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ヤブにらみ スポーツ講座 7
修練で年令の壁は越えられるか

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月刊ボディビルディング1981年3月号
掲載日:2020.04.20
国立競技場<矢野雅知>
 南海、亜窟両先生は、自分の考えを主張して相譲らなかったが、ようやくにして一致点を見い出し始めた。それは、南海先生が「体力を裏付けとした精気勢いを保つ最も高い技量を示す全盛期は、まだ本物ではない。それら体力を維持しつつも、技量の質的な転換を果すことによって、はじめて人間としての最大能力を発揮させられるのである」ということから、亜窟先生は同感の意を示して大きくうなづいたのである。南海先生は言葉を続ける。

「パワーだ、勢いだというて、圧倒的な破壊力を誇った技量から、パワーなどの体力の低下をきたしても技量が低下しないように、いや、さらに高めるために、ワザをそれ以上に高度なものにしなくてはならん。『ワザ、髪に入る』というが、このレベルにまで高めるには形だけのものでは決してない。外見上はスピードがある、シャープだ、鋭いなどと見えても、その高度なワザを用いる肉体の内部がやはり神に入っていなけりゃならん。つまり、高度なワザを用いられるだけの高度な心のワザというべきものの形成が必要なのじゃよ。
 じゃが、これはいくら口で言うても実体としてはとらえられん。これを感得しうるのは、まさしく死と隣り合わせなほどの猛烈な修業、ハード・トレーニングをおいてはない......」
「そうです。自分もそう考えます」
「しかしじゃ、今の平和な世の中ではこれだけの修業をする必然性は見い出せんし、あえてしようとする者もいまい。やれ不確実性の時代だ、犯罪社会だと、自己防衛の必要性が叫ばれておるが、真に生存の危機を感じておる者はいないし、どこかに安住しておる。高齢になっても、なお外敵に備え、死を意識して修業などしておるものは現代では皆無に近い。それが50歳、60歳を越えてもなお、世人の及びもしないほどの境地に達する者がいない理由じゃろう。かつての名人達はみな技量の質的転換を成しとげた結果として、歴史上に名をとどめておるのじゃ」「そうですなァ。海舟のいう"白井享”などに、そのことがよく現われとります。このあたりになると、もはや理屈ではありませんヮ」
 この”白井亨”については勝海舟が「氷川精話」の中で語っている。
 海舟は21歳で免許皆伝を受けたほどの剣の達人として知れ渡っているが、白井亨と立ち合ったときには、「リンとして犯すべからず神気」と悟り、その神秘的ともいえる技量に圧倒されて、打ち込むことすらできなかった。いや、向かいに立っていることすらできなかったと述べている。剣先から炎輪が出るといわれた心剣であり、古今の四大剣聖の一人に数えられるほどの白井である。まさに「ワザ、神に入る」の境地を示していたのである。
 この白井亨については、千葉周作は、「これほどの猛稽古をした者を自分は知らない」と述べているように、ハード・トレーニングで形成された技量を見事に質的転換させたものと解釈してもいいのではないだろうか。
 それにしても難しいことを言い始めたが、私は疑問を感じていた。すなわち、高度なワザを身につけるには、神経機能が大きく関与する。神経と筋肉とのコーディネーションが機能して、一つのワザを身につけるには、基本練習を何度も繰り返してパターン化させなければならない。
 そのためには、神経が機能しやす状態、すなわち疲労していない状態でなくては、技術を身につけるのは困難となる。したがって猛烈なハード・トレーニングで疲労困憊になり、なおかつ高度なワザを身につけようというのは、理論的には効率のよいものではないハズである。だが、私のこの疑問は、亜宿先生の言葉によって、脳裏の片スミへと押しやられてしまった。

「完璧なワザを身につけて、完璧にこれを発揮させるには、完璧な心のワザというものが形成されてなくてはいけませんからなァ。これを生み出すには、絶対といってよいほどハード・トレーニングをやるしかありませんワ。百人組手というても、体力うんぬんの前段階として、ワザを身につける効果というより、精神を鍛えるという効果が大きいですからなァ。
 こういうギリギリの瀬戸際にまで肉体を追いつめておかなければ、精神がそれに耐えることはできないし、局限状態のときでも鋭いワザを用いることのできる、精神的なワザとでもいうべきものは形成されんでしょう。過去における名人・達人と呼ばれるものは、必ずこういったギリギリの戦いの中に自分を置き、その中から這い上ってきている。
 言い換えると、ギリギリの極限状態において、体力が消耗しても、なお精神・気力は精気を失なわずに生き生きとして、完璧なワザを用いることができるのが、いわゆる名人・達人ということになりますな。
