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ヤブにらみスポーツ講座
修練で年令の壁は越えられるか

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月刊ボディビルディング1981年2月号
掲載日:2020.04.07
国立競技場<矢野雅知>
 競技にしろ武道にしろ、長年にわたって実際に指導してきた観点に立てば最も体力、気カ、技術が高度なレベルにある最盛期の状態は、長い人生においても長くはない。いや短いといった方がよい。だから、最高の能力を引き出すには、体力の充実しきった20代からせいぜい30代前半のうちに、徹底して燃焼しきるべきだし、そうさせるべきだ、と亜窟先生は主張する。
 これに対して南海先生は、いや人間の能力、ことに技術力などが20代で完成することなどありえん。高度な技術を完成させるまでには、たいへんな年月を要する。しかし、これを極めたとき、それこそ最も充実した全盛期というものであって、そこまで体力を維持するこることが大切だ、と主張する。
 亜窟先生は、南海先生の意見に賛同しながらも、なおかつ肉体の限界を感じざるをえないし、南海先生も肉体の衰えるのはいたしかたないとしながらも、なお技量を高めるには一朝一夕ではできん、という。もちろん、どんな競技か、どういった武道かによって技術重視なもの、体力優先なものと別れてこよう。しかし、ここでは全体をひっくるめた話としてとらえている。ボディビルディング論からはやや遠のいてしまう感は否めないが、両者の話に再び耳を傾けてみたい。

ハード・トレーニングも若い内

「全日本クラス、さらには世界的なレベルになるには、決して生半可なことでは到達できない。このあたりになると、素質・天分だけでなく、それを最大限に発展させるハード・トレーニングをやる以外には絶対にない。素質があるとか、天才だとかいわれている奴でも、人が及びもしないほどのハード・トレーニングをやって、はじめてその才能が現われてくるんです。これなくして世界的レベルに到達した奴なんかいませんよ。どんなに素質があってもダイヤも磨かなければ、ただの石コロと同じですヮ」
「それはそうじゃな」
「そうでしょう。そして、ハード・トレーニングをやりこなせるのが、若いうちなんですヮ。しぼりにしぼって汗が出つくしてしまい、ぶっ倒れるところまでハードにやるというのは、全日本以上のレベルの選手になると必ずといってよいほど経験してます。
 そういった過程を経て、はじめて肉体的だけでなく精神的にもグングン強さが増してくるんですヮ。これができるのは若いうちで、年をとってくると、どうしてもそれができない。しかし、それを通過しなくては、それ以上に強くなれないし、それを続けられなくては、まず大成できませんな。だから自分は若いうちに徹底的にシゴイとるんですが、これに耐え抜けるとき、そのときが恐らく人生のうちで最高の成績を残せるときでしょうなァ」

格闘技における体力の優位性

 亜窟先生はたたみかけるように一気にしゃべりまくった。これに対して南海先生は、ゆっくりと話し始める。
「若いときにやるハード・トレーニングを基礎にして、はじめて才能が開花されてくる、というのは間違いじゃないであろう。だからというて、ハードなトレーニングをこなせるとき、つまり、それを成しとげる肉体と気力が充実しているときが最高の競技力を持っというても、それは一面にすぎんよ。
 格闘技を例にとってみとると、ぶつかり合う、殴る、蹴る、倒す関節をきめる、押え込むといったようなあらゆる格闘の要素をひっくるめたものはプロレスじゃろう。プロレスは八百長だとかショーだとかの批判もあるが、ボディビルダー出身やパワー・リフター、ウェイト・リフター、あるいは空手家、柔道家。相撲、アメリカン・フットボーラー、ボクサーといった、あらゆる種類の専門家で、しかも並みはずれた体力の持ち主ばかりが集まって闘うのだから、プロレスリングとは強い肉体と肉体のぶつかり合いとみた場合、ひじょうに興味あるものがある。
 このプロレスラーは、もちろん体力のある若い者が有利なはずじゃ。しかし、20代はかけ出しであり、全盛期は30代に入ってからがふつうである。それだけ多彩なテクニックやインサイド・ワークが必要とされるからじゃろう。30才から40才がいわば円熟期であろうが、テクニシャンであればあるほどレスラー生命は長い。
 ルー・テーズやカール・ゴッチをみれば判るじゃろう。彼らは最少のエネルギーでひじょうに効果的なテクニックで相手を攻める。ハード・トレーニングをこなしている若手レスラーなど、40才や50才を過ぎたときの彼らにすら歯が立たなかった。彼らは体力を維持するためにハード・トレーニングを続けていたし、ますますテクニックに磨きがかかってきたからなのじゃ。
 もちろん、実際まともに流血戦を演じていれば、とても連続的に試合は消化できないからショー的要素が出てくるのは当り前のことじゃが、それにしグをても彼らプロレスラーの体力というのは、やはり並みはずれておる。オリンピック選手でも、年をとったとき彼らの現役時代に近い肉体を維持できるか疑問じゃよ。レスラーには50才や60才になっても、腕立て伏せを千回も二千回もやるのはザラにおるからなあ」
「だから先生は、プロレスラーを例にとって40才を過ぎた円熟期こそ、全盛期になるとおっしゃるんですか?」
「そうじゃ。むろんパワーだけに頼っとったのはアッという間に凋落してしまうが、本格的なテクニッシャンになるほど、体力を維持して技術を身につけとるから、本当に40歳を過ぎてからが最も実力の備わるときだと考えるのじゃよ」

