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★ボディビルダーの道しるべシリーズ★
疲労回復の科学的研究〈4〉

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月刊ボディビルディング1981年11月号
掲載日:2020.08.06
筆者=ジョー・ウイダー(マッスル・フィットネス発行者)
訳者=松山令子
監修=後藤紀久(医学博士、国立予防衛生研究所 主任研究官)

第二章ストレス

 今日1日のトレーニングを終ったところで、あなたは満足した顔でこう――さあ、きょうはたっぷりトレーニングができた。ダイエットも完全だ。気力も凄く充実している。
 
 しかし、これではまだ、あなたのきょうのトレーニングの2/3を終えたに過ぎないことを、あなたは知っているだろうか。あなたのトレーニングは、まだ1/3がしのこされている。

 その1/3とは、筋肉の発達を願ってトレーニングしているボディビルダーにとっては、欠くことの出来ない重要なプロセスであって、それは、その日のトレーニングの疲労の回復と、筋肉線維の再生と、消費したエネルギーの再貯蔵である。

 あなたは、精いっぱいのトレーニングを終ったという時点で、その日のトレーニングが終ったと思ってはならない。完全にトレーニングの全プロセスが終るのは、上記の3つの要件が完全になし遂げられた時である。この最後の1/3のプロセスが効果的に遂行されなければ、ボディビルダーであるあなたが期待する筋肉の発達は決して得られない。このことをしっかりと頭に入れておいてほしい。

 この最後の仕上げが出来たとき、あなたは、はじめて今日のトレーニングは終ったと考えてよい。このような状態でこそ、次のトレーニングの充実し実行が期待出来る。

 これらのことは、すでに第一章“睡 眠”の項で述べた。世界のトップ・ビルダーになっている何人かのチャンピオン達を含めて、ほとんどのボディビルダーは、彼らのエクササイズ、及びダイエットで失敗することは先ずないといっていい。彼らは一様に毎日烈しいトレーニングに明け暮れている。充分に重いウェイトを用いる。ダブル・スプリット法で、容赦なく筋肉を攻める。フォースト・レップスで極限まで筋肉を疲労させる。このような烈しいトレーニングとダイエットの面では、彼らは完璧であるといってもいい。

 しかし、問題は、彼らがコンテストで勝ちたいと思う執念の中で、彼ら自身のエネルギーが燃えつきてしまうことである。疲労の回復力は徐々に減少するという原則に彼らは支配される。疲労回復が完全になされない限り、彼らの筋肉は減少し、カットさえ失なわれる。

 何故なら、彼らのトレーニングは、日一日と烈しさを増し、彼らのダイエットは日を追って厳格になっていくのに対し、疲労回復の方は充分に果されないからである。疲労回復が充分でない限り、筋肉は決して発達しない。また、気力の充実も起こらない。勝ちたいと思う願いに心を奪われて、この大切な問題に気付かないボディビルダーの何と多いことか。

 彼らの実力から判断して、もっともっといい成績を挙げ得るはずであったのに、疲労の回復を怠り、エネルギーの再貯蔵を怠ったがために、コンテストの舞台では息切れがして、日頃の実力を発揮できずに終った有名なチャンピオンたちの名を、いくつかわたしはあげることが出来る。

 わたしが常日頃、チャンピオン・ボディビルダーたちのあり方について注意して見ていることのひとつは、彼らは、どのようにして疲労の回復につとめているか、という点である。わたしは、彼らが、そのエネルギーをコンテスト前に燃えつきさせてしまわないように注意深く見守っている。大ていのボディビルダーは、コンテストの日が近づくにつれて、いっそう疲労の完全な回復がむつかしくなってくる。

 疲労回復のプロセスの中で、最もそれをじゃまするのは“ストレス”である。それは、淋しい山中で出会った巨大な黒態のような、あなたにとって恐しい敵である。

 ストレスによって、疲労回復が妨げられ、失なったエネルギーの再貯蔵が出来ないときは、トレーニングの間にも、また、ステージでのポージングの際にも、あなたが必要とする健全な神経系統の働きが阻害されて、筋肉のなめらかな充分な働きが出来なくなる。ストレスは、精神的な面でも、感情の面でも、また生理的な面でも病気をつくり出す。トレーニングの際の理由のない筋肉痛やケイレンは、このストレスに起因するものが少なくない。

 諸君は前に、睡眠の価値について学んだ。今日はストレスについて、それが身体に及ぼす影響や、どのようにしにてそれを防ぐか、またいったん起こったストレスをどのようにして解消するかを学ぶ順番である。ストレスをうまく解消する方法を学べば、あなたの疲労回復力は著しく増大する。したがって、あなたの筋肉の発達もまた著しいということになる。

 筋肉の発達を念願してトレーニングしているボディビルダーにとっては、強度なトレーニングや睡眠や栄養補給が必要であるのと同様に、精神的なリラックスがきわめて肝要である。その大切な疲労回復の具体的な方法としては、ある一定時間を完全に何もしないで過ごすのが有効である。また実生活の重苦しさを忘れるような何かの気晴らしをするのも有効である。

 フランク・ゼーンは、オリンピア・コンテスト前の数週間を、人目を避けてパーム・スプリングに近いどこかでまるで冬眠でもするようにひっそりと過ごす。ロビー・ロビンソンは、プレ・オリンピア・トレーニングを、どこかの人里離れた辺ぴな名もないジムで行なう。ピリピリしたゴールド・ジムの雰囲気から自分を隔離するためである。フランクやロビーが意図しているのは、ストレスを最少限度にとどめようということである。

