の変化は個人差があり、あまり変化しない人、最高血圧が上る人、最低血圧が上る人、その両方が上る人、さまざまである。

 血圧が高目の人が強度な練習をおこなうと、一時的に160~95以上の危険ラインを突破することも事実である。筆者の私が左腕を血圧測定しつつ、右腕でダンベルプレスを反復するトレーニングをおこなったところ、なんとすぐに171~109(脈拍115)という数値に達してしまった。

 また河村選手がマスキュラーのポーズをとり、息をとめて血管を浮びあがらせつつ(いわゆる努責作用)血圧を測定したら、130~96(脈拍119)という数値になり、平常時よりも最低血圧が50以上もはねあがっていた。

 脳内の微細な動脈が急激な圧力を受けたら、脳出血をおこして、バタリと倒れることもありうるわけだ。ジョギング中に脳卒中や心臓マヒをおこして死亡するのはこういうパターンではなかろうか?

 血圧の高目の人は用心するほうがいいし、ふだんあまり測定していない人は「健康管理」の目的で、ときどき測定しておくとよい。血管が若々しくて弾力のある人は血圧値も低く安定しているので、ハードなトレーニングをおこなっても心配はないといわれるのも事実である。

 120~70までの人なら、思いきりウェイト・トレーニングをやっていいわけである。

 以上はトレーニング中、および練習直後についての実験結果である。

 練習を3ヵ月にわたって継続するとどう変化するか、またジョギングなどの直後には血圧はどうなるか、また、ボディビルダーは全般に血圧が高いのかどうか、これらについては引続きデータをとりつつある段階である。

 そして重要な食事法について、どうすれば血圧が下るか詳しく述べたいが今月号はもうページ数が少なくなってしまった。はじめに紹介した三浦さんは私のアドバイスに基づいて、毎月データを送ってくれるので、これらを合わせて次号に続編をのせたいと思う。読者の方で、血圧の高い人やその対策について、体験例などありましたら健康体力研究所までご一報ください。ご協力をお願いいたします。

(つづく)
月刊ボディビルディング1980年10月号

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