 極真空手にみる百人組手

 南海先生の言葉に大きくうなづきながらも、亜窟先生はさらに自論を主張する。
「極真には世上有名な百人組手というのがあります。一日に百人というても、これはもう大変なことで、10人と連続して組手をやって、しかも勝ちを収めてゆくというのも並み大抵のことではない。それを百人もやるというのは、ただスタミナがある、パワーがあるというだけでもダメ、鋭い切れ技があるというだけでもダメ。ズバ抜けた精神力、気力というものだけでも百人組手は完成できんでしょうな。これら全てが最高度に発揮されて、しかもプラスアルファとしての何かが身についてないとダメなんですわ。
 その何かというのがうまく説明できんのですが、勢いとでも言いましょうか.........すべての要素が最高にかみあって、しかもさらに上の段階に向っていく“勢い”が必要なんです。同じレベルに達した者がぶつかり合うと優劣つけられないことになるが、その時は“勢い”のある方がポイントを握る。これは理屈ではなく、実戦を通してみてきた感覚なんですが」
「.........それで、それは若さがなくてはいかん、というのかね」
「そうなんです。ワザ師だ名人だとかいわれても、一試合や二試合でなら素晴しいものが出せても、百人もの相手と闘うとなればまるで通用しない。それを凌駕してしまう勢いがなくてはならんのです。その勢いが最も盛んなときが、若いエネルギーのほとばしっている時なんです。だから全盛期は20代から30代前半となっちまうんですなァ。現に百人組手を完成させてきたのは、みんなこの時期なんですヮ」
「ということは、若いエネルギーにあふれている勢いのある時期までに、ワザを最高度に完成させなくてはならんことになる。何度も言うように、体力には限界があってもワザは限界をつかめんほど奥深い。
「百人組手を完成したからというて、若い全盛期がワザの全盛期ではないことは確かです。しかし、体力、気力が最も強い若さの全盛期が、全体の技量としては最も高いときなんです。ことに生きた技には、体力の裏付けがなくてはならんのです」
「今の時代では、猛烈な修業を積まないと百人組手は達成できんじゃろうから、いかにもそれが最高と映るかもしれん。じゃが、称賛に価したものではあっても、それは最高のものではない。それが空手家の大きな目標となるじゃろうが、それを達成したあとが、本当の武人としての鍛えどころなのじゃ。百人組手を成しとげたとしても、それが最終目標ではないはずじゃ。それを40才のとき、さらには50才のときに達成したときこそ、本当の意味で称賛に価するのであり、20代で達成したからというても、それは一つの通過点に過ぎん。若いときに最高の技量をもつというのは、まだまだ低いレベルのことであって、超一流のレベルはさらに上の段階じゃ」
「しかし、自分の言わんとするのはですねェ......」
 亜窟先生が反論しようとするが、それを遮るようにして南海先生はさらに話を続ける。

 鉄舟の立切り試合

「一例を挙げよう。幕末の剣豪で山岡鉄舟といえば、勝海舟の代理として、敵地へただ一人で悠然と乗り込んでいったほど胆のすわった人物じゃが、そうなるには苦節数十年の修業があったのじゃ。死の恐怖をかくも見事に克服したものは、そうザラにはおらん。
 彼は21才という若さで“鬼鉄”と異名をとるほど、若いエネルギーを爆発させ、猛烈に相手をたたきのめすので、誰れもが震え上がったという。この時点では、若い肉体を持つ強者の風格があった。じゃが、さしもの鬼鉄も逆に震え上がることになる。浅利又七郎の『突き』を喰ってひっくり返された。これが28才のときじゃ。
 以来、鉄舟はこの突きを破るべく、なお一層の猛烈な修業に明け暮れた。しかし、浅利の突きの恐怖はいっこうに消すことができない。もはや、技だ体力だとかの問題ではなく、心との闘いとなった。幾度か参禅して、ようやく無念無想となって浅利の幻影を打ち払うことができた。実際、浅利も脱帽せざるをえなくなったという。それが鉄舟51歳のときじゃった。
 この一事をみても、最高の技量を獲得するには、長い年月を必要とすることが判るじゃろう」
 話は百人組手から鉄舟のことに移った。私はこれを聞いていて、鉄舟の創始した無刀流には、有名な立切り試合があることを思い出した。これは百人手のように、丸1日にわたって、何人もの相手と連続して試合させるものである。言うまでもなく、これをパスするには体力だけではとても無理で、意識が朦朧となっても、なおかつシャープなワザをくり出せるほどに、確固たる技能を身につけていなくてはならない。
 しかもこれには段階があって、3日間にわたって連日十数時間も行なうものまである。さすがに連日となると疲労の極に達して、口もきけなくなってしまうほどで、数多い門弟の中でも、この段階まで突破できたのは、わずか2、3人のハズである。これを達成するには、それ相当の修業が必要であり20代や30代前半では、とても無理であったようだ。
 このことから、やはり南海先生の意見が正しいのではないかと、私は思い始めていた。だが、亜窟先生はあくまでも実戦を通してきた体験から、反論を始めたのである。