 だが、欧米人の合理主義からみればこんなことは不合理この上ないかもしれませんな。彼らはどんなハード・スポーツでも、練習時間は日本人に比べてひじょうに少ない。合理的に質を高くしているから、日本人のようにいたずらにダラダラとした練習にしばられない。その結果として好成績を残しているが、これでは絶対といってよいほど、心のワザは形成されんでしょうなァ」
「そうじゃ。だから質的転換がなされないから、パワーなどの体力の衰えと共にピークは去ってしまう。欧米と同じように、科学的合理主義の名のもとに、今のような練習をやっている日本選手は、まず体力が劣るだけに彼らをしのぐことはできんじゃろうな。
 せっかく我々の先人が残した優れた武道の教え、精神論というものがあるのだから、頭から否定することではなく、現代の競技スポーツに生かしてゆくことが必要なのじゃよ。それによって、欧米を中心とする科学的合理性と、我が国の武道にみる精神性とが融合して、より高度なレベルにまで到達することが可能となろう」
 なるほど、この点については私自身もかなり同意させられるものがあるし、実際に一部のスポーツ選手たちはそれを実行に移している。
 野球においては、二死満塁ツー・スリーの緊迫の局面では、打者も投手も大きなプレッシャーがかかる。これに勝つのは技術ではない。それ以上に精神を涵養しなくてはならない。多くの武人が生死を超越するために禅を修めたように、いかなる状況でも平常な心を失なわないように、東洋的、武道的な面を修業することも競技者には必要であろう。それを認めて川上を筆頭として、禅を修める野球選手も一部にはいる。
 テニスでは、どんな一流プレーヤーでも、ラリーが続けばリラクゼーションが失なわれてミスする確率が高くなると、S心理学者は指摘する。マッチポイントを奪われて緊迫する場面でも、なおかつ冷静な判断力でスーパー・ショットをみせるビヨン・ボルグの強さは、実に精神力の強さだといってよい。
 79年のウインブルドン決勝では、世界一といわれるロスコ・タナーの時速240kgの弾丸サーブをビシビシ決められて、フルセットまでもつれ込んだ。怪力タナーがあと少し精神面で強ければ、ボルグの連覇を阻んだであろう。ボルグは試合後、「あのポイントを奪えなかったら、私はもはやラケットを持っていることすらできなかったであろう」と語っていることで明らかである。
 まさに肉体的、体力的にはとうに崩れていたはずのボルグが、なおかつ結果として勝機をつかんだのは、他のプレーヤーよりプレッシャーに強い精神力だけでなくギリギリの極限状態になってもなお、正確なプレーを行なわせた「心のワザ」ともいうべきものが形成されつつあったからなのだろう。
 ボルグは中学生のとき、すでにプロになろうと決心している。他の誰れよりも熱心に練習しただけでなく、他の誰れよりもテニスに賭けていたから、一球一球に打ち込む意気込み、気迫が違っていたハズである。これが心のワザを形成していったのではないだろうか.........。
 私は昨年行なわれたセイコー・ワールド・スーパー・テニスで、このスーパー・スターと日本の代表選手の試合を観たが、その差はあまりにも歴然としていた。パワー、テクニックのすべてに上回っているのは当然としても、ボールの飛んでくる方向に、素速く移動してしまう能力にボルグは傑出している。
 野球でも、名人といわれる外野手は、バッターが打った瞬間に、スイングや打球音などを計算に入れて方向・飛距離を判断し、ボールを見ないで走る。見ながら走れば、スタートは遅れるし、抜かれてしまうし、もし捕球できても走りながらであるから、ランナーがいれば返球に時間がかかってしまう。だが、見ないで走る名人は振り返ったところが落下地点で、まるで凡フライのように待ち構えて捕球する。こういったプレーは、草野球ではまずお目にかかれないだろう。テニスでも、このプレーが大きくゲームの勝敗を左右するのである。これが、ボルグの強さだと私は思った。
 一億の日本人の中からテニスの代表を選抜しても、やはり同じ選手が最後には残ってくるだろう。そして、その選手はサカ立ちしてもボルグに勝てないだろう。いくらウェイト・トレーニングをやって、パワーをつけ、スピードを最大能力にまで高めたとしても、やはり勝てないだろう。
 スキーの三浦雄一郎氏は「世界的な一流選手と二流選手との差は、体力やテクニックではない。コンマ以下を決する精神力の差である」と指摘している。また、プロゴルファーの帝王トム・ワトソンと世界ランク50位ぐらいの選手では、平均ストローク差は、わずか1打ほどでしかない。このわずかの差が、実に世界のトップ・プロと二流プロの違いとなっているのである。
 これは、技術の差というよりも、勝負に対する執念、集中力といった精神面の差と解釈できる......となれば、もしこの並みはずれた精神力が日本の選手にそなわっておれば、ボルグに勝てるだろうか.........。いや、まだダメだろう。ボルグはすでにこの面では極まっている。すると、あとはボルグをしのぐ打球の方向を「予知する能力」ということになる。
 テニスでは、サーブにしろボレーにしろ、あれこれと思考してはダメで、ボールにだけ集中してないと絶対に適確に反応できない。しかも、相手の打球を予測してすばやく対応する能力が必要で、これが世界のトップになれるか二流になるかの分れ目となる。
