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女性フィジーク・コンテストの意義
南海先生と亜屈先生の激論 <1>

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月刊ボディビルディング1980年1月号
掲載日:2018.09.29
国立競技場・矢野 雅知

女性フィジーク・コンテストと筋肉美の限界

「ワシはそうは思わん。たしかに意義あるものじゃが、ものには限度というものがあるはずじゃ。今にあやつらは限度を越えてくるじゃろう!」

南海先生は憤然とした様子で、 杯に残った酒をグイッと口の中に押し込んだ。

私が南海先生の庵に遊びにゆき、いつものように、 とりとめのない話をしていたときのことである。話というのはこうだ。

あれはたしか、今から2年ほど前のことである。アメリカのボディビルディグ誌“アイアンマン”の片スミに、女性の写真が小さく載った。それは可愛らしい顔をした女性のビキニ姿の上半身であった。

写真そのものは、別にどうというものではないのだが“アイアンマン”というボディビルディングの専門誌に女性の写真であるから、私はこの場違いの写真に興味をもち内容をちょっと読んでみた。

そこには、初の女性のフィジーク・コンテストが開催されて、写真の彼女は「腹」の部分賞をとった、と説明がついていた。そして、『まだほかにも写真はあるが、この雑誌には似つかわしいものではないので公表しないが、興味のある方は、直接連絡をとってみるがよい』というようなことが述べられていた。

私は、『似つかわしくない……』というところが妙に気にかかって、面白半分にコンテストの主催者に連絡をとった。

すると、私を女性と感違いしたらしく『次回の女性フィジーク・コンテストを同封の要領で開催するので、参加しないか』という案内がきた。

私のからだつきでは、男性のコンテストなら文句なく予選失格だろうが、女性の中に入れば「なんとかなるのではないか?」と考えて、ひとつ女装してタイトルをとって日本に凱旋しようか……なんて思ったものである。

主催者には『コンテストの時のフィルムでもあったら送ってくれ』といってやったのだが、『当コンテストは寄付によって成り立っておる。したがって寄付をしてくれればフィルムを進呈しよう』というので、慈善事業にポケット・マネーでも与えるような優越感に満ちてお金を送ったところ、ただちにフィルムが送られてきた。

このフィルムにこそ、権威と品格のあるアイアンマン誌に『公表することは不適当である』とされた第1回女性フィジーク・コンテストの興味をそそる女性の肉体美が写っているハズだ。いや、私は冗談でなくそう考えた。

ところが、期待はもののみごとに裏切られた。それには、ただテレビ映画『バイオニック・ジェミー』の女主人公みたいな顔をした女性が登場して、ポージングだかダンスだかアクロバットだかわからんようなカッコをしているだけのものであった。私は意気消沈して、それ以後、ウイメンズ・フィジーク・コンテストのことは、すっかり忘れ去っていた。

それとはうらはらに、このコンテストは大いにマスコミの注目を集め、これまで”不適当”としていたボディビルディングの専門誌も、どしどし取りあげるようになってきた。そして彼女たちは男性のコンテストにも顔を出すようになってきており、ボディビルディングの歴史に1つの大きな流れを生み出すに至ったのである。

そこで, 南海先生と酒を飲みながらこの話題を持ち出したというわけだ。「ワシはどうしても全面的には賛成できん。そんなものは、手ばなしで歓迎すべきものではない!」とブ然となったという次第である。

「ワシは思う。女性のフィジーク・コンテスト熱が高まってゆけば、限界を越えるに決っとる」

「限界っちゅうのは、いったい何ですか。女性から中性に移行する中間の段階ですか?」

「そんなんじゃない。昔から,、ウェイト・トレーニングによって女性の肢体を美しく整え、そのシェイプ・アップされた肉体の美しさを競うビューティ・コンテストがあったが、同じようにウェイト・トレーニングを採用して男性同様に鍛え上げられた筋肉を競うというのは、トレーニングする内容に大差がなくとも、美の観点が大きく違うものじゃろう」

「たしかに、かなりウェイト・トレーニングをハードにやっても、所詮は女。胸の筋肉をピクピク動かすなんて芸当はできないですねェ」

「さよう。だのに女性がグイッと力を込めれば、筋肉が表面に浮き上がってくるなんちゅうのは、たいへんなことじゃ。男性に比べて女性の皮下脂肪の含有率は大きいから、この脂肪を取り除くとなると、それはたいへんなことである。そのたいへんなことを競おうということになればじゃ、いきつくところは、結局、本来持っている女性の体質を越えたところを求めてしまうことになる。」

「ということは、つまり、女性はウェイト・トレーニングをいくらやっても限界があるので、筋肉の発達度を競うのではなく、今までどおり、全体としてのシェイプ・アップを中心としたビューティ・コンテストにとどまるべきである、とのご意見ですね。」

「そうじゃ。たしかに女性がボディビルディングに大きな関心を示してきた結果、こういったコンテストも開かれとるのじゃから、その点は喜ばしいのじゃが……。ウーマン・ボディビルディングは、男性とは少し違って、筋肉の発達だけを審査の対象とするものではない、とはしているものの、筋肉の発達がポイントになる以上、筋肉の発達をひたすら求めてゆく女性が当然出てくる。そして、女性ホルモンという体質に規制される限り、ゆきづまりとなってしまう。

