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第20回目を迎えた
ミスター日本コンテストに想う

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月刊ボディビルディング1974年12月号
掲載日:2018.09.05
記事画像1
田鶴浜弘
 今年の“第20回ミスター日本コンテスト”で、日本ボディビル界も20年である――だから今回は殊更感慨深いものを感じた。
 昭和30年――当時、同志の各位が協会設立に踏み切った動機がナマナマしく思い出される。
 四等国民――などという自嘲さえもまだ残っていた敗戦日本の焦土の中から、日本民族の立直りに必要な勇気と自信は、まず逞しい肉体づくりと健全な精神づくりが出発点である――と信じ、その目的のためのムーブメントを起こすねらいをこめてのことであった。
 当時、三島由起夫がボディビルに傾斜したのも、その後の彼の動きからすると、彼の美学からだけではなくて、ボディビル・ムーブメントの根底にあった民族主義的ニオイを嗅ぎとったからにちがいない。
 その頃からの20年間、復興日本の高度成長ぶりもまた、ボディビルが全国に普及した今日の発展ぶりと同じ軌跡をえがいた――と思うと、何も我田引水の思いあがりではなくて、まことに心たのしい。
 以上の前置は、コンテスト当日に20年の歩みを噛みしめながらの私の感懐であり、以下は第20回ミスター日本コンテストにおける審査員席で観戦した感想である。
 こうした観戦記を(私の審査内容の説明でもある)今回、何故、私が書いてみたくなったのか――というと、20年目という日本ボディビル史の一階段を機会に、ーつの提案をしたいというのが真意である。
 私の提案――ボディコンテストは他のスポーツ競技のようにタイムや、距離や、重量や、あるいは、ゴールをあげた得点数等という客観的にも一目瞭然たる競技記録の成績によって勝負の順位が決まるのではなくて、各審査員の主観による採点結果の集計点が順位を決するのだから、オフィシァルの競技記録として審査票を完全なものにするためには、各審査員の採点内容の説明を付記するようにしては如何か――ということである。
また“ミスター日本コンテスト”の場合は、審査員の採点内容の説明をフエンした、全審査員の観戦記を本誌などに発表するようにしては如何か――とあわせていいたいのである。

× × ×

 先ず、最初に私が審査表に記録したとくに印象的だったベスト5の採点をあげさせてもらうと次のとおりである。
1.須藤孝三君  100点
2.石神日出喜君 98点
3.糸崎大三君  98点
4.榎本正司君  98点
5.奥田孝美君  97点
〔註〕私はいつのコンテストでも、裏審査と予選で全体を見たあと、決勝の審査表に記録する採点は、当日の最高の者を100点にしている。
 以上の他に、シャープな筋肉の知名定勝君、均整の美しい宮畑豊君、ポージングの巧い塚本猛義君などにも高い採点をしたはずであるが、私の控のメモにうかつにも点数記録を書きもらしたので、ここにあげられないのが残念である。

 須藤孝三君は、筋肉的にみて、量、質ともにこの大会のトップ・レベル、しかも柔軟で、若さが溢れるみずみずしさに加えて、昨年までは均整点にやや難点のあったこの選手が、今年は見違えるほどバランスが良くなり、
均整美がズバ抜け、著しい進境を見せていたと思う。
 たまたま、彼の決勝ポージングの途中で、流れにホンの僅かのよどみがあったが、ポージングの目的は、何もフィギュアを見せるのではなくて、自分の筋肉のマキシマム状態の完全顕示であり、その意味では、彼の出来栄えはいささかも表現能力にマイナスするものではなく、機能的にも富んだ絶好調の充実した力感あふれる筋肉を充分に見せてくれた。おまけに彼のポージングにはジェネラルシップを感じるスケールの壮大さがあった。
【須藤孝三選手】

【須藤孝三選手】

 第2位の石神日出喜君は、私が20年間、毎年のミスター日本コンテストで観てきた如何にも日本人的トップ・ビルダー・タイプの典型的持ち味で、筋肉の量、質ともに最も充実し、完成の域に達した代表的な美しさであった。
 また、ポージングにも迫力を見せたが、私が、2点を減点して98点をつけたのは、均整点で須藤君に及ばないと思ったこと、今一つポージングの迫力でスケールの大きさが須藤君に比べて劣ると見たことなどである。
【石神日出喜選手】

【石神日出喜選手】

 糸崎大三君は美しいプロポーションとダイナミックな迫力をもっており、どこといって欠点はないが、その反面もうーつ強烈にアピールするものがないのが惜しまれる。この点が2点減点の理由である。
【糸崎大三選手】

【糸崎大三選手】

 榎本正司君は、かつて日本のトップ・ビルダーの誰にも無い、日本人放れのユニークな持ち味で、美しく力強い筋肉は、量、質、均整ともにこの大会のトップ・レベル。
 ことに柔軟性と美しさが感じられたが、2点減点をしたのは、力感溢れる上体の割に、下半身の迫力が充分でなかったように私の目にうつった。
 また、ポージングの流れと形は、実に美事で味があるが、ポージングの第一目的である自分の筋肉のマキシマム状態をアピールするという意味からすると、この人のポージングは、ややもすると、むしろ筋肉美の味のアピールの方が先行し、ポーズのためのポージングという傾向が、ホンの少しニオったように受けとれた。
【榎本正司選手】

【榎本正司選手】

 奥田孝美君の筋肉には、日本人放れのエネルギッシュな迫力感が実に強烈で、充分のバルクもあるし、質的には力と機能性を強く感じさせられ、均整も先天的に備わった体格だが、
私の採点で3点減点したのは、完成には今一歩という未完成感があったからである。
 それは、ポージングにも一因があるのかも知れない。従来に類型を見ない荒削りながら異色の大器として今後に大きな期待がよせられると思った。
【奥田孝美選手】

【奥田孝美選手】

× × ×
 今年の“ミスター日本コンテスト”の特徴というと、出場選手全般の均整点に進境が見られたことだと思う。
 部分的には、下半身、とくにカーフの弱い選手が少なくなっているし、首と背筋も一般に良くなっているような印象が残った。
(筆者は日本ボディビル協会副会長)
月刊ボディビルディング1974年12月号

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