 ストレスとは、言いかえれば、社会生活が人間に与えるもろもろの重圧のことである。ストレスはあなたのエネルギーを食い荒らす。ストレスはあなたから熟睡を奪う。あなたを神経質にさせ、いらいらさせ、不安な精神状態する。このように疲労回復能力を破壊するストレスは、ボディビルダーにとって最大の敵である。

 われわれの体には、2つの神経系統が存在する。その1つは日常生活に関与するものであり、他の1つは非常時に際して働くものである。われわれが危急存亡の立場に直面するとき、われわれの体には急激に大きな変化が起こる。血圧は上昇し、脈拍は増加し、血液中にはアドレナリンとストレス・ホルモンが急激にふえる。筋肉の行動力のもととなる糖分と脂肪酸の量がふえる。こうしてわれわれの体には、直面した危急に対応する用意がととのえらる。

 もしもあなたが大昔の穴居人であって、ある日狭い山路で突然巨大な黒熊に出会ったとしたら、あなたは命がけで相手と闘うか、あるいは相手から逃げねばならない。こんなとき人間は即座にその状況に対応するようにできている。そのためにわれわれは、必要とする最大限のエネルギーを出すことができるのである。このように人間の体を臨機応変に対応させるのは、すべて神経系統の働きである。このような非常事態に対応して最大限のエネルギーを出すことができるのは、きわめて短い時間であって、ほんの数分である。

 このような非常事態でなく、日常の社会生活の中で起こるストレスに対する人間の体の対応状況は、前記の状態とは全く異なる。何故ならこのような日常生活の中でのストレスは、緊急避難の指令と異なり、何日間も何週間も何か月も続くからである。このように長く続くストレスは、人間の心身を衰弱させる。そのため、時として人間は非常に危険な事態になることもある。

 ストレスが起こると、それに対処するために必要な筋肉の活動のエネルギー源として血液中に脂肪酸がふえる。ところが、もし筋肉が働く必要がなかったときは、この脂肪酸は使用されないままであるので、それが血管の内壁に付着して動脈硬化と心臓疾患の原因をつくる。ストレスはまた、関節炎やガンの直接的な原因となることさえある。

 あなたが緊急事態に直面したときはそれに対処するために、ある一定の箇所にほとんどの血液が集まる。その結果、消化器は貧血状態となり、消化機能は一時的に停止する。このような次第で、ストレスは往々にして胃潰瘍の原因となる。このようにストレスに対処せねばならぬとき、われわれの体は食事の面でも栄養補給の面でも、筋肉線維再生の面でも著しい不利益を受ける。

 大きいストレスを心に負っているひとりのボディビルダーは、彼の消費したエネルギーを完全に再貯蔵することは難しく、彼が次のトレーニングのためにジムに着いた時にはまだ充分に疲労が取れておらず、完全なトレーニングができる状態に体がなっていない。したがって、トレーニングはしてもその効果は上がらない。ボディビルディングに関する限り、ストレスは全ての努力を無効にする恐るべき敵である。

 近代の社会生活で、ストレスを完全に除去する方法は皆無である。しかし大なり小なりストレスを解消する方法がないことはない。常識的には次のようなことが言える。すなわち、生活がうまく構成されていればいるほど、愛情や金銭や保身や嫉妬、日々の食、家賃などについての心配が少なく、したがってストレスの起こる可能性がより少なくなる。最近の調査では、既婚男性は独身男性よりも長生きすることがわかった。このことは、心の打ち解ける相手のない生活、安心して家事を任せられる相手のない生活は、長期間のストレスを招くことを示している。とはいっても、これは何も全てのボディビルダーはすべからく結婚すべしということを意味しているのではない。秩序と安定のある生活にはストレスが起こる率が低く、かつ、起こったとしても、ずっとうまくそれに対処して解消しやすいということを意味しているのである。
 
(つづく)
《解説》…………医博・後藤紀久
ストレス――Selye(1936)は生体が外傷、寒冷、中毒、怒り、心配、感染などの非特異的な刺激(ストレス)に当面すると、一連の個体防衛反応が現われ、この反応様相を汎適応症候群と名づけた。最も顕著な症状は副腎皮質刺激ホルモンの分泌増加、副腎皮質肥大、血液像の変化(リンパ球、好酸球の減少)、胃腸の潰瘍などである。

 最近では、このストレスが原因となって生じる病気が増加している。消化器潰瘍、心臓血管病、関節炎などもそうである。一例として胃潰瘍を挙げよう。胃に食べ物が入ると、胃は塩酸をかけ、蛋白質を分解するペプシンを放出し、食べ物を消化する。しかし、胃自身の粘膜は消化されない。それは、胃粘膜が粘液を分泌して胃壁を守るからである。しかし、この防御がストレスにより変調をきたすと、胃は自分の粘膜を消化し、穴があき、出血する。これが消化性潰瘍である。

 近頃、小中学生に十二指腸潰瘍が増加してきたことなど、受験戦争下の学習塾通いによるストレスの産物であろう。ボディビルがストレス解消になるのならいいが、逆にそれがストレスとなるのなら考えものだ。
月刊ボディビルディング1981年11月号

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