また、体質が大きく左右するなら、もともと外胚葉タイプの皮下脂肪のつきにくい女性が、先天的に向いていることになる。すなわち、コンテストの勝者は、先天的な要素で決まってしまう、と極論できんこともない。そうなれば、やはりこのコンテストは、1つの歴史を作ったとしても、大きな視点からみれば、いずれは消えていく運命にある、はかないブームみたいなものである、と言えるかもしれん。

日本の国技、相撲は何百年もの歴史をもっておるが江戸時代から昭和のはじめ頃まで、女相撲というのが一部で行われておった。それが人々の興味を引いたのは、あくまで見世物的な好奇心をそそったからにすぎない。はじめは人気が出てブームになろうとも、本来的なものではないので、いずれは消えゆく運命にある。女性フィジーク・コンテストも、やはり女相撲と同じ性格のものとワシは思っておる」

「その点については、私はよくわかりませんが、ただ、そのコンテストがマスコミによって広まってくると同時に、やはり女性がウェイト・トレーニングをやると、ああいったからだつきになってしまうんじゃないか、という女性のウェイト・トレーニングに対する偏見をより一層助長する結果を引き起すのではないか、そしてトレーニングから遠ざけてしまうのではないか、という危惧はありますね」

こんなことを話し合っているとき、たまたま亜屈先生という、やはりボディビルディングに一家言をもつ御仁が酒をぶらさげてやってきた。すでに酔いが回っているらしく、今夜は一段と声が大きい。

この先生、若手ビルダーの育成に情熱を捧げており、また空手の世界的選手の体力トレーニング・コーチもやっており、過去に何回となく南海先生庵に有名な選手をつれてきては、南海先生のご高説を拝聴させたりしている。本人も、かつて大学時代はボクシング部に籍を置き、その後も数々の修羅場をくぐり抜けてきた猛者である。”武人は武人を知る”のたとえどおり、南海先生のボディビルディングにかける情熱と卓越した識見に感動してちょくちょく南海庵に顔を出しているのである。

ところが、この亜屈先生が「いや、女性のフィジーク・コンテストは大いにけっこう。結果はどうあれ、女性がボディビルディングに関心を向けてきたという風潮は、かなり意義のあることだと思いますよ」と言いだした。

少々酔いが回っているので、南海先生を向うにまわして、フィジーク・コンテストについての激論が闘わされることになった。

女性のフィジーク・コンテストの審査のポイント

ここで女性のフィジーク・コンテストについて、少し説明をしておこう。

これを主催する中心人物は、ヘンリー・マックレーという人で、オハイオ州カントンを中心に活動をしていて、女性にボディビルディングのプログラムを与えて指導している。彼はまた、今や確固たる地位を築いた女性パワーリフティング競技のパイオニアの1人でもある。

さて、今から6年ほど前に、彼は女性のボディビルディングのプログラムを開始して、それが高じてフィジーク・コンテストを、U・Sバーベル・クラブのバック・アップで開くことになったのである。

開催の理由として彼は、「女性は理想的なフィジークの概念を持っていない。理想的なフィジークを求めると、体操競技選手やダンサーがそれに近いものとなろう。我々は筋肉を発達させることによって、からだを整え、理想的な女性像というものを生み出そうとするのである」という。

コンテストは、シンメトリーとバランスが重要なものとなる。スプリンターのひき締まった脚と、スイマーの発達した上体を合わせたようなものが理想的な体形であり、たんに各部の筋肉が発達しているだけでなく、上体、下体が均整を保ちながら全体としてバランスある発達が求められる。

ジャッジは次の3つのファクターで採点される。

〈シンメトリー〉
上体と下体が理想的なバランスを保ちつつ、均一な発達をしているかどうか?

〈筋肉〉
筋肉の発達といっても、男性コンテストのように、筋線維がハッキリ分るほどのディフィニション、はては血管が浮きあがるほどのバスキュラリティを競うのではない。各筋群の分れ目がハッキリと分かるような、つまりセパレーションがポイントとなる。

〈表現力〉
女性的な面を強調した筋肉の躍動感をもっているかどうか。

以上の他に、コンテストでは身長別に3つのクラスに分かれている。すなわち、5フィート5インチ以上、5フィート5インチから5フィート7インチまで、及びそれ以上の3クラスである。そして、オーバーオールのチャンピオンがある。

まあ、こういった内容で、最初は1975年に小さなコンテストが開かれて、年々その規模が拡大してきて、今では国際女性フィジーク・チャンピオンシップという世界大会にまで発展してきているのである。

一方、ゴールド・ジムが後援している女性ボディビルディング世界大会なるものも新たに開催されるようになり着々と勢力を拡大しつつある。こちらは、ベンチ・プレスの挙上記録を競う審査もとり入れており、例のリサ・ライアンなんて女性ビルダーが有名である。  (つづく)
月刊ボディビルディング1980年1月号

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