 ワザは巨大な体力に勝てるか

「しかしですなァ、空手と剣道では運動の内容、質が違う。剣道では防具をつけての立切りで、フラフラになるまでやっても内臓が破裂するとか、骨折するとかの危険性が大きいわけではない。空手では実際に肉体と肉体をぶつけ合うのだから、こられの危険性がグンと大きくなる。それだけ肉体の能力いうものが影響してくるんですワ。
 それに.........。それに、以前の武道家はからだの小さい、言ってみれば体力のさほどない者どおしで勝負をしておった。だから、体力差はさほど意識せずとも、修業いかんでは、優れた技能で勝利を収めることができた。
 ところが今はそうじゃない。空手でも身長2m体重100キロを超えるのがウヨウヨいる。こんな人間を相手にするには、身長1m70cmで体重60キロ程度のからだつきのものでは、鋭いワザの冴えだ、などと言ったところで、およそお話にならない。20キロ以上もの体重差があると、少々のワザでは通用しないのが現実なんです。
 急所を攻撃すれば......などといいますが、同じように闘っていれば、そう簡単には急所に命中しないから、破壊力がある方が、技能レベルに大差がなけりゃ有利になります。身長だって30cmも違えば、そりゃもうリーチが大幅に違ってくるから、攻撃間合いが違ってくる。これはすごいハンディになる。
 第1回の世界空手選手権大会のとき、タイのキックボクサーなどは、アメリカの巨漢選手と対戦することになったら、からだが違いすぎるといって棄権してしまった。これが現実なんですヮ。
 からだがデカけりゃパワーも大きくなる。パワーの大きさが破壊力となって現われるから、肉体をぶつけ合うもの、空手にしたって、柔道にしたって相撲にしたって、みんな同じで『技だ心だ』というても、巨大な体力とパワーがなければ一流にはなれんのです。
 体格が小さいものが多い中でなら、昔の武道家はその中では強かったでしょう。しかし、現在は、欧米選手も空手や柔道をやるようになっとりますから、人並みはずれた体格の選手がぞろぞろといる。それに勝ち抜いてゆくには、ワザや根性だけでは限界がある。体力ことにパワーを高めて力負けしないだけのものを持たなくちゃなりません。
 例えばです、プロレスラーにアンドレ・ザ・ジャイアントという怪物がおりますが、ここに身長1m60cm、体重60kgの武道の名人を連れてきて試合をさせたらどうなりますか。怪物の急所を攻撃するというても、体重が4倍近くも違っては、つかまったら、最後。どうしようもない。
 怪物だって少々攻撃されようとも、相手は接近しなけりゃ攻撃できないのだから、つかまえることに徹すればすぐに捕まえられるでしょう。勝負は目に見えている。ワザもヘったくれもない。パワーの生みだす破壊力が、ひじように大きな要素なんですヮ。だから体力をつけなくては勝てんのです。
 だが残念ながら、体力、つまり破壊力は年をとると保持するのがむづかしいものだから、全盛期はそう長くない。若いうちだ、というとるんです。
 だから自分はワザを身につけるにはまずその前に体力をつけさせるように若い者を鍛えとります。三瓶などは(三瓶啓二選手)ウエイト・トレーニングをみっちりとやらせてますから、相手が外人の巨漢でも力負けしない。パワーがありますから、すさまじい破壊力で少々の相手なら問題にしなくなっとります。世界選手権では2位だったですが、前回(80年)の全日本選手権では優勝しましたし、ようやくパワーを裏付けとした心技も本物になりつつあります。
 パワーはまだまだ高まるでしょうから、そのパワーを生かすべく基本ワザを徹底的にやってますから、空手の技量はまだまだ伸びます。全日本で優勝したのは、一つの目標であって、これが全てではない。自分としては、この先10年間ぐらいは全日本チャンピオンとして君臨してもらいたいですから、今以上に基本としてのワザを確立して、パワーをつけて破壊力を増してゆかねばならん、と考えとるんです」
「じゃが、若さがもつ勢いとやらはいつまでも持続できんじゃろうが」
「まあ、そこが最大の問題点ですなァ、実際には、それをいかに持続してゆくかがポイントになります。これができるなら、たしかに全盛期は40歳以と上にまで引きあげることができるかもしれませんがねェ......」「そうじゃなくて、40才、50才になって全盛期を迎えようというには、精気だ勢いだ、とかいうものでとらえては解決できん。それには、次のようなことをしっかりと心得ておかねばならんのじゃよ」(つづく)
月刊ボディビルディング1981年2月号

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