 ならば、この能力を持つにはいかなる現況であろうと「無心」になれる禅的な、精神的に高いレベルに到達すべく、自己を研鑽せねばならないだろう。相手の動きから攻撃を事前に察知する能力は、武道家が追求し続けてきた生命ともいうべきもので、太極拳などでは「彼不動、我不動、彼欲動、我巳動」というように、相手の動きに合せて、先へ、先へと動いてしまう。
 このように、武人が自分の生命を賭けるほどの修練を積んでようやくにしてつかんだ境地を、日本のテニス選手が身につけたら、間違いなくボルグに勝てる。世界のトップに立てる。テニスだけではない。あらゆる競技スポーツにおいて、他を凌ぐことができるだろう――相対しただけで「とてもオレの及ぶところではない」と海舟ですら脱帽した白井享の境地に、現在のスポーツ競技者が到達することができたら.........想像は果てしなく広がってゆく。
 だが、現実は甘くない。そういった人間の本来的な力を伸ばして、感応力を鍛えようと試みる選手は、きわめて少ない。それだけの能力を身につけるには、信じられないほどの猛練習と、それによって培われるハイレベルの精神力を持たねばならないだろうし、たとえそれだけの感応力を獲得される道が明示されたところで、数十年という年月を要するだろうし、ひたすらそのことに打ち込んでゆける者など現代では皆無に近いだろう。ことに30歳を過ぎたら第一線からの引退を考えるような風潮の中では、とてもそこまでの高次元の能力に達することはできないだろう。それでも、それを単なる夢物語とせずに、科学万能主義の現代に、人間の思念を超えた精神能力の可能性を示してもらいたい、と私は思う。
 その思いは、私だけではなかった。両先生にしても同じであったようだ。
「武道家にしても、植乏翁(植乏盛平)ほどのレベルに達すれば、まさしく本物といってよいでしょうなァ。翁からみれば、我々のパワーを第一義とするような武道論、スポーツ論は、まだまだ低いものとなりますかな」
「うむ.........、西欧にあまたの達人超人があろうとも、植乏盛平ほどに道を極めた者は、まずおらんじゃろう。物質文明、合理主義の中からは、死をも決意した超ハード・トレーニングを肯定する精神主義は生まれん。それだからこそ、東洋のもつ精神の優越性を、ものの見事に具体化する武道は、多くの若者、スポーツマンが学ぶ必要があろうというものじゃ」
 植之盛平翁とは、言うまでもなく合気道の創始者であり、昭和の現代まで生きていた超人的技量の持ち主として知れ渡っている。関取を片手一本で押さえ込んだり、70歳を過ぎたというのに、たしか大阪府の大男の警察官5、6人に押え込ませておいて、「よいか、まいるゾ」と言うや、あっというまにはね飛ばしたりと、現代生理学の筋力・パワーの発現機構からはとても説明のつかないことをやっている。
「100メートル以内で自分に危害を加えようとするものは、その殺気を察知できる」と豪語していたごとく、満州では敵弾さえよけた、といわれる。信じられないが、弾が飛んでくる前に関光が向ってくる。それをよけると、後から弾が飛んできたという。
 ウソかマコトか、翁は剣道の有段者と幾度となく立ち合って、それを実証している。つまり、誰れ一人として翁の身体に触れたものさえいなかったのである。剣が振り降ろされる前に、閃光がくる。それをよけることによって、ことごとく剣をかわしてみせた。マンガの世界ではない。現実の話として、素手剣道の有段者を立ち会って勝てる者が、はたして何人いるだろうか。
 それだけではない。寝ているときでさえ気を感じて反撃できるといって、幾人もの人が翁が寝ているところを押さえ込もうとして、逆に押え込まれている。こういった実話は、数え挙げたらキリがないほどである。
 ところでこういったレベルに達したものは、なにも植乏翁だけでなく、我が国の武人には少なくないのである。我々はこれだけ優れた先人を擁していて、それを踏襲できない道理がない。社会状勢が大きく違うとはいえ、現代の若者の中にも死にもの狂いのハード・トレーニングを超えて、このレベルに到達してほしい、と本当に思う。
 確かにそれは長い道のりであると思う。だが、植乏翁は70歳を過ぎて、ようやくにして「力に頼らずに、自然の理に従って動けるようになった」という意味のことを語っているように、身長わずか1m50そこそこの植乏翁のたどりついた真の全盛期とは、このときであったと考えれば、30歳で肉体の限界を意識してしまうことは、自己の精神エネルギーの力を、あまりにも軽んじていることになるやもしれぬ。
 ボディビルディングにおいても、シュワルツェネガーに破れはしたものの世評では彼こそゼーンと並ぶミスター・オリンピアに値するといわれた昨年のクリス・ディカーソンなどは、「私も40歳となって、ボディビルダーとしての最盛期を迎えた」と言っているうに、肉体の最盛期というものも、従来の考えを打ち破ってゆかなくてはならないだろう。 (つづく)
月刊ボディビルディング1981年